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真導士サキと風渡りの日  作者: 喜三山 木春
第十二章 譎詐の森
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箱入り

「体調を崩していた」

 寒さの訴えを受け、ディアにローブを羽織らせてしまった。

 表情や口調から、こいつの感情を拾うのは難しい。頼りになるのは勘。ただし、真導士の勘ではない。

「サキもローブを?」

「ああ。娘のローブは不備が多いと……繕い物をしていたところだった」

 ここまで入念だと、夏のローブに不備が多かったのもわざとだったように感じる。呆れるほどくどいと、何度思ったことだろう。

 進みながら周りの樹木よりも太いものを見つけ、印を刻んだ。それを見届けて、イクサが前進をはじめる。


 草原を目指そう。


 提案は、自分も考えていた方策だった。

 いくら探しても真円は見当たらず。そしてイクサも、燠火の輝尚石を持っていなかった。「真力が高いのも考えものだ」と力なく言った男と、仕方なしに情報を交換し合う。

 いま得るべきは利益。

 友人達のような協調を、この男に求めるのは無理だ。見切りをつけて、思惑の一致だけを頼りに歩き続ける。

 歩けども歩けども、やはり精霊の姿を見ない。もしこの不可解な現象も罠の一つなら、"迷いの森"だけで起こっているはず。

 草原は"真穴"ではない。"真穴"でなければ、真術もかかっていないだろう。"真脈"が存在しているとしても、草原すべてを真術で覆うなど不可能。必ずどこかに隙間ができる。だから、草原に出れば何らかの手が打てる。

 望みをかけて、先を急ぐ。

 時々、樹木に矢印を刻み。樹皮に真力を籠めて、まだ見ぬ同期達を誘導する。戦力の増強と、できれば緩衝材となってくれる誰かが欲しい。こいつと二人きりではやりづらい。


「他の気配はあるか」

 前を行く男の髪が、地形の段差に合わせて大きく動く。

「オレのわかる範囲には視えないね」

 イクサは、はっきりと言ってから「変な気分だ」とつけ加えた。

「気配の探索で頼られるのは、これがはじめてだよ」

「……仕方ないだろう。俺よりお前の方が視えている」

 自分は五つ目。こいつは三つ半。どちらかと言えば四つ目に近いらしいが、自分より視えていることには変わりがない。

「もちろんそうだ。首席殿のお役に立てるのなら、頼りないこの真眼でがんばってみよう」

 合間、合間に皮肉が入ってくる。

 遠慮すべき相手がいないいま、奥歯に物が挟まったような会話はごめんだ。

「嫌味な奴だな。関わりたくないのはお互い様。少しでも早く他の連中と合流できるよう、力を注げばいい」

 二人きりなのは最悪だ。

 最悪だが、それなりに生かしようがある。こいつの面倒な鉄仮面、この手で引き剥がしてくれる。

 先を行っていた相手が立ち止まり、半身だけをこちらに向けた。鉄仮面は被ったまま。目だけが興味深そうに光っている。

「ローグレストはそうだろうね。でも、オレにとっては都合がいい」

 気を持たせるような台詞を落とし、男が前を向いた。

「君とゆっくり話をしてみたかったんだ」

 聞きたいことがある……と続けて、大きな樹木を指差す。印をつけろと言いたいらしい。

 指示されるのはいやな気分だった。しかし、行動内容は適切だ。しっくりとこない何かを腹に抱えつつ、指差した樹木へと近づく。


「教えてくれないか。現状について詳しく。できれば……君達がこそこそと動いていた理由も一緒にね」

 がりと耳障りな音がして、粉となった樹皮が盛大に散っていった。

 「誰がお前なんかに」と動きそうになる口を引き結び、気力の維持のため息を吐き出す。

 しっくりきていないものが、ずれて軋む。

 話せば話すほど距離が遠くなる。底なし沼に落ちるとこんな徒労を感じるのだろう。表面だけは友好的だから、余計に虚しさが増す。

「話してもいい。ただし条件がある」

「条件とは何だろうか。生憎と持ち合わせがない」

 がりがりと音を立てて印を深く刻む。

 いままでで一番大きな樹木だ。早くきてくれとの願いを矢印に込める。

「金ではない。いまあっても荷物になるだけだろう」

「へえ……、めずらしい。商人はどんな時でも金儲けをはじめるものだと思っていた」

「演劇を観過ぎているようだ。いま少し、市井に出て交わるといい」

 背後で気配にゆがみが出た。

「何故そう思う、と聞いても」

 当たらずとも遠からずだったようだ。

「お前は、どこをどう見ても"箱入り"だからな」


 風情からして泥臭さがない。

 自ら動くよりも人を動かすことが多い。動かすのはもっぱら口だけだ。

 所作もどちらかといえば貴族寄り。けれど貴族でもない。貴族なら家名があるし、例えばレアノアのように独特な気品が出る。

 わかりやすいのは話し方だ。

 レアノアは、上位の者に対してなら節度を持った話し方をする。その時は必ず、ゆっくり、ゆったりとした口調になる。この特性は慧師にも共通している。下位の者達と接している慧師は、尊大ながらもゆったりと、意識に届くような話し方をする。

