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真導士サキと風渡りの日  作者: 喜三山 木春
幕間 夏の真導士
12/195

夏の真導士(4)

「やあやあ、ありがとう。さすがに若い人たちは違う」

「いえ、大したことでは」

 倉庫番の御仁は、首からかけている手ぬぐいで汗を拭い、大量に運び込まれた荷物を見た。

「久しぶりだねえ。こんなにたくさん運んだのは」

 圧巻だと笑ったその人に倣い、ヤクスと一緒になって半端に笑う。

 倉庫番の御仁を見送ってから、居間に持ち込まれた物を眺める。


 ずらりと並んだ荷物の群れ。


 炊事場から顔を出したサキも、呆然としていた。

 レアノアのお土産は、庶民では理解できないほど大量だったのだ。

 これで減らしてきたと聞き、また乾いた笑いが出る。貴族らしくないと思ったのも束の間。やはり出自からくる習慣は滲み出るもの。これを普通だと言い切るのだから、住む世界の差というやつだろう。

「開けていいのか」

「もちろんよ。配分は好きにして。全員の好みは聞いてなかったから、こちらで勝手に選んできたわ」

 ならば早速と、並んだ荷物を広げにかかる。

 王都ネグリアからの土産だ。

 しかも本物の貴族が、縁を結ぶしるしにと用意してきたもの。どのような趣向なのか。王都では何が流行っていて何が売れているのか。知らずにおいたら損をする。

 まずは、もっとも大きな荷を解く。

 何をどう思ってかは知らないけれど、出てきたのは絨毯だった。しかも質のいい羊毛がとれることで有名な、ヨークテルヤの絨毯。

 普通の娘ならば決して選びはしないだろう。いったい誰の家に置くことになるのか。誰も興味を示さないなら、是非ともうちで引き取ろう。

 次に出てきたのは花瓶。お次は髪飾り。さらには香油と続く。

 女物がほとんどだが稀に男物も混じっている。華やかとはいい難い。しかし、長く使えそうな物ばかりだ。

「買い込んできたね……」

「いらないなら知り合いにでもあげれば?」

「いいえ、滅相もない。ありがたーく頂戴いたしますってば」

 きついと思える言動にも動じず、ヤクスはしまらない顔で土産を眺めている。

 本当に貴族かと疑いたくなるような言葉遣いだ。

 ごく当たり前といった風に受け答えしているヤクスの様子から、これがレアノアの地なのだと理解する。同期を見渡しても、ここまで凹凸がある番はめずらしい。のんびりとし過ぎている友人には、丁度いい相手だ。相棒の扱いは相棒にまかせておくのが最良と考え、休めていた手を動かす。

 そうやって土産の選別に勤しんでいる最中、ユーリの甲高い声が居間に鳴り響いた。

「すっごーい!! こんなにきれいな衣装なんて見たことない」

 興奮気味な歓声に惹かれ、どれどれと箱を覗き込む。

 箱の中。きちりと収められているのは薄紅の衣装。そして衣装の下には、これまた見事な乳白色のショール。衣装にもショールにも、細やかな刺繍が成されている。特に目を惹くのはやはり薄紅の衣装。左の胸元に、たった一つ大柄な絹の花があり。その花を起点にした蔦の刺繍が、左側だけに広がっている。


 ……これは確か。


 つと記憶を辿る。

 そうだ。先日届いた、五番目からの手紙に書かれていたものだ。

 近頃、王都で流行り出したという図柄。

 いままでは全面に刺繍が施されている衣装が人気だった。しかし、人気が出過ぎてあふれてしまった。そのため流行りに敏感な一部の層で、片面の刺繍が人気を博している、と。

「素敵……」

 うるうると瞳を輝かせているユーリの横で、ティピアまでもがうっとりとしている。

 さすがに気になったのか。遠慮気味にたたずんでいたサキが、そろりそろりと二人に近寄っていく。

 天水の三人娘は、すっかり心を奪われたようだ。薄紅の衣装の絢爛さにほれぼれとして、口々に衣装の素晴らしさを褒め。王都では皆がこんな衣装をまとっているのかと夢を膨らませている。

「何それ」

 娘達の夢に割り入ってきたのは、またしてもレアノア。

 レアノアは整った唇を曲げ、不審物を見るような目つきで衣装を睨めつけている。

「衣装なんて買ってきてないんだけど……」

 えっ、と驚いた声が上がる。

「いっぱい買ったから、中身を忘れたんじゃないの」

「ヤクスと一緒にしないでよ。確かに全部を覚えてるわけじゃないけれど、衣装を買ってないことは覚えているわ。初対面の手土産に衣装を選ぶはずないでしょ。背格好を知らないのにどうやって仕立てるのよ」

