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真導士サキと風渡りの日  作者: 喜三山 木春
第十章 晦冥の牙
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彼と

 中央棟の、キクリ正師の部屋にある地下室。

 ここならば、真術の展開すらも気づかれずに都合がいいという。自分の行動はここまで隠されるのかと、困惑すら覚えた。


「用事が済み次第、寄り道せずまっすぐ帰ってくるのだぞ。神官にこの札を見せれば、帰りもここまで誘導してもらえる。間違えて、普段の"転送の陣"を使わぬよう。……サキには、苦労ばかりかけている。たまの息抜きだと思って、少しは楽しんでくるといい」

「はい、ありがとうございます」

 受け取った札は、神鳥の姿が墨で描かれていた。

 ポケットに仕舞い、揺らしてみて落ちるかどうか試す。……うむ、大丈夫そうだ。

「悪いな」

 何度目かの謝罪を出したクルトは、いかにも眠そうな目をしている。

 朝早いのはやっぱり苦手なのだ。眠気を押して出てきたのは、ばれない内にという思惑だろう。

「構わんさ。まあ、くれぐれも気をつけてくれ」

「わかってる。そっちも……。お前なら大丈夫だろうけど」

 言われたローグは、フードの陰から不敵に笑った。

 今日、彼は特別実習の名目で、一人任務へと赴くのだ。

 里抜けを目論んだ罰という話になっている。実際は、陽動作戦。キクリ正師が保護役……もとい、監視役をすると聞いた。


 真円が描かれ、地下室に真力が満ちた。上着の裾がわずか持ち上がり、その軽さに不安を覚える。

 真力の強い輝尚石を持っていたら目立つ。

 どこに誰が潜んでいるかわからない間は、用心をするように。

 キクリ正師から注意を受けて、ローグの輝尚石も、自分の輝尚石も全部渡すことになってしまった。

 せっかく準備したのにと残念に思い。まだ、あの人は見つかっていないのだとも察した。元見回り部隊の精鋭。しかも、部隊長を務めていた人物と聞く。

 どこに消えたのだろうか。


「んじゃ、行ってくるぜ。用事が済んだら、家に送り届けるから」

「いや。もし、よかったらクルトの家に邪魔をさせてもらいたい。家に一人でいるよりは安全だろう。近頃は留守番ばかりだからな。たまには気が抜けていい」

「かまわねえよ。ユーリも喜ぶさ。オレもうるさく言われなくて、ちょうどいいかもな」

 クルトに促されて、地下室に描かれた真円の中央に立つ。

 真円の向こう側にいるローグと目が合った。白い光の帯を挟んで、やさしい笑顔が揺れている。

「気をつけて」

 無事に帰ってきて欲しい。

 真実は違うところにあると言っても、彼は確実に狙われている。

「夕飯は大目に作ってくれ」

 笑うローグの姿が、白に塗りつぶされて消える。

 真力の流れを全身で浴び、次に目を開いたら白楼岩の壁に囲まれていた。

「よし、手っ取り早く用事を済ませちまうか。サキ、これ被っとけ」

 狭く薄暗い宮に着くや否や、クルトが青い布地を渡してきた。

 朝、待ち合わせた時から抱えていたものだ。鏡を仕舞うための布かと思っていたのだが……。

「これは?」

 ささやかな刺繍が入れられている布を広げ。どちらから被るものかと検分していたら、クルトが被せてくれた。

 三角にして、顎の下で縛ればいいらしい。

「わたしにも魔が寄ってくるのですか」

 聞いたら、クルトが驚いたように目を見開いた。

「ローグレストか……。商人は耳がいいから困るんだ、ったく」

 ぶつぶつと言い、知られているならと思ったようで、少しだけ秘密を零してくれた。

「女は総じて魔に狙われやすいんだと」

 ガルヤの女は、中でも魔の目を惹くと言われているのだとか。

「あいつらは目も鼻もいい。そんでもって異常にしつこい。こいつだと決めたら、そいつばかり狙い続ける。血が近いと間違えて食らうこともあるって言うから、家族は駄目だ。つまりサキは目くらまし。はっきり言えばユーリの身代わりって格好になる」


 ふむ、なるほど。


 こくりと頷いたら、呆れたように眉を上げられた。

「お前さー、納得するなよ。身代わりだって言ってんだろ」

「はい。身代わりがいることで安全になるのですよね」

 魔を退けるのも一苦労だと、幾度か頷きを重ねる。

 いつも元気一杯の友人のため、今日は張り切って身代わりを務めよう。ここ最近は、友人達の世話になりっぱなしでもある。恩はきちんと返すべきである。

 気合十分。いつでも出発できるとクルトを見上げたら、ものすごく目を細めてこちらを見ていた。

「……そりゃ、苦労するわな」

「あの、クルトさん」

「とにかく、あいつと約束したから、お前には無事でいてもらわねえと困る。いいか、今日だけはぜっっったいに変なのに巻き込まれるなよ。勘が反応したらすぐに言え」

「変なのって、例えば?」

「あやしい風体の奴とか、路地裏でこそこそしてそーな奴とか。……あとは愛想の悪い高士とかか」

 ものすごくいやそうに言った最後の一例は、青銀が見え隠れしていた。

「……バトさんと何かありましたか」

 ローグならば理解できるけれど、どうしてクルトがここまでいやそうにしているかが謎だった。

「男には色々とあんだよ。行くぜ」

 昨日から引き続き、背伸びしっぱなしの友人の後を、悩みながらついていく。


 男の人は、秘密が多くて本当に困るのだ。

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