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真導士サキと風渡りの日  作者: 喜三山 木春
愛読お礼小話 日々のかけら・その2
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あの後のその後

 ……あー、結構酔ってきた。

 調子に乗って飲み過ぎたな。寝る前に薬湯だけは飲んでおこう。

 二日酔いになって、医者の不養生と笑われたらかなわないね。


 へろへろになった八羽の雛と、まだまだ余裕な親鳥は、"風波亭"で夜を過ごしている。

 男が雁首揃えて話すのは、仕事、酒、女の話と決まっている。

 まあ、決まってはいるけれど、オレ達は真導士としても、男としても半人前。

 仕事や酒で盛り上がるなんてまだ早い。話はあちらこちらに飛び。大騒ぎと大笑いを巻き起こした挙句、また振り出しに戻ってきた。


「結局さ、男は顔なんだよ。ローグレストさんやイクサに敵うわけないじゃないか。最初から勝負なんて決まってるんだ……」

 今日わかったのは、何だかんだで他の奴等も恋人作りたいんだなってこと。それから、ブラウンに絡み酒の癖があることだ。

「わかる! そうだよなあ。オレ達なんて、まずお嬢さん達の話題にすら上らない」

 そんでもってフォルは片想いをしてるってことか。

 "三の鐘の部"にいる娘さんらしいけど。例の騒動のせいで、燠火の四人の評価は最悪。半分諦めていると泣かせることを言っていた。

 エリクは恋がどうのというより、色気の方に走っていた。何せ"華招園(かしょうえん)"に行ってみたいとか喚くから困りもの。そのせいで「夜の街に憧れがあるのも、半人前の証だ」と、周りの卓から冷やかしをいただいてしまった。それでもめげなかったエリクは、正師に連れて行ってくれとお願いもしていた。残念ながら、上手く流されていたから、実現はしないだろうな。

