表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
真導士サキと風渡りの日  作者: 喜三山 木春
幕間 真導士の捜索
41/195

真導士の捜索(3)

 一人での外出は、ずいぶんと久しぶりだ。


 正確には三人になるのか。

 家を出た時から、二つの気配がついてきている。

 例のお目付け役だ。せいぜい大人しくしていなければと背筋を伸ばす。

 籠を持ち、二人の家までの道筋を頭で確認する。……大丈夫もう覚えている。

 男達の会合は、日によって場所が変わる。わざとそうしているらしい。理由は知らない。相変わらずの男女の壁である。

 お互いの家はいざという時のため、全員が覚えるようにしていた。

 人の家を訪ねる。

 知己の少ない自分にとって、心躍る特別な香りがしていた事柄。でも、いまは辛くて……重さでぺしゃんと潰されてしまいそう。

 頼りない松葉杖のおかげで歩みは遅々として進まず、背後の気配達が戸惑っている。

 道の側に建つ家から、美味しそうな匂いがしていた。

 食べそびれてしまったことへの後悔も出てきたけれど、科せられたものを優先しようと足を進める。

 この胸のつかえが取れないと、味も満足にしないだろう。


 本日、幾度目かの溜息を出して道を曲がり、その人影を見つけて声をかけた。

「ヤクスさん!」

「あ、サキちゃん。おはよー、気分は平気?」

 長身の友人は、挨拶と問診を同時にしてきた。

 もう大丈夫ですと伝え、世話になった礼を述べる。胸の内で安堵が広がった。


 ヤクスはとても安心できる。

 やはりお医者さんだから……、いや正鵠だからかもしれない。彼が放つ独特の気配は、いつだって周囲に凪を運んでくれる。

 よろよろだった松葉杖も、いくらかしゃんとしたようだった。


「一人で出かけて大丈夫?」

「はい、事情が変わりまして、大丈夫ということになりました」

 外で詳しくは言えない。今度、家にきたら話しておこう。

「あいつはどうしたの」

「出掛けています。探していると行きそびれそうなので、一人でお見舞いに行こうかと」

「お見舞いってクルトの?」

 心臓がきしきしとした。

 二日間で重ねられた時が、腰の高さくらいまで積まれていたようだ。

「ええ……」

 若干、冷えてしまった指先にぎゅっと力を入れて、可能な限りの笑顔を作る。

 そうしたら、いつものまいった顔で「あちゃー」と言われた。

「お見舞いならローグを連れていかないとまずいよ。いまクルトしかいないから」


 どうもヤクスは、往診の帰りだったようだ。

 体調はよくなっているから話はできる。でも、ユーリが出掛けていてクルト一人でいるから無理と言うのだ。

 つい、首を傾げる。むしろ好都合ではと思った。

 できれば謝罪は一人一人にしたかったのだ。その方が丁寧に謝れるように思えていた。

「少し話したいこともあるのです。先日はお世話になってしまって……」

 身体を張って戦ってくれていた人に、ひどいことをしようとした。

 これは言えない。

 言えばヤクスは同情して、取り成そうとしてくれるだろう。でも、今回は自分だけで謝りにいくべきだ。

 縋ってしまいそうになる心をきつく縛りあげ、背筋を伸ばして話を続ける。ここで折れたら、行けなくなってしまいそうでもあった。

「気持ちはわかるけど、やっぱりまずいよ。男の部屋に娘一人だなんて。男の同伴がいればいいけど……。悪いことは言わないからローグを連れていきな。悋気が大噴火しても知らないよ?」

 あり得るだろうか。

 相手は赤毛の友人だ。誤解に誤解を重ねたかの高士ならいざ知らず、ちょっと想像ができない。

「大丈夫だと……思います」

「大丈夫じゃないよ。一人で男の寝室に入ったら絶対に駄目だからね。聞いていてそのまま行かせたとあったら、オレが沈められちゃう。お願いだから付き添いを連れて行ってってば」

 頼むよ、お願いだと、焦ったように繰り返す友人におされ、しぶしぶ頷く。

「あー……よかった。オレが行ければいいんだけど、ちょっと急用で行けないんだ。今日だったら皆してジェダスの家にいるだろうし、そこまで送っていくよ」

「ありがとうございます」

 親切な友人は、ジェダスの家まで送ってくれた後、大急ぎで走っていった。どうもお嬢様がらみの急用らしい。

 何だか悪いことをしてしまった。

 親切への礼と、時間を使ってしまった謝罪を記憶に残して、扉を叩く。

 今度、夕飯に招くことにしよう。




「ジェダス、いないよ」

 家から出てきたティピアは、困り顔で言った。

「そうなのですか? 実はローグを探していまして、皆さんと一緒にいるのではないかと……」

「わかんない。家に来たのは、ダリオとブラウンだけだった。今日は暑いから、喫茶室で涼みながらにしようって、三人で出て行っちゃったよ」

 ……うむ、困った。

 ここにも黒髪の相棒の姿がないとは。

 提げていた籠の果物を見る。このままでは炎天下で傷んでしまいそうだ。

 ティピアの言う通り、この家からは他に気配がしない。小さな彼女は居間で時を過ごしていたのだろう。食卓の上に、色紐と端切れが置かれている。

 一人、悠々と針仕事をしていたようだ。

「ありがとうございます。喫茶室に行ってみます」

「うん……。一人で大丈夫?」

 つい笑った。

 いつの間にか友人達に、うちの相棒の心配性がうつってしまったようだ。

 大丈夫と返したのに、ティピアが難しい顔で悩み出した。そうこうしていると、ちょっと待っててと部屋に行き、駆け足で戻ってくる。


「一緒に行く」

「え? 本当に大丈夫ですよ。今日は暑いので、家にいた方が……」

「いい、行く」

 滑らかに飛び出してきたティピア。

 有無を言わせぬ早さで、手にしていた布を籠にかけてくれた。

「お留守番、飽きたから」

 わかりやすい嘘に、またありがとうと返す。積もるやさしさのおかげで、松葉杖が心持ち強さを得たようだ。

 ほこほことした気持ちが出てきて、頬と肩の強張りがゆるむ。

「ローグレスト、いるといいね」

「ええ。早くお見舞いに行きたくて……。でも、男性の同伴が必要だとヤクスさんに注意されまして」

 ユーリが出掛けているらしいのですと伝えると、小さな彼女の愛らしい紅水晶が開かれた。

「一人で行く気だった?」

「ええ、まあ」

 流れがまずい気がしてきた。

 そんなにも駄目なことだろうか。

「……駄目、ですよね?」

 そろそろとした質問に、きっぱりとした回答が来た。

「駄目。絶対にいけない」

 ティピアの様子から、かなり常識外れな行いだとわかり、いまさらながら恥ずかしくなった。

「わたし、本当に疎くて……おばあさん達から色々と教わっていましたけれど、あまり詳しくは聞いていないのです」

 十五になったら大人。

娘としての恥じらいを持つべき。恥ずかしい行いとはこういうことだと話してくれた。でも、どうして恥ずかしいとされるのかまでは、教えてもらっていなかった。

「そもそも、後ろ髪を出してはいけない理由も知りません。成人前までは出していたのに、一日を境に仕舞わなければいけないなんて……。変だなって思います」

 まんまるになった紅水晶に、眉を寄せた自分が映る。

「そうだね……」

「ティピアも知りませんか」

「うん。お姉ちゃんも隠してたから、大人になった証拠なのかって……」

「額飾りみたいなものでしょうかね」

「たぶん」

 燦々と日の照る道を、二人で眉を寄せながら行く。


 世の常識とは、とても難しいものなのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