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真導士サキと風渡りの日  作者: 喜三山 木春
愛読お礼小話 日々のかけら・その2
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続・面倒なやりとり

「いま……、何とおっしゃられましたか?」


 頓狂な声で問う男。以前も同じようなやり取りをしなかったかと、奇妙な錯覚を抱く。

「衣装の必要はなくなった。これ以上は見繕わんでもいい」

 依頼の中止を伝えたところ、呆けた顔のまま動きを止めてしまった。乾き物が足りていないが、気づく様子はなさそうだ。

「私どもの品が、ご不興を買いましたでしょうか」

「違う。用が済んだだけだ」

 いいから追加をと、指で小皿を示す。

 軽快な音を立てて種実が落とされていく。小皿に盛られた種実はいつもより量が多い。手元を狂わすとは、めずらしいこともある。

「そうでございますか。こういったことはよくあるお話なので」

「今回が初めてだ」

「次はいつ頃になりますか」

「予定はない。……やけに食いつきがいいな、コンラート。何を企んでいる」

「何をおっしゃいますか旦那様。いえね、すでに仕立てた衣装が本日届きまして。夏のご衣装ですので、近々にご予定があればと……それだけでございます」

 返答は納得がしやすい形にはなっていた。

 しかし、それだけではないと長年の経験が言っている。


「支払いはする」

「それはそれは、ありがとうございます。ですが旦那様。せっかくお嬢様のために仕立てた品です。このまま一度も袖を通されないのは、もったいのうございます。箱を整えますので、お嬢様におくられてはいかがです」

 腐るような物でもなし、機会があるまで仕舞わせておけばと思っていたが。

 ここは、コンラートの提案に乗っておいてやろう。余計な企みをされては、今後に影響が出そうだ。送るだけなら手間もさしてかからん。

「手配は任せる」

「承知いたしました。それでは少しの間、お待ちいただけますでしょうか」

 一礼して奥に下がっていった男を見送る。

 いまの内にと水晶を取り出し、真力を籠めておく。

 そういえばあの犬は、言い渡した修行をさぼっていたようだ。難しいだの文字が読めないだのと、尻尾を丸めながら弁解していた。犬の躾は想像以上に難しい。真術を覚えるなら真術書を読むのが近道。

 だが文字を読むところからとなれば、時間がかかり過ぎる。そうかといって手ほどきをしようにも、天水は専門外だ。こればかりは如何ともし難い。

 せめて冬までに、ある程度の真術を身につけさせねば――。


「お待たせいたしました」

「コンラート、これも荷につけておけ」

「かしこまりまして。……旦那様、こちらだけでよろしいので?」

 輝尚石を受け取った壮年の男は、何故か不満そうな顔で聞いてきた。

「そうだが」

 何を言っているのか。

 この男、また奇妙な企みをしているのではなかろうな。

 問えばコンラートは、心底嘆かわしいといった顔で溜息を吐いた。

「旦那様。こういう時は手紙を添えるのが筋でございます。相手はうら若きお嬢様なのですよ。お気持ちを汲むのが、男の役目でございましょう」

「……何?」

 流暢に語りだしたコンラート。こうなると止まらないのは、長い付き合いの中で心得ている。

「控えめで大人しいお嬢様ですので、他のお嬢様方と同じ手は使えません。一般的な手段では通用しないこともありましょう。そうかと言って、手を抜いたように見えるのは良策ではありません」


 語り出しだけ耳に入れ、長々とはじまった演説から意識を遮断する。

 この男、客をつかまえておいてよくしゃべる。暇つぶしには丁度いい。しかし、追加を頼むのに苦心する。

「品に手紙を添えるのは常套手段。ありがちだからと倦厭するお気持ちもわかります。わかりますが、ここは是非とも添えておきましょう。型を踏襲したとしても、要は中身が際立っていればいいのです。夏ですので、舟遊びのお誘いが多いでしょうね。そういったものを外しておけば、その他の中に埋もれることもないでしょう」

 塩がまぶされた種実を、口に放り込む。

 多いは多いが、食い切れぬ量でもない。

「お嬢様はどういったことに興味をお持ちでしょうね。聖都はこれから華やかになっていきます。演劇を観るもよし、楽団の調べに耳をかたむけるもよし。そうそう、今年は手品を得意とする一団が、聖都入りすると聞いております」

 次の任務は、聖都からほど近い場所。

 明日から調査を開始すれば、三日以内に解決の目処が立ちそうだ。

 あの町には、里の物品を取り扱っている店がある。足を伸ばすついでに真術書を見てくるか。手がかかるのなら、なおのこと早めに取りかからねばならぬ。

「十五になったばかりと、楽観的に構えていてはいけません。十五、十六が一番声をかけられやすいのです。とはいえ、いきなり招待状を送るのは不躾かもしれません。今回はご機嫌伺いを兼ねて、お嬢様の好みを探られるのがよいかと……。聞いておられますか、旦那様」

「ああ」

「左様で。では、こちらで一式ご用意いたしますので、酔いが回る前にお書きください」


 何の話だ。


 いや、やめておこう。聞くとさらに面倒かもしれぬ。

「贈り物に添える手紙でございます。気の利いた言葉の一つは入れてくださいませ。何卒、お忘れなきよう」

 会話を流しきったのが吉と出たか、凶と出たか。コンラートは羽ペンとインクを並べ、再び一礼をし出て行った。

 壮年の男の背中を見送り、会話がかみ合っていなかったという事実に気づく。

「……そちらだったか」


 些細な言葉の違いだ。訂正するのもまた面倒。

 壮年の商売人に、別の企みをされるより幾分ましかと考え、羽ペンを手に取ることにした。

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