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ヒーロー王子に婚約破棄を告げたらとんでもない執着が待っていた(あらゆる意味で)

作者: 水川サキ
掲載日:2026/05/05

ノリと勢いで突っ走ります

「君は僕から逃げられるとでも思ったのかい?」


 そんなふうに低い声が耳もとで響いたとき、私は自分の計画がどこで狂ったのか考えた。


 ☆


【わたしのかんがえたさいきょうのあくやくれいじょう】


 そんなふざけたタイトルの小説に憑依したのは半年前。

 この話は悪役令嬢が華麗にヒーロー王子を誘惑し、ヒロインを撃退したあげく、王子を無理やり寝取って王子妃となり、国を滅びの道へ導きラストは壮大なメリバで終わるというものだ。


 もちろん悪役令嬢はラストで処刑。

 しかも、魔物に喰われる刑で生きたまま肉体を引きちぎら(自主規制)というおぞましい結末なのだ。


 その悪役令嬢に憑依してしまったので、私はこの半年間ずっと身をひそめて生きてきた。

 だってただの処刑じゃないのよ。生きたまま魔物に喰われるなんて冗談じゃないわよ。


 それなのに!

 なぜか、ヒーロー王子の婚約者になっていた。

 こんなの話と違うわ。必死に王子から逃げるつもりだったのに、まさかの縁談がありほぼ無理やり王宮へ連れていかれたのよ。


 このままでは悲惨な死に方をしてしまう。

 なので、今日私は王子に告げた。


「殿下、婚約を解消しましょう。あなたは聖女様と結ばれるべきです」


 エルフレット王子には愛するヒロインで聖女でもあるレミリアがいる。

 魔物討伐に同行する聖女レミリアとは戦地でじっくり愛を育んできたはずよ。

 ふたりの愛は不滅だった。それを悪役令嬢が邪魔したの。


 大丈夫。ちゃんと私から身を引いてあげる。


「本気なのか? セレスティーナ」

「はい。私では殿下のお相手として相応しいと思えませんもの。私はこれから自由の身になります。どうぞレミリア様とお幸せに」


 そう言って私は華麗に立ち去った。

 エルフレットは何も言わずに呆然としていたけれど、まあいっかと思って無視して出てきてしまったわ。


 当然私は親に勘当された。

 王室との繋がりを絶ったのだから両親が激怒するのも当然よね。もちろん想定の範囲内。

 娘を政略の駒にするくらいだもの。両親がいかに子供を道具として扱っていたかわかるわ。

 セレスティーナが悪役令嬢に育つ理由のひとつよ。


 でもね、私はもう悪役令嬢ではないの。

 だからさっさと家を出て辺境の村で新しい人生を始めるわ!


 ☆


 辺境の地での生活は、思っていたよりも過酷だった。

 近くの山には魔物が生息し、町まで下りてこないものの空気は魔物の瘴気で濁っていた。

 物資もあまり届かない町だから人々は質素な暮らしをしていた。

 けれど、王宮で処刑される運命に怯えるよりは、パンをかじって生活する方がマシよ。


 私は長い髪を切り、豪華なドレスを脱ぎ捨てた。

 お屋敷からこっそり持ってきたヘソクリで狭い小屋を買い、パン屋で働いて生計を立てた。

 令嬢としては貧しい暮らしだけど、働いてパンと肉が食べられる生活は現代の独身生活と何ら変わらない。

 つまり最高よ!!


 けれど、ある夜のこと。

 悠々自適な快適ライフに終止符を打つ出来事が起こってしまったの。


 突如として町が巨大な魔物の群れに襲撃された。

 このままでは、この町の人たちが全滅してしまう。


 私は迷った。

 かつて悪役令嬢として恐れられた国を滅ぼすほどの強大な異能。

 これを使うべきか否か。

 目立ちたくないから一生隠し通すつもりだったけど、背に腹は代えられないわ。


「今回だけよ」


 私が手を振りかざすと異能が発生し、漆黒の劫火が魔物を一掃した。


 ていうか怖っ!

 こんなにヤバイ能力だったのね。

 そりゃ国を滅ぼしかねないわ。

 これっきりよ。一生使いたくないわ。


 だけど、この一件のせいで私は、凶悪な魔物から町を救った英雄として、町中から称賛されてしまうことになった。

 目立ちたくないのに!!


 ☆


 それから半月も経たない頃、町に王国騎士団がやってきた。

 こんな辺境の町に騎士団が立ち寄るなんてめずらしいものだから、町の人々は大騒ぎだった。

 もちろん私は自宅に隠れていた。

 けれど、騎士団はどうやら魔物が現れたこの町の視察に来たわけではなく、魔物退治をした異能を持つ女を捜しに来たようだ。


「王宮から多大な褒美が出る予定だ。その者をここへ連れてくるがいい」


 町の人々は歓喜に沸きながら私の家に向かって来た。


 冗談じゃないわよ。

 私はすぐさま荷物をまとめて家の裏口から逃げることにした。

 だってここで見つかって王宮へ連れていかれたら振りだしに戻っちゃうでしょ。

 せっかく王子と離れられたというのに、なぜ再び死亡フラグ立てなきゃいけないのよ。


 がたんっ――


 裏口から出ようとしたら、勝手に外側から扉が開いた。

 そこには一番会ってはならない人物が。


「見ィつけたぁ」


 にたりと笑う王子の顔がドアップで目に飛び込んできた。

 詰んだ、詰んだわ……。


「エルフレット殿下……どうしてここに?」

「君を迎えに来たんだよ」

「え? あの、私はもうあなたの婚約者ではないので……」

「そんなこと僕は認めていないよ」

「いや、でも……私は実家も追い出されましたし」

「酷い話だな、まったく。可哀想なセレスティーナ。だが、もう大丈夫だ。僕が君の両親に鞭打ちの罰を与えたから」

「は、はい⁉」

「当たり前だろう? 君を追い出してこんな狭くて汚い場所に追いやったのだから」

「い、いいえ、あの……私は、自分でこの家に……」


 いや待って。なんか王子、キャラ違くない?

