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真導士サキと風渡りの日  作者: 喜三山 木春
第十章 晦冥の牙
32/195

正体

 合流は案外と簡単にできた。

 むろん黙契があったから。そして二人が、正しく地下通路を通ってきたからだ。


「ユーリ!」

「サキちゃんっ」


 鼻の赤い彼女の姿を認めて、勢いよく抱きついた。

 無事を信じていることと、無事を知ることはこんなにも違う。

「よかった……。無事で」

 うん、うん、と鼻声で返す彼女の身体は、心配なほど冷えている。痛ましくて、背中を擦らずにはいられなかった。

「よく迷わずに抜けてきた」

 驚きだと言ったティートーンに、赤毛の友人は当然だろと答える。

「黙契が飛んできた方向に近づけばいいんだ。入り口から見ても、神殿はこっち側だしな」

「ほう。お前、意外と機転がきく。はしっこいのも利点だ。町の仕込みがいいのか」

 抱き合っていた自分達の横で、空を裂くような鋭い音がした。

 棒先が、ティートーンの喉元に当てられている。

「いやだねえ、若いのは血の気が多い」

「高士だろうが理由にはならねえ。いくら理不尽でも守らなきゃいけないもんがあるんだ」

 ユーリの肩が揺れた。

 幼馴染を見守る彼女の目にも、クルトと同じような煩悶が見えている。


「……安心しろ。ガルヤの事情は知っている。サガノトスは国王のみならず、各地の領主とも深い繋がりがある。もちろんガルヤの巫女ともだ」


 二人の表情が、一瞬で変わる。

 事情を知らない自分は、驚きから取り残される。

「中立にして孤高。言うのは容易い。だが、実際ともなると面倒事が多い。それを上手く立ち回っているのが上層。……ま、心配はいらんよ。里もガルヤとのいざこざを望みやしない」

 喉元に当てられていた棒が、ゆるゆると下ろされた。

「これ以上はオレの口から言えん。お前さんにも事情があるだろう。とはいえ、こっちの事情も汲んでくれ。その内、自分の身に返ってくるさ」

 三人で顔を見合わせた。

 曖昧な言葉が真実なのか。確かめようにも術がない。

 奇妙な説得力を持った発言にどこまで信を置くか、大変悩ましい。

「さあて、帰るとしよう。いい加減気づかれているだろうから、ぼさっとしていられん。お嬢ちゃん」

「は、はい」

「どうだ」

 短い質疑。砕けた口調に緊迫が混じっていた。

「さっきと同じです。在りますが動いていません」

「いまの内だな。行くぞ」

 歩き出したティートーンに続く。自分とユーリが中を歩き、クルトが後方を守る形でつく。


 湿った大気があふれているというのに、喉が乾いている。

 灰泥が差し入れた水は飲む気が起きず、最後まで口をつけなかった。唇が引き攣れていて、いまにも切れて血が出てきそうだった。

 古びた通路では、白楼岩の光だけが頼りとなっている。乾きにまとわりつかれながら、暗い場所は苦手なのに……と人事のように考えていた。


(……在るけど、動いていない)


 先ほどの言葉は近いと思った。

 思い出せそうで、ずっと引っかかり続けている。


(在る。違う、そうではなく。繋がれている? ……違う、これも違う)


 もっと息苦しい感じだ。

 狭い場所に押し込められているような。


(いつ)


 あれはいつのことだった?

 どこで誰と話していたのだったか。同じように暗い。そう、まるで夜のように。


(瓶の中に、詰め込まれているような)


 全身が総毛だつ。




 ――やっと、思い出した。




「ティートーン高士、走りましょう!」

 一度だけ視線を絡ませた後、呼吸を合わせたように全員が走り出す。

「変化があったのか?」

 走りつつ、自分の横につけてきたティートーンは、口早に問う。

「思い出したのです! 以前も似たような気配に触れたことがあって。あの時は島が、爆発しました!」

 「船の実習か!?」とクルトががなった。

 咎めることもせずに、謎多き高士は後ろ側のポケットから別の輝尚石を取り出した。

「――至急。予定変更だ。いますぐに作戦を開始せよ」

 言い終わるや、クルトのところまで下がり。また別の指示をする。

「小僧、前を行け。ここからはお前が先導しろ。オレは別の任務がある」

「おっさん! あんた、救援がいるのを隠してたな!?」

「大人には色々あるんだ。地図をくれてやる。神殿に着いたら中央棟へ向かえ」

 地図と、まだ隠し持っていたらしい輝尚石が、赤毛の友人の手に渡る。

「全員、真眼を開け。金糸雀のお嬢ちゃんを落とすなよ。お前と相棒の命綱だと思え。誉れ高きガルヤの民なら、娘二人ぐらい守り抜いてみせろ」

 最後まで人を鳥扱いした高士は、隠匿の布地を外し、転送で消えた。

「っち。いやなおっさんだ。あんだけの真力を隠してやがって!」

 忌々しげに吐き捨てたクルトは、転びそうになったユーリの手をつかみ、先頭へ踊り出た。

「サキ! まだ走れるかっ」

「大丈夫です、でも!」


 真眼を開いて取り戻した白い世界。

 一面の白の向こうに、気づかなかったのが不思議なくらいの邪悪が在る。




「――――来ます!」




 一足飛びに越えてきた気配は、真上に集中した。クルトの咆哮と共に、輝尚石が展開される。

 強く鋭い真力が満ちた白の中で、自分達の足はついに止まってしまった。

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