潜入
縄を引かれて、でこぼことした通路を歩く。
人の気配が遠い。
あれだけいた灰泥達は、すでに引き上げていったようだ。
自分を競り落とした男は、例の場所を出てから何も言わず。淡々と縄を引き、前を歩いている。
「どこに行くのですか……」
喉が渇いていたために、かすれた声が出た。
淡々と歩いていた男は、足を止めて興味深そうな表情をした。
「いいとこだよ」
にやりと笑った顔は、人の悪そうな印象を受ける。でも、あの男達とは何かが違った。
「解いてもらえませんか」
「その年で甘え上手か。先々が思いやられる」
「あの……」
続けての言葉は、衝撃の中に消えた。
襟首を掴まれ、引き上げられたのだ。左足が少し上がった格好で、視線が絡む。
「自分の立場をわかってんのか」
(――簡単な嘘の見抜き方がある)
前にも増して、商売について語る機会が多くなった相棒が、話のついでに教えてくれたことがあった。
言葉というのは嘘をつくのも簡単。
だからこそ、言葉だけで嘘を見抜くのは不可能に近い。
(相手の行動を見ればいい。大概は言葉より行動が本音なんだ)
引き上げられた身体に掛かっているのは、自分の重み、ただそれだけだ。
痛みを伴わない脅しと、騒がない勘。
絡んだ先にある翡翠の瞳。
――その奥にある、白い光。
確信を得た自分は、次の行動を待った。察知したのか呆れたのか、ついに男は本音をこぼす。
「娘っこだけで、歩き回るからこうなる」
そうして言葉とは裏腹に、愉快そうな笑みを浮かべた。
まったくぶれない精神。
あまりに整った所作。場慣れしている有様。
そして、奥にただよっている白の光から答えを引く。
「高士の方ですね」
「……報告書通りといったところか。かなりの勘だな。この状態で見抜かれたのは初めてだ。……ああ、礼はいらん。高士とも口にするな。見つかったらまずい」
額の布を、右の親指で指し示した。
「隠匿の奥が追えるのは便利だな。その才能を分けて欲しいものだ」
「灰泥を捕まえる任務でしょうか」
途端、男がぎょっとした顔となり、慌てたように聞いてきた。
「おいおい、どこでそんな言葉を習った。川筋の娘か」
「川筋?」
「知らんのか。では、違うな。灰泥なんて言葉を使うのは、商売人くらいだ」
「相棒が商人なのです」
「なるほど、そういうことか」
四大国の交易は、海沿い川沿いを中心に栄えてきた。
そのため、商売人を川筋と呼ぶこともあるのだと教えてくれた。
言いながら、ポケットから紙を掲げて見せてくる。
神鳥の透かしが入った紙には、難しい文字が並んでいる。ずらずらと書かれた中から、どうにか"警護"という単語を拾い出した。
「わたしの……?」
「まあな。ついでにこっちもある」
笑いながら取り出した紙には、"誘拐"という文字が躍っていた。
「差し込みがあったから、一時保留にしていた。オレはついている。一気に片付けられそうだ」
砕けた口調からも、話す内容からも、安心していい相手だとわかった。途端、緊張で抑え込んでいた不安が一気に噴出する。
「では、すぐにでも助けに行かないと!」
男達に連れて行かれた娘も、サガノトスの導士なのだと続けて訴えた。
勢いのあまり前のめりになる。その姿勢を正すように、両肩を押さえられた。
「あー、わかっとる、わかっとる。ちゃんと助けてやるから落ち着くことだ。娘っこの声ってのは、自身が思っているより響く。まずはその口を閉じて、この場に座れ。あと、もうちょい離れろ。あんまり引っついてくると、いかがわしい気分になる」
発言を受けて即座に座った。
急いでいるのに、頬と耳が熱くなる。
「……冗談にしてはひどいです」。
「娘っこの癖に無防備過ぎる。今後、余計なことに巻き込まれんように釘が必要だろう」
警護に就いたのが、やさしいお兄さんでよかったなと、また笑った。
やさしいお兄さんかどうかはさておき。とにもかくにもユーリの救出を急がねばならない。
早く、さあ早く。
焦った気配が届いたのか、男が少しばかり真面目な顔つきに戻った。
「言われんでも救出に向かう。十五になったガルヤの娘。おあつらえ向きだからな。上客に売りつけるつもりだろうよ。奴さん達の捕縛より優先事項だ」
語りながら、またまた紙を出してきた。
この人、それぞれのポケットに指令書を仕舞っているのだろうか?
とても不便な気がする。
しかし、次に出てきたのは指令書ではなく、見取り図だった。
とても簡素な線がいくつか並んでいて、地下施設の大枠が描かれている。
「現在地はここだ。出口はこっち。そんで、もう一人の娘っこはここいらにいるだろう」
言って、出口とはもっとも離れた場所を示す。
自分達がいまいる場所は、出口に近い。もしかして自分だけ外に出されてしまうかもと考えた。
それは困る。
ユーリが心配だし、赤毛の友人に任されていたという自負がある。いざとなったら、隠匿が追えるこの鋭敏な勘を盾に、同行を申し出よう。
そんなことを一人画策していたら、呆気ないほどの口調で指示が出た。
「出口は目の前だけど、お嬢ちゃんにはオレと同行してもらう」
「いいのですか?」
「いい。というより、同行してもらわなきゃ困る。里に戻るまでの間、目の届く場所にいてもらった方が安心していられるさ。任務での基本だ。」
声を潜めつつ紙を仕舞った男は、なおも続けて言う。
「そもそも単独行動は、原則として禁じられている。真導士は力の質が偏っているものだからな。許可なく単独行動が可能なのは、正師以上の階級。オレだって特別な指令書が届かない限り、相棒と行動を共にしている。余程のことがなけりゃ単独行動は認められんのよ。わかったか?」
「はい」
「ん、いい返事だ。わかったんならそいつを取ってやろう。ほれ、腕を出しな」
そこで、両腕に縄がついていることを思い出す。
言われるがまま腕を高士に預けると、固く縛られた結び目を少しずつ緩めていく。不思議に思い、首を傾げた。
「真術は使わないのですか」
例えば旋風なら、大げさに真力を出さずとも切れるのではないか。
何でわざわざ面倒なことをするのだろう。
「街中では真術の使用を控える。特に、隠密行動中は使用禁止だと思え。どこに誰がいるかわからんのに、ほいほい真眼を開くもんじゃない」
だからか。
男が真眼をふさいでいるのは、真力を消すためだ。
男の人は便利でいい。額飾りに見えるようなものを巻いていれば、真眼を隠せる。
つらつらと思考を流していて、はたと聞いておくべきことを発見した。
「あの……」
聞き返してきた男と視線があった、まさにその時。出口側に近い通路の天井が、唐突に崩れ落ちた。
男の動きは素早かった。
自分を背にかばい、体勢を立て直して侵入者と向かい合った。
盛大に上がった埃の煙幕の向こうに、見知った色がある。色を視認して、咄嗟に腕が動いた。
縄がついたままの手で男の上着をつかみ、全力で引く。
「おい、動きづらいだろう」
落ちてきた叱責には、いままで男から感じたことがない鋭さが混じっていた。
「待ってください、彼は……!」
煙幕が晴れていくにつれ、人影が明らかになる。口元に布を巻いているが、その髪は地下の薄暗さでもよく目立つ。
「誰だてめえ! そいつから離れろ!!」
布に吸われ、いつもよりくぐもっているけれど、間違いなく赤毛の友人の声だった。