 もっと優しくて穏やかで悪役令嬢に対して弱腰で、結婚後は悪役令嬢に虐げられつつ国を崩壊に招く要因となった超絶頼りない王子のはずなのに!


「さあ、おいで。セレスティーナ。僕のもとで幸せに暮らそう」

「いやいや無理です無理です死にたくないです!」

「大丈夫。僕が一生、君の面倒を見てあげるから」

「お願いします見逃してください!」


 必死に抵抗していると、王子が笑顔から恐ろしく冷ややかな真顔になった。


「僕に逆らうことなどできないよ。僕の縁談を受けたときから、君はもう僕のものだ」

「ち、違う……王子、キャラが違う」

「大人しく言うことを聞かないなら仕方ないな。君の体を無理やり奪うしかない」

「え……っ」


 次の瞬間、王子に口づけされた。

 何が起こったのか一瞬わからなかったけれど、たしかに唇と唇が接触していた。

 王子が私の肩を掴んで身動き取れず、私はされるがままキスを受け入れた。


 なんてことなの!

 ファーストキスなのに!!


「ああ、僕のファーストキスが……」


 お前もか!!!


「でもいいさ。セレスちゃんに僕の初めてをあげたかったんだ」


 いやいや何その略称ていうかもうツッコミが追いつかないよー。


「さあ、セレスティン。これで永遠に君は僕のものだ」


 おいっ、名前間違ってるよ!

 好きな女の名前くらい記憶しておけよ。


「さあ、帰ろう。僕と君の愛の巣へ」


 王子がすっと手を伸ばす。

 私は真顔で告げる。


「お断りします。私はあなたのことが好きではありませんし、すでに婚約破棄になりましたし、今のキスは不同意なのであなたを訴えて裁判します。そして私の名前はセレスティーナです」


 王子は極上の微笑みから一変、真顔になった。

 お互いに真顔で見つめ合う。

 まるで虎と狼が睨み合っているよう(どっちがどっちかはお任せする)


「わかったよ、セレスティーナ。君の深い気持ちがようやく理解できた。すまなかった」


 意外だ。ただの頭おかしい王子じゃなかったんだ。


「いいえ、わかってくれたなら……」

「キスがしたい。許可してくれる?」

「そっちかーい」


 前言撤回。ただの頭おかしい王子だったー。


 ☆


 気づいたら、私は手首が動かせない状態だった。

 シャランと軽やかな鎖の音がする。

 美しい金細工で作られた鎖は私の両手を縛っていた。


 目覚めたのは豪華な天蓋付きベッドの上。

 よく知っている場所だと思ったら、3ヵ月前まで私が過ごしていた王宮の部屋だ。

 真っ先に思ったのは、ああやっぱり王宮のベッドはふかふかで最高に気持ちいいってこと。


 いや、それどころじゃなかった。

 なんで私こんなことになってるんだろ?

 思い出すとあのあと、急に眠気が襲ってきて王子の目の前で倒れたのよね。

 いや、正確には王子に抱きかかえられたんだけど、律儀に彼は「触っていい? 返事がない屍のようだ。というわけで抱っこするね。わ、触り心地最高♡」などと言っていた。

 ちなみに私はほとんど意識が飛んでいたけど胸中でツッコミはしておいた。


 あの王子、絶対キスのときに何か盛ったな。

 ファーストキスの味はいちごかレモンだなんて誰が言ったんだよ漢方みたいな苦さだったわ。

 きっとあれのせいで失神したに違いない。


 両手を縛られた状態で体を起こす。

 ゆっくりと転ばないようにベッドから下りてそろりと部屋を抜け出そうとしたら、突然扉が開いた。

 現れたのは王子の侍従トーマス。


 王子よりもっとヤバイ奴きた。

 このトーマス、見た目ほっそり眼鏡男子で寡黙なんだけど超絶腹黒。

 実は弱い王子を操って実質裏で権力を握っていたのがこの男だ。

 とはいえ、数年後には悪役令嬢(わたし)の罠に嵌って獣に頭から喰わ(自主規制)という結末だ。


 油断できないわ。

 何を仕掛けてくるかわからないんだから。


「おや? 元気そうですね。薬の効果が切れたようだ」


 冷めた目で見つめるトーマスを警戒していたら、彼はふっと笑って言った。


「それならさっさと逃げてください」

「へ?」


 意味がわからず呆けていると、トーマス即座に目を吊り上げて不機嫌に。


「だから、殿下がお戻りになる前に早く逃げうせろと言っているのです」

「え、なんで? あなた王子の忠実な侍従でしょう?」


 表の顔だけど。

 もしかして、もう隠す気もなくなったってこと?

 とはいえ、私を逃がす理由があるはずよ。

 きっと何かとてつもなく不謹慎なことを考えているのよ絶対!


