表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
真導士サキと風渡りの日  作者: 喜三山 木春
第十二章 譎詐の森
127/195

郭公の雛

「――ローグ、逃げろ!!」


 エドガーから放たれた無数の蔦が、ローグを完全に包んでしまった。

 周りの声援が叫換に変わる。

 蔦でできた檻から、白い光が漏れてきた。視ているだけで鳥肌が止まらなくなるような光が、逃げ場を失ったローグに襲い掛かっている。

「ローグレスト!!」

 イクサの怒号が、状況の悪さを浮き彫りにした。同期を混乱に陥れた黒幕は、上空で勝利の笑みを浮かべている。

「野郎っ……」

 真眼を開き、クルトが真力を放出する。男達がそれに続こうと真眼を開いていく。

「待って!」

 怒りの気配を押しのけて、場にチャドの制止が行き渡る。

 「あれ」と指差したのは、嘲り笑っている"共鳴主"の後方。突如として、夜陰の中から人影があらわれた。

「なっ――!?」

 エドガーの驚愕の上、腹に響くような重い音が被さった。一切の遠慮がされないまま、勢いづいた踵がエドガーの背中に落とされる。カルデス商人が放った渾身の一撃は、ローブの守護すらものともせず、舞台に幕を下ろしたのだった。




 輝尚石からサキちゃんが解放される。

 イクサの傷は、癒しで完治した。

 そうは言っても失われた血は真術じゃ戻らない。まあ、ちょうどいいだろう。仮面の下から出てきた男は、ちょっと血の気が多過ぎる。

 ディアちゃんは、すっかり真力を失い気絶している。軽く診察したけれど問題なさそうだ。

 イクサがどう説得したのか知らない。

 でも、その寝顔はとても穏やか。

 彼女を苛み続けてきた病魔が、ようやく立ち去ってくれたのだろう。

 解放されたばかりのサキちゃんにも怪我はなかった。真力が少ないのが心配と言えば心配。とはいえ、それ以外の問題はないと思う。

 ギャスパルは"共鳴"から解放された途端、ぶっ倒れた。周りにいた奴が、おそるおそる介抱している。エドガーの真力が深く入り込んでいたせいで、真力が枯渇しかけている。こちらも眠らせておいた方がよさそうだ。

 残る問題は、たった一つ。


「さあて、吐いてもらおうか。サガノトスに帰る方法を」

 クルトが棒を肩にのっけながら、縄でぐるぐる巻きになっているエドガーを脅す。

「……さあ? 僕も知りません。戻りたければローグレストが転送で運べばいいでしょう」

 手も足も出ない状態だってのに、こいつは無駄な抵抗を繰り返している。その態度にむかっ腹が立ったようで、舎弟四人がいきり立つ。ほんと、燠火の連中は気が短い。

 それにしても驚いた。

 あいつってば"転送の陣"を習得していたのか。エドガーも、まさかローグが転送を使えると思ってなかったんだろう。

 飲み込みの早さは相変わらず。今度コツでも教えてもらおう。

「下らねえ誤魔化しばっかしやがって……」

 燠火に負けず短気なクルトが、肩に乗せていた棒の切っ先をエドガーの鼻面に突きつける。止めようかどうしようかと悩んでいたら、一人のお嬢さんが棒を除け、エドガーをかばうように両手を広げて膝をついた。

