表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
真導士サキと風渡りの日  作者: 喜三山 木春
幕間 夏の真導士
11/195

夏の真導士(3)

「じゃあ、何も聞いてなかったの?」

「ええ……何も」

 間抜け面でこちらを見てきたヤクスを睨み返す。

 人がせっかく黙っていたことを、わざわざ言わなくともいい。

「"暴発"……」

 ほら、言わないことではない。

 深く考え込んでしまったサキを見て、苦々しさを持てあます。

「"暴発"を起こすと、当人も無事ではすまないのですよね」

「そうみたい」

「では、わたしのは……」

「"暴発"だったんだと思うけど、威力が小さかったのかな?」

 全部話してから「しまった」とうろたえても、どうしようもないだろう。まったくこいつは……頼りになるようで、ならないようで。扱いが非常に難しい。

 静かに。じっと自分の手の平を見つめているサキ。

 ほっそりとした首筋に、添え髪の影が落ちる。日の光が薄まっている場所には赤い筋。彼女から血が流れた跡。悪意を投げつけられ、痛みを受けた証拠が、いまだ消えずに残っていた。

「わたし、無事ですね」

 ささやかな声音には、精一杯の虚栄が含まれている。泣くものかと、口を引き結んでいるサキを横目で窺う。

「どこか違いがあるのでしょうね」


 ――人ではない。


 彼女の心を悩ませ続けている真実。消えない不安の渦が、勢力を拡大していくのを視た。

「サキ、考え過ぎるな」

「はい……、わかっています」

 わかってないだろう。言いたい気持ちをぐっと堪えて、彼女の背に手を置く。

 あの日から、サキは奇妙な仕草をするようになった。よく背中をかばうようになったのだ。その場所に眠る力を、無意識の内に守っているのだろう。だから、こうやって背中を撫でてやると安心するらしい。

 いましてやれることなど、せいぜいこれだけ。たったこれだけだが、してやらないよりはいい。

「お熱いですね」

「お前らさ、もうちょっと遠慮したらどうだよ?」

「いいなー、いいなー」

「からかい過ぎは駄目」

 静かだった居間が、一気に騒々しくなった。遠慮をすべきはどちらかと問い詰めてやりたい。

「いつもこんな感じなの?」

 優雅な仕草で添え髪をかきあげつつ、レアノアが言う。

「うん、そうだよー。言った通りでしょ」

 サキの顔が、赤く染まっていく。

 忙しなく流れ出した風の気配。不安の渦すらも飲み込んで、ざっと流れていく彼女の心。

 生き生きと動き出した気配を感じ取り、気づかれないように細く息を出す。


 真っ赤になったサキは「焼き菓子を……」と呟き、炊事場に引っ込んだ。急いだものだから足元がもつれかけていた。

 壁の向こうで転びやしないかと耳を澄ませる。しばらくたっても大きな音が聞こえてこなかったので、どうにかなったのだろう。

 無事を確認し、卓の下でヤクスの足を軽く蹴ってやる。

 口の動きで謝罪をしてきているが、睨むことはやめない。ティピアとユーリからも非難の視線が飛んできている。気の利かないことをしてくれた友には、丁度いい制裁だ。


「レアノア殿はどちらのご出身で」

「幼少の頃はずっと王都にいたわ。最近はネグリアと領地を行ったり来たりしていたの」

 貴族の妻や子女は、王都に居を構えるのが常。王都に妻子を預けることで、王家への忠誠心を示していると聞いたことがある。

 居住する場所も自分で選べないのだ。高貴な身分とは難儀なものだと思う。

「そうそう、ネグリアのお土産があるわよ」

 ユーリから、わあと声が上がる。

「相棒がお世話になっていたみたいだし、お近づきのしるしにと思って。ここに届けてくれる予定になっているんだけど。……ちょっと遅いわね」

 知らぬ間に届け先にされていた。

 思い切った行動をする娘だと呆れる。

 貴族だからとは思いづらい。というよりも貴族らしくはない。貴族ならば偉そうにしていることが常。しかし、レアノアからは見下している感じは受けない。

 代わりに豪商のような押しの強さを感じる。先日の態度といい、かなりの曲者であるのは間違いがなさそうだ。

「じきに来るんじゃないかな」

 相棒とは対照的にのんびりとしているヤクスは、人の家だというのに勝手に歩き回る。

 ランプが切れた時の予備用にと、窓辺にかけている輝尚石から真力を放ち。窓を開けてから身を乗り出し、道を見る。

「あ、噂をすれば。倉庫番の人達だ。……ねー、レニー。あれって全部お土産?」

 呼ばれたレアノアも、窓から身を乗り出した。

 正直、貴族の姫君がとる姿勢とは思えん。サキとは違った意味で破天荒な娘だ。

「ええ。だってヤクスがお友達増えたって言うから」

「ありゃー……。ダリオ達を呼んでおけばよかった」

 気になったのか、クルトも立ち上がり窓辺で並ぶ。

「え、なになに。どんなお土産?」

 興味津々なユーリが続き、やれやれと三人で顔を見合わせてから自分達も立ち上がった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