「はぁああ……めんどくせーんだよなあぁ……監視が」

「は?」

「書類整理が山ほどあるのに、その上あなたの監視までさせられてさあ。給料が労働に見合ってねぇよボーナスくれよ。イマドキ監視員でも時給いいぞ」

「えーっと、ナンノハナシヲシテルンデスカ?」

「まあ、あなたが逃げ出さないと俺に誓ってくれるならそれを信用して俺はとっとと給料分の仕事に戻りますけどね。だから逃げるなら早く行け。逃げないなら寝てろ。それだけ」

「え、うん……逃げよっかな」

「はい、どうそ」


 トーマスはわざわざ部屋の扉を開けて促してくれた。

 私は鎖で縛られた両手を差し出す。


「ねえ、これ切って」


 トーマス、真顔で懐から短剣を取り出す。

 それでさっくり鎖を切ってしまった。


「二度と戻ることのないように。願わくば王子の目が絶対に届かない場所へ行ってください。できれば異国がいいですね。二度とふたりが再会できないくらいでよろしく」

「わかったわ」

「あ、そうだ。あなた異能使えるだろ? なんでその鎖も切れないの? 捕まったショックで異能バグったのか?」

「ねえ、私も聞いていい? あなたそんなキャラじゃないよね? どうしたの? てかこれ異世界だよね? 言葉遣いに注意して。いろんな意味で」


 トーマス真顔で無言。

 これ以上しゃべる価値もないと判断されたようだ。


「そうだ。最後に助言しておくわ。王子を使って世界征服なんて考えないほうがいいわよ」

「は? なんで俺がそんなくそめんどくせーことしなきゃならないんだよ。そんな暇あったら家に帰って永久睡眠とるわ」

「え、死ぬの?」

「生きるのめんどくせーんだよなあぁ」


 やば、こいつ。キャラ違うレベルじゃない。

 病んでる。めっちゃ病んでる。


「別に病んでないぞ」

「心を読まれた⁉」

「生に執着がないだけだ。はぁ、肉体から解放されたい」

「そ、そう。じゃ、さようなら」


 関わっちゃいけない気がする。

 さっさと部屋を出ようとしたら、扉の前に王子が立っていた。

 しかも、にっこり極上の笑みをたたえて。


「はいゲームオーバー俺はもう行くね」


 トーマス、真顔でそう言って私の横を通り過ぎていく。


「ああ、待って」


 手を伸ばした瞬間、王子に腕をがっちり掴まれた。


「どこへ行くのかな? セレスチン」

「何その医薬品みたいな呼び方」

「困った子だなあ。せっかく縛って監禁したのに逃げ出そうとするなんて」

「待って。そこはあの侍従を責めるべきでしょ。監視を怠ったのだから」

「あいつが仕事放棄して家に帰るなんて日常茶飯事さ」

「トーマス仕事しろよおおおおお!」


 だあんっと王子に壁ドンされた。

 彼は私に顔を近づけて、じいぃっと見つめてくる。

 これはまずい。またキスでもされそうな勢いだ。


 だけど、認めたくないけどこの王子――

 顔だけはめちゃくちゃいいんだよなああっ!!!


 さすがヒーローだけあって、顔とかスタイルとかどんぴしゃ好みなんだよね。

 さらっさらの金髪、透き通った碧の瞳、すらりと背が高く、ほどよい筋肉と長い脚に、長い指。


「さあ、セレスちゃん。僕と永遠の愛を誓ってベッドへダイブしよう」

「お断りします」

「恥ずかしがることはない。誰だって初めては緊張する」

「ち、近づかないで!」

「僕だって初めてなんだよ。でも大丈夫。セレスティーンとならどんな天国へも行ける気がする」

「心中する気か!」


 およそ2時間後—―


「ぐがぁああっ……すぴぃいいい……」


 王子、私のとなりで爆睡中。


 説明すると私たちの初夜はただとなり合って眠るだけだった。

 びっくりしたあっ、まさかの展開になるかと思ったけど、とりあえずよかった。

 そうよね! この悪役令嬢って全年齢だから間違ってもそういうことは起こらないはずだわ。

 起こっても未遂か朝チュンに決まってる。

 心配することなかったわ。


 というわけで、私も眠くなってきたからそろそろ寝っ—―


 ☆


「マイハニー、キスしていい? いいよね。じゃ、するよ」


 耳もとでぼそぼそ言われて目が覚めると朝だった。

 目を開けた瞬間、王子の唇が迫ってきていたのでとっさにかわす。


「あっぶなーっ! やめてよ! 朝のキスなんて絶対ムリ」

「どうして? 僕たちは恋人同士なのに」

「そういう問題じゃないしそもそも恋人じゃないしまず歯磨きしなきゃヤだしとにかく無理!」

「セレス、素直になれよ。愛しているよ」

「そんな美麗な顔で迫ってこないで勘違いしちゃうから!」


 思いきりヒーローの顔で私を組み敷いて顔を近づけてくる王子を頑張って制止する。した。


「だいたいね、あなた私のこと愛してるなんて言うけど、レミリアはどうしたのよ? あの子と両想いだったんじゃないの?(設定上)」

「レミリア? ああ、あの娘か。しつこく近づいてきたからトラウマ植え付けてやったら二度と近づいてこなくなった」

「ヒーローのやることじゃないよーっ!!」

「いいんだ。僕はセレスティーノとだけ愛し合えたらそれで満足だから」

「いまだに名前ちゃんと言えないのにねバカなのね」

「好きな女の前では男はバカになるものだ」

「ほんっとにバカなんだね」


 だめだ頭痛がしてきた。


 ☆


 無事に顔を洗って歯磨きして着替えて侍女が朝食を持ってきた。

 部屋にはホテルのビュッフェみたいな料理がずらり。

 とろとろオムレツとか、かりかりベーコンとか、フレッシュなサラダと数種類のチーズに、ミネストローネとグリルチキン、クロワッサンにブリオッシュにパンケーキ、そしてフルーツ盛り合わせ!


