六
ゴールデンウィークは、バイトに明け暮れた。お金を稼ぎたいわけではなく、シフトの都合だ。暇なので多めのシフトに了解したり、予定が出来てしまった人の交代に応じたりしたあとに、朔也くんのことを思い出した。
「大変ですね」
バイトだらけだと告げると、朔也くんからはそう返ってきた。
「三日は空いてるけど遊ぶ?」
送ると、すぐに返信がある。
「会いたいです」
会いたいのかあ、と思った。会いたいのかあ。相変わらず、朔也くんの気持ちと揃っていない、と感じている。私は、会えるなら嬉しいけど、会いたい、とまでは思っていない。この日に会うのは友達でもいいし、姉とどこかに行ってもいい。姉はあまり私と遊んでくれないけど。
植物園に行くことにした。あんまり派手な商業施設は混んでいそうだったので。
「髪の毛切ったんですね」
会ってすぐにそう言われた。ゴールデンウィーク前に短くして、ショートカットになっていた。
「朔也くんもでしょ」
朔也くんも短くなっている。首がすっきりと見えていて、かっこいい。見るたび大人っぽくなっている気がする。精神的な面もそうだろうけど、普通に背が伸びているように見える。どんどん身長差ができる。
「そう言えば、そうです」
笑いながら植物園に向かう。
「短いの、いいですね」
「ありがとう。髪の毛多いから、伸ばすのやなんだよね。乾かないし。夏はくくったほうが涼しいって言う人もいるけど」
「長いのも似合うと思いますけど、ショートカット、可愛いです」
照れる。
給料が出たから、と、奢ってくれた。ありがとうございます、と頭を下げる。いえいえ、と朔也くんは首を振った。
植物園は思ったより空いていた。水辺を歩いて、温室に向かう。
「聞きたいことがあるんですけど」
朔也くんが何か重要なことのように言う。
「うん」
「誕生日、いつですか」
「言ってなかったっけ」
確かにそんな話をしたことはなかったかもしれない。
「九月二十日」
「九月二十日」
復唱している。
「朔也くんはいつなの? あれ? 夏だったっけ」
何かで聞いたことがある気もする。特に大事なこととは思っていなかったので、忘れていた。
「八月二十八です」
「八月二十八ね」
スマホのカレンダーにメモする。それまでに別れてる可能性はあるなあ、と思う。もちろん言わない。
「鳥がいます」
朔也くんが教えてくれる。
「朔也くん」
「はい」
「手つなぐ?」
「えっ……」
立ち竦んでいる。気まずい。
「俺……声に出てました?」
「声?」
「いや……手、繋ぎたかった、ので……」
「ううん。純粋に、私の提案だけど」
朔也くんは何も言わない。
「やめとく?」
「つ、なぎ、ます」
と言ってから、タオルハンカチで手を拭っていた。手を握る。朔也くんの手は、びっくりするほど大きい。
「小さい、ですね」
手のひらに載るぐらいの小動物を抱えるような力加減で、朔也くんが手を握っている。そういえば、私の手はかなり小さい。私の身長は百五十四センチだけど、同じぐらいの身長でも私より手が大きい女の子は多い。といっても、極端に小さいわけではなく、女子の中でかなり小さい集団の中に入っている、という感じだ。朔也くんの手は、大きい。
「朔也くん、身長何センチ?」
「百八十三センチ、ですね」
迫力のある数字だ。
「じゃあ、あと一センチ伸びたら三十センチ差だね」
「伸びそうな……気が、します」
「まだ止まってないんだ。いいね」
「真奈さんは……」
そこで言葉を詰まらせた。私は笑った。何を言いたいのかはわかる。
「初めて会ったときから、ほとんど伸びてないね」
確か小学五年生の時は大きい方で、大きくなるのかも、と期待していたら、そこからほとんど伸びなかった。
「朔也くんは最初から大きかったな」
