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 今日はデートだ。朔也くんから誘ってくれた。メイクをするとき、すっぴんのほうが好きなのかも、と思い出して薄くしようか迷ったけれど、結局いつも通りにした。いつも通り、というと学校とバイトならわりとすっぴんなので、遊びに行くときの標準、ということだけど。少し可愛い服を着たいから、すっぴんだとバランスが取れない。

 デートはまた水族館だった。今度は商業施設の中にある水族館だ。私の家から行きやすい場所にあるので、子供の頃から何度も行っている。

 駅で待ち合わせる。平日の午前中なので、混雑を避けられる。水曜日、私は休みで、朔也くんも一限しか授業を入れていない。平日に遊べるのは大学生の特権だ。

「真奈さん」

 まだ一ヶ月も経っていないのに、朔也くんはすっかり大学生っぽくなっていた。なんでだろう。白いシャツと黒いパンツという格好だけど、よく似合っていて大人っぽい。自分が野暮ったくて、少し嫌になる。多分何を着てもおしゃれには見えないんだろう。悩むだけ無駄だ。

「場所わかった?」

「はい。ここ来たの久しぶりです。小学生ぶり」

「本当?」

「近くまでは来るんですけど」

「まあわざわざ来ないかもね」

「よく来るんですか?」

「まあまあ」

 前の彼氏がこの辺に住んでいたので、何回かデートした、とは、言わないでおいた。ここはプラネタリウムもあるのだ。

 水族館のチケットは、今日は割り勘だった。朔也くんはバイトを始めたらしい。家庭教師だそうだ。バイトを始めたので、と払いたがったけど、バイト代はまだ入ってないだろうと言うと、諦めた。

「くらげだ」

 入場して少し行くと、くらげコーナーになる。色々なくらげが水槽に展示されている。青くて暗い。くらげのからだがうっすらと白く光って、漂っている。丸いもの、脚が長いもの。

「くらげ好きですか」

「普通かな。でものんびりしていいよね。あ、絡まってる」

「本当だ」

 細くて長い脚を持つ小さなクラゲが、絡まってしまっている。脚は糸のように細く、簡単にほどけるようには見えない。

「海でああなったら、ずっと一緒に漂ってるのかな」

「どうでしょうか……」

 くだらないことを言っても、ちゃんと話を聞いてくれるのが面白い。

 この水族館はペンギンが有名なので、二人で並んで座って、ペンギンを見た。ペンギンの相関図があり、どの子がどの子なのか照らし合わせようとするが、ペンギンの見分けなどつかないし、たくさんいるのですぐに紛れてしまう。朔也くんに聞いてみても、わからないと言う。

「愛があれば見分けられるのかな」

「飼育員の人はわかるんでしょうね」

 これだけのチャイニーズクレステッドドッグがいたら、私はゆたんぽを見分けられるかな、と考えた。あんまり、自信はない。ほかのチャイニーズクレステッドドッグもほとんど見たことがないし。

「誰かはわかんなくても、かわいいね」

 でもゆたんぽは私を見つけてくれるだろう。そう信じている。

「可愛いですね」

 朔也くんは私を見て、そう言った。私は小さく首を傾げて微笑んだ。

「大学、楽しい?」

「楽しい……どうですかね。本当にこれでいいのか不安になることが多いです」

「最初は色々戸惑うよね。朔也くん一人暮らしも始めたし、バイトもしてるし、忙しいよね」

「あ……」

 朔也くんが何かに気づいたように言葉を切る。私はペンギンを見ながら、朔也くんの言葉を待った。やっぱりペンギンの見分けはつかない。みんな同じで、みんな可愛い。

「そのうち……招待、したいな、と、思ってて……」

「招待?」

 優しく聞こえるように尋ねると、朔也くんが頷く。

「俺の部屋に、真奈さん、を……」

 ああ、と私は頷いた。

「そうなんだ。今度お邪魔してもいい?」

「な、なんでですか?」

「ええ?」

 二人とも混乱している。朔也くんは慌てたように

「すみません!」

 と頭を下げた。

「びっくりしました……すみません」

「びっくりって、だって、朔也くんが言ったんじゃないの? 招待したいって」

「え、いや、そう……ですけど……」

 ここは暗いからわからないけど、顔が赤くなってるんだろうなと思った。

「遊びに行くって、遊びに行くってだけで、何もさせないよ?」

「な、な、な、な、な」

「それじゃだめなら、遊びには行かないけど」

 朔也くんは深呼吸をした。

「すみません……」

 どういう意味のすみません、だろう。この話自体、聞かなかったことにしたほうがいいんだろうか。付き合っているのに、聞かなかったことにしてあげる、という選択肢が、まだある。それって、私はまだ、朔也くんのことをそこまで好きじゃないんだな、と実感した。

「怖がらせましたよね……本当にごめんなさい」

 驚いた。驚いて、なんだか、一瞬泣きそうになった。首を振る。

「怖くないよ。別に」

 素っ気ない言い方になってしまった。

「あの、俺、真奈さんが嫌がることは、絶対にしません」

 絶対にしません。

 言い切ることに、驚いた。男の子って、言い切ることが嫌いだと思っていたから。約束をしないことを、誠実さだと思って、それを女の子に評価されたいと思っている。朔也くんは約束をして、それを守ろうとしている。評価されるための誠実さじゃなくて、何かもっと、違うもののために。

「絶対に、しません、けど……色々、その、したいとは、思ってるんで、怖かったら、教えてください……」

 朔也くんはぐじぐじ言っている。私は何か、なんだかよくわからなくなって、何かかたちのあるものがほしくて、朔也くんの指に、指先で触れてみた。

「えっ!?」

 黙って指先で、ごつごつした手を触って、それから離した。

「手、大きいね」

 この照明でも、朔也くんの顔が真っ赤になっているのがわかった。

「あ、の、」

「なに?」

 朔也くんは消え入りそうな声で、続けた。

「俺……調子に乗りそう、で、」

「うん」

「調子に乗って、怖かったら、言ってください……」

 怖くないよ、と、思った。朔也くんのこと、怖くなかった。少なくとも今は。でもうまくそれを言えなくて、

「ちゃんと言うね」

 とだけ言うと、朔也くんは何回も頷いていた。

「朔也くん」

 呼んでみたけど、特に言いたいことはなかった。

「はい」

 呼んだだけ、とは言いたくなくて、どうにか言葉をひねり出す。

「今度、ゆたんぽに会わせてあげるね」

 これは確実に愛の告白ではなかった。告白するような愛も、多分まだここにはないから。

「はい!」

 でも、似たようなものではあった。

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