「はい、セッちゃん。あーんして」


 王子が満面の笑みで私にスプーンを向ける。

 もうさ、ツッコミ追いつかなくて無言になっちゃうぜ。

 でも、とりあえずお腹が減ったのであーんする。


 ぱくり。


「お、美味しい!」

「そうだろう? 僕の手作りオムレツだ」

「ぶふぉっ……お、王子が、作ったの?」


 うっかり吹き出すところだった。


「セレンちゃんは僕の趣味が料理だってこと知らなかった?」


 私はただ首を横に振る。

 だってそんな設定じゃないし、それに王子が料理するなんて聞いたことないわ。

 何なのこの設定バグってるにはやり過ぎてるわよ。


「実はね、僕は父王の愛人の子だったんだ。母は僕を産んだあと病んでしまって、僕が物心つく頃には王宮を出て知らない男と逃げてしまった」


 いきなり重い設定きたーっ!


「僕は父王を裏切った愛人の子として兄たちから虐げられてきたんだ」

「そ、そうだったの……大変だったね」

「でも、おかげで僕は腹黒な性格になった」

「それ自分で言う?」

「大丈夫。セレスティーヌは優しくいじめてあげる♡」

「結構です」


 超イケメンの顔できらびやかな笑顔を向ける王子に、底知れぬ恐ろしさを感じて身震いする。


「さて、お腹も満たされたことだし、そろそろ僕たちは愛を育む作業をしよう」

「へ? 何するの?」

「子供を作る」

「バカだと思ってたけど本物のバカだった。あなた設定上一応王子なわけよ。結婚式とか披露宴とか、その前に婚約披露パーティとか、いやそもそも私にプロポーズしてないし婚約指輪だってもらってないし、ていうか婚約破棄してるし、そんな形式的なこと抜きにしても私はあなたと結婚するつもりないし」


 がしっと腕を掴まれ、ぐいっと王子に引き寄せられた。

 そのまま王子の胸に抱きつく格好になってしまう。

 ふわあっと柑橘系のさわやかな香りがする。

 王子、イケメンだしいい匂いだし、バカじゃなければ完璧なのに残念過ぎる。


「君は僕のことをバカだバカだと何度も言うけどね……」

「う、ごめんなさい」


 さすがに王子に対してバカ呼ばわりは不敬罪になるかもしれない。

 なんて不安を抱いていたが。


「僕がバカなのは君の前でだけ。それは君を心から愛している証だ」


 やけに真剣な眼差しでそう言われて、少しどきりとした。

 それはつまり、私以外にはバカではないってこと。

 バカを演じているということ……。


 ドキドキしながらお互いに見つめ合うこと数秒。

 王子がふっと笑みを洩らす。


「能ある鷹は爪を隠すってね」

「は?」

「僕は君の前では爪を隠さないけど一応切っておくよ。君を触るために」

「ごめんもういいわしゃべらないで」


 私はフォークを握りしめてデザートのフルーツを食べた。


 ☆


 王子に監禁されてからおよそひと月。

 私はまだ王宮にいた。

 というのも、生活があまりに快適すぎて逃げる気力がなくなったからだ。


 婚約破棄する前は未来の王子妃としてのマナー教育やら他の貴族からの嫌がらせやら、大臣たちからのセ〇ハラとかそういうのオンパレードだったんだけど。


 監禁後はほとんど誰とも会わずに過ごし、私が何か欲しいものがあれば王子がすぐに手配してくれたし、食べたいものもすぐ用意してくれたし、私が逃げないとなると部屋から出て庭園の散歩や書庫で読書も許してくれたし、最高級の入浴剤でゆったりバスタイムのあとは美容マッサージを受け、目覚まし時計を気にすることなく目が覚めるまでゆっくり睡眠取れるし、起きたあとも豪華な朝食が待っているし、毎日アフタヌーンティーあるし、以前のイジワルな侍女たちは解雇され、優しくて楽しい人たちのおかげでおしゃべりが尽きないし。


 つまりこの上なく贅沢な暮らしをしているわけよ。

 おかげでちょっと太ったけど、ダイエットのためのスポーツ講師まで呼んでほどよく体を動かしたり、退屈になったら乗馬体験させてもらったり、竈でパンとかピザとか焼いてみたり、湖で釣りとかしてみたり、深夜の星空観賞ツアーとかさせてもらったり。


 観光かよ。


「な、何を満喫してるのよ私は……そうじゃないでしょ」


 そう。このまま王子と一緒にいると断罪死亡ルートまっしぐら。

 けれどよく考えてみよう。私が何もしなければ物語はその道へは進まないはずよ。

 悪役令嬢がラストで無惨な死に方をするのは、王子を騙し侍従を暗殺し、ヒロインを陥れ、周囲に多大な迷惑をかけ、最後には王子妃の権力をかざして好き放題するんだから。


 そうしなければいいのよね。


「よし。断罪ルートに何ひとつ当てはまらないわ」


 るんるん気分で薔薇の咲く庭園でのアフタヌーンティーを楽しんでいると、突如城の衛兵たちがやって来た。


「悪女セレスティーナ、聖女レミリア殺害容疑であなたを捕らえる」


 えええええええええっ⁉

 なんでええええええっ!!?


