表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
真導士サキと風渡りの日  作者: 喜三山 木春
第十二章 譎詐の森
125/195

本当の卑怯者

 精霊の舞に、歓楽の合唱。

 真夜中の劇場は、いよいよ佳境を迎えた。

 役者は揃った。"二つ星"に導かれめぐり合った同期が、ひとところに集っている。

 人形を操っていた糸は断ち切られていた。囚われの娘達は、自らの足で立ち、意思をもって顔を上げている。

 長く操られていた人形達はといえば、あちらこちらの地面に転がっていた。

 まるで放り捨てられた玩具だ。

 哀れに思えど、救済している場合ではなかった。


 あとはギャスパルとエドガーを残すのみ。

 派手に暴れていた二人だったが、人垣に囲まれて退路を失っていた。二人の足元にはサキとディア。気絶している二人を切り札に、最後の抵抗を試みようとしている。

 先に動いたのはエドガー。倒れ伏していた娘の一人をつかみ、乱暴に引き上げた。


「ディア!」

 前に出たイクサを睨み据え、動くなと言って輝尚石を掲げる。

「動いたら、この娘を焼き殺します」

 卑劣な脅迫に、批難が殺到した。

 首元を押さえつけられたディアから、小さく呻き声が出ている。意識を戻しつつあるようだ。

「意味あんのかよ、それ」

 蔑んだような口調でクルトが問う。その横にはユーリが戻ってきていた。

「黙れ……」

 ギャスパルから、劫火の気配が放たれる。

 攻撃の気配を見せた男と赤毛の友人の間に、白い幕がかかった。"守護の陣"は幼馴染の番をすっぽりと包み、あたたかな光で周りを照らす。

 呼応するように、天水達が次々と守護を編んでいく。

 編み出されたのは光の輪。互いを守り合うよう重なった加護には、一分の隙もなかった。

「君達の野望は潰えた。ディアとサキを解放し、素直に投降しろ」

 鉄仮面の説得を受けてもなお、二人は抵抗の構えを見せる。真眼から放たれた劫火の気配が、霧のようにただよい、満ちる。


 気配がすっかり染め変えられている。

 相棒ともなれば、"共鳴"を深く受けてしまうようだ。元の気配はどんなものか、皆目検討もつかない。

 しかし、近場で見れば仕掛けがよく視える。反応の鈍さが何よりの証拠だ。

(あの時は、騒動の最中だったから流しちまったけど。奇妙だと思う)

