【短編】不遇な異世界転生ですが、エルフの魔法使いに拾われて弟子になりました。好きです。
気付けば、路地裏の幼女になっていた。
知らない街。それどころか、世界も知らない。知らない言葉はかろうじて理解出来ているけれど、日本語ではなかった。異世界転生である。
その日暮らしでゴミ漁りをするしかないが、いつまでも続けられない。
街に居場所がない私は、森の方が食べ物があるのではないとかと出てみた。
前世の記憶は朧気だ。ただ、地球の日本での人生があったという記憶がぼんやりあるだけ。
そんな曖昧な前世があるという自覚しかない。親なし家なしの幼女の役には立たない。
サバイバル知識があればよかったのだけれど、あいにくそんな記憶もなかった。
逆に、森に出たのは悪手だったのかもしれない。
そうは言っても、ゴミを食べるよりも雑草を食べていた方がまだマシ。
異世界転生なら、魔法も実在するのではないかと、試行錯誤した末。
指先に、マッチよりも小さな火がついた。
私は、小さいながらも火を手に入れた。
魔法がある異世界だった。これには、ちょっと興奮を覚えた。前世にはないし、ファンタジーなモノが使えるということで、こんな境遇だけれど、テンションが上がったのである。
懸命に焚き火を用意して、一先ず暖を取ることにした。暖かくなると、ちょっと気が楽になってきたので、何かしら食べ物を探そうと思い立つ。とはいえ、調理器具も持ち合わせていない。何かを見つけられても、丸焼きにすることしか出来ないだろう。
焼くとしたら、魚かな……? 川、近くにあるかな……。
川も探しつつ、食べられそうな野菜や木の実がないか、キョロキョロした。
数時間の探索の末、見つけられたのは木の実だけだった。
服の裾を広げて、それで運んで焚き火の元へ戻る。
途端に、獣の声が響き渡り、私は震え上がってしまい、木の実を落とした。
何か大きな獣が、近くにいるようだ。
すぐに木の陰に隠れようとしたが、運悪く木の枝を踏んで、物音を立ててしまった。
その獣は怒り狂ったような雄叫びを上げて、こちらにドシドシとした大きな足音を立てて向かってくる。
逃げるしかない。私は、がむしゃらに駆け出した。後ろでは何やら物凄い音が響いてきて、追いかけてくる気配がする。全力疾走で、森を駆けた。
「ハァハァ……!」
息も切れてきたが、まだ追いかけてくる。やがて、何かに躓き、地面に転倒してしまった。
その拍子に後ろを振り返ってしまったが、額に大きな角を生やした猪に似た生き物が、怖い形相でこちらに突進してきていたのが見えた。
もうだめだ!
目を瞑って、襲い来るであろう痛みに、身構えたのだったが。
「”風よ、切り裂け”」
男性の声が聞こえたかと思えば、ドシンと重たいものが落ちる音がした。
目を開くと、迫っていた猪に似た生き物は、首が切り裂かれて倒れていたのである。
ポカンとしてしまう。
「大丈夫か? 娘」
呼びかけられて顔を向けてみると、恐ろしいほどに美しい男性がいた。
白金色の髪は長く、ポニーテールに束ねられていて、横に伸びたとんがり耳がよく見える。
涼しげな眼差しは、ペリドット色。色白の顔は、麗しいほどに整っていた。
この人は、ファンタジー世界のエルフだろうか……?
間違いなく、この世界で一番美しい人だと思った。とはいえ、転生してから私が出会った人達は限られているけれども。でも、ダントツに絶世の美丈夫だ。
「怪我をしたのか?」
いつまでも返事をしない私を見て、片膝をついて覗き込んだ彼が尋ねる。
「して、ない」
たどたどしく声を発して、首を横に振っておいた。
「魔物が出るのに、どうして森にいた?」
「まもの」
私はオウム返しをしてしまう。あの生き物は、魔物らしい。
「魔物を見るのは、初めてか?」
私の反応にそう気付いてくれる彼に、コクリと頷いて見せる。
「街の近くとはいえ、魔物も住まう森だ。もう来るな、帰るんだ」
そう言って、彼は私の手を取り、立たせてくれた。
「かえる、ない」
言葉を十分に話せないので、片言で言ってしまう。
「何?」
「家、ない。親も、ない」
だから、帰れと言われても、帰れないのだ。
前世の記憶を取り戻してから、気丈に生き抜こうとしていたけれど、こうして誰かと話すと、自分の境遇が酷すぎて泣きたくなる。目に涙が込み上がってきた。
「捨て子か……。施設には?」
立ち上がろうとしていたけれど、再び視線を合わせてくれた彼は、そう静かに尋ねる。
孤児を預かる施設のことだろうか。わからないので、涙を堪えながら、フルフルと首を振った。
そこで、盛大にお腹が鳴り響く。
泣きたいのに、お腹は空く。
「……コレ、食べるか?」
そう示すのは、こと切れている魔物。
え。食べられるタイプの魔物……? この世界の魔物について知らないけれど、食せるの……?