 ☆


 極上の快適王宮(ホテル)生活(三食観光昼寝付き)から、暗く冷たい格子の獄中生活へ。

 しかも食事は1日2回硬いパンと具のないスープだけ。

 ベッドはなくて硬い床で眠る風呂なし娯楽なし暖房なし。


 極端すぎるでしょうが!


「いや、そんなことはどうでもいい」


 どうでもよくないけどそれよりも、なんで私がレミリア殺害容疑をかけられてるの?

 レミリアとふたりきりで会ったこともないのに。

 これは絶対に誰かに嵌められたんだわ。


 確かに物語では悪役令嬢(セレスティーナ)はレミリアを殺害しようとした。

 遅効性の毒物を毎日少しずつレミリアの食事や飲み物に混ぜて体調を崩しがちで伏せってきた彼女のベッドに虫の死ガイとか置いたりドレスを馬の〇ンで汚したりスパイの侍女を送り込んでわざと人食いワニの湖に突き落としたりパーティの直前にレミリアの髪をナイフで切り落としたり精神的に参っているレミリアの背後から何度もナイフで刺しころそうとしたり――


「うん、セレスティーナは処刑されるべき」


 おぞましいわ。

 実はここに書ききれないほどのヤバイことをしていたセレスティーナ。

 もはや悪役令嬢などと生ぬるい設定ではなく鬼畜そのもの。

 それでもレミリアは必死に生きながらえて、ついにラストでセレスティーナ壮大なざまあで終了。


 これ読者はセレスティーナのざまあが見たくて読み続けてきたようなもの。

 でなければレミリアは救われない!


 思い出すだけでイライラしてきたよ。

 セレスティーナさっさと処刑されろ。


「いや待て。今そのセレスティーナが私なんだって」


 詰んでる。

 せめていい子ちゃんにして処刑回避しようとしたのにどうしてこんなことに?

 ていうか私レミリアと接触したことないのに。


 でも、きっと物語の設定を変えることなんてできないんだわ。

 いくら私が抗っても、物語はきちんとセレスティーナ断罪&ざまあで終わるようにできているんだわ。


「えーん、私は何もしていないのにー」


 ていうか、王子は何してんの?

 私のことが好きだなんだと言っておきながら助けてくれないなんてどういうこと?

 まさか、王子のあれは私を油断させるための演技だったとか?

 実はレミリアと手を組んで私を陥れようとする計画だったなら――


 コツコツと複数人の足音がして、鉄格子の前にずらりと兵士たちが並んだ。

 みな怖い顔をしている。


「容疑者セレスティーナ、貴様を裁判にかける。出ろ」


 くっ、この展開はまさに終盤のシーン。

 セレスティーナは不気味な笑みを浮かべながら彼らを見つめて出て行くのよ。

 私はただ泣くことしかできないわー。


「泣いても許されないぞ。貴様の罪は聖女殺害なのだからな!」


 レミリア死んでないのに。

 どうにか処刑だけは免れないかなあ?


 ☆


 法廷にて。

 被害者レミリアがいかにも被害者っぽいツラで立っている。

 周囲は彼女に同情の目を向けていて、私には今にも目で殺しそうな視線を向けているイタイ……。


「私は彼女に毒を盛られ、ドレスを汚され、髪を切られ、湖に突き落とされて、何度も刺されそうになったんです!」


 うん。間違ってない。その通りだよレミリア。

 だがそれは私ではなく本物のセレスティーナの場合に限る!


「容疑者セレスティーナはこの事実を認めるか?」


 裁判官の問いに私は堂々と答える。


「認めません! だって私には完璧なアリバイがあるんです。私はエルフレッド殿下に監禁され監視されていたんですから」


 ざわわっと法廷内がざわめく。


「あの聡明な殿下がそのようなことをするわけがない」

「周囲からも評判がよく、民からも好かれている素晴らしいお方だぞ」

「殿下に向かって不敬だ。おそらく殿下はこの女に脅されているのだろう」


 王子の外面が完璧すぎて私の言い分を聞いてもらえない!

 でも私は無実なのだから、これだけは強く主張しておきたい!


「神に誓っても仏に誓っても推しに誓ってもお母さんに誓っても! 私はレミリアにそんな酷いことはしていませんわ!」


 私が声を張り上げてそう言い放った瞬間、ギィイイッと重い扉が開いて、王子が登場した。

 まさに、窮地に陥った主人公(わたし)を救うために現れたヒーローそのもの!!


「おお、エルフレッド殿下だ」

「今日もなんと聡明なお姿でお美しい顔をしておられる」

「我が国が誇る素晴らしい次期国王陛下」

「うむ。殿下はおそらく聖女を救いに現れたのだろう」

「エルフレッド殿下、ぜひ証言を!」


 すると王子、証言台に立ち、大真面目な顔で言い放つ。


「セレスティーナは無実だ!」


 お、王子、見直したよおおっ!

 やっぱりあんたヒーローだよ。

 ちゃんと私のアリバイを証明してくれるのね!


 なんて感動していたら――


「なぜなら、聖女に対してそんなことをしたのは、この僕だからな!」


 一同ぽか――――――ん。


「え?」

「は……?」

「で、殿下……?」


 お前かよ!!!!!!


