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真導士サキと風渡りの日  作者: 喜三山 木春
第十二章 譎詐の森
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最初と最後と

 並んで道を歩いていたヤクスが背伸びをした。

 いつもより長くなった友人は、高い場所からのんびりとした一言をもらす。

「ああ……肩が凝った。あの面子だと緊張するなー」

「そうかな? 他の部隊の人達より、ずっと話しやすいと思うけどね」

 発言の後ろ側で、高士達の不穏がちらつく。


 今夜には、真導士以外の者を里から下ろすという。朝の内に通達が出され、十二年前を知っている高士達を中心に、動揺が広がりはじめているとも聞いた。

「外の任務への志願者が、殺到していると言っていましたね」

「逃げたいんだろう。里の外にいた方が安全だ。上手くいけば……って言っちゃ駄目だろうけど。上手くいけば、焼き払われた里の復興者になれる。もっと欲をかけば上層に――ってね。四大国の安寧のため、サガノトスの存続は絶対だ。"空白の地"に令師の派遣を求めないのも、手だれと呼ばれる一部の高士を呼び戻さないのも、もしもの時のため。志願している人達は、そちら側に入りたいんじゃないかな」


 ――もしもの時のため。


 だからだろう、最後の一人を呼び戻さないのは。

 最後の一人の名は、外住者名簿に記載されていた。シュタイン慧師の同期は、慧師自身を含めて全員が有力な真導士だ。この危機にこそうってつけだと思うのに、いまだ姿を見ない。

 蠱惑は向き不向きの差が明確という。実戦に向かないのかとも思っていたが、謎に思っていた事柄への答えはきっとこれだ。


「細々としたところまで、彼等の作戦はよく練られている。まさか"迷いの森"に細工をしていたとはね」

 呆れ半分の台詞を、苦みと共に受け入れる。

 荒れに荒れていた"三の鐘の部"。その原因は"迷いの森"にあった。

 森に敷かれた転送の真円。

 その半分に仕掛けがされていたという。昨日の会議で明かされた真実は、フィオラ達への腹立ちを募らせる。

「部を分けるのは到着の順番。"森の真導士"は細工をした真円に誘導するべく、余計な印を消してたんだ。後半の……"三の鐘の部"に振り分けられた番の大半は、その真円に乗ってしまったんだろう」

 ここに至って次々と明かされる種。とても喜べやしなかった。何もかもがいまさらだ。

「やだなー……。蜘蛛の巣みたいで」

 張り巡らされていた策略の糸。ようやく断ち切ったというのに顔や手に残っているようで、どうにもわずらわしい。

「"風渡りの日"が終わるまで油断してはいけない。肝心な部分は、何一つとしてつかめていないから」

 英知を司る者の言葉は、ひどく重い。

 気持ちを誤魔化そうと空を見上げ、広がる雲の終わりを探した。


 彼方からやってきた灰色の雲は、大地を飲み込もうとしているかのようだった。







「サキちゃんってば、すごく真面目ね」

 アナベルとジョーイの家は、ちぐはぐな印象もあれど居心地がいい。

 整えられた居間のそこかしこに、博士殿が放置しただろう書物が広げられている。

 勝手に片付けると、調べ物が進まなくなるらしい。雑多に置かれている知識の軍勢達だけれど、古めかしい調度品のおかげで意外なほど馴染んでいる。

 民が想像する真導士は、こんな家に住んでいるはずだ。


 男達の会合から抜けた自分は、アナベルの家で留守番中である。

 会合には何度か出席してみたけれど、難解な話ばかりで早々に音を上げた。大げさにしたくないという正師の意向もあって、いまではローグとヤクスだけが参加している。

 決戦を明日に控え。暇を持て余しているのもどうかと思い、アナベルの手ほどきを受けながら二人の帰りを待っている。

 天水のことは天水に聞くのが一番。実際、彼女の知識は自分にとても馴染みやすい。

 ついでに……と、頭の中で焦げついてしまっているあれこれを彼女に相談したところ、とても明るく「無理よ」と笑われた。

「男の人達も、全部を理解してるわけじゃないから」

「そうでしょうか」

 彼等の様子を思い出してみても、理解できているようにしか見えなかった。

「もちろん。だって専門が違うもの。見回り部隊と外勤の高士は、どうしたって実戦に長けているし。解読部は、歴史の知識に長けている。大隊長達だって、ジョーイの話を全部わかっているわけじゃないわ」

 一年以上、ジョーイの話を聞き続けたアナベルでも、正直なところ理解が進んでいないという。

 何度か聞いた話ならば覚えていられる。しかし一度か二度、流し聞いた程度の話は、あっという間に忘れてしまう。「でもそんなの、当たり前じゃない」と言われて、肩と背中が軽くなる。

「解読部の人達の話をまるごと記憶できたら、歴史書は必要なくなるでしょう。だから、必要だなと思ったことだけ覚えておけばいいの。あとで知りたくなったら、もう一度聞けばいいんだし。でも、さすがだなあとも思ったのよ」

