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真導士サキと風渡りの日  作者: 喜三山 木春
第十二章 譎詐の森
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白の森

 すすり泣きが聞こえる。

 パルシュナ神殿の"控えの間"を模して造られた場に、揃って娘達が閉じ込められていた。部屋中にただよっている気配からは、見回り部隊だった男の匂いがしている。これで彼等と一派の繋がりが明白となった。


「……ったく、うるせえ奴等だぜ。泣こうが喚こうが意味はねえ。いい加減、黙りやがれ」


 劫火の気配が肌を撫でた。

 かつて親鳥達が立っていた壇上に、ギャスパル一味がいる。中央に座しながら睨みをきかせている男は、不満そうに鼻を鳴らした。

「しばらくすれば静かになる。放っておけばいい」

 隣に立っていたエドガーは感情が乏しい顔のまま、じっと娘達を眺める。わずかな間、自分とも視線がからんだ。いやな予感が膨らみ、自分にもたれている娘を、その細い目からかばう。

 ディアの体調は、著しく悪化していた。

 気分が悪いのか、先ほどから浅い呼吸を繰り返している。ディアにとって、周囲に満ちている真力は刺激が強過ぎるのだ。

 せめて水を飲ませてあげられればと思うけれど、動くどころか立つことも無理だ。意に沿わない動きをすれば、たちまち電撃が襲い掛かってくる。自分だけなら試してみただろう。でも、傍に病人がいる。

