表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
真導士サキと風渡りの日  作者: 喜三山 木春
第十二章 譎詐の森
124/195

形勢逆転

 もうもうと上がる土煙。

 切り刻まれ、空に飛ばされた草木が、容赦なく降り注いでくる。


 右腕で顔をかばいながら、土煙の谷間に目を凝らす。

 森と草原の境目。

 描かれていた正鵠の真円は、まだ保たれていた。

 ヤクスの周囲に風が渦巻いている。山分けした輝尚石で、風の結界を構築している男達に、今度は炎豪が襲い掛かってきた。

 咄嗟にポケットへと手を伸ばし、忍ばせていた真力の輝尚石を投げつけた。

 飛んでいく輝尚石に意識を集中し、炎豪に接触した瞬間、一気に起爆する。

 網膜を焼くような光が、一面を照らす。


 真夜中の箱庭に日が昇ったようだった。光が完全に収束しきる前に、全景へ視線を巡らせる。

 探していた人物は、瞬きの間に草原へと降り立っていた。

 乱雑にローブを羽織った男は、気配とは裏腹に、冷え切った表情で森を眺めている。横にいるエドガーも、険しい顔をしたまま腕を組み、ヤクスの真円を睨んでいた。

 問題の番を見て、胸の燻りがよみがえった。

 もしかしたらと考えている自分が、頭の隅にいる。

 土煙が去っていくにつれ、奴等の周囲にある影達の姿も見えてきた。

 ギャスパルの向こう。左翼側にあの不愉快な高士、セルゲイが立っている。胸を張り、腰に手をあてている姿は、"虚栄"という言葉を贈るに相応しい。

 ギャスパルの背後には、劫火を帯びた者達が控え、そして――


「――サキ!!」


 地面に倒れ伏している人影が二つ。

 うつ伏せになっている二つの白に、薄い金が添えられていた。慣れ親しんだ彼女の色にまぎれて、闇に濡れた葡萄色もちらついている。

 大地に張りつけられている彼女は、幾度呼んでも微動だにしない。気配も感知不可能なほど小さくなっていた。その姿を見ているだけで全身の血が滾り、敵への激情があふれてくる。


「……面倒な奴等だぜ」

 フードの影から、猛禽類を思わせる目が覗いている。

 声と共に、真眼から真力がこぼれた。

 無遠慮に吐き出された真力は大気をただよい、後方に控えた人形達の気配を躍らせる。

 誰もがギャスパルに注目している中、エドガーが動いた。

 輝尚石を掲げ、ヤクス目掛けて旋風を放つ。境界付近を覆っていた土煙が、大きくかき混ぜられる。煙幕の中から悲鳴が上がった。

 次いで盛大に咳き込む音が響き、「伏せてろ」という声が聞こえてくる。

 土煙が内側から押され、四方八方に広がった。枯葉と草が大急ぎで後方へと抜けていく。

 顔に石つぶてが当たった。大地が降らす横殴りの雨は、ちりちりとした痛みを頬に生む。歯を食いしばったら砂の味がした。

 風をやり過ごした後、中央の部隊に目を向ける。

 視界が真っ先に拾ったのはクルトの姿。ひびの入った輝尚石を掲げ、エドガーと相対している。

 ヤクスは赤毛の友人の影にいた。額を切ったようで、左側の顔が血塗れとなっている。しかし、真眼は血濡れとなっても強い輝きを放ち、光立ち昇る円を愚直に支えていた。

「援護してくれ」

 背後にいたフォルに声をかけ、旋風を片手に森を出た。

 真円の中にいる娘達は動かない。これはうれしい誤算だった。劫火の毒が薄められた彼女達は、"共鳴主"の元へ戻る気すらも失ったようだ。

 立ち尽くし、涙を流しはじめた娘達。解放の時は、目と鼻の先まできている。


「――ローグ、真円を!!」

「まかせろ!」


 輝尚石に念じ、空をひた駆ける。大気は冷たく、手と顔の温度を無情に奪っていく。冬にまとわりつかれた身体は、不思議と高揚感に満ちていた。

 真眼と真円と輝尚石と。

 奇跡と称される世界の合間に、深く闇が敷かれている。二つの相反する世界が、箱庭の中でぶつかり合う。

 薄闇の空に雷が走った。

 縦横無尽に駆け巡った光は、すんでのところで火花を散らす。

「導士の分際で、小生意気な……!」

 顔を赤らめている高士は、自分を標的と定めたようだ。

 追撃に次ぐ、追撃。

 方向を変えるたび、輝尚石が鈍く光る。一際派手に広がった雷から辛くも逃れ、静寂が戻ったかと思えた時。突如、三つの火柱がそそり立った。見下ろした場には三人の人形がいた。