「たべもの?」
「ああ、大抵の魔物は食べられる。作ってやろう」
食べ物を作ってくれると言われると、余計お腹が空いてきた。
また盛大に腹の虫を鳴らしてしまう。
「私は、ベルデ。しがない魔法使いだ。この森の奥に住んでいる」
「まほう、つかい」
森に住んでいる魔法使いらしい。
ベルデさんは、魔法を使ったのか、魔物の巨体を宙に持ち上げた。そのまま歩き出したので、魔物にぶつかってしまわないように、ベルデさんの後ろをついていく。
「あちらにあった焚き火は、君が?」
「うん」
「そうか。あれは消しておいた。森が火事になってしまうかもしれないから、今後は控えるように」
叱られてしまった。確かに火事の心配はあっただろうけれど、これでも気を付けていた。
でも当然のお叱りなので「ごめんなさい」と謝っておく。
「君の名前は?」
「……」
名前を問われても、答えられなかった。
前世の名前ももちろん、現世の名前も知らない。
私が黙り込んでいると、ベルデさんは察してくれたのだろう。
「私が調理している間、入浴をするといい」
そう提案してくれた。
テクテクと歩いて行って到着したのは、ログハウスのような一軒家。屋根は、一面のツタで覆われていて、見えないくらいだ。森に溶け込んでしまっているような家だった。手前には、色とりどりの花の庭園があって、森の中に佇む魔法使いの家って感じだ。おとぎ話の中みたい。
ベルデさんは魔物を地面に置くと、そのまま家の中へと招いてくれた。
「ここが浴室だ」
真っ直ぐ案内された浴室には、白い猫足のバスタブがある。異世界でも、シャワーとバスタブがあった……。
ポケッと見ていれば、ベルデさんの気配が消えた。立ち尽くしていると、ベルデさんはすぐに戻ってきてくれて、服を差し出してくれる。私の着替えらしい。
「私の服で一番小さなサイズだ。これに着替えなさい。一人で浴びれるか?」
「……」
その問いに少し悩んでしまう。実は転生してから、初の入浴なのだ。
一人でちゃんと浴びれるか、心配である。
念のため、シャンプーやボディーソープについて尋ねようと思ったが、言葉がわからなかった。
シャンプーなどの単語をまだ知らない。不便だ。
「これ、何?」と、置かれているボトルを指差す。
「それはシャンプーだ。髪を洗うために使うもので、隣のボトルはボディーソープ」
ベルデさんは、ちゃんと教えてくれた。
「髪も相当汚れているようだから、三回は洗っては流すんだ。出来るか?」
ベルデさんの表情が不安げだ。幼女がちゃんと一人で洗えるか、心配している。
「できる」と、コクコクと大きく頷いて見せた。
他にも、洗ったあとのケアにローションとかを手元に置かれる。甲斐甲斐しい。
ベルデさんは予定通りに、魔物の調理をしにいくと行ってしまった。
私は、初入浴に挑んだ。
結果、幼女の体力ではかなりの大仕事で、終わった頃には息切れをしていた。
不揃いな髪は、茶色とばかり思っていたが、汚れていただけだったようで、洗ってみれば果物のオレンジの色だ。せっかくベルデさんに置いてもらったので、トリートメントをつけさせてもらい、艶を出させてもらった。とはいえ、何日も手入れしていなかったので、応急処置程度にしかならなさそう。
私の髪はオレンジ色だけれど、瞳の色は何色だろうか? 鏡も見ていないし、脱衣所の鏡も身長的に覗けないし、自分の顔すらもわからない。
もらった服は、ベルデさんのシャツのようだ。私が腕を通すと、ぶかぶかだった。当然か。
ベルデさんは、下着まで用意してくれた。デザイン的に、ハンカチを縫って作ったようなパンツだ。これって魔法で作ったのかな……? 魔法って便利。
タオルでクシャクシャと髪を拭きながら、脱衣室を出てみると、もういい匂いがしてきた。
「終わったか? よし、綺麗に洗えたな」
キッチンの方から出てきたベルデさんは、エプロン姿だ。
