表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
真導士サキと風渡りの日  作者: 喜三山 木春
第十章 晦冥の牙
20/195

手玉の心配

 クルトの手土産は、芋だった。

 実家から大量に送られてきたのだと、相変わらずだるそうな様子で言った。

「二人の故郷は、近くですよね」

「ティピアの町ほどじゃないけどな、馬車があれば三日で帰れる」

 そういえば、小さな友人は一晩馬車に乗れば帰れると言っていた。かなりの日数をかけ、聖都まで出てきた自分とは大違いだ。

「ローグレストは中央棟だろ。まだ帰ってこねえのか」

「最近は、日が沈まないと帰ってきません」

「本の虫も大概だ」

 くすりと笑った。

 本は開くこともしないと公言しているクルトには、ローグの有様が信じられないといった様子だ。


「今日はどうしましたか」

 クルトの向かいに座り、冷茶を含む。

「ちょっとな、頼みたいことがあって」

「わたしに……?」

 わざわざこんな暑い日に、相棒がいない時間を見計らってくるような話。まったく想像ができない。

 思えば、クルトとこうやって話をしたことがなかった。

 ユーリから、愚痴のような悪口のような楽しい話を聞いていたので、クルトのことはよく知っている。いや、知っているつもりで今日まできていたらしい。

「さっきのはバト高士だろ」

「えっ、あ、はい」

 興味津々で身を乗り出したのに、いきなり話題を変えられた。肩透かしである。

「大丈夫か。あいつが納得してると思えねえけど」

 ぎくっとする。

「……誤解なんです。でも、全然理解してもらえなくて」

 最近は、半ば諦め気味である。

 絡みに絡んだ誤解の糸は、もはや縄となってしまって、解ける兆しすら見えない。

「理解しようにも、状況が悪いだろ。カルデスの男は、ただでさえ束縛が強いって評判だからな」

 しれっと言ったクルトは、いつも通りに頭を掻いている。

 感情の赴くまま、そのだるそうな顔をじっと見る。

「……何だよ?」

「いえ、意外だなと」

 クルトは、色恋の話に興味がないものだと思っていた。ユーリが盛り上がっている時だって、面倒そうな顔をしていたはずだ。

「男の嗜みってやつだ」

 背伸びをした返事がきた。頭の中で彼女が「似合わないのに」と言ったようだった。


 でも、どこか変。

 いつものクルトらしくない。


「それで、今日はどうしたのですか?」

 変えられた話題の方向性を、ぐいぐいと引き戻す。

 言いづらそうにしているから、なおのこと気になる。

「その……な」

 口ごもり、冷茶のグラスを手にする。

 あまり飲んでいる様子は窺えず、おかしさばかりが強調される。

 眉間に気合を込めて見つめることしばし。がりがりと大きく頭を掻いたクルトは、観念したように口を開いた。

「あのさ、悪いとはわかってんだけど、聖都についてきてもらえねえか?」

「聖都に、ですか」

 気まずそうな、照れ臭そうな。普段とは大違いの態度である。

「ローグレストにはオレから言う。まあ、誤解なんて生まれねえと思う」

「いいですけれど。ユーリは駄目なのですか」

「それがなあ……。ユーリだけは誘えねえんだ。しきたりってやつで。うちの町の習慣でさ。女が使う品は、ほとんど男が用意することになってる。付き添いで別の女を呼んでもいいけど、そいつ自身が買いに行くのが駄目で……」

 思わず、へえと声が漏れた。

「実は、間違えてユーリの手鏡割っちまったんだよ。早いとこ買いに行かねえとばれる」


 何だ、そういうことか。


 身構えていたのに、期待していたような大きさでなかったので、拍子抜けをした。

「いいですよ、お安い御用です」

 言いづらそうにしていたから、もっとずっと大事なのかと思った。大きな出来事が続いていたから、想像だけが先走ってしまったようだ。

「すまん、助かる」

 快諾しただけなのに、机に手をつけて頭を下げてきた。思わずあたふたとしてしまう。

「……そんな、大げさですクルトさん」

 頭を上げてもらいたくても、身体に触れるわけにもいかず。宙でわたわたと手を泳がせる。

「聖都で買い物するだけでしょう。これからも必要でしたら、いつでも声をかけてもらってかまいません。わたしだけで都合が悪いなら、ティピアにも声をかけておきましょうか」

