ホームルーム
告ってしまった。
私はそれに耐えられずに猛ダッシュで帰宅した。部屋を真っ暗にしたまま布団を頭までかぶった。しばらくすると貴子叔母さんが私の部屋に来た。
「彼来たけど、どうする?」
「いい⋯⋯」
私にはそう言うのが、精一杯だった。また、しばらくすると貴子叔母さんが私の部屋に来た。真っ暗な部屋に電気を灯した。
「どうした? 日和って告白できなかったの? 後夜祭は来年もあるんだよ。しっかりしろ!」
私は布団から顔だけ出した。私の泣き腫らした顔を見て貴子叔母さんは口をつぐむ。
「告白? アレって告白には入らないかも⋯⋯」
「アレって?」
「大好きって言っただけ⋯⋯」
「それで、彼の返事は?」
「返事? なにそれ?」
「あんた、彼に好きだって告白したんだろ。それで彼の返事は?」
⋯⋯。
アレ?
返事って⋯⋯。
「もういいよ。だから、彼もあんなんだったんだね」
「なんか言ってた!」
私は貴子叔母さんの言葉に食い気味に布団から飛び上がる。
「知らん」
「知らんって、なんだよ? 教えてよ」
「さあ?」
そう言って貴子叔母さんは私の部屋から出ていった。
翌日はホームルームと文化祭の片付けの半日だけ。ホームルームは本来は文化祭の総括をする場なのだが、二年生は修学旅行がすぐにあるため修学旅行の打ち合わせをすることになっている。
私が登校するとすでに校門のところからヒソヒソ話が聞こえてくる。どうやら演劇のことではなく、後夜祭の例のヤツのことらしい。教室に入ってもやっぱりそのヒソヒソ話は続いている。橋本龍之介君は机に突っ伏していた。
「橋本君、おはよう」
私は意を決して橋本龍之介君に挨拶をする。机から顔を上げた橋本龍之介君を見て私は驚きを隠せなかった。
「橋本君、顔どうしたの?」
「おはよう。階段から転がり落ちただけだよ」
そう言った橋本龍之介君の顔は痣で腫れ上がっていた。
なんで?
昨日の今日でって、それ私のせい?
ホームルームは修学旅行の打ち合わせ。うちの班は橋本龍之介君と私とその他四名の男子。席替えがランダムなクジなのに班決めが席順通りとすれば、男女比が偏るのは当たり前。他の班では男子一人に女子五人っていうところもある。
「まずは新幹線の席決めなんだけど、希望はある?」
モブAが仕切り始める。
「私は橋本君の隣じゃなきゃ、修学旅行欠席するから」
告った以上、私にもう怖いものはない。
「じゃ、橋本と小林さんはこの二人席で⋯⋯。後は適当にこうしよう」
そう言って、モブBが新幹線の席順割に名前を書いていく。
なんだろう⋯⋯。
みんな、ホッっとしているような顔をしている。
「それじゃあ、二日目の自由行動だけど、小林さんの希望は?」
モブAが私の顔色を伺う。
「嵯峨野と伏見稲荷大社。それ以外はダメ!」
貴子叔母さんから朝来る時に聞いたのだ。京都の縁結びと言えば野宮神社と伏見稲荷大社だと。もうこうなったら神でもなんでも使ってやる!
「ああ、嵐山と伏見稲荷ってことでいいかな? 他に希望は⋯⋯。ないってことで決定だね」
モブAは話をまとめる。
「えっと⋯⋯、それで部屋割だけど⋯⋯」
なんだよ。
モブC、さっさと言えよ。
「二人部屋なんだから席通りにすればいいじゃん」
私の言葉に場の空気は和む。
「じゃ、橋本と小林さんは別の班の人⋯⋯」
モブDの言葉に私は噛み付く。
「聞こえなかったのかよ! 席通りでいいって」
「いや、男女一緒はさすがに無理だよ。それが決まりだし」
うるせぇよ!
モブA。
「決まり? どこの法律? 女の私がいいって言ってんだ。それでいいだろ。ガルルル!」
「あんたが橋本君を襲う恐れがあるからよ。小林さんは私と一緒の部屋。それでいいでしょ?」
いつの間にか委員長が私の前で腕組みをしてこちらを睨みつけている。私が渋々頷くと、委員長は話を続ける。
「それから若林君のところは男一人だから、橋本君は若林君と一緒の部屋でいい?」
委員長がそう言うと橋本龍之介君は怯えながら頷く。
ホームルームの後は文化祭の後片付け。後片付けっていっても私たちのクラスは昨日のうちに片付けてしまったので後片付けすることはほとんどない。私が廊下でボーッとしていると橋本龍之介君が隣に来た。
「小林さん、ちょっといい?」
私は首が取れるくらいに何度も何度も頷く。
「小林さんがいつも行く定食屋さんのお姉さんっていう認識で合っている?」
「そうだよ。ごめんね。ずっと黙っていて。ほら、私のスッピンってあんなんじゃん。恥ずかしくて言い出せなくて⋯⋯」
「あんな? すごく可愛いと思うけど⋯⋯」
橋本龍之介君は耳まで真っ赤になって俯く。
「そういえば、その顔のケガどうしたの?」
私がそう言うと橋本龍之介君は少し怯えながらこう言った。
「あの後浮かれ気分で帰ったら階段から思いっきり転げ落ちちゃって⋯⋯。カッコ悪いね。ごめんね」
なんで謝るんだろう?
「それでね。昨日の返事なんだけど⋯⋯」
来た!
「もう少し待ってもらっていい?」
橋本龍之介君の言葉に私は静かに頷いた。
そうだよね。
『恋愛未来日記』には告白するとしか書かなかったもんね⋯⋯。