 ☆


 聖女レミリア殺害容疑で裁判にかけられていた無実の悪役令嬢(わたし)の前に颯爽と現れたのは真犯人であるヒーロー王子なんて情報量過多で失神しそう。


「まさかそんな……殿下が聖女殺害を企てるなんて……」

「殿下! どうか嘘だとおっしゃってください!」

「そうです、エルフレッド殿下。我々はこれから何を信じて生きていけばよいのですか!」


 傍聴席が騒ぎ立てると裁判官が声高に告げる。


「静粛に!」


 しんと静まり返る法廷にて、裁判官が発言を促すと王子が答える。


「聖女は勘違いをしている。僕は彼女を殺そうとしたのではない」


 王子の主張は、要するにこうだ。


【毒を盛られた疑惑】

 王子が手作りしたスープににんじんを細かく刻んで入れた。なお、そのスープは使用人たちから絶賛された。


【ドレスを汚された疑惑】

 王子がレミリアの誕生日にエメラルドグリーンのドレスを贈った。ちなみに上質な生地でエレガントなデザインの高級ドレスだった。


【髪を切られた疑惑】

 レミリアのゆるふわの髪を、王子が腕のいい美容師に頼んでストレートヘアに整えた。仕上がりは見事な艶髪だった。


【湖に突き落とされた疑惑】

 湖畔を散歩していたレミリアめがけて暴走馬が突っ込んできたので、王子が体当たりした。その結果、彼女が湖に落ちた。


【ナイフで刺されそうになった疑惑】

 湖から這い上がったレミリアの背後からスズメバチが襲いかかってきたので、王子が短剣で即座に仕留めた。


 以上である。


「そ、そんなっ……! では、殿下は私を助けようとして……?」

「んーそれはどうかな」

「ああ、殿下! やはり私のことを愛しているからずっと私をそばで守ってくれていたのですね!」

「いや違う。単にしつこい君に嫌われるためにやったことだ。君がにんじん嫌いだとわかっててトマトスープに入れたし、緑のドレスが嫌いなことを知ってたし、自慢のくるくるヘアをストレートにしてやったし、暴走した馬を制止させるより君を突き飛ばすことを選択した。ちなみにハチから守ったのは君ではなく近くにいた猫チャンだよ」


 レミリア、目を丸くして唖然とする。

 いやー私としてはされて嬉しいことばかりなんですけどね。

 ミネストローネ大好きだし、つやつやストレートになりたいし、エメラルドグリーンも好きよ。

 あと猫ちゃん優先とか猫好きには最高の王子だよ。


「そ、そんなっ……殿下は私のことがお嫌いなのですか?」

「嫌いだよ。だって君、聖女なのに仕事してないじゃん」

「え……」

「民から慕われているように見えるけど、実際には何もしていない。毎日僕を追いかけてばかりで仕事をしない。神殿は困惑しているよ。仕事をしないなら聖女を名乗るべきではない」


 王子に強く言われてレミリア絶句。

 なんだ、王子。まともなことが言えるんじゃない。

 なんて感心していたら――


「いいか? よく聞け。好きな子を追いかけるばかりで仕事を放棄するのは大人として恥ずべきことだ。僕は王子だからその役割をきちんとこなす。もちろん多忙極まりない。だったらやり方を変えればいいんだ。好きな子を監禁して時間のあるときに会いにいけるように」


 途中まで感心して耳を傾けていた聴衆が、いきなり「ん?」という顔をした。


「エミリア、君にそれができるか?」


 王子、ドヤ顔でそんなことを言い放った。


「……レミリアです」


 ぼそりと訂正が入る。

 しかし次の瞬間、彼女は顔を真っ赤にして声を荒らげた。


「では、私は、殿下を監禁すればよかったのですか?」

「ああ、そうだとも。だが、僕なら簡単に逃げ出すだろうけどね」

「それでは意味がないですわ」

「そうだろうか? 少なくとも、僕が閉じ込めているセレスティーナは一度も逃げ出そうとしたことはないぞ」


 王子、私を指差してそんなことを言う。

 一同、一斉に私に視線を向ける。


「なんだ。本当に殿下に監禁されていたのか、あの女」


 みんな一応信じてくれたみたいだけど、なんか空気が違う。

 私に対する同情よりも、呆れに近いものを感じる。


 はいはい、そうですよ。私は逃げ出すどころか快適な監禁生活を最高に楽しんでいますよ。事実ですよ。


「容疑者セレスティーナを無罪とする」


 裁判官がそう告げると会場内から拍手が沸き起こった。

 とりあえず助かったけどなんか釈然としない。

 みんなさっきまで私に対して虫けらを見るような目だったのに、今じゃ仏のような笑顔を向けてくるんだもの。手のひら返しすごいな。


 ☆


「はぁい、セレスたん。あーんして♡」


 王子、私の口もとにスプーンを向ける。

 ぱくり。

 甘いプリンの味が口の中に広がって幸せ……じゃない!


