表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
真導士サキと風渡りの日  作者: 喜三山 木春
第十二章 譎詐の森
111/195

はじまりの森

 気がついたら森に落ちていた。乱れた心臓が深い呼吸を求める。それに呼応した肺が、じっとりとした大気を吸う。

 混乱が長く続かなかったのは、落ちた先が見知った場所だったから。

 湿り気を帯びた土。倒木に生えている苔。

 同じように苔むしている樹木と、白く淡い光。


 ここは――"迷いの森"だ。


 やられた。

 ふつふつと出てきた悔しさで、身体が熱くなっていく。

 サキが。

 娘達が消えた原因は、きっとこいつだ。

 転送が展開されている時、強く力を発していた布を、怒りを込めて握り潰した。

 条件は、こいつを着ていることと鐘の音。

 やはり鏡だけではなかった。むしろ鏡はおとりで、こいつが本命だろう。

 真導士の里では、こいつを着るのが自然だ。寒暖を制御し、守りを約束している。大気が冷えれば、誰に命じられるでもなくこいつを羽織る。

 こいつが――冬のローブが、導士誘拐の真犯人だったのだ。

 十二年前の"風渡りの日"は雪も降った。里の誰もが冬のローブに袖を通し、寒さを凌ごうとしたはず。いくら家にこもっていても、本人が着ていれば転送は防げない。家は、住人の真力を感知すれば真術を通してしまう。

 手に入れた答えは、ひどく胸糞悪いものだった。

 里のいたるところに内通者がいると聞き及んではいた。上層達は警戒に警戒を重ねていたが、人手が足りないと嘆いてもいた。それらの事項をしっかり認識していたというのに、どこで警戒を落としていたのだろう。

 真導士ばかりを意識して、倉庫に気を配るのを忘れていた。里から支給されるものは安全だと、いつの間にか思い込んでいたのだ。


 自分のうかつさを恨みに思いつつ、行動を急ぐ。

 まずは、右のポケットから黙契を引きずり出して展開した。光にあぶられながら、報告すべき内容を頭の中で組み立てる。

 仕組みがわかれば、捜索範囲を絞れる。

 とにかく、この事実を伝えよう。

 手早く展開した輝尚石。いつもならすぐに通じていた。しかしいまは焦りのせいで、展開の間がじれったく感じる。

 急かすように光を見つめ、しばらくして妙だと気づいた。

「……バト高士、聞こえていますか」

 展開はとうに終わっている。慣れ親しんだ黙契の気配は、いままで触れてきたのと寸分違わず同じもの。

 違いはたった一つ。声が通じない。

 何度呼びかけても無駄だった。展開された黙契は、どこかで途切れてしまっているようだ。

 距離があるのだろう。

 時に諦めも肝心だ。黙契での連絡を断念し、次の方策を考える。


 民を惑わすために存在している"迷いの森"。

 聖都やサガノトスとは一定の距離があれど、それでもダールの領地内にある。

 どんよりと曇った空を見上げる。日が暮れかけて、いっそう暗さを増している。かといって迷いはしないはず。何しろ真導士には、光輝く第三の目がある。

 帰還を決意し、真眼を見開いた。真力を帯びた木々がいっそう強く煌いたようだった。

 飛ぼう。

 空から里に帰るのがいい。真円を辿って転送を使うという手もあるが、時間がかかり過ぎる。里に近づけば黙契が使える。一刻も早く、里の上層に事実を伝えなければ。

 決意も新たに真力を吐き出す。

 真円を描き、旋風を形作ろうとして、またもや別の違和感を覚えた。

 おかしい。

 異変を感知した時、はじめは焦りが気力を縛っているのかと思った。急く気持ちを宥め、再び旋風を展開しようとして事実の壁にぶち当たる。


 真術が展開できない。


 変だ。

 黙契は展開できていた。何故、旋風が展開できないのだ。

 気づいたら口が渇ききっていた。

 焦りが焦りを呼んで、精神を乱そうとしてくる。

 落ち着けと念じ、少し離れた場所に真円を描く。濃く描いた輝きの内側に、たっぷりと真力を注ぐ。

 そこで一度、深呼吸をする。気力を整え、いざと構えて違和感の正体を知った。

 精霊がいないのだ。

 これだけの餌を撒いたというのに、どこからも飛んでこない。

 "迷いの森"は、"真穴"の上にある。"真穴"には通常、多数の精霊が棲んでいる。真力は精霊の食事。そして"真穴"は精霊の餌場。

 "迷いの森"ほどの餌場から精霊が消えるとは、とても考えられない。これも一派の仕業か。


(いかん)


