表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
真導士サキと風渡りの日  作者: 喜三山 木春
第十二章 譎詐の森
100/195

明け方の訪問者

 回廊から足音が聞こえてきた。

 訪問者が帰っていく。

 時が近づくにつれ、拠点への訪問者が増えているのは知っていた。

 しかしながら、最奥まで招いたのは此度の訪問者だけ。どのような者がやってくるのかと待ち構えていたら、ジーノが席を外すよう言ってきた。

 またかと思い。俄然、相手への興味が深くなる。

 このために部屋の灯りは落としておいた。回廊の灯りが部屋に入り、壁を白く照らしている。

 足音が扉の前を通過した。

 松明が訪問者の形を黒くあぶりだす。

 思わず目を見張った。フードを被り、男女の区別すらつかない人影に、見間違えることができぬ特徴が出ていた。


 導士だ。


 雛にまで内通者がいたのか。

 導士の間で、"共鳴"や術具による荒廃があるとは聞いていた。フィオラが仕込んだ種だとも考えられよう。

 だが、おかしい。

 もし使い捨ての駒なれば、首領の訪問がある最奥に招くだろうか。

 疑惑の足音が遠のいていく。

 十分な距離をとったところで、最奥の部屋を目指す。部屋にはジーノだけがいた。首領の席には、変わらず幕がかけられている。

「やあ、どうしたんだ」

 席を勧めてくる男の手に、見覚えのない代物があった。

 ぞくりと背中が冷える。

 視界にあるだけで、訴えかけてくるものがあった。膨大な力を秘めた杖には、拳大の水晶が嵌っている。模様が渦巻き、光すらこぼしているというのに、それそのものは古い血の色をしていた。

「その杖は」

 ジーノはどす黒い気配をまとっている杖を、棒切れのように振りかざして言った。

「素晴らしい力だろう。"憑拠(ひょうきょ)の杖"という」

「"憑拠の杖"……」

 勧められた席に座り、気配を治めつつ復唱する。魔獣と相対している気分だ。目を逸らしてはならぬと、本能が警鐘を鳴らしている。

「我々に与えられた福音。首領より預かっている大事な品だ」

 手に入れるのに苦労したと笑う男からは、何の感情も拾えなかった。

 この男は感情が薄い。

 相棒を失った真導士とはとても思えぬ。ゆえに近頃はもしかしたらとも考える。

 あの雛上がりはすっかり心酔している様子なれど、己はそこまで信を置いていない。可能性は……まだ握っておいた方がいい。

「とてつもない力を感じる」

「そうだろう。これは失われた文明の遺産。いまの時代に、この真術を再現できる真導士は皆無だ。慧師の力をも凌ぐ……。里の連中が血眼になって探している一品さ」

 "憑拠の杖"に対抗できるのは、フィオラが取りこぼした"神具"だけ。

「……奪取したいが難しいだろうね」

「当然だ。もはや慧師の手に渡っている」

「いいや、それはない」

「何?」

 杖を天にかざしたジーノは、言葉とは裏腹に笑みを浮かべたまま。

「術具と"神具"は違う。"神具"は遺跡が与えた者の手に残る。魂に紐づいてしまうから、相手が慧師だとしても譲渡は不可能。剥ぎ取るとしたら所有者の魂ごと……。身体と魂を分離させれば剥ぎ取れるが、その場合は"神具"の力自体が封印される」

