僕、死んじゃったの?
軽く読めるファンタジーです。
「ですから・・何度も説明した通り、春山くんは心臓が突然止まりまして死んだわけです。つまり、突然死ですね」
苦情係というプレートが置かれているその机には、小太りの自称天使の男が座っていた。その男は、机の上のパソコンから視線を外すこともなく僕の何度目かの質問にまた同じ返事を繰り返した。
「おい、『死んだわけです』じゃないだろ!僕は、まだ15歳なんだよ。何でこんな僕が突然死な訳?中年男じゃあるまし」
「いえ、結構若い方でも突然死される方はいらっしゃいますよ。まあ、そういう方は病気や事故で死んだという記憶がないものだから自身の『死』に直面されて困惑される方は沢山いらっしゃいます。そういった方々は、天国行きをごねて結構こちらの苦情係りにいらっしゃいますが・・・・残念ながら、何度パソコンで検索しても事務的ミスは見当たりませんね。やはり、死んでいらっしゃいますねぇ。お気の毒ですが」
じょ、冗談じゃない。まだ、15歳だぞ。やりたい事いっぱいの15歳だぞ。
それに僕は・・・
「はい、童貞で亡くなられた事は気の毒だとは思いますが、あなたが考えるほどには女性とのセックスはあなたに感動は与えてはくれなかったと思いますよ」
うっ、こいつ心が読めるのか??
「はい・・まあ、事務職勤務で太ってはいますが一応天使という職業柄、人の心は見えてしまうのです。ちなみに、パソコンのデータでは、あなたは女性よりむしろ男性との相性が良いと出ています」
「ふっ、ふざけるな!!僕が、ホモだって言いたいのか!!」
「今は目覚めていませんが、潜在的にはそちらの可能性が高いという意味です。まあ、もっともすでに死んでしまった身ですから、男性とも女性とも関係をもてないわけですからこんな話をするのも無意味なことなのですが・・・ところで、そろそろご自身が死んだことを受け入れる気になってきましたか?」
「誰がなるかよ!!」
僕はイライラして、天使が座る机を軽く片足で蹴っていた。
そうすると、天使が初めてパソコンの画面から顔を上げて視線を僕に向けた。
「いけませんね。天使への危害は、地獄行きへの地雷になりかねませんよ」
太った天使はそう言うと、薄っすらと笑って見せた。その薄笑いにぞっとして、僕は全身に震えが来た。
「まあ、今の行為は不問に帰しますが。あなたは今混乱されてますから。大変お気の毒なことです。仕方がないので、あなたの知り合いを天国からこちらに呼んで来ました。これで納得していただけるといいのですが・・・後ろを振り返ってください」
そう言われて僕が振り返ると、そこには一人の女性が立っていた。
写真でしか見たことのない人。
でも、もっとも僕と身近な人。
「お母さん・・・?」
僕が一歳の頃に病気になり一年病院で頑張ったけど、結局死んでしまった人。
僕には、母親の記憶はないけれど写真で何度も見ている。
幼いときには、その写真を抱きしめて母親を恋しがってベットで泣いていたと最近になって父親に聞いて恥ずかしく思ったぐらいだ。
写真から抜け出してきたような姿で母親が立っていた。そして、僕に向かって微笑んでいる。
こんな奇跡・・・ちょっと反則。
「さあ、行きましょう。雅ちゃん」
「えっ・・・あ、でも」
「一度死んだ人間は・・・もう二度と元の世界には帰れないの。どんなに、どんなに戻りたいと望んでも帰る事はできないのよ」
「あなたも・・・帰りたかった?」
女性が優しく微笑む。
「ええ、あなたに逢いたくて・・・幼い我が子を思って泣かない母親なんていませんよ。でも、思ったよりも早く逢えてしまった。ごめんなさいね。あなたにとっては辛いことでも、私は・・・正直、嬉しいわ」
正直すぎるよ。
普通、そんな事言わないって。母親が、子供が死んだことを喜んだりしないって。
そう思ったのに、僕の目には涙が溜まっていた。
もう、受け入れるしかないのかな?
僕は死んだのかな。
「父さん・・・一人になっちゃったね」
「そうね、でも何時かまた逢えるわ。でも、あの人は長生きしそうね」
「あー、言えている。父さん、マイペースだからなぁ。平均寿命超えてきそう」
「ふふっ、そうね」
僕と母さんは笑いあって、そして小さくため息を付いた。
父さんの嘆きはきっと深い。
でも、その声も聞こえないところに僕は来てしまった。
「納得していただけましたか?自分が死者だと理解できましたか?」
太った天使は、本物の天使のように輝くような笑顔を僕に向けていた。
「納得はしていないよ。でも、諦めはついたかな」
「そうですか、では・・天国へ逝ってらっしゃい」
天使の言葉と同時に目の前が真っ白に輝きだす。僕は眩しくて目を瞑った。
その一瞬に、僕の遺体を前にして嘆き悲しむ父親の姿が見えて僕は動揺した。思わず、手を伸ばそうとしてその手を誰かに掴まれた。
天使の手だった。白い光の中、太った天使はいつの間にか姿を変えていた。
それは見事な彫刻のような美しい顔でうっとりとするような微笑を浮かべていた。その天使が、僕を抱きしめ耳元で囁く。
「駄目ですよ。あれは、死神が見せた映像。まあ、現実の情景ではありますが・・・あれに取り込まれては、あなたは一生死神に飼われてしましますよ。」
死神に飼われる??
天使がふわりと腕の中から僕を放すと体はふわふわと空中に浮かんだ。その体を再び掴み抱きしめてくれたのは、母さんだった。母の腕に包まれながら、いまさらながら自分がマザコンだったことを思い知らされる。
「あー、こんな終わり方もありかなぁ・・・・」
「では、さようなら」
天使が僕に手を振る。その姿がどんどん小さくなってく。
「ねえ、母さん。天国ってどんなところ?」
「さあ、それは逝ってからのお楽しみ」
母さんは意味深に微笑んだ。どんなところか分らないけど、とにかくもう納得した。
僕は死んだんだね。
母さんが優しく微笑んでくれた。
(おわり)
最後まで読んでくださってありがとうございました。