「百七十ぐらいだったと思います」
「私もね、年上だと思ってた」
朔也くんは頷く。
「子ども料金で乗ろうとすると、よく止められました」
「可哀想に」
「でも得することも多かったです」
サッカーとか? と思ったけど、言うのはやめた。もう競技はできないという話だったので。
「真奈さん、俺が小さかったら、多分、今でも付き合ってくれなかったと思うから……」
「私?」
「はい」
朔也くんが私の手を握る手に、少しだけ力を込めた。朔也くんの手のひらが熱くて、その中の私の手も熱くなる。
朔也くんの言ったことを一応考えてみる。出会ったばかりの朔也くんが、私より小さくて、いかにも年下、小学生、というふうだったら。わからない。今の私も何を考えているのか、私自身にもよくわからないのだ。
「あんまり変わらないと思うな」
一応出した結論を告げる。
「そう、ですか?」
「わかんないけど……」
むしろ今、朔也くんの身長が、私には少し高すぎる、と、思っている。背が高くて、すごくかっこよくて、それが、不思議な感じがする。朔也くんが目線を下げるというより見下ろす感じとか、声も遠く感じるので話しにくいところとか。でも、実際背が高いかっこいい朔也くんだから、付き合っているのかもしれない。やっぱりわからなくなる。
とことこ歩いていると、温室についた。ドアを開けるついでに、さりげなく繋いでいた手をほどいた。なんとなく、繋ぎ続けるのが不自然な気がして。
温室は外と温度はそう変わらないけれど、空気がしっとりと落ち着いている。
「南国だね」
葉の緑も花の赤も、外のものよりどこか明るい。
「今まで行った中で一番の南国ってどこ? 私は沖縄」
高校の修学旅行が沖縄だった。日本国内とは思えないほど気候が違うことに驚いた。水族館がびっくりするほど広くて、ずっとここにいたいと思った。理想の水族館。
「フィリピンですかね……セブ島」
「えーいいね。家族旅行?」
朔也くんは頷いた。ダイビングをしたらしい。楽しそう。
「ホテルの庭で豚の丸焼きを作ってました」
「食べた?」
「いえ。びっくりしただけです」
「ちょっと食べてみたいかも」
「真奈さんは、変わったもの食べるの平気ですか」
頷く。わりと食への好奇心は強い方だと思う。
「朔也くんは?」
「俺は……俺は……あんまり」
沈んだ声で言うので、笑ってしまった。
「でも、頑張ります」
「いいよ。無理しなくて」
言ってから、ああ、この先二人で、どこか遠くに行く可能性が、あるんだ、と思った。可能性はいつでもある。どのぐらい現実味があるだろう。私と朔也くんが沖縄や、セブ島に行く可能性。手を繋ぎ続けることもうまくできないのに。
朔也くんはセブ島のスーパーでドリアンを売っていたと話してくれた。
「うちの近所のスーパー、ドリアン売ってるよ」
「えっ」
「果物のコーナー、なんか変な匂いするなと思ったらドリアンが置いてあった。すっごく高いの。置いてあるの、普通の、っていうか、安めのスーパーなんだけど、ドリアン買う人いるのかな」
「ドリアン、食べますか?」
私はむっと顔の真ん中に皺を寄せた。好奇心が強いつもりでも、あの匂いは。
「……無理かもしれない」
朔也くんは私の顔を覗き込むみたいにする。
「その顔、可愛いです」
「やめなさい」
両手で顔を覆う。朔也くんが笑う気配がする。
朔也くん、食べ物の好みは保守的でも、女の子の好みは結構ゲテモノ好きだ、と思う。言わない。面倒なことになりそうだし、言ってて悲しくなりそう。
「……いつも可愛いですけど」
声だけで、朔也くんが照れているのがわかる。どんな顔をしているのか、見てみたい気がしたけれど、自分の顔を見られるのも嫌で、しばらく両手で覆っていた。