 好き好きに喚いている中で、ダリオだけは何も言わない。

 チャドみたいに顔を赤くして俯いていれば放っておいたけど、何か言いたそうだから気になってしまう。


「ダリオ、どうした」

「……え」

 何がですかと問う顔に、"動揺"と書かれている。これは突いてくださいと言っているようなもんだろ。

「まさか、お前。抜け駆けしてるんじゃないだろうな!」

「し、してないよ! 無理に決まっているじゃないかっ」

 べろんべろんのブラウンが乗っかってくる。酒臭いし重いしで大変だ。帰りはフォルに任せてしまおう。

「無理……ですか。どなたかいらっしゃるようですね」

「へえ、意外だ。おいダリオ、素直に吐けよ。何だったら相談に乗ってやるぜ?」

 カルデス商人の恋路で実績があるからか、ジェダスもクルトも「よっしゃこい」という顔になっている。

「逃げ切れないと思うから話しちゃいなよ。楽になるかもしんないし。手伝えることあるかもだしさー」

 酒は気を大きくする特別な薬。つい調子に乗ってダリオを煽る。

 しかしこのダリオ、思わぬ爆弾を抱えていた。聞かなきゃよかったと思ったのは、ばっちり聞いてしまった後だった。


「……誰にも言いませんか」

「言わない、言わない。ここだけの秘密にするからさ」

「絶対にですよ」

「わかったって。いいからとっとと言えよ」

 卓の上に腕を乗せた。

 前のめりに集まった同期達を見渡し。酒をぐいっと飲んでから、ダリオが爆弾投下の準備を整える。

「無理だってわかっていても、つい気になってしまうんです。最近は挨拶してくれる日もあって。声をかけてもらっている内に、どうしても否定しきれなくなって」

 長い前置きに、クルトがじれったそうにしている。

 仕方ないので、卓の下から小突いておいた。

「この間、倉庫まで一緒に行って。荷物持って帰ったらありがとうって言ってもらえて。聖都に下りた時も楽しそうに買い物していて……そういうのいいなって思ったり」

 何の話かさっぱり。

 そう思いながら先を聞こうと我慢していたら、目の前で燠火三人の顔色が悪くなった。

「お前……」

「ちょ、ちょっと待て」

「やばい。やばいよそれは」

 口々に言い募られ、ダリオは頭を抱えた。

「頭ではわかってるんだ。でも、でも……こっそり想ってるくらいならいいだろ。二人の前では普通にしてるから……」

 せつない告白なんだけど、背筋に寒気が走った。

 まさか。まさか……。

「もしかして、サキちゃんのこと好きになっちゃったのか?」

 こくんと頷いたダリオを中心に、卓の上が大混乱に陥る。


「駄目だ。絶対に駄目だー! ダリオ、目を覚ませー!!」

「相手が悪いなんてもんじゃない! お前、次こそは湖に沈められるぞ。忘れろ、な……? 今日、酒飲んで忘れちまえ!」

「気の迷い……。いや、きっと真術のせいっす! 正師、こいつも"治癒室"に連れて行ってください!」

 こりゃまいった。儚い琥珀の友人は、どうも燠火を引き寄せる力でもあるようだ。

 燠火と天水は相性がいいって聞くけど。……これはさすがに、ね。

「正師。恋に"忘却の陣"って効きますか」

「うん? まあ効くには効くが施してはやらんぞ。恋の痛みを知るのも成長の醍醐味。諦めると決めているなら止めはせぬが。諦め切るまでがんばってみなさい。何でも真術で解決しようとしてはならん。そんな甘い考えでは、気力の成長が止まってしまう」

 突然はじまった座学の時間。

 この人、身体の芯まで"正師"が染みついているんだろう。

「恋愛結構。失恋も大いに結構。ダリオよ、壁を乗り越えたら見えてくるものがあるやもしれん。辛ければ話ぐらいは聞くぞ。同じ雛ゆえ、等しく応援しよう」

「……応援って、負け戦でしょう」

 ダリオは重荷を降ろしたためか、ちょっとすっきりした顔になっている。

「いいや、まだわからんさ。男女の仲など、どのように転がってもおかしくはない」

 年上に言われると説得力がある。

 と言っても、あの二人の仲が拗れると大変だ。

 確実に巻き込まれる予定のオレとしては、やっぱりローグを応援しておくべきだな、うん。

 見捨ててごめんなと、内心で謝っておいてから、話題を変えようと口を挟む。


「正師って恋人いるんですか?」

 キクリ正師の眉がひょいっと上がる。

「残念ながら、四大国は男余りゆえ」

 意外な返答。

 地位も力もある好人物だから、恋人はいると思っていた。懸想している娘さんを何人か知っているし。もてないわけじゃないだろう。

「そんなあ……。正師でも苦戦するなら、オレ達なんて無理ですよ」

 夢も希望もないと、ブラウンが泣き真似をしている。だから、野郎が拗ねてもかわいくないんだって。

 同期の連中は、何度言っても同じようなことを繰り返す。

 いい加減、放っておくとしよう。

 おいおいと泣く雛を慰めるかと思いきや、キクリ正師は腕を組み、天井を見上げた。

「道とは長く険しいもの」

 座学が再開されたのかと思ったけど、様子がいつもと違う。

「数々の試練を越えてこそ、未来が輝くと信じている。宿命の道が険しいのは承知の上。あとは己の意志との戦い」

 ぽかんとなった雛を置き去りに、正師は遠くを見たまま溜息を吐いた。

「……と、気持ちを固めてから何年にもなる。真に険しき道だ。お前達はまだ若いのだから、最初から無理だと決めずに挑戦しておくといい」

 三十路に届く前にはどうにかしたいと独りごちた正師に、誰も何も言えなかった。

 どうもキクリ正師は、難しい恋をしているらしい。




 ここは聖都ダールの"風波亭"。

 寂しい男達に与えられた、心の癒し場でもある。

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