私の髪の毛をひと房取って確認すると、手を翳した。ふんわりと生温かい風が包み込み、私の髪を巻き上げる。魔法ドライヤーだ。キューッと目を瞑って、温かい風を受けた。
五分近くはじっとしていたが、あっという間に乾いたらしい。風は止んだ。
「食事は出来ている。食べるといい」
「……」
お礼を言おうとして、開いた口を閉じる。ありがとう、の言葉も私はわからない。
「どうした?」
黙って固まってしまった私を見て、ベルデさんは首を傾げる。
私は、ぺこりと頭を下げた。
「……こういう時は、ありがとう、でいいんだ」
「……ありが、とう」
察してくれたベルデさんは、お礼の言葉を教えてくれる。発音を不安に思いつつ、お礼を伝えた。
手を引かれて、ダイニングテーブルの席に着く。
香草焼きのお肉が置かれていた。美味しそう。ナイフとフォークを使って、早速食べようとして、ピタリと止まる。いただきます、の言葉も知らない。そもそも、食べる前の挨拶の習慣があるのだろうか。
恐る恐ると、ベルデさんの顔を見上げる。
「食べていいぞ?」
不思議そうに見てくるベルデさんが促す。
なんて言えばいいのやら。もしかして、いただきますの習慣はないのだろうか。
とりあえず、一度食器を置いて、両手を合わせた。いただきます、と念じて。
それから、ナイフで肉を切って、フォークで口に入れた。臭みもないどころか、香ばしい美味しさが口の中に広がる。美味しい。
私は、記憶の中では初めての食事にがっついてしまっただろう。口いっぱいに頬張る。
でも、ベルデさんは文句を言わなかった。
代わりのように「いつから森に?」という質問から始めて、私についてあれこれ聞き出してくる。
そんな中、ベルデさんの質問で「どうやって焚き火に火をつけた?」という質問がきたので、人差し指を立てて火を灯して見せた。
それには驚いた表情になるベルデさん。
「その歳で……どうして魔法が使えるんだ?」
「え?」
おかしなことなのだろうか?
「誰に教わった?」
誰にも教わっていないので、首を横に振る。
「自力で使えるようになったのか……?」
ベルデさんは深刻そうに顎に手をやり、俯いてしまった。
もしかして、普通は魔法が使えないのだろうか?
不安になってきたが、やがて顔を上げたベルデさんは、提案する。
「私の弟子にならないか?」
「でし……?」
なんのことかわからず、聞き返してしまう。
「私から、魔法を学ぶんだ。通常、魔法が使えるまで修行が必要でな。そもそも、素質がなければ、魔法は使えない。君には、魔法を使えるだけの魔力がすでにあるのだろう。これはすごいことだ」
目をパチクリさせながら、ベルデさんの言葉を噛み砕き、飲み込む。
「しかし、親も家もない君にとって、その才能を育てていく環境がない……才能があるのに、不遇だ。同じ魔法使いとして、手を差し伸べたい。こうして巡り合ったのも、何かの縁だ。私が責任を持って、立派な魔法使いにする。弟子になってくれ」
つまりは、ベルデさんが魔法の師匠になってくれるということか。
それは願ってもない申し出だ。
「でしになる!」
「……そうか。では、私のことは師匠と呼ぶように」
私は少し大きめな声で返事をした。
それにベルデさんは優しい微笑みを返す。あまりにも麗しい微笑みに、ドキッとした。
こうして私は、しがない魔法使いと名乗るベルデさんに弟子入りを果たし、この家に住まわせてもらうこととなったのだった。
名前がないと不便。そういうことで、ベルデさんが名付けてくれた。
私の名前は、メロ。歳は3歳にしておくことにして、ベルデさんに拾ってもらった日を、誕生日に設定した。
異世界転生したけれど、気付けば路地裏の捨て子だった私は、保護者と家を得た。そして、魔法使いになるという将来を見据えて、生きていくことにした。
ベルデ師匠と二人暮らしの生活は、父と娘の二人暮らしそのものだ。ベルデ師匠も、一応異性の私に気を遣いつつも、生活を良くしようとしてくれる。魔法使いの師匠として、だけではなく、保護者としてもいい人だった。
