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真導士サキと風渡りの日  作者: 喜三山 木春
愛読お礼小話 日々のかけら・その2
2/195

あの後の二人

 どうしてこうなる。


 自分をじっと見てくる琥珀を見返しつつ、心で嘆いた。

「……何ででしょう」

「いや、だからな」

「また怒っているのですか」

 またって何だ。

 怒っていないと伝えたのに、誤解が根付いたままではないか。

「何度も言うが怒ってはいない。わかったなら枕を返してくれ」

 枕を受け取ろうと手を伸ばしてみたけれど、蜜色の相棒は枕を抱きしめたまま離そうとしない。

 むうっと眉を寄せ、毛を逆立てて抵抗の姿勢を示している。

 今回は絶対に自分が正しい。

 そうだとしても、彼女から抵抗を受けると怯んでしまうのも事実で……。すっかり尻に敷かれてしまったことを追加で嘆いた。

 頑なにそうはなるまいと思ってきたが、自分もあの海の男だということか。


 カルデスの男は喧嘩に滅法強く。女には滅法弱く。そして女房には絶対に頭が上がらない。


 まだよくわかってなかった子供の時分は、何でどこも嫁さんばかりが強いのかと疑問に思っていたのだが。多分、どこの家の親父もこういう経緯で尻に敷かれていったに違いない。

 ……華の季節はかわいいわがまま。年月経てば女房の小言、だ。

「何で今日は駄目なのですか」

 蜜色の猫が、枕にじゃれつきながら鳴き声を上げる。いつの間にか、ねだり方が上手くなってきている。

 ああ、これはいかん。

 変な方向に急成長をはじめているサキの行く末を案じた。

 真っ直ぐ育つよう、慎重に添え木を差していたのに。あっちこっちから余計な添え木を差し込まれて、ツルが絡まってしまったのだ。まあ、自分も余計な行いをしていた自覚はある。大いに反省して、今後は彼女の道を正していかねばと決意する。

「サキ、もう眠り病は治っただろう。俺も体調が整ったから、お互いの看病は必要なくなった」

 惰性から生まれてしまった習慣だったけれど、そういうことにしてしまえ。

 表情を保ち、できる限り真剣な顔を作っておく。

「だから、元通り別々に休もう」

「……いやです。一緒に寝ます」

 完全にいじけた猫が、拒否を出して枕に顔を埋めた。どうあっても枕を返すつもりはないらしい。

「どうして急にそんなことを言い出したのです?」

「看病の必要がなくなったからだ……」

「いやです」

「何でだ」

 普通は逆だろう。

 普段あんなに慎み深いのに、どうしてこうなるのだ。

「だって……。だって……」

 猫が小さく鳴いている。折れそうな心を補強しつつ、表情を崩さぬ努力を続ける。

「一緒に寝るとあたたかいです」

 焼け石扱いか。

「これから暑くなっていく」

「でも、朝は肌寒いです。倉庫からもらってきた掛け布があれば、暑い日も寝苦しいことはありません」

 真導士の里は至れり尽くせりで……迷惑な時もある。

「一緒にいたいです」

 これにはぐらっとした。

 大急ぎで補強を重ね、どうにか乗り切ろうと気力を整える。

「……それに」

「それに?」

 サキは少しだけ言い淀み、夢を……と切り出した。

「ローグと眠るようになって、あの夢を見なくなりました。朝まで眠れるのがうれしくて……」


 一緒にいると、安心するから。


「どうしても駄目でしょうか」

 補強に勤しんでいた手が、ついに止まってしまった。上手くつぼを突かれ、思わず天を仰ぎ女神に苦情を上げた。

 時として荒れ狂う、故郷の海。

 あの海に生きる男達に、脈々と受け継がれているその癖は、確かに自分にも受け継がれている。

 これは卑怯だ。

 誰かから入れ知恵されたのか。もしそうなら、きっとそいつを湖に沈めてやろう。

「サキ」

 枕に顔を埋めている彼女に、諦念を抱えながら語りかける。

「今晩だけだぞ」

 ぱっと顔を上げた猫は、鼻を赤くしている。

 枕に押しつけたせいだろう。

「――うん」

 喜びと混ざって出てきた返事。その返事を聞き、甘やかし過ぎたかという後悔は、海の彼方へと飛んでいった。

 いそいそと枕を寝床に並べているサキの向こうで、白の獣がこちらを睨んでいる。

 ちらと牙を覗かせている姿が、あまりに不穏だ。

 獣の視線から逃れ、寝支度を整えようと自室に戻る。


 頭を冷やし。気力を整え。よしと気合を入れてから、衣装棚を開ける。

 夜着の脇に隠しておいた小さな包み。長身の友人から貰い受けた心配と気遣いを手にし、口を開く。

 今晩だけとは言ってみたものの、思ったような流れになるか正直不安だ。

 明日にでも睡眠剤の追加を依頼しておこうと、ヤクスの顔を思い浮かべ。気を紛らわしながら支度を整えて、自室を出る。




 初恋に苦戦するカルデス商人は、奔放に育つ恋人に、今日も振り回されている。

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