「自分で食べるから」

「気にしなくていい。僕を使ってくれていいんだ」

「ありがたいけどなんか恥ずかしいのよ」


 背後には使用人たちがずらり。

 目の前のテーブルには肉や魚や野菜をふんだんに使った料理とフルーツとかケーキとか甘いデザートもたくさん。

 ひさしぶりのご馳走に最高の気分なんだけど、できれば自分で食べたい。


「セレスにゃんはここ数日まともに食事も睡眠もとっていないだろう。僕に思いきり甘えていいんだ」

「……そう思うならなぜすぐに助けてくれなかったの? 地下牢は結構寒くて床は硬くてお腹すいて死にそうだったわ」


 これくらいの嫌味は許されるだろうと思ったけど、王子はいきなり椅子から立ち上がり、自分の首にナイフを突きつけた。


「君にそんな思いをさせてしまった僕の責任だ。死んで詫びる」

「待て待て待て! 振り幅が極端なのよ!」


 私が制止するより前にトーマスが割って入った。


「お待ちください。おひとりで楽園へ行かれるおつもりですか? お供いたします。というか先に行かせてください」

「あんたも煽ってんじゃないわよ!」


 王子からナイフを取り上げ自分の首を斬りつけようとしたトーマスを、私はどうにか制止する。

 するとトーマスはちっと舌打ちして私を睨みつけた。

 背後にいた使用人たちは青ざめて凍りついていた。そりゃそうだわ。王子に死なれたら彼らも処罰されるでしょうし。


「まあ、重い冗談はここまでにしておこう」


 王子がこほんと咳払いし、私はもう何も言う気になれなかった。


「実は数日謎の病で発熱していたんだ。回復してやっと君の部屋を訪れたらあんなことになっていた。すべて僕のせいだ。申し訳なかった」


 王子が深く頭を下げて謝った。

 そのことが意外過ぎて戸惑ってしまう。


「い、いいよ、もう。結果的に助けてくれたし。それより、体調はもう大丈夫なの?」

「セレスウーン! 僕の体を気にかけてくれるのか? 君は女神だな!」

「わかったわかった。だから、どさくさに紛れて口にちゅーしようとするのやめて」

「少しくらい、いいじゃないか。これからは一緒にいるときは常にちゅーしまくる予定なのに」

「その予定は却下します」


 私は両手で王子の肩を押してどうにか制止した。

 王子、子供みたいに膨れっ面になる。けど、気にしないでおく。


 料理を食べ終わってデザートまで堪能したところで、王子が急に真面目な顔で切り出した。


「その後のエミリアのことだけど、彼女は心を入れ替えて聖女の仕事に没頭しているようだ」

「レミリアね」

「最近は郊外の貧しい町で奉仕活動をしているようだ。一度様子を見に行ってもいいかもしれないな。心を入れ替えたエミリアと一度腹を割って話す必要がある」

「レミリアだって」


 わかっててスルーしてるんだろうけど、もうどうでもよくなった。


「さて、一件落着ということでセレス殿、新婚旅行に行くでござるか」

「なんで武士言葉なの? 似合ってないよ。それより私たちまだ結婚してないわ。する気もないけど」

「じゃあ婚前旅行だね」

「相変わらず人の話を聞かない人だねえ」


 王子にこにこしながらスプーンを持ち満面の笑みで言う。


「はい、あーん♡ 次は君を食べちゃうぞ」


 もう突っ込む気力もないわ。

 とりあえず美味しいものはたっぷりお腹に収めておく。


 それにしてもこの王子、ふわっとしているのに裁判のときは割とえぐいことを言っていたような気がするわ。レミリアに対する嫌がらせとか。

 それに周囲が次期国王陛下と言っていたのも気になる。

 設定上3番目の王子だったはずなのに。


「そういえばあなた、3番目なのになぜ次期国王なの?」

「よくぞ訊いてくれた。僕のことが知りたいのか? 知りたいんだね? 愛する僕のことがそんな知りた――」

「いいから早く答えて」

「こほん。いいだろう。僕がなにゆえ王位継承者に選ばれたのか」


 王子、めちゃくちゃドヤ顔で語る(イケメン補正でイライラしないけど)


「一番上の兄は謎の病にかかって郊外の城で療養生活を送っていたが、村娘とできちゃった駆け落ちしたんだ。けれど、今は幸せに暮らしているらしい。なんと4番目の子供が生まれるらしいよ。愛が深いところは見習うべきだな」

「ふうん」

「二番目の兄は心を病んで塔に引きこもっていたが、覆面作家として活動してから一躍人気者になってね。仮面をつけてサイン会とかしてるよ。ファンがいっぱいいて恋人も5人くらい」

「めちゃくちゃ市井満喫してるじゃないかー!」


 もっとドロドロな展開を予想したのに心配して損した。


「ま、兄たちの病の原因を作ったのは僕だけど」

「は?」

「これでこの国は僕のものだ」

「ちょっ、やば」


 ヒーロー王子がまさかのラスボスだった件。


 ☆


 なんだかんだ王宮生活も満喫し、王子の提案どおり新婚旅行までしっかり楽しんだ。

 相変わらず発言は鬱陶しいけど、エスコートは非の打ちどころがない。

 他人の前では完璧な紳士。誰がどう見ても超絶イケメンの大人男性。洗練された言葉遣いで周囲を魅了する。まさに恋愛小説の王道ヒーローそのもの。


 私の前でだけ、ほんっっっとにバカなんだけど!!!


 優雅で贅沢な新婚旅行を堪能している最中、突如事件は起こった。

 途中で立ち寄った町が魔物に襲われたのだ。


 これ知ってる。

 たしか、この魔物は悪役令嬢(セレスティーナ)がおびき寄せて町を崩壊させようとするのよね。その理由はこの町が貧乏なせいで民が立ち上がって王族に楯突いたから。

 腑抜けで何もできない王子の代わりに実権を握っていたセレスティーナによってこの町は民ごと捨てられる運命だった。

 そこへ聖女レミリアが現れて魔物を一掃し、民を救って一躍有名になるのよ。

 彼女は女神と呼ばれ、やがてセレスティーノを断罪し、王子と結ばれてハピエン♪


 けど! 悪役令嬢(わたし)は何もしていないわよ!

