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真導士サキと風渡りの日  作者: 喜三山 木春
幕間 夏の真導士
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夏の真導士(2)

「ごきげんよう」


 ヤクスと一緒に我が家を訪ねてきた娘は、はじめにこう言った。

 娘が動くたび、ころころと鈴の音がしてくる。鈴の小物でも持っているようだ。

「紹介が遅くなったけど、オレの相棒」

 真導士の家系で、貴族の血筋でと細かい略歴を紹介し。よろしくと付け加えてから人のよさそうな笑顔を作った。我が家には、例の一件に関わった友人達が勢ぞろいしている。

 ちなみに例の一件とは、牢獄の塔で起きたあの一件のことだ。

 その時に顔合わせは済んでいたものの、こうしてまともに紹介されたのは自分達も初めて。

「レアノア・ガゼルノードよ。改めましてよろしく」

「呼び方はそのままでいいからね。"様"とかつけて呼ばれるの嫌いなんだってさ」

「嫌いじゃないの。"いや"なの。当然でしょう? 真導士の里は、国家の枠組みの外にあるんだから。例え王族でも奴隷でも同じ真導士。位が同列なんだから"様"はあり得ない」

「うん、まあそだね。……えっと、サキちゃん?」

 相棒の勢いに押され気味なヤクスは、窺うように周囲を見て、蜜色の相棒に視点を定めた。

 「何だ」と自分も彼女を見る。

 すると友人達も「何だ、何だ」と彼女を見た。


 一気に注目を集める格好となったサキは、目を見開いた状態で固まっている。

 レアノアを見ているのは確かだ。

 外見と中身が揃っていない娘に圧倒されてしまったか。しかし、様子を見ればそうではなさそうだ。何せ頬に朱がさしている。怯えている様子もない。どちらかというと好意的な気配を放っているから、怖がっているのでもなさそうだ。

「サキちゃーん。どうしたの?」

 いま一度とヤクスが呼べば、はっとなってきょろきょろする。

 明らかに変だ。

「サキ」

 呼んだところで、ぴたりと動きが止まる。頬を上気させたまま自分を見てレアノアを見て、もう一度こちらを見て、袖をつかんできた。

「ローグ、お姫様です」

「ああ、貴族だからな」

「そうなのですが、違うのです。お姫様です」

 もどかしそうに言葉に言葉を乗せた。何を言っているのかという困惑の気配が、居間に充満する。

 言われている当人は、でき過ぎた人形のような顔を少し崩した。

「貴族だとかは気にしないでって言ったでしょう」

 レアノアに話しかけられたことで、サキはまた大げさな反応をした。わたわたと人の袖をかいている。これではまるきり猫だ。

 すわ人見知りが再発したのかと思い、彼女の瞳を覗き込む。だが、やはり怯えてはいない。

 では何か。

 全員が思案している中、真っ先に自分が答えをつかんだ。理由がわかってしまったらもう堪えられたものではない。湧いてきた笑いを喉で止めようとしてみたけれど、見事に失敗した。

「サキ。ちょっと待て。とりあえず落ち着け」

「でも……、でも……」

「あー、その。ごめんね、怖がらせちゃったかな?」

 長身の友人は、見当違いな謝罪をのべた。

 その横で、娘が眉を吊り上げて睨んでいる。方向が捻じ曲がっていく前にと誤解を解くことにする。

「ヤクス、違う。サキは舞い上がっているだけだ」

「舞い上がってる、ですか?」

 聞いてきたのはジェダスだった。サキが奇妙な行動を取っている理由に、予想がつけられなかったのだろう。

「ああ、ただ舞い上がっているだけだ。物語に出てくる姫のようだと、そう言いたいんだろう?」

 琥珀の瞳を覗いて「どうだ」と聞いてやれば、首がもげそうな速さで頷いた。

「どうしましょう……。お花を買ってきていません」

 サキの知識の中にある"姫"は、花が必要らしい。村の老人から教わった事柄以外は、基本的に物語からの引用だ。

 何を読んだのかは知らないが、まったくもって微笑ましい。

「大丈夫だ。花はいらないから」

 とにかく修正をと伝えてやれば、本当に大丈夫かと小首を傾げた。

 そこに、鈴を転がすような笑い声が割り入ってくる。

 会話のどこが気に入ったのか。レアノアは、ひとしきり笑って目尻を拭った。

「やだもう、変な子。花はいらないわ。枯れて邪魔になるだけじゃない」

「邪魔ってさ……」

「邪魔なの。大量にもらってごらんなさいよ。捨てるのも一苦労なんだから」

 経験があるのか、うんざりとして言う。

「お花、間に合ってましたか……?」

 相変わらず奇妙な知識でがんばっているサキは、おそるおそる聞いた。

「ええ、いらない。それよりお茶をくださる? 笑ったら喉が渇いちゃった。――サキ、でいいのよね」

「……はい」

「じゃあ、サキって呼ぶわ。私もレニーでいいから。よろしくね」

「よろしくお願いします」

 落ち着きを取り戻したサキは、ちょこんとお辞儀をした。合わせて会釈を返したレアノアから、また鈴の音が響く。

 こうして、自分達に新たな友人ができた。会わせる前は心配していたのだが、サキとは気が合いそうだ。胸を撫で下ろした自分の向かいで、ヤクスが息を吐いた。どうもお互い似たような心配をしていたらしい。


 緊張が談笑に切り替わったところで、卓に茶器が置かれていく。

 全員が揃ったはじめての茶会。記念すべき茶会はこのようにしてはじまった。

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