 言われてみればと納得したヤクスを、藍色が強く睨んでいる。

「では、この衣装は……」

 ジェダスが衣装の箱を検分する。

 くるりとひっくり返された箱の蓋。木目の詰まった蓋の隅に、見た覚えのある印が焼きつけられていた。


 動いたのは同時。


 我先にと手を伸ばし、ショールの下にあるだろう物を目指す。指がかかったと思った時、するりと紐が逃げていった。

 目的の物が、白く細い手に奪われたのだ。

 まるでかばうようにそれを抱えているのは、蜜色の相棒。

 夢を描いていた瞳にはまざまざと動揺が滲んでおり。つい先ほどまで赤らめていた頬は、白く強張っている。

 それだけでわかった。

 わかりたくないが、わかってしまった。

「ど、どうしたんだよ、二人して」

 突然の争奪戦。

 はずみで押しのけてしまった赤毛の友人は、奇妙な格好のまま聞いてきた。

「いえ……、何でも」

 ぎくしゃくと答えたサキは、手に抱えている袋をさらにきつく抱え込んだ。

「サキ、こちらへ」

 言って手を差し出す。

 しかし蜜色の相棒は要求に応えず、袋を背にかばってしまう。

「誤解です」

 いつか聞いた台詞のせいで、血の巡りが早くなった。

「いいから袋を」

「大丈夫です」

 何がだ。

「うちに届いた送付物だ。俺にだって確認する権利がある」

 ぐっと詰まった彼女は、それでも袋をかばっている。そうしてかばっている間にも、肌から徐々に血の気が失われていく。

「危険物ではありません……」

「中身はそうだな。送り主を確認させてくれ」

 白い喉が苦しそうな動きをした。

「違うのです……」

 これは誤解だ。本当に何でもないのだ。きっと何も考えておらず。よしんば考えていたとしても深く考えての行動ではなく。でも、それなりに必要あっての行いだろうから――。

 青白くなりながら懸命に語る。それでも袋だけは隠したままだ。我慢ができず一歩だけ近寄ると、彼女も一歩後ろに下がる。

「サキ」

 動くなと込めて彼女を呼ぶ。

 それでも彼女はまた一歩退いた。

「ローグ、誤解です。本当に誤解なのです」

 言いながらじりじり下がっていくサキ。

 後退する彼女を追い詰める。念のため、周囲に白の獣がいないことだけは確認しておく。

「誤解だと言い張るなら、確認しても平気だな」

 気まずそうにすぼめている肩が、びくりと跳ねた。

「無理です……」

 言葉尻の弱さから推察する。

 あの袋には、証明用の輝尚石以外にも何か入っているようだ。よく耳をすませてみれば、かさこそと音がしてきている。

 中身は、紙……だな。


 紙。


 男が女に送る紙。

 どうせ手紙か招待状だろう。考えに考えれば借用書の存在も思い当たる。けれど、倹約家である我が相棒に限ってそれはない。

 彼女と男の繋がりについて答えは得ている。慧師から正式な任務内容を伝えられている。しかし、今日の状況を説明するような内容とは言いがたい。

 "暴走"の監視と未然防止。

 果たしてそれだけか。腕輪はわかる。術具ならと納得できた。

 だが、衣装は?

 絶対に必要ないだろう。


 睨み合うことしばらく。

 ついにサキが折れた。しおしおと頭を垂れて袋を差し出してきた。

 丁寧に巻きつけられている紐を解き、中身を検分する。

 輝尚石が三つと、封筒が一つ。

 輝尚石を一つ取り出して気配を探る。忘れえぬ凍えた真力。この真力にはさんざん苦しめられた。紛れもなくあの男の気配だった。

 大きく息を吸い込み、もやもやと湧き上がってきた感情を混ぜて、体外へと解き放つ。そうして気力を整えてから、肩身狭そうに身を縮こまらせている彼女と目を合わせた。

「返す」

 驚きを刻んだサキは、差し出した袋を受け取ろうとはしない。

 いつものように小首を傾げて、琥珀に怯えを乗せている。

「送り主がわかればいい。これはサキ宛の荷物だ」

 本当は手に取らせるのもいやな気分だ。それでも、悔しさを矜持で押しつぶして、無理やり平静を装う。


 受け取った袋をそっと抱え、何か言いたそうな顔で見上げてきたサキ。その姿は、まるで居場所を失い、途方に暮れている猫のようで、ついつい笑いかけてしまう。

 自分の心にしっかりと根を下ろしている病は、思っていた以上に進行していたと、半ば諦めながら理解した。

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