 いまは混乱している時間すら惜しい。

 まだ最悪の事態とは言い難い。完全に手を失ったわけではないんだ。だから落ち着こう。

 輝尚石なら使える。

 それは確認できている。大気に精霊がいないだけで、まだやりようがある。輝尚石が使えるのは、中に精霊が籠もっているからだ。つまり輝尚石を割れば、精霊は確保できる。

 思考を整理して皮袋を覗く。

 数はあれども、持っているのは癒しと守護の輝尚石。割ったところで天水寄りの精霊が出てくるのみ。

 これも油断と言えるだろう。

 燠火の真術なら展開した方が早い。持てる荷物には限りがあるから、燠火の輝尚石を外してしまった。

 家に戻れば大量にある、旋風と炎豪の輝尚石。どんなに溜め込んでも、緊急時に使えなければ無意味だ。

 再度うかつさを恨み。気合を入れ直すべく、両手で頬を挟み込むように叩いた。


 悔やんで止まっている暇はない。

 サキが奴等の手に落ちてしまった。

 娘達ばかり揃って姿を消したのは、彼女達のその細やかさのせい。ボタンだの裾上げだのと気を配ったがため。早々と身にまとったせいで一足先に飛ばされた。鐘の音が合図だというのも絶妙だ。鐘が鳴る頃合に待ち受けていればいい。彼女達はとっくに捕縛されている。

 しかし、まだ策はある。

 伝達はすべての家に回った。散開した友人達は、自分と同じようにローブを着替えただろう。

 転送を受けたのは自分だけではない。

 きっと――きっと他の男達も、森に飛ばされてきているはず。

 そうならば逆転の余地がある。娘達がまだ森にいるとは考えづらいが、男達なら近場にいる。

 とにかく他の連中と合流しよう。系統が違う奴なら、確実に燠火の輝尚石を持っている。燠火だとしても、用心深ければ予備用の輝尚石を持っているだろう。

 脱出するにせよ。このまま敵と相対するにせよ。頭数はあった方がいい。


(よし、行くか!)


 前進あるのみだ。

 気力を高めて景色を見渡した。目を凝らしてよくよく眺め、印らしき真円を探す。

 あれすらも消されていたらなお厄介。合流の難易度が高くなる。

 どうか残っていてくれと願いながら目を凝らし、薄闇の向こうにちかりとした輝きを見つけた。

 印だろうか。

 これはありがたいと足を進め、どうも高い位置にあるようだと再認識する。

(人……)

 足の進みを緩くした。友人達の誰かだといいが、奴等の可能性もある。

 もちろん同期の誰かの可能性だってある。そうだとすればギャスパルにばったり……ということも考えられる。

 用心するべきは、輝尚石と不意打ち。

 光の主がこちらへと向かってきたのを視認して、一度ぐるりと周囲を探った。足場が悪い場所で囲まれでもしたら不利になる。足を緩めた自分に警戒したのか、あちらの歩みも遅くなる。


 吉と出るか。凶と出るか。


 深く息を吐き出す。肺のすべて吐き出しきったところで、ついに相手がその姿を見せる。

 思わず天を仰ぎたくなった。

 やってきた男は友人達ではなかった。ついでにギャスパル達でもなかった。


「ローグレスト、君だったか」


 相手は自分の名を呼び、相好を崩した。いや、仮面を被って本性を隠し出したと言っていい。「よりによって」と自分の不運を嘆き、女神の気まぐれを心底恨んだ。

 白の輝きが照らし出したのは、暮れた世界にあっても一際目立つ――金の髪だったのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