 横目で赤毛を捜す。

 出会った視線から、即座に確信が伝わってくる。視線の意味は、語らずとも男達に伝達された。

「……相変わらず、気に食わねえ野郎だぜ」

「褒め言葉として受け取っておこうか」

 応酬の間に、少しずつ位置をずらしていく。上手く間合いに入れそうだったのに、つい焦りが出た。

 足元の枯葉が、草原の一角に乾いた音を響かせる。

「動くなと言ったはずですよ」

 エドガーから制止がきた。

 惜しいことを。あと半歩のところで勘付かれてしまった。奥歯を噛んで、それこそ百歩下がる心地で後退った時。腕の獄にいた人質の目が開き、局面を大きく動かした。

「このっ……!」

 人質がエドガーの腕に噛みついて、拘束から逃れる。

「ディア、こっちだ!」

 暴れた拍子に転がった娘は、手と膝とを土で汚し、まろぶように相棒の方へと駆け出した。同じように駆け寄ったイクサは、腕を大きく広げ、飛び込んできたディアを抱える。

 全員が見守る中、二つの人影が重なった。

 わっと歓声が上がったと同時に、場面に相応しくない鈍い音も響いた。

 異変に気づいたのは、二人の近くにいた娘だ。光景から逃れようと目を閉じ、甲高い悲鳴を上げる。


「イクサ――!!」

 絶叫と共に、悲劇の形があらわとなった。闇に白く映えていたローブが、じわじわと染まっていく。

 苦しげな声を出し、イクサが崩れ落ちた。

 その身体を支えにしていたディアも、合わせて地面に落ちる。

 向かい合う形で膝をついた番。赤はイクサの腹部からあふれている。

 そして、娘も同じ色に染まっていた。

 赤い水は得物を握っている手を伝い、病的なまでに細い手首を通って白い袖を汚している。

 血を流し苦しむ男を、娘はぼんやりと眺めるばかり。

 そして自分の目は、その瞬間をはっきりと見た。悲劇を演出した"共鳴主"の口に、笑みが浮かんだのだ。網膜に届いた笑みの歪さが、全身に嫌悪を運んでくる。

 悲劇はさらに続く。

 娘の額が強く光り、劫火の真力が放出されてしまった。

 誰もが息を飲んだ瞬間、最悪に最悪が上塗りされる。

 ぼんやりとしていたディアの目に、正気の光が宿る。自身を取り戻した紅玉は、すぐさま色合いを変えた。

「イクサ……?」

 血に濡れ、大地に膝をついている男の額に、大粒の汗が浮いている。

 娘の視線を止められる者はいなかった。

 苦しげに呻く相棒を見てから、赤く濡れたローブと傷口を押さえている右手に流れ、そのまま自身の両手に辿りつく。

「……あ」

 血まみれのナイフが草原に落ちた。ディアの手から離れた凶器は、先から根元まで赤に染まっている。

 ディアが両手を開く。

 相棒の血がべったりとついている手を見て、色を失った唇が「そんな」と呟いた。


「ディ、ア……」


 イクサが左手を伸ばす。相棒に向かって伸ばされた手には、赦しが乗っている。誰が罰するというのか。彼女も被害者だ。ディアこそが被害者なのだ。

 青ざめた顔に、ぼろの仮面が被さった。

 苦しみながらも相棒を救おうとした努力は、かえって娘を追い詰めていく。


「いや……、嘘よ、こんなの嘘よっ……!」


 涙が散った。

 真眼が強く明滅しはじめる。制御しきれなくなった真力が娘の内側で渦巻き、出口を探して暴れ狂っていた。

 まずいと声が上がり、守護の壁が大きくたわむ。

 下がれ、離れろと警告が飛び交いはじめる。一人が森へ駆け出したのを契機に、人垣が四散した。波を逆行しようとしたヤクスが幾人かに取り押さえられ、森に引きずられていく。

 包囲網が解かれた場には、自分と悲劇の番。そして"共鳴"を受けている憐れな男と、憎むべき演出家だけが残った。





(どう考えても、奴はおかしい)

 ギャスパル一派とやり合ったあの日に、奴が放った真術。サキを捕縛した真術の完成度は、驚くほど高かった。

 根元への攻撃はすり抜けていった。けれども、サキはつかまったままだったのだ。

 絶妙な力加減で真術を構築し、さらには毒の花まで咲かせた。とても導士にできる芸当ではない。あの状況を再現しようとすれば、二つの真術を組み合わせることになる。

 夏を迎える前の時期。雛が二つの真術を展開するなど、できようはずもない。

 普通の雛ではない。だから、あいつが。

 エドガーが本当の――




「卑怯者が!!」

 怒鳴りつけた相手は、細い目に愉悦を乗せて極悪に笑った。

「おや、気づかれていましたか。……ならば、長居は無用ですね」

 エドガーはそう言って、大地に伏していた彼女を引きつれ、上空へと昇っていく。一人残されたギャスパルは、空に出た"共鳴主"を無感動に見つめている。

「もたもたしている場合でしょうかね。じきに"暴発"が起こりますよ」

「貴様、相棒を見捨てていく気か!」

 問いに嘲笑が返ってきた。

「相棒……? ああ、そこの火薬のことでしょうか」

 暴言と共に指差されても、ギャスパルは動く気配すらない。

「貴方も残るというのなら、こちらとしては大歓迎ですが」

 ギャスパルとイクサ。そして自分が"誘発"すれば、場は壊滅する。

「そうしたら全滅です。ただその娘とギャスパルだけなら、半分くらいは助かるかもしれません」

 言っている間にも、ディアの真力はどんどん高ぶっていく。

 "暴発"は間近。

 誰の目にもそれは明らかだった。エドガーはその光景を見て、心底愉快そうに笑う。


 見捨てていけばいい。

 所詮はただの同期。出会って間もない赤の他人だろう。


 劫火の男はサキを連れている。風の中、力なく揺れている彼女を見つめ。取り残された人形を見て、血塗れた番に目をやった。

 埃にまみれ、それでも輝きを保っている金の合間。

 血の気を失った白い顔に、まばゆい光をたたえた目が覗いている。

「ローグレスト……!」

 吐き出された声は、かすれながらも強さを残している。迷いの中で煩悶しているとイクサの口が動いた。

 行け――と。

 音が失われた言葉は迷いを捻り潰し、汗ばんだ背中を勢いよく叩く。一拍の後、高みの見物を決め込んでいる卑怯者を目指して、一直線に飛んだ。



 誰にも譲ってはやらない。

 自分の翼は、自分で守る。それは半身だけに与えられた栄誉だ。


 イクサにはイクサの。俺には俺の戦いがある。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