 巻き込んでしまう位置に彼女がいる以上、大人しく救援を待つことしかできない。

 周囲のすすり泣きは続いている。

 しかし、当初より泣き声が減ってもいた。囚われた時に二十を越していた娘の数は、いまやその半分ほど。

 外から悲痛な叫び声がした。その声に合わせて、すすり泣きが強くなる。痛ましい叫びは救いを求め、もがいて抵抗している。

 気配も、声と同じように激しく踊っているのが視える。


 助けたい。

 助けられない。

 周囲に張られた結界が、心の底から憎たらしい。


 声が消えていく。

 それと合わせるように、気配が劫火に飲まれていく。じわじわと侵食されていく様が、真眼を通し伝わってくる。

 脳裏に浮かぶのは助けを求め、上げられた手。最後の力を振り絞り伸ばした手が求めているのは、誰の手だろう。しかし劫火に追いつかれ、何もつかまぬまま闇に消える。

 また一人、犠牲になってしまった。


 扉が開く。

 本来なら神殿へと繋がっているはずの扉の外に、草原が広がっていた。

 偽りの場へと姿を見せたのはセルゲイ。相棒を裏切り、傷つけた男は、筒の術具を手にしている。

「おい、そこのお前。真力を追加しろ」

 セルゲイはギャスパルに対して偉そうに命じた。不愉快に思ったのか、エドガーがギャスパルに視線を送っている。しかし、ギャスパルは特に気にするでもなく筒を受け取った。

 彼等の繋がりは明白。ただ、その有様はどうにもわかりづらい。

 里で主に暗躍していたのは、"霧の真導士"であるフィオラだ。彼女からの指令が受け取れないから、セルゲイの指示に従っているのだろうか。

 身動きができないなら、可能な限り状況を知っておきたい。


 助けはくる。

 必ずきてくれる。だから、いまできることを成すのだ。


 筒を手にしたギャスパルは、輝尚石から多量の真力を放って術具に籠めている。

 最初から大人数を"共鳴"させるつもりだったのだ。ギャスパルの輝尚石は、呆れるほどたくさん備蓄されていた。

 その間、暇を持て余したセルゲイがこちらへとやってきた。まるで囚人を監視している看守のように練り歩き、泣いている娘達を観察する。

「さあ、お次はどいつだ? お前か、それともそっちのお前にしようか」

 この男は相変わらずだ。

 いやがる様を見て、恍惚とした笑みを浮かべる。不愉快極まりないとは、まさにこのこと。

 セルゲイの足音に紛れて「下郎」と批判の声が飛び出てくる。それを不愉快な看守は聞き逃さなかった。

「……おい、誰だ」

 すすり泣きが小さくなった。

 息を詰め、互いに身を寄せ合う。

「誰が言ったと聞いているのだ。答えぬか!」

 偉そうな問いを受け、すっと立ち上がった人影があった。マリアンだ。

「わたしよ。わたしが言ったわ」

 ライラが涙声で相棒を呼んだ。かばうように。そして縋るように手を握り、引き離されまいとしているライラの顔は、見る見る青ざめていった。

「違うよ。わたしが言ったの!」

 次いで立ち上がったのはユーリだ。その無謀な勇気に、周囲から細いどよめきが出た。

 身を包んでいた大気の質が一変する。

 各々から流れ出てきた気配が、世界を強く束ねていく。

 次々に立ち上がる娘達。

 胸の奥に秘めていた矜持が、いくつもの樹木となってそびえ立ち、あっという間に白い森を形成した。

 強き心が、自分の胸にも火を灯す。

 病人を床に預け、立ち上がろうとした時、肩に力が加わった。

 ティピアが震えながら自分を止める。小さく首を振って「大丈夫」と口を動かした。躊躇うこともなく立った小さな樹木。そうして自分とディアは、すっかり森に埋没した。

 森の果てで、セルゲイの気配が荒む。狭い心の持ち主にとって、彼女達の行動は許せないだろう。電撃が来るかもと考え、森から距離を取ってディアを抱きしめる。


「おかしなことを。うるわしき友情というものですか」


 金属をすり合わせたような声がする。エドガーは娘達を嘲笑い、見下している。

 しかし、彼女達は動じない。

 覚悟を決めた人は強い。それが男であっても、女であってもだ。

「何でしょうね。全員が理想に殉ずるつもり、と」

 無益な行いだと思わないのか。

 それとも贖罪のつもりか。わずかに順番を狂わせたからとて、最後は全員が"共鳴"を受ける。一つか二つ入れ替えたくらいで、いままでのすべてが水に流せると思っているのか。

 これにユーリが言葉を返した。

「貴方達のせいでしょ! 変な術具をばら撒いて、みんなを不安にさせて……。この、卑怯者!!」

「ええ、確かに術具は広めましたね。でも、それがどうしたと言うのです。あの術具は、気力を荒らすだけのものです。特別な指令は何もしていません」

 人を蔑み、互いを疑ったのは自身から出た錆び。

「正直、あそこまで上手くいくと思っていませんでした。多少、荒れさせたくらいで出てくる錆びだ。それが貴女方の本質でしょう。……醜いものですね」


 違う。貴方は間違っている。


 内から出てきた反論が、ひんやりとしたものに塞がれた。口に触れた手は苦痛の汗に濡れ、氷のように冷えている。

 あえぎながら手を伸ばしてきた娘と、目が合う。

 紅玉にも、やはり苦しみがあふれている。しかし苦しみの奥に、蝋燭の炎のような光を視た。ディアの身にも矜持はまだ残されていた。彼女はもたれかかった格好で、自分の口を塞ぎ続けている。

 事情は知らないはず。

 "神具"の持ち手だと知っているのは、自分を含めて三人だけ。それなのに、皆が自分を守ってくれる。危機から遠ざけようと力を振り絞ってくれる。

 真導士の勘。

 ただ、それだけだと思いたくはなかったし、きっとそれだけではないだろうと信じるのは容易かった。

「醜いのはどっちよ! あれだけ貴方を案じていたリナを裏切って。よくも平然としていられるわね!!」


 お願い、目を覚まして。

 女神様の加護を信じて。どうか"共鳴"など振り払って、元の貴方に戻ってください。


 泣きながら諭していた娘は、真っ先に犠牲となった。

 リナは最後の最後までエドガーを信じていた。術具を広める手助けをさせられていたのに。裏切られたというのに、ずっと男を心配して涙を流していたのだ。

 哀れな娘を思っての抗議。それをエドガーは一笑に伏した。

「ああ、あの娘のことですか」

 騙すのに労苦はなかった。

 信じるだけで世界が救われるという幻想は、大いに役立った。

「おかげさまで楽をさせてもらえました。相手に信を置き、やさしく接すればすべて解決すると本気で思っていた。本当に馬鹿な人でしたね。その頭の悪さには、さすがに同情しますよ」

 感情のかけらもない台詞に反応し、怒りの気配が広がっていく。

「貴女達のそれも彼女と同質の幻想です。協力のつもりですか。それとも博愛でしょうか? 見ず知らずの他人同士で、何ができるというのです」

 浅い連携など、多少のゆさぶりで呆気なく崩れる。一度でも崩れてしまえばもう隙間を塞げない。人の繋がりは脆く、塵よりも価値がない。

 リナを嗤い。同期を蔑む男に対して、娘達の怒りが弾けた。

 口々に一味を侮蔑し、罵る。

 その高い声の抗議に憤ったセルゲイが、盛大に電撃を放つ。

「――ええい、うるさい! 貴様等、オレを無視して、そのような行いが許されると思っているのか!?」

 空虚な矜持を持つ男は、一時でも存在を忘れられたことが何より我慢できないようだ。

「次はお前だ、前に出ろ!!」

 指差されたマリアンは、白い顔に決意を乗せたまま、一歩前に出た。連れ去られていく相棒をライラが呼ぶ。その声に悲壮の色は含まれていなかった。

 強くなれるよう。強く在れるよう。声だけで心を支える。


 扉が閉まる。

 無情な断絶の後も、ライラはマリアンの名前をひたすらに呼び続けていた。

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