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真導士サキと風渡りの日  作者: 喜三山 木春
愛読お礼小話 日々のかけら・その2
1/195

あの後

「いいなあ……」

 深い深い溜息と一緒に、ブラウンは落ち込んだ声を出した。


 ここは聖都ダールの"風波亭"。

 苦行から解放された面々と、夕食にありついている。

 正師の奢りと聞いたからか、卓にはところ狭しと食い物が乗っかっている。

 成人したと言っても、まだまだ酒より食い物の方が重要。腹が減ってふらふらだったので、運ばれてきた食事はすぐになくなっていった。それこそ、店の親父さんが大笑いするほどの喧騒だった。五皿を数えるまでは、ほとんど争奪戦。十皿目でようやっと落ち着いてきた。

 食い気が治まったのを見計らい、酒も振舞われた。

 好きなだけと言った正師の言葉に間違いはなく、並べられたボトルはかなりの勢いで消費されていった。キクリ正師が薦めてくる酒は美味なものばかり。真術だけでなく酒の味も教えてくれるなんて、ほんといい親鳥だ。

 親鳥に薦められるまま飲んで、全員に酔いの色が見えはじめた時。この一言が出た。


 いったい何の話かとブラウンを振り返る。

「何が?」

「見たでしょ。ローグレストさんとサキさんの"あれ"」

 あれとはやっぱり"あれ"のことだろう。

 いつか酒の肴として出されると思っていたけど、ブラウンが早々に卓へ乗っけてしまった。

「いいなあ……。オレだって娘さんにあんな風に抱きつかれて、『会いたかった』って言われてみたい……」

 お騒がせ番の熱にあてられたのか、ぐったりと肩を落とし、寂しそうに言う。

「同い年なのに。同じ真導士なのに。……どうしてここまで違うかな」

 しょぼしょぼと卓に沈み込んだブラウンの背中を、フォルが撫でてやっている。

「諦めろブラウン。あの人とオレ達じゃ出来が違う」

 追い討ちのような慰めを聞いた同期達から、溜息が落とされていく。

 つられて一つ溜息を落とし、なんだかなーと拗ねたような心地になる。


 成人したての男に、恋人ができることは稀。

 そもそも親交があるとか、下地が作られていればわからなくもないけど。

 あいつの場合、ひょっこり聖都にきて。ばったり森で会って。そのまま一緒に暮らして、あっさりとくっついたわけで。

 そりゃ本人は苦労したつもりだろうけど、普通はその何倍も苦労する。そんでもって何倍もの時間が必要になる。

 はっきり言って、あの二人の進展はとんとん拍子。

 ……そりゃ羨ましくもなるよな。

 今回の騒動でしんどい思いをしたと言っても、まだまだ女神の加護が厚いように思う。ああ女神よ。別にローグの加護を削らなくてもいいので、こちらにも目を向けてはくださいませんか。


「あーあ、こんなに真面目に生きてるのになー」

「そんな……、ヤクスさんだって十分恵まれているじゃないですか」

 ダリオの発言に何でだと目を剥いた。

「あんな美人な相棒がいて。オレ達全員、男の相棒なんですよ? 娘さんってだけでも羨ましいのに……」

「いやいやいや、大きな勘違いをしてる。確かに外見はすんごいけどさ」

 言えば嘘付けという顔になったのが五人。そうだよなと同情的な顔になったのが二人。表情を変えなかったのが一人。

 これは大いなる誤解だ。もしかしたら女神も勘違いしてんじゃないのかと不安になる。

 それはよくない。

 もしもそうならと、誤解の撤廃に全力を注ぐ。

「レニーは確かにきれいなお嬢さんだけど、性格はきっついんだ。オレなんか会ったばかりの時に、けっちょんけっちょんに言われてさ。しばらく落ち込んでたくらいだよ」

「何て言われたんだ?」

 夜になっていよいよ元気になってきたクルトが、興味津々に聞いてくる。

 こういうところは、相棒とそっくりだ。

「そうだなー。まずは"邪魔になったら置いていくから、一人で何とかしなさいよ"。それから……」


 荷物くらい持ちなさいよ。気が利かない男ね。

 あの真円も視えないの? 本当に選定を通過したのかしら。


 あとは靴の泥を払えとか。森なのにお茶を淹れろとか。家を建てたら建てたで、掃除はやるのよねって押し切られたりとか。

 麗しのお嬢様に言われたことを復唱する内に、また落ち込みたくなってくる。思い出せる限りのお言葉を伝えれば、卓のすべてが同情的な顔へと変わっていた。

 この事実が女神にも伝わっているといい。

「あ……でも、親交が深まってきたらやさしくなったり」

「しない、しない。レニーのは筋金入りだから」

「でも、ヤクスさんは相棒だし。一応は特別な相手だから発展なんかしちゃったり」

 一応って言われた。

 そうなんだけど、さすがに悲しい気分になる。

「ぜっっったいにない。先に繋がらないから駄目なんだよ、彼女の場合」

「先?」

「うん。レニーの家は名門だから。婚姻する相手には条件があるんだってさ。真導士であることが絶対で、できれば貴族出身か騎士の称号。真力の高さにも厳しいらしくて、最低三つ目以上。オレは町医者だし、二つ半だから論外なんだって」

「へ、へえ……。大変なんですね色々と」

 引きつった顔で曖昧な感想を述べたダリオの隣で、キクリ正師が笑っている。

「まあ"ガゼルノード家"ゆえ、仕方あるまい。レアノアはレアノアなりに、大変な思いをしているさ」

「そうみたいですね」

 お嬢様相棒の実家嫌いは相当なものだ。貴族のお姫様も。真導士一族のご令嬢も。万事こなさなきゃいけないレニーには、凡人では想像もできないような重圧があるだろう。

 そうは言ってもきついものはきつい。

 いかに美少女であろうと、名誉や財産が得られようと、オレにだって好みはある。

「やさしくって、ちょっとの失敗くらいは見逃してくれるお姉さんって、どこかにいないかなー」

 嘆きを卓に乗っけたところ、同期達がいっせいに天井を見上げた。

「いない……」

「いないな……」

「そもそもお姉さんに知り合いが……」

 何とも頼りない返事が、方々から落とされる。

 華のない生活とはこのことかと、酒を片手にしんみりした。




 ここは聖都ダールの"風波亭"。

 華やぎからは縁遠い男達に与えられた、心の憩い場である。

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