 つまり、フィオラに下した命令は"神具"の奪取ではなく、所有者の抹殺だったということか。

「では、なおのことフィオラだけでは無理な話だった。所有しているとすれば大隊長、もしくは"鼠狩り"。真っ向から挑んで勝ち目があるとは思えぬな」

「わかっていたよ。それでも狙わなければならなかった。我らの目的のため"、神具"の排除は必要だったのだ。……首領はお怒りだ。いまは挽回の機会を模索している最中さ」

 人形めいた男は、頭痛がすると言わんばかりの態度でこめかみに指を置いた。

「挽回の奥の手が、先ほどの雛なのか?」

 男の目の色が、明確に変化した。

「――部屋にいてくれと伝えたはず」

 気配の圧がきた。

 触れた感情は怒り。男が見せた初めての姿だ。

「指示に歯向いてはおらぬ」

 余程の秘密があの雛にあるのだろう。ただの内通者ではないようだ。


「……君は油断できないね」

 部屋の松明が高く燃えた。

 真力にあぶられた炎が、部屋を明々と照らす。

「もっと早く君に加入してもらえていたなら、俺の苦労は半分で済んでいた」

「そいつはどうも」

 ついに腹の探り合いまで辿りついたようだ。長い道のりだったと言えよう。

「君の世代は、優秀な者が多いと聞く。特に……グレッグと言ったか。異例の大出世を遂げたようだね。あの年で第一部隊の副隊長だ」

 放り込みに対応しきれず、気配に歪みが出てしまった。

「詳しいな」

「もちろん。里の幹部入りした者の情報は、できる限り収集している。力量は君と拮抗していた。むしろ、真導士としての評価は君の方が高かった」

 もったいぶった相手は、己の隙を探している。

 腹の探り合いなら大歓迎だ。肉を捨てたとしても、骨は断ち切ってみせよう。

「何故だと思う?」

「気性の問題だろう」

 正師連に強い指導を受けたことがあった。

 独善的な気性を改善せねば、いつか落とし穴となる。その忠告は正しかったとも言える。


「いいや、違うね」

 目を細め、相手の瞳の奥を凝視した。狙いがどこにあるかまだ判然としていない。

「こんな話を知っているか。大隊長もまた片翼だと」

「ほう……初耳だ」

「初耳でもおかしくはないさ。何しろ昔のことだ。もう何年も前の……グレッグが見回り部隊に加入した時に終わった話」

 わずかに身を乗り出し、話の続きを促した。

「大隊長の相棒は、長いこと行方不明。いまも不明者のまま、名前だけが名簿に残されている。里の規則として、相棒が死亡した場合は番の組み直しが強制される。ところが行方不明の場合は存在するとみなされ、組み直しは任意となる」

 ジーノの胸元で輝尚石が光る。一拍おいてグラスが出てきた。

 いまだ警戒は根強い。酒を断ればそこで破談。裏切り者として抹殺される。経口摂取の可能性を疑うより、飲み込んだ方が得策。決意のもと、酒を一気にあおった。

「彼が副隊長となったから番を組んだのではない。番となったから副隊長に引き上げた」

「大隊長がわざわざ雛上がりを番に指名したと」

「物分りがいいね。その通りだ」

 空いたグラスに酒が追加される。

「何ゆえそのような酔狂を……」

 男が笑う。

 嘲るのような笑いからは、一片の情すらも窺えない。

「消えた相棒の弟だったからさ」

 グラスの中で、血のような赤がさざめいた。

「サガノトスの人事はおままごとなんだ。慧師とその同期による戯れの国。フィオラから聞かなかったか」

 不遇だったなと同情するように言ったジーノが、手の動きだけで酒を勧めてきた。

「……それで。出世した同期に醜く嫉妬し、憎き番を潰してこいと言いたいのか?」

「そうだね。もし望むのなら、かの番を打ち落とす役に就いてもらうのもいい」

「望まぬなら」

「そう来ると思ったよ。……君に是非ともやってもらいたい役がある」

 語られたのは、本来ならフィオラが負っていただろう役目。不安定な立場を払拭し、足場を固める内容だった。

 即座に快諾し、ジーノのグラスに酒を注ぐ。

 満足そうにあおった男は「期待している」と付け加えた後、めずらしく会話に応じてきた。


 談笑に交え。二、三の確認を終えてから与えられた部屋へと戻る。

 椅子に腰掛けて、深く息を吐いた。




(――この、大嘘つきめ!!)

 誰が貴様の罠に嵌るかと内心で罵倒し、両手で口元を覆った。

 冷静でいようとの努力は、虚しくも崩壊する。こみ上げてきた笑いを抑えることが難しい。歓喜は怒気よりも度し難い。

 狙いは見えた。

 朧気ながら男の正体も見えてきた。

 愚か者共が、いつまでも謀れると思ったか。あの二人の関係は、以前からおかしいと思っていたのだ。男が座して動かぬことも。女に下問が効かないことも。首領の――"鼠狩り"より、五つ目の真導士よりも膨大なあの真力も。

 これで全部合点がいった。

 そして、己をいまだに小者と見くびっているのも確認できた。グレッグの話を出したのが確固たる証拠。


 馬鹿め。


 そのようなこと、とうの昔に知っている。部隊内では周知の事実。当人達が「贔屓である」と明言し、喧伝しているとは知らなかったのだろう。見回り部隊に内通者を飼えなかったことが、男にとって運のつき。

 指摘されるまでもなく、恵まれた同期に対して黒い感情を抱いていた。それは揺るがぬ事実。だからといって、振り回され続けるのは滑稽というもの。

 負の感情を踏み台とし、さらに上を目指す。かつてその途中地点に、第一部隊が存在していただけ。いまとなっては取るに足らぬ問題。

 順調だ。

 いま以上の流れ、そうはこない。


(後は……待つだけ)


 流れに乗り、時が満ちるのを待つばかり。

 それだけですべてが手に入る。




 サガノトスは、このドミニクが頂いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