 残りの人形は、ついに森から出てきた男達と対峙している。

 視界の端で、娘の何人かが膝をついていた。

「あと少しだ、粘れ!」

 指先が逆転の気配に触れた。

 左右に散っていた男達も、ギャスパル一味を取り囲む。

 エドガーをクルトが。ギャスパルをイクサが引きつけ、残る者達でヤクスと娘達を守り、方々へ援護の手を伸べている。


「迷うな、進め!」

「いけるぞ! もう一押しだ!!」


 ――旗を立てろ。

 共に戦い、共に進む。誰一人欠くこともなく全員で生き残る。

 敷かれた命題は、しっかりとした土台となってくれていた。


 ――そして目指せ。

 目的は何か。

 助力を得ることか。協力し合うことか。

 似て異なるこの二つ。

 どちらが答えかと迷っていたが、どちらも違うとの答えを得た。

 人は目指す生き物だ。目指す過程で力を合わせはじめるのだ。順序がまったく逆だった。


 ――話はそれからだ。

 伝説は言う。

 後進に説教臭いと愚痴られても、それを示し続ける。

 進めと。

 足を動かせと。率先して動かない奴に、誰が着いていくのかと問いかけてくる。

 正鵠アーレスは、決して後ろを振り返らずに、宿命の道を歩み続けた。飽きるほど繰り返し聞かされた話を、いま一度強く噛みしめる。


「全員でサガノトスに帰るぞ。わかっているな!!」


 男達から応と返ってきた。力強い返事は、身の内にある矜持と闘争心をかきたてる。

 さえずりを止めようと思ったのか。

 酒に酔ったような顔をしている醜い矜持の塊が、輝尚石を片手に上空へと駆け上がった。誰よりも高く昇ったセルゲイが、下方に向けて輝尚石を構える。

 男の手にある輝尚石からは、きつく雷の匂いがしていた。


(多重真円か!?)


 敵味方の区別もせず、攻撃を加える腹づもりのようだ。

 そうはさせるかと輝尚石を握り、セルゲイ目掛けて投げつけた。近づいてくる輝尚石が、真力のみを含んでいると察知したのか。血走った目を大きく見開き、あたふたと風を呼んで身を捩った。

 体勢を崩した男に、残り少ない旋風を放っておく。

 風に巻き取られ、ぐるぐると回った男の手から雷の輝尚石が離れた。逃すものかと強く念じ、その破滅を願う。男の情けない悲鳴に覆いかぶさるように、輝尚石が甲高い音を出して爆発する。粉雪のように散る水晶の群れから、柔い光が飛び出してくる。

 解放された喜びに舞う、光の粒達。

 精霊達に向けて、真力をふんだんに放出する。こいつらは実に素直だ。ついてこいとささやけば、踊りながらやってくる。

 手元の輝尚石も砕け、同じように飛び出してきた粒達が踊りの輪に加わった。


 粒の外套を羽織り、真円を描く。


 思いのままに描き、重ね、願った通りに風を生む。奇跡の力がようやくこの手に戻ってきた。

「食らえ!!」

 溜まっていた鬱憤を混ぜて、醜い男に風を見舞う。

 先ほど以上に情けない声が、大気中に広がった。糸の切れた凧のように落ちていくのを見届け、主戦場へと視線を戻す。

 途端、鋭い視線とかち合った。

 いつの間にか後方へと下がっていた問題の番が、こちらへ輝尚石を掲げている。

 炎と旋風が夜を焦がした。

 吐き出された火炎流は、草原全体を照らす。そこで、箱庭の箱庭たる所以を見つけた。

 草原の果てに壁がある。

 陽炎のようなもやの先にあるのは、白楼岩の光。

 その光の手前。いまにも陽炎に飲まれそうな一軒の小屋が建っている。直感に従って、二重に束ねた旋風を走らせた。

 暴風の直撃を受けた小屋は、中身を撒き散らしながら陽炎の中で消失していく。

 地面に残されたのは大量の星――輝尚石の大群だ。


「何をする!」

 エドガーの叫びは、高揚した頭に心地よく響いた。

 ――何をする、だって?


「こうするに決まっているだろう!!」


 遠くで、輝尚石の大群が"暴発"した。

 火薬庫に点火したような爆発が起きる。真力の輝尚石もあったのか、その勢いは留まることを知らない。

 熱い突風がやってきた。

 彼方からの使者は、人が空にいることを許さず、全員を大地に帰還させる。

 自分も例外に加われず、背中から着地するはめになった。されど怪我に見合う成果を得た。場に似つかわしくない笑いが、腹からじわじわとせり上がってくる。


「精霊だ!!」


 歓声が聞こえる。

 狭苦しい水晶から脱走した精霊達が、自由を満喫しに戻ってきたのだ。

 歓声の合間に、輝尚石の割れる音が聞こえてきた。徐々に増えていく合唱の上、高い声が重なった。


「……ああ、身体が動くわ!」




 形勢は逆転した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