「魔法は、想像力がカギだ」
ベルデ師匠の教えも、わかりやすく、私はすぐに理解出来た。
想像力がなければ、魔法も使えない。その点、私は合格らしい。
指先に火を灯せたのも、想像力と魔力のおかげだった。
「そして、呪文はその想像力の補助をするものだ」
「魔物を倒す時に、師匠が唱えてましたね。風よ、切り裂けって」
「呪文を詠唱した方が、威力が上がる」
無詠唱より、詠唱をした方がいいのか。
「メロのように、いきなり無詠唱で魔法が使えるのは、驚きだ。天才だが、一歩間違えれば、怪我を負ったかもしれない。ゆっくり、修行を積み重ねて魔法を使えるようにしよう。わかったか?」
「はい、ベルデ師匠」
ベルデ師匠の言う通り、一歩間違えれば、指が丸焦げになっていたかもしれない。
自分が怪我をしないように、ベルデ師匠の言葉に従って、修行をしていくことにした。
焦らずゆっくりと、魔法の修行をしつつ、ベルデ師匠との生活を送る。
もちろん、家なし生活と違って快適だ。
まだ幼い私に、ベルデ師匠は家事をやらせようとはしなかった。
瞑想という修行ばかりでは、暇を持て余してしまうので、進んで家事を手伝おうとした。しかし、幼女の身長では、キッチンには立てないし、掃除をするには箒もまともに持てない。最終的には、花壇の水やりしかやらせてもらえなかった。
そんなのんびりとした魔法修行生活が、数年。
少しは成長して、キッチンに立てるようになったので、料理を任せてもらうことになった。
家の中の掃除も、許可をもらって魔法を使っての掃除も出来るようになったのである。
「師匠、お出掛けですか? 狩りですか?」
「ああ、狩りに行ってくる」
「私も」
「だめだ、まだ留守番だ」
「むぅ」
出掛ける支度をしているベルデ師匠に声をかけて、一緒に行きたいと言う前に断られてしまった。
私は膨れっ面をしたが、ベルデ師匠は頭を撫でて出掛けて行ってしまう。
ずいぶん魔法が使えるようになってきたのに、未だ魔物と戦うことを許してくれない。
まだまだ私が幼いから、らしい。
しかし、威力は強力だとお墨付きをもらっている。もう戦わせてもらってもいいのではないかと思う。
「勝手についていこうかなぁ……怒られるよねぇ」
ぼそりと呟いてしまったが、まだベルデ師匠に怒られたことがないので、別に怖くないと思えた。
そうなれば、ついていこうと思い立ってしまう。
私は上着を着て、ベルデ師匠のあとを追って家を出た。
「”花びらよ、導け”」
少し歩いた先で見つけた花を摘んで、追跡の魔法を唱える。
ひらひらと舞う花びらは、私が頭に浮かべたベルデ師匠の行方を捜して飛ぶ。それを追った。
「!?」
森生活で慣れた移動でしばらく走っていれば、狼のような遠吠えが響いてきて、思わず足を止める。肌がビリつく。狼型の魔物がいるようだ。
緊張でゴクリと息を呑む。これは近付いてはいけない気がする。
かと言って、引き返すことも出来ず、立ち尽くしてしまう。
そうこうしているうちに、向こうから気配が近付いてきた。
巨大な深手の灰色狼姿の魔物が、血走った目でこちらを睨みつけながら駆け込んでくる。
「逃げろ!! メロ!!」
ベルデ師匠の声が上がったが、私は動けなかった。
「”風よ、吹き飛ばせ”!!」
ベルデ師匠の詠唱と同時に、狼の魔物は横に吹っ飛んだ。
木に頭を衝突させた魔物は気を失ったのか、こと切れたのか、動かなくなった。
私は、その場に崩れ落ちてしまう。怖かった。ちっとも動けなかった。
「メロ!! 大丈夫か!? バカ者! 留守番するように言っただろうが!」
「ごめっ、なさい」
そんな私の肩を掴んだのは、ベルデ師匠。
私を覗き込むと叱りつつも、両腕で抱き締めてくれた。
相当焦ったのだろう。押し付けられたベルデ師匠の胸から、ドキドキと鼓動が早い心臓の音が聞こえた。
それに負けないくらい、私の心臓も高鳴っている。吊り橋効果だろうか。ベルデ師匠の腕の中は、とても安心した。ドキドキしすぎて、胸が苦しい。