「どうかお止めください」

 一触即発の場に入り込んできたのは、あのリナちゃんだった。

「リナ、駄目よ!」

 彼女の行動をやめさせようと、お嬢さん方から次々と声が上がる。

「貴女、エドガーに騙されていたのよ。……それなのに何で!」

 誰よりも純心な彼女を唆し、エドガーは術具をばらまいていた。

 いい人の振りをして。自身が"共鳴"を受けている振りをして、同期を混乱に陥れたのはその男だ。

 説得の甲斐もなく、リナちゃんはゆるく首を振った。

「彼は確かに悪事を行いました。しかし、彼もきっと真術を受けて――」


「違うな」

 涙声の演説を止めたのは、ローグだった。

 再び舞台に上った黒髪の友人は、エドガーから目を逸らさず「こいつは違う」と重ねて言った。

 ローグの真眼は、いまだ真力を放っている。戦闘が終わってもなお警戒を解いていない様子を見て、身体に緊張が戻ってきた。

「転送が使えて、実物が構築できて……。ただの雛にできる芸当ではない」

 思考の早さ。臨機応変さを見ても、"共鳴"を受けているということもないだろう。

「真術が掛かっているかを確かめたいなら、ヤクスに頼んでみればいい。……やらなくても結果は見えているがな」

 最低一年。

 普通に考えれば二、三年。それだけの期間がなければ、蔦の真術は展開できない。

「エドガーの存在は、サガノトスにおいて異質だ」

「ですが……、真導士となる前から真術を使える人はいます!」

「"珠卵"のことか。それこそおかしいさ。今年の"珠卵"はレアノアだけだ」

 もちろん意図せず真眼が開いてしまう者もいる。そういった者達は、ドルトラントに無数存在しているという。

「だが、真術が使える者はいない。むしろいてはいけない。真術を使えるようになるためには、手ほどきをする者が必要だ。正規の真導士なら里に申請するだろう。もしも片生や淪落だったなら、決して手ほどきをしない」

 真眼を開けば、相応の真力があることはすぐにわかる。近い将来、確実に真導士となり、自分を追ってくるかもしれない相手を、誰が育てるというのか。




「ご明察。――お前は、本当に賢いねえ」

 割り入ってきた声が、緊張を残していた草原に安堵と歓声をもたらした。

 同期達が、一斉に夜空へと手を伸ばす。偽物の空に、剛勇の赤が咲いている。

「おっせえよ、おっさん!」

 いつものようにクルトが暴言を吐き、大隊長が「お兄様だっての」と返してきた。横に副隊長の姿もある。探したぞって睨んできてるから、ひとまず愛想笑いを浮かべておく。

 降り立った大隊長は騒ぐ雛を眺め、それからぐるぐる巻きの男に目をやった。

「娘っこ、そこを離れな。ローグレストの言う通り、そいつはただの"珠卵"じゃねえ」

 "珠卵"は大事な同胞であり。大変、危うい存在でもある。相応の真力を有している者が真眼を開いたなら、すぐさま把握しなければ国が危険にさらされる。

「早期発見のため、国中に禁術が展開されている。ゆえに里が"珠卵"を見逃すことはあり得んのだ。……ところがここにあり得ない存在がいる。禁術をすり抜け、まんまと巣にもぐりこんでやがった」

 捕らわれている男の顔に、深い苦みが走った。エドガーに歩み寄った大隊長は、顎髭を撫でつつこう言った。

「オレも初めて見るな、"郭公"の雛は」


 ……カッコウ?

 カッコウって、あのカッコウでいいのかな。


「大隊長、それはどういう」

 意味ですかと続く予定だったのに、またも上がった金切り声のせいでぶつ切りにされた。ついさっきまでいたリナちゃんの姿が、視界から消えている。

 大慌てで周囲を探して、いやなものを見つけた。

「貴様等、全員動くなーっ!!」

 いつの間にか復活していたセルゲイが、リナちゃんを人質に謎の抵抗をしている。

 はっきり言うと存在を忘れていた。

 いまこの時になって、いたことを思い出したくらいだ。どうやら友人達もそうだったらしく、皆が皆して警戒をしていなかった。

 片腕を人質の首に回し、必死な様子でずりずりと後退していっている。けれど、逃走を第一部隊が許すわけもなく。退路らしい退路はすっかり潰されていた。

 一人でぎゃあぎゃあと騒いでいるのを、友人達と一緒に生ぬるい気分で眺める。横目で窺ってみたら、大隊長は「何だありゃあ」って顔してセルゲイを見ていた。

「……大隊長、いかがします?」

 副隊長が嫌悪感丸出しで、上司に指示を仰いだ。

「捕まえろ。使い捨てだろうが、一味に入っていたことは事実だ」

「えー……、牢獄は満室ですが」

「えー、じゃねえ。我侭言わず、さっさと捕らえろ。……連れて帰らんとキクリが騒ぐ」

 オレ達がいるにも関わらず、制裁を下したがっていた副隊長が、やる気なさそうな「はい」を出した。正師のおかげで、かの高士の命はどうにか繋がったようだ。


 そうして雛達が見守る中、第一部隊による"セルゲイさっさと捕獲作戦"がはじまった。はじまる前から予想していた通り抵抗はあっさりと無効化され、まさしく"さっさ"と完了したものだから、草原いっぱいに笑い声が広がっていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