 レニーにも、とは言わなかった。

 彼女が買い物に同行するとは、ちょっと考えられない。かのご令嬢はきっと機嫌を損ねるだろう。

「いや、ティピアはいい!」

 下がっていた赤い頭が、勢いよく跳ね返ってきた。

 「いい」と言っているけれど、口ぶりは「まずい」の方向にある。

「サキだけで頼みたい。やっぱり無理そうか?」

「無理ではなく……、えっと、理由でもあるのですか」

 聞けばさらに「まずい」の表情を作る。

 いったい何を隠しているのか。男の人は、隠し事が多くて本当に困る。

 誰も彼もが嘘をつかなければいい。全部を言わなければいいと、幼い頃に覚えさせられているのかもと思えてくる。

「いや、その……」

 口ごもったクルトは、またグラスに口をつけた。

 落ち着きを欠いた友人に、絶えず視線を送り続ける。

 対するクルトは、ちらとこちらを見て。さらに冷茶を飲み。空になったグラスを置いてからまったく動かなくなり……。

「わかった、言う。言うからそれやめろって!」

 ついに根負けしてくれた。

 わかったならいいのだ。

 挫けたクルトは、ちょっと恨みがましい視線を投げてきた。

「ったく、もっと大人しい奴だと思ってたのに。意外と肝が座ってるな」

 勘弁してくれとぼやき、額に手を当てた友人の頬が、心なしか赤く染まっている。

「なるべくなら、今回の件は秘密にしておきたい。いろいろと障りがある」

「障り……」

「そう、障りだ。妙なしきたりが多いんだ。祭事も多いし。町長よりも神官よりも、巫女の権限の方が強い。サキの故郷に巫女はいたか」

「いいえ、いません」

 そもそも、神殿がなかったので神官すらいなかった。

 普通の町という概念が薄い自分では、クルトが言っている話がどの程度の"妙"なのか計れず。結果、ひたすら眉根を寄せるはめになった。

「町には神殿があって、神官がいて。そういう神職の連中が祭事を行っている。町の大きな部分は、町長がいろいろと取り計らって治める。だろ?」

 前半は想像だけだったので難しかったが、後半は村長のことを思い出してこくりと頷いた。

「うちの町は違うんだ。一番上に巫女がいて、その下で神官と町長が役割分担している。巫女っつっても、八十過ぎたばーさんだけどな」

「変わっていますね」

 男がすべてを決めるのだと刷り込まれてきた自分にとって、一番偉いとされる女の存在は、とてもめずらしく思えた。

「大戦前から、祭事が多くて有名な町だったらしいぜ」

 めんどくせえことばっかでな。

 ぼやいたクルトの頬には、相変わらず薄く紅が差していた。

 着地点が見えない話から、答えを引き出したくてたまらない。一度聞き始めたら最後まで聞きたいと思うのが、人の心というものだ。

「祭事っていうのは、聖都でやっているのと違う。パルシュナの祭事も小さいものならあるけど、大体は町の泉を祭るんだ」


 脈々と続いてきた祭事は、町の巫女主導で毎年行われている。

 大戦後に、一度だけ国が介入したことがあったらしい。

 巫女ではなく神官に執り行わせて。それこそ聖都で行うような、パルシュナを慰め讃える大祭に変更させた。

 町民の猛反発の中で行われた大祭は、ただ一度で終わりとなった。町の近くにある大きな橋が、洪水で流されたのだそうだ。泉を讃えなかったからだと、町の誰もが口を揃えて抗議をし、国が折れるより先に神官が折れた。

 なし崩し的に再開された祭事は、現在も続けられているのだとか。


「泉を……」

「変だろ。もっと変なのが鏡でさ。鏡っつーか映る物か。人の姿が映るものは全部、泉に浸す。特に町で生まれた女が使う物は、絶対に浸さないと駄目だ。しかも、男が用意する必要がある。町の女は、男を介した鏡にだけ触れていいって決まりがある」

 言い切ってから、まためんどくせえとつぶやいた。

 さらに話を聞けば、町の鏡を取り扱っている店が聖都に一軒だけあるのだそうな。面倒だと思っていても、しきたりだから守らなければという意思は強いようだ。

「不思議ですね」

「だろ? 他にも色々条件があって、その条件にティピアが引っかかってるんだ。詳しくは言えない。よその町の人間には伝えちゃ駄目だっていうしきたりが……」

 しきたり、しきたりで縛られて、クルトが苦しそうに見えた。

 深い事情があってのこと。理解ができたので、聞きたい欲は飲み下すことにした。

「わかりました。一緒に買いにいきましょう」

 苦しそうだったクルトの表情が、ぱっと明るくなった。

「そうか! いや、ほんとに助かる。悪いな、無茶な頼みで」

 そしてやっぱり大げさだ。


 この後、話はとんとんと決まり。明日、共に聖都へ下りることとなった。

 自分としても軟禁状態から抜け出せるのがありがたく、クルトが帰った後、早速バトに報告を上げた。

 呆れたような溜息と小言を頂戴したものの、許可だけは取りつけた。任務遂行だと大きく大きく背伸びをした時、部屋の隅にいた小さな子が、心配そうに一つだけ鳴いたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