 遺跡の任務に参加した歴戦の高士達は、あの短い期間に必要な知識だけを適切に拾っていった。彼等と比べれば自分はまだまだと嘆き、そして落ち込むこともなくふんわりと微笑んだ。

 解読部に配属されたといっても、アナベルは知識の徒ではない。

 そんな彼女は、博士達の世話という任務を負っている。

 アナベルが着任する以前の解読部は、とてもひどい状態だったと小耳に挟んだ。埃と蜘蛛の巣にまみれた男達が、湯浴みも着替えもせず一室に集い、解読に勤しんでいた……と。そんな解読部も、頼れる助手隊員のおかげで、見違えるようになったらしい。いまは研究室で食事だってできると、博士殿が喜んでいた。


「肝心なことは、たったの三つだけ」


 一つ目。

 "生贄の祭壇"は生華時代の遺跡。かの時代の遺跡は、"封印"と"秘密"で一対となっている。

 ジーノ一派は、ドルトラントに散らばっている遺跡を、見つけた端から盗掘していたようだ。状況からして"秘密"の遺跡は、すでに彼等の手によって暴かれている。

 生華時代の遺跡にも、古代術具が眠っている。彼等が持っているだろう術具には十分に注意すること。


 二つ目は、導士達の扱い。

 彼等は生贄として捧げるため、導士達を狙ってくる。万が一、天水が捧げられたら封印が解けてしまう。だから天水の守りを厚くする。

 しかしながら、天水が重要だと理解しているかは不明。十五の若者、十五の娘と誤認しているかもしれない。となれば、やはりすべての雛が危険だと言える。だから"風渡りの日"が過ぎるまで、すべての雛を守りの中におく。


 そして三つ目。

 これが自分にとって最重要。"リスティア山"で手に入れた"神具"は、危機の際に目覚める。

 これはジョーイが受けた知識によって保障されている。

 "神具"を自分が有していると知られてはいけない。そして彼等の手に渡してはいけない。もしも"神具"を渡してしまったら、それこそ勝ち目がなくなってしまう。

 とにかく安全が第一。少しでも違和感や危機を感じ取ったら、すぐさまバトか正師。もしくは見回り部隊に保護してもらう。

 この三つだけを理解していればいい。そう言われて深く頷く。

「本当はいますぐにでも。……ううん、合同実習を終えた時からずっと中央棟で保護していたかったと思うわ。でもね、それだとすぐにばれるでしょう」

 調査隊に組み込まれた者が、実習明けから中央棟で過ごしていれば、"神具"の持ち手だと嗅ぎつけられる。できる限り、持ち手を不明としておきたい。これが里の結論だった。


「他に気になっていることはある?」

 お姉さん高士は、微笑みながらやさしく問いかけてきた。不安と緊張を取り除いてくれようとしているのだろう。何でか照れ臭くこそばゆくも思うけれど、ぬくいうれしさを抱いた。

「そうですね……。ああ、例の"共鳴"の術具はどうだったのでしょうか」

 チャドが気づいた不自然な術具。

 高士地区の倉庫にもなかった"共鳴"の術具については、ばたばたしていたせいで聞きそびれていた。

「たぶん、あれも生華時代の術具だろうって。……結論は出ていないんだけどね」

 解読部の博士達は、間違いを嫌う。

 正しいと言えるまで議論を煮詰めるのが常。

 普段はそれでいいけれど、今回に限っては迷惑だとアナベルが不満を鳴らした。

「まったくねえ……。時間の区切りがあるのに、いつまでもいつまでも結論を延ばして。こればかりは本当に申し訳ないわ」

 チャドから詳しい話を聞いた副隊長殿は、あれからすぐに問い合わせを行った。そうしたら、現在も解読部内で"協議中"であることが判明したのだ。

 ムイ正師の調査依頼から、すでに半年以上。

 ジョーイとアナベルが大慌てで資料をひっくり返し、とりあえずの結論を出したのが先ほどのこと。

 その時、副隊長殿はこう言った。「最初からジョーイ殿に渡しておけばよかったのに」と。キクリ正師の居室に、博士殿が縛りつけられている原因がこれである。

 知識の徒は、間違った説を唱えた者として後世に名が残るのを厭う。

 そんな他の博士達とは違い、ジョーイは間違いを恐れない。彼は知りたいだけの人なのだ。そして知ったこと、考えたことを話したい人でもあるらしい。「子供っぽいんだから」と評したアナベルだったが、その姿はどこか誇らしそうでもあった。

「術具もそうだけどね。"共鳴"のさせ方なんて、里に上ったばかりの導士が知っているはずない。詳しく教わるのは、令師の元に行ってから。取り扱いが難しいし、一歩間違ったら大変だって師匠に言われたわ」

「では、リーガも……」

 あの男も、どこかでジーノ達と接触していたのだろう。




 すべては最初から。

 そう、やはり最初から彼等はそこにいた。

 何の変哲もない日常の影に、潜み続けていたのだ。

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