落ち着いた頃に、ベルデ師匠には説教をされた。当然のお叱りなので、反省。
「メロ、君には魔物と戦うのは、まだ早すぎる」
「……はい」
しょんぼりしたが、顔を上げる。
「でも今日の失敗を糧に、次魔物と対面した時は、ちゃんと戦えるようにイメージトレーニングします!」
「……そうか。それはいいことだ。しかし、絶対に、私の許可なしに魔物と出くわそうとするなよ」
一瞬、柔らかな表情を見せてくれたが、ベルデ師匠は厳しく釘を刺した。
コクコクと頷いて「言いつけは守ります」と言っておいたが、内心ベルデ師匠の柔らかな表情にときめいてしまっている。
……これは、マズい。
ベルデ師匠は親代わりの保護者でもあるのに……。
私はそんな彼に、恋慕を抱いてしまったのか。
報われない恋だ。相手は、絶対私を恋愛対象に見ないだろう。なんせ、ベルデ師匠は300歳超えのエルフである。エルフは不老長寿の種族。見た目、美丈夫でも、年齢は人間の寿命を超えている。そんな不老長寿のベルデ師匠が、10歳未満の幼女を恋愛対象に見るわけがない。不毛な恋だ。
たまに、ベルデ師匠の友人であるエルフ仲間が家に訪ねてきて、酒盛りをするのだけれど。
その際も、ベルデ師匠は私を実の娘のように自慢するのだ。
実の娘のように育てられているのに、恋心を向けられては困るだろう。
こういう時、異世界転生の前世の記憶がうっすらあることが恨めしい。普通の幼女なら、父親に憧れを抱くような淡い恋心で済んだだろう。私は、通常の恋のようだ。
なんせ、ベルデ師匠は絶世の美丈夫。油断すれば、見惚れてしまう。
美人は三日で飽きるという言葉があるけれど、ベルデ師匠の美貌はいつ見ても感嘆のため息を溢したくなる。ベルデ師匠の友人であるエルフ仲間もだ。エルフの美しさは、罪深い。
私の中身が、正真正銘の幼女だったとしても、この麗しいエルフに心を奪われただろう。
逆に考えよう。中身が、成人女性の精神だから、きっとすぐにこの恋心を昇華出来ると。
そういうことで、私はベルデ師匠への想いを放置することにした。
魔法の修行を受けつつ、私は魔物と対決するイメージトレーニングを怠らない。
実戦に向けて、準備を整えた。
時には、ベルデ師匠と手合わせもしてもらい、戦闘技術を高める。
元々、魔法使いとは、個人差はあれど、魔法戦闘に特化した役職だ。
ベルデ師匠も、魔法戦闘のためにお呼ばれして、仕事に出掛けることがある。
私はその間、敷地内の庭園で育てられている薬草を摘んで、調合。家にあるスパイスから、シャンプーなどの日用品は、お手製のものなのだ。エルフの知識らしい。
さらに数年の月日が経ち、いよいよ魔物と戦闘が許された。
「いいか? 危なくなったら、私が守る」
「大丈夫です、師匠。見守ってください」
心配性な面を見せるベルデ師匠に、胸を張って見せる。
先ずは、魔物を見つけ出すことから、始めた。森移動は慣れたもので、生き物の痕跡を見つけるのも、得意になってきたと思う。これも、森に生きるエルフの師匠から授かった技術のおかげ。
そうして、数時間に及ぶ捜索で見つけ出したのは、青い毛を生やした闘牛のような魔物。
いかにも、狂暴そうだ。荒々しい息を吐いて、いきり立っている。
距離を取っているベルデ師匠に目配せをしてから、挑んだ。
「”雷鳴、轟け”!」
雷魔法を唱えて放つ。電撃が、魔物を襲う。直撃したけれど、倒し切れていない。
血走った目がこちらを捉えるから、すぐに移動した。
魔物は、木をへし折りつつも突進してくる。あんな突進を受けたら、ひとたまりもない。
「”浮遊”! ”風よ、運べ”!」
浮遊の魔法で自分の身体を浮かせて、風魔法で素早く移動する。
それを行いつつも、もう一度雷魔法を放つ。しかし、雷属性はイマイチなのか、倒せなかった。
火魔法だと、火事を引き起こしかねない。水魔法でぶっ飛ばすか? いや、風魔法で切り裂く!
