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 朔也くんと毎日連絡を取り合っていた。たいした話はしない。今日はバイトだったとか、授業が始まったとか、そういう事実の伝達が多い。朔也くんも私も、メッセージで雑談するのが得意ではなく、私は実家暮らしなので、電話をする機会もなかった。電話苦手だ。メッセージも苦手だし、何が得意なんだろう。

「サークル入ってますか」

「入ってないよ どこか入るの?」

「入らないと思います」

 こういうメッセージをやり取りしていると、素っ気ないなと思いながらも落ち着く。そして、この間の水族館で撮った写真を見る。丸い顔で笑っている私の横で、くっきり綺麗なフェイスラインの、絵みたいな男の子。これが朔也くん。

 変だ。

 朔也くんはこれを見て、我に返ったりしないんだろうか。そんなに可愛くないな、もっと可愛い子たくさんいるな、って。大学にだっていっぱいいるだろう。可愛くて、そのうえ私よりずっと賢い子。そうなったときに、私からメッセージが来たら、鬱陶しくないんだろうか。

 考えても無駄なことだ。無駄なことだけど、そういう無駄を全部なくしたら、人間ってどういうふうに存在するんだろう。

 そう思っていると、最初は毎日送っていたメッセージも、あんまり送らなくなった。わざとと言うか、気が引けた。朔也くんからも送ってくることがないので、二週間ぐらいで、私たち、自然消滅したのかな、と思い始めていた。

「真奈さん」

 なのでバイト先に突然朔也くんが出現したので、驚いた。バックヤードから出てきて本を陳列していたら、話しかけてきたのだった。ここは朔也くんの新居からそんなに遠くないけれど、別に近くもないし、このショッピングセンターは特別大きいわけでもないので、生活圏の外だと思う。

「どうしたの?」

 聞いてから、もしかして私に会いに来たのかな、と気づいた。でも違ったら恥ずかしいので、言わない。

「いえ、あの……」

 もじもじしている。私は漫画を並べながら言葉を待っていた。

「シフト、そろそろ終わりますか」

「え、うん」

 朔也くんの声が低くてあまり通らないことに感謝して、こそこそ答えた。あと十分で上がる。

「じゃあ、待ってます」

 やっぱり会いに来たんだ。私が頷くと、空気を読んでくれたのか朔也くんは漫画コーナーから離れた。

 別れ話かな。

 と思った。だったら少し寂しい。少し、なことに、自分で安心する。


 バイトが終わるとすぐに着替えてバックヤードを出た。着替えたと言ってもエプロンを外すだけなんだけど。すっぴんなことに気づいて、でも、まあいいやと思う。一応リップだけ持ち歩いていたけれど、こいつリップ塗って来たなと思われるのが嫌なのでそのままにする。

「これ、真奈さんの絵ですよね」

 児童書のコーナーにいた朔也くんが、推薦図書の児童書につけたPOPを指さす。

「よくわかったね」

 絵は作中に出てくるキャラクターなのに、なんでわかるんだろう。洞察力がある。

「真奈さんの絵だな、と思ったんで」

 一回ぐらいしか見たことがないはずだ。よくわかるものだ。

 普段はフードコートで休憩するけれど、さすがに気が引けて喫茶店に入った。レジで注文するのではなく注文を取りに来るタイプの店だ。私はアイスカフェオレを頼み、朔也くんはアイスコーヒーだった。頼んだらすぐに来る。店内は空いていて、周りに客がいなくて助かる。