 "もたつき"がきたら最上級の愛想を売れとは、商人界隈で知られた話。

 貴族どもは王族の影響を強く受ける。

 特にいまの国王は、民を思うと評判の賢君だ。現国王が即位してからというもの、貴族どもが「民を知るため」という標語を掲げ、よくお忍びでやってくるようになった。

 庶民の服をまとい、それらしく振舞っていても、話し方は普段のまま。だから貴族かどうかは一目瞭然。

 せいぜい愛想のいい対応をして、気分よく帰らせろ。間違っても気分を害しては駄目だ。下手すれば税が上がる。気に入られたら儲けもの。左団扇も夢じゃないと、酒の席でうそぶいている者も多い。


「貴族にしては話し方が早い。というより庶民としても早い。早いわりに、人心をつかみ損ねるということもない。使う言葉が明確なものばかりだからな」

 そして大事な部分ではあざといほど大声になり、強調するように一語一語をはっきり区切りながらしゃべる。こういった特性を持つ者達なら、これまたよく知っている。

「親は市長か? それとも議員か」

 市長や議員には選挙がある。人望と耳目を集めるのが生業だ。

 どちらにしろ裕福に育ったのだろう。何しろ茶を淹れるのも覚束なかった。

 合同実習で倉庫に行った時もそう。サキに頼まれた野菜を手に取れなかったのだ。品名は記憶していた癖に、どれのことやらさっぱり、といった様子だった。

「面白い。傍から見たらそう感じるのか」

「他の連中が、お前をどう見ているかまでは知らん。人目がある場で、清廉潔白なように振舞うのが習い性だというのなら批判もせん。だがな、俺を相手にして誤魔化しながらしゃべるのはやめろ。気色が悪くてかなわない」

 ここまで詰めて、ようやく発言が途絶えた。

 真力も籠め終わったので、考え込んだ相手を無視して先を行くことにする。


「君の――」

 背丈の半分ほどある傾斜を下ったところで、往生際悪く何か言おうとしてきた。うんざりとして、怒鳴りつけてやろうと振り仰ぐ。

 見やればやたらと光を放っている派手な金が、暮れて薄暗くなった森で映えている。

 表情はいまだ変化なし。

 けれど、瞳の色合いが変わったように視える。

 紫の奥では真力が高ぶっていた。好戦的と評させる特性が、鉄仮面の奥から覗いている。


「ローグレスト殿!」


 睨み合いはすぐに終わった。聞き覚えのある声が自分を呼んでいる。喜び勇んで景色を探った。念を込めて真力を残したのが幸いしたようだ。

 視線がとらえたのは二つの人影――ジェダスとチャドだ。

「ローグレスト、イクサ。二人とも怪我は?」

「大丈夫だ。お前達は無事か」

 よかった。

 本当によかった。

 この上ない巡り合わせだ。ジェダスもチャドも緩衝材として適任。その上、二人には自分の輝尚石を渡してある。そろそろ草原に出るかという頃合でもあった。試練を越え、やっとの思いで幸運を手にしたのだ。

 傾斜を下りきった場所には、腰を下ろすのによさそうな岩が、いくつか転がっている。

 休憩がてら作戦会議といこうという提案は、即座に快諾された。

 誰もが信じきり、疑う余地すらないほどの滑らかな流れだったが、思わぬ形で大きく捻じ曲がる。


 最初の変化は、無造作に転がっていた岩にあらわれた。男一人分くらいある大きな岩が、流砂に飲まれてしまったようにずぶずぶと沈んでいく。

 「何だ」と言おうとして、景色の急激な変化を視た。さっきまで淡い光を放っていた樹木が、強く輝いている。

 まずいと言ったのは誰だったか。確かめる暇も与えてもらえなかった。

 地面が沸騰し、足元が崩壊したのと同時に友人達の悲鳴を聞く。


 網膜を焼き尽くすような光が満ちて、世界が怒涛の変化を遂げた。

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