「”風よ、切り裂け”!」
手を翳して、唱えたが。
放った風の刃は、魔物を掠って木を切断しただけ。外した。移動しながらでは、狙いが定まらない。
「っ!」
とにかく、狙いを定められるまで、移動を続けよう。魔力量もそれほど消費していない。まだ戦える。
しかし、不意に魔物が転倒した。
よく見ると、魔物の後ろ脚が太いツタに絡みつかれている。それで転倒したのだろう。
今がチャンスだ。
「”風よ、切り裂け”!!」
ありったけの魔力を込めて、詠唱して放つ。闘牛のような頭を両断した。
勝った……!!
地面に降り立つと、そのまま倒れそうになったから、なんとか踏み留まる。
「よくやった。初勝利、おめでとう。メロ」
そう声をかけてきたベルデ師匠は意外と近くて驚いたが、微笑んでポンポンと頭を撫でられて、キュンとした。
「……ありがとう、ございます。でも、師匠」
チラリと魔物の後ろ脚を見てみると、ツタが消えている。
「ベルデ師匠が、助けてくれましたよね?」
「なんのことだ?」
ベルデ師匠は、とぼけた。
「魔物が転倒したのは、ベルデ師匠が足を取ったからですよね?」
「そうなのか?」
「そうなのかって……とぼけちゃって」
膨れっ面をしてしまうと、ベルデ師匠はただ笑って私の頭を撫で続ける。
「一人で魔物を倒せたら、一人前だって言ったのに……」
「ああ、倒せただろう? メロは、一人前だ」
ベルデ師匠が手助けしてくれたのに、一人前認定されていいのだろうか。
「じゃあ、もう一人で魔法戦闘しに行ってもいいのですか!? 師匠みたいに」
ベルデ師匠が普段、魔法戦闘の仕事に向かうように、私もそうしてもいいのかと言うと、ベルデ師匠は難色を示した。
「それはまだ早い」
「えっ……一人前だって言ったのに」
「まだやったこともないだろう? 一先ず、私が同行する」
結局、過保護である。
「じゃあ、魔法使いデビューはいつさせてくれるのですか?」
「せっかちだな」
仕方なさそうに笑うベルデ師匠の横顔を見て、また胸の中がキュンと狭くなった。
しょうがない子どもを見るような穏やかな笑みは、ズルい。
「では、なるべく早くに仕事を見つけてこよう」
「はい!」
「今日はこの魔物で、ご馳走を作ろう」
「そうですね。見た目牛なので、美味しそうですね」
闘牛型の魔物を調理しようと、ベルデ師匠と手分けした。
ステーキにしようと切り分けて、あとは保存食に回す。香草などで臭みを取り除き、塩コショウで味付け。ソースは、ニンニクと玉ねぎを刻んで炒めて、醬油などで作ったもの。
サラダも盛り付けて、家でベルデ師匠と一緒に夕食として食べた。
自分で狩った食材をいただく。美味しい。
「よく頑張ったな」
ベルデ師匠はまた褒めてくれたので、はにかんだ。
後日。魔法使いとしての仕事をしに、出掛けることとなった。
魔法使いらしいローブは、お揃いの深緑色。それをまとって、出発。
「おお! ベルデ、来てくれたか」
ベルデ師匠を見つけるなり、大男が笑顔で手を振った。
場所は、ギルド会館と呼ばれる店。ここで冒険者などが集い、魔物討伐の仕事などを依頼、受注をするのである。
大男は、ギルドマスターらしい。早速、依頼を見繕ってくれる。
「よぉ、ベルデ! その子は?」
紹介された依頼を引き受けると、三人ほど近付いてきた。
一人は、大剣を背負った大柄な男性。もう一人は、弓を背負った長身の女性。最後は、剣を腰に携えた女性だった。そんな三人は、私を興味深そうに見つめてくる。
「紹介する。弟子のメロだ。メロ、こちらは、冒険者のリック、アリエル、クロエ。今回の依頼、一緒に受ける」
「初めまして、ベルデ師匠の弟子、メロです。よろしくお願いいたします」