「あの、すみませんでした」

 そう切り出されて、やっぱり別れ話だったんだ、と思った。じゃあさっさと済ませてほしい。

「こんなところまで会いに来て……バイト中なのに……こういうところ、ですよね。本当にすみません」

 どういう話の進め方なんだろう。私は首を傾げた。

「あの、気に入らないことあったら、直します」

「……何の話?」

 沈黙。どうやら別れ話ではないらしい、と考え直して、尋ねる。

「あんまり連絡しなかったから、会いに来てくれたの?」

 朔也くんは頷いた。ちょっと、泣きそうな顔をしていた。そんな顔しなくてもいいのに。

「ごめんね。朔也くんも忙しいかもなって思って。嫌なこととかないから、直さなくていいよ」

「忙しくないです」

 子供みたいな言い方だ。年下だ。

「じゃあ、もっと連絡するね。ごめんね。言ったのに」

 朔也くんは首を振った。

「俺からすればよかったのに、真奈さんが何を思ってるのかとか考えたら、なかなか送れなくて……それで、バイトの話思い出して、会いに来てしまいました」

 来たからって会えるとは限らないのに。

「休みだったらどうしてたの?」

「会えないのは……」

 朔也くんはそこで何かに気づいたように言葉を途切れさせた。私はカフェオレを一口飲んで、待っていた。すると、朔也くんは観念して言った。

「会えないのは、慣れてました、から……バーベキューのとき……」

 私はなんだか呆然としてしまった。バーベキューのときの朔也くんは、いつも来ていた。それは、私に会いに来ていた、ということだったのだろうか。

「そっか……」

「真奈さんは、なんでそんなに優しくしてくれるんですか?」

「そんなに優しくしてないと思うけど」

「優しい、です……と、いうか……」

 朔也くんには他に言いたいことがあるらしい。私はまたカフェオレを飲んで待った。ここのカフェオレ、美味しいな。そんなに高くないし本を読むのにいいかもしれない。

「真奈さんは、俺のこと、そんなに好きじゃ、ないですよね……」

 思ったよりも本質的なことを言われて、戸惑った。こういうの、どう答えればいいんだろう。

「すみません。なんか、困らせてますよね」

 その通りだった。

「えっと……でも……朔也くんに嫌なところとか、ないよ。その……うーんと、恋愛感情としてどうか、みたいなところまで、気持ちが育っているかというと、なんとも言えないんだけど……」

 朔也くんの、完璧に綺麗な形の二重の目が潤んでいる。ドラマの登場人物みたい。かっこいいなあ、と思うし、悲しませたくないな、とは思う。でも、いまだに全然実感がなかった。この男の子が、私の彼氏。何故?

「私、朔也くんに会えたら嬉しいし、来てくれたのも、びっくりしたけど、嫌じゃないよ。あ、でも」

「はい」

「今すっぴんだから、ちょっと恥ずかしい」

 笑ってみせる。朔也くんは私の顔を見ている。

「今日なんか、可愛い……っていうか、ちょっと、幼いな、と、思いました」

 なんだか嬉しそうだ。

「えー」

「初めて会ったとき、年下だと思ったんです」

「年下? 五年生ってこと?」

「だからびっくりして……」

「中学生だったから?」

 朔也くんは頷いた。

「びっくりして、見ていると、好きに、なりました」

 そう来るんだ。

 ちょっとびっくりして固まってしまった。それから、あることに気づいて尋ねる。

「え、じゃあ、最初に会ったときから……って、こと?」

「はい」

 可哀想。

 と、まず思った。小学生のときからずっと私が好きだった、って、期間の長さもだし、好きになった相手も、両方、気の毒だ。別に自分のことを何の価値もない女の子だと思ってるわけじゃないけど、朔也くんの好きになる相手として、なんだか間違っているような気はする。

 じゃあもっと優しくしてあげたほうがいいのかな、と、一瞬思って、でもやめた。そういうの上手にできないし、あんまりやりたくなかった。そんなに恋愛に熱心じゃないし、熱心になりたくもなかった。上手にできないことがわかっているので。

「引きましたか?」

 朔也くんがこわごわ聞いてくるので、首を振った。

「ううん。びっくりはした」

「俺、重いんです。すみません」

「うーん」

「でも、迷惑かけないようにします。なるべく」

「迷惑っていうか、その……うーん、他の女の子とか、考えないの? そんなに会ったこともなかったのに」

 あんまりこういうこと言わないほうがいいような気がするけど、言っていた。

「だからいつも、もっと会いたいと思ってました」

 言葉を失った。

「俺が考えてるのは、真奈さんだけです」

 どうしたらいいんだろう。よくわからないまま、

「そうなんだ」

 と笑っていた。


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