五
近所の公園で待ち合わせた。普段の散歩ルートには入っていない、広い公園だ。朔也くんはベンチに座って待っていたけれど、私とゆたんぽを見ると、立ち上がった。
「こんにちは」
「こんにちは。ほら、ゆたんぽ。これが朔也くんだよ」
「こんにちは、ゆたんぽ」
朔也くんがしゃがむと、ゆたんぽはちょい、と小さな足を朔也くんの膝に乗せた。
「わ、大丈夫?」
「大丈夫です。かわいいですね。ゆたんぽ……あ、撫でてもいいですか」
「うん。めったなことでは噛まないよ」
「ゆたんぽ。よしよし」
朔也くんの大きい手で、ゆたんぽが気持ちよさそうに撫でられている。
「今日の服似合ってるね。かわいいね」
今日のゆたんぽはピンクのシャツを着ている。白と茶色が混じったようなゆたんぽのふわふわの毛によく似合っている、お気に入りだ。褒められて嬉しいのかはわからないが、ゆたんぽは朔也くんがお気に入りのようだった。
「朔也くん、犬なでるのうまいね」
「そうですか? 飼ったことないですけど、祖父母の家にはいました」
「犬種は?」
「ペキニーズです。二匹」
「わ、いいなあ。ペキニーズふわっふわでかわいいよね」
かわいい、に反応したのか、ゆたんぽが私に懐いてきた。
「ゆたちゃんが一番かわいいよー」
撫でてやると、知ってますけど、みたいなすまし顔をしている。可愛いのだ。
「可愛い」
と朔也くんが真顔で呟いている。
「ちょっとだけ歩こう」
と私は言い、ちょっとだけ歩いて、ベンチに座った。ゆたんぽはこの辺りの匂いが物珍しいのか、小さな鼻をすんすんと動かしている。
「ここ、いいですね」
「広いよね。もう散っちゃったけどお花見もできるよ」
「へえ」
「この辺公園多いんだよ。子供の頃は日替わりで色んな公園行ってたな。ゆたんぽはあんまりここ来ないけど、犬のお散歩してる人も多い」
「いいですね」
トイプードルが通りかかり、他の犬がそれほど好きではないゆたんぽは知らんぷりをした。
「このへんはトイプードルが多い」
「実家のほうもそうでしたよ。小型犬が多いですよね。大型犬見るとテンション上がります」
「あ、ゆたんぽが拗ねちゃった」
全然そんなことはないけど、揶揄ったみた。朔也くんは軽く笑ってゆたんぽを撫でた。
「ごめんね。ゆたんぽに会えてうれしいよ」
「チャイクレも珍しいしね」
「チャイニーズクレステッドドッグって、そう略すんですか」
「そうみたい。でもチャイニーズクレステッドドッグって呼ぶのが好きだから、あんまり略さないけど」
「チャイニーズクレステッドドッグのヘアレスのゆたんぽちゃん」
「そうそう。チャイニーズクレステッドドッグのヘアレスの、かわいいかわいいゆたんぽちゃんはどこですか?」
リードの範囲でちょこまかすんすんと様子見をしていたゆたんぽが、私のところにやってくるので、撫でてやる。
「こんなところにいたんですねえ。かわいいねえ」
「ゆたんぽといるとき、そういう感じなんですね」
ちょっと恥ずかしくなる。朔也くんの言い方が、本当に、ただ事実を口にした、という感じだったので、余計に。
「なんか、おばちゃんみたいかもしれない」
「あ、すみません。そういう意味じゃなくって、その、可愛いなって……」
真顔になってしまった。気まずくて黙り込むと、朔也くんの膝に、ゆたんぽが懐いた。朔也くんがよしよし、と撫でてやっている。私はそれを写真に収めた。朔也くんが、わ、という顔をする。
「見て、可愛い」
「ゆたんぽあんまり写ってませんよ」
「朔也くんが可愛い」
朔也くんが呆然としている。何ぼーっとしてるんですか、とゆたんぽがつぶらな目で見つめている。慌てて朔也くんがゆたんぽを撫でている。仲がいい。
「真奈さんは、」
「何?」
「年上だなって、こういうとき、思います」
耳が赤い。私が年上、というより、朔也くんが、年下だな、という気がする。中学一年生と小学六年生で初めて会ったから、ずっと、その区切りを引きずっている気がする。今知り合った相手なら、きっと全然違ってたんだろうなと思う。バイト先の高校生のこと、こんなに年下って思わないし。でも、今知り合ったなら、きっと朔也くんは私を好きじゃなかっただろうなあ、と思う。
「あ、ボルゾイだ」
朔也くんが言い、私はゆたんぽを膝の上に抱えた。大型犬を見ると抱っこするのは癖になっていた。ゆたんぽは犬に対してあまり関心を持たない子だが、好奇心を持って走って行ってしまったら、思わぬことになるかもしれない。
「知らない子だ。綺麗」
「かっこいいですよね」
飼い主の女性に聞こえないようにこそこそ内緒話をする。ボルゾイは悠々と去って行った。あまり人間に愛想を振りまくタイプではなさそうだ。ゆたんぽはあまり興味がないようで、私の膝で嬉しそうにしている。ゆたんぽは私を愛している。子犬のころに出会った自分の飼い主の一人だから。私はゆたんぽの服の端から指を入れて、ゆたんぽの喜ぶように皮膚を指先で掻いてやる。私のゆたんぽ。ゆたんぽの私。私が他の犬を、例えばボルゾイを飼うことになったとしたら、ゆたんぽは私にここまでの接触を許さないだろう。
「……真奈さん?」
ぼんやりゆたんぽを可愛がっていると、朔也くんが名前を呼んだ。私は心配させないように微笑んで、首を傾げて、そうしながら、これってなんか、朔也くんを喜ばせるための動作だな、と思った。家族とか、友達とか、そういう相手にこんな笑い方はしない。自分を好きな男の子にする動作。
実際、朔也くんは喜んでいるようだった。かっこいい朔也くん。ボルゾイみたいに遠い、高級な男の子。うちの家ではボルゾイは飼えない。
「朔也くんって、大型犬って感じだね」
「そう……ですか? 小型犬っぽくは、ないかもしれません」
「私はなんだろう。マルチーズとか? 可愛すぎるかな」
朔也くんは真面目に考え込んで、それから言った。
「わかりません」
「あんまり犬種詳しくない?」
「それもありますけど、真奈さんは、真奈さんだから……何かに似てるとか、思ったことがないです」
「そうなんだ」
「はい」
朔也くんにとって、ただ私は私で、何にも似ていない。
それは朔也くんらしい、ある種の愛の言葉のような気がしたけれど、私はまだ、うまく喜べなかった。