ベルデ師匠が紹介してくれたので、ぺこりと頭を下げて自己紹介をした。
弓を持った長身の女性が、アリエルさん。剣を携えた黒髪の女性が、クロエさん。そして、大剣を持った男性がリックさん。それぞれも挨拶をしてくれた。
「へぇ、こんな可愛い子だったのか。弟子って」
「もっと早く紹介してほしかったわ~」
「でも、魔法使いとして仕事をするには、まだ早すぎるのでは?」
クロエさんが、疑問を口にする。
「問題ない。メロは天才なんだ。先日も、魔物と戦えた」
ベルデ師匠は、しれっと自慢してくれた。
それに目を丸くする一同。私も、ドキッとした。
「べた褒めだな」と、リックさんが笑う。
「本当にメロは天才なんだ。私が引き取る前には、一人で魔法を使えていたほどだ」
ベルデ師匠が、真面目な顔で言い募る。
それが面白いと、リックさん達が笑ってしまった。恥ずかしい。
自己紹介も済ませたので、そろそろ出発をすることになった。魔物を討伐しに行くのだ。
通常、魔物討伐に行く時、魔法使いという戦闘員は一人いれば十分と捉えられているそうだけれど、今回、私はまだまだ初心者ということで、頭数には入っていないような状態。初めてのお仕事なので、無理をしないようにと、ベルデ師匠にも言われてしまった。
今回の魔物は、半日近く時間をかけて移動した先の薄暗い森の中で繁殖を続けている植物系の魔物だ。
植物系の魔物ということで、火属性が弱点。なので、魔法使いの出番。
森の中で放火はマズいので、武器に属性を付与するタイプの魔法を仲間にかける戦闘スタイルでいく。ちなみにベルデ師匠は、万が一の消火担当だ。
「長時間の移動をしたが、大丈夫か?」
「はい、大丈夫です」
初めての長時間移動をする私を気遣ってくれるベルデ師匠に、笑顔で答えた。
まだまだ若いので、体力に自信がある。
「無理しなさんな、メロちゃん。頼りにしているぞ」
リックさんも気遣いつつも、そうにかっりと笑いかけられた。
ベルデ師匠のお墨付きだから、三人とも初心者の私を頼りにしてくれている。期待に応えないと、と気合を入れた。
薄暗い森の中を進行していると、甘ったるい花の香りが濃厚になってくる。
これは例の魔物が、獲物を誘い込む匂いだ。近くなっている。
目配せを受けて、私は唱えた。
「”火の加護を与える”」
リックさんの大剣に。アリエルさんの弓矢に。クロエさんの剣に。
火属性の魔法を付与した。
茂みがもぞもぞと動き出す。先制攻撃をしたのは、アリエルさん。弓矢を放った。
赤い光をまとう弓矢は、茂みを通り抜けてグサッと鈍い音を立てる。
途端に、茂みを飛び出すのは、火だるま。のたうち回るそれを、リックさんが両断。大きな花のような姿が、丸焦げだ。
それを皮切りに、次々と触手を広げた大きな大きな花のような植物が飛び出してきた。
アリエルさんが素早く射抜き、リックさんとクロエさんが切り裂く。私も背後に回られないように、風魔法で吹き飛ばして距離を取る。
順調に狩っていっていたけれど、その時だ。
ドシドシと重たい足音が近付いてくる。巨大な生き物が近付いてくる音。
イレギュラーが起きたようだ。全員に、緊張が走った。
木を丸ごと地面から抉り取って飛ばしてきたのは、マンモスのような魔物だ。身体にはキノコやコケを生やしているそのマンモス型の魔物は、虫の居所が悪いらしい。私達を睨みつけて、大きな前足でジタバタと暴れた。
すぐさま、ベルデ師匠が私のお腹に腕を回して、後ろへと引き寄せて距離を取らせてくれる。
リックさん達も、各々で態勢を整えた。
先ずは、アリエルさんがマンモス魔物の目を狙って弓矢を放つ。視界を奪いつつ、リックさんとクロエさんで、前足を切り崩そうとしている。が、暴れているから、危なさ過ぎて迂闊に近付けられない。それに