 なんで魔物がこの町を襲っているの?


「セレスティーナ、君は逃げろ。僕は緊急対策室を設置して魔物退治のチームを作る。君は安全な場所へ」

「私も戦うわ。異能があるし、役立つわよ」

「だめだよ、セレスティーナの身に何かあると僕は気が狂ってしまう」

「そう簡単にやられないわよ(だってこの話の展開も魔物の強さレベルも熟知しているし)」

「そうか。君がそう言うながら僕と行動をともにしよう。いいか? セレスティーナ。絶対に僕のそばを離れるんじゃない」

「わかってるわ」


 王子、めずらしく私の名前をぜんぜん間違えない(やはりいつもはわざとなのか)

 そして、民のために命をかけて前線に立ち、逃げ惑う人々で混乱する町中でも、騎士たちへ的確に指示を飛ばして事態の収拾を図っている。

 根は真面目な男なのかもしれないわね。


 その後、騎士団が各所に展開され、凄腕の騎士たちの働きで、魔物の大半は町から駆逐された。

 けれど、まだ一部では取り残された人々が魔物に襲われている。

 あちこちで上がる悲鳴。収まらない混乱。

 そんな中、聖女レミリアが私の前に現れた。


「聖なる光よ! 我が命に応え、顕現せよ! 闇を断ち、災いを……」


 おお、なんか聖女らしいファンタジーな呪文を唱えている!


「……ええっと、とにかく、すごい感じで全部どうにかしなさい!」


 なんだそりゃーっ!!!


 聖女の華麗なるファンタジーな呪文により魔物が一掃され人々が救われた、はずもなかった。


「なんですって? 私の力が働かないなんてどういうこと?」


 レミリア驚愕の顔で叫ぶ。

 それに対し、従者なる男が告げる。


「だってレミリア様、まったく修業していませんよね。そんな都合よく能力開花なんて起こりませんて。転生でもしない限り」


 こ、これは私がディスられている気分。

 私はまさに何の苦労もなくセレスティーナに憑依しただけで異能獲得しちゃってるし。


「こんなはずでは……逃げるわよ!」


 レミリアは従者たちを引き連れ、その場から一目散に逃げ去った。

 残された人々から絶望の悲鳴が上がる。


「聖女様が逃げてしまわれた!」

「もうだめだ……死ぬ――っ」


 仕方ない。

 本当は王子がどうにかするまで時間を稼ぐつもりだった。

 けど、せっかくご都合主義で手に入れた異能があるんだし、使うしかないじゃない。


 迫り来る魔物の大群が民たちへと襲いかかった瞬間――


 私は以前のように手をかざした。

 炎の力で焼き払い魔物を一層。

 それもご都合よく魔物だけを滅することができる異能ね(現実にそんなわけないだろ)


 静寂のあと。

 煙の向こうで、ぽかんと口を開けた人々が、やがて一斉に私へ向かって叫んだ。


「聖女さまああああっ!!」


 は? なんでそうなるの?


「本物の聖女様はセレンティーナ様だったか!」


 微妙に名前が違う。


「ありがとうございます。これから一生拝ませていただきます!」


 拝むな!


「次期王太子妃のセレスティーン殿下に万歳!」


 名前違うし勝手に王子と結婚させるんじゃないよ!


 ☆


 その後。

 聖女レミリアは、慈善活動と称して多額の金品を受け取っていたことが問題視され、聖女の称号を剥奪された。

 そして、王都を追放されたらしい(ヒロインとは思えないメリバじゃん)


 今は郊外の平民街で、ひっそり暮らしているとか。

 どうやらずいぶん年上のお金持ちなおじ様と恋人になったらしいけど、贅沢三昧で我儘にやりたい放題しているようだ(ほんとヒロインとは思えない設定だが私も王宮でやりたい放題してるしお前が言うな案件)


 そして私はというと――

 なぜか人々に祭り上げられていた。

 私はあの日から神殿に通わされて、多くの民たちとの触れ合いを強制されている。


「聖女様! 賭博で金を失ったんです、どうかご加護を! あとできればお金も!」

「聖女様! 我が子の腹痛を治してください! パンを食べ過ぎただけなんですけど!」

「聖女様ぁぁ! 彼氏がほしいですぅぅ!!」


 ――知ったことかあああ!!!!!!


 ☆


 俺の名はトーマス。

 願わくは肉体を捨て、すべてから解放され、魂だけで楽園のスローライフを送りたい。

 しかし主がそれを許してくれず、今日も過酷な労働を強いられ、順調に疲弊している。


 その主はというと、執務室の窓辺に立ち、外を眺めながらひとりほくそ笑んでいた。

 

 これまで起こった一連の事件がすべて仕組まれたものだったと誰が信じるだろうか?


 聖女を騙っていたレミリアが排除されるまでの過程も、セレスティーナが無実の罪を着せられてから裁判で救出されたことも、その彼女が結果的に民たちから聖女として崇められていることも。


 セレスティーナ。

 あの女も呑気に監禁生活を楽しんでいるが、気づいていないだけで一生逃げ場はない。

 逃げられるチャンスは、あのとき一度きりだったのにな。


 まあ、いいか。

 俺には関係ない。

 今日もさっさとルーティンを片付けて帰ろう。


 背後で、主が小さく笑う。


「――計画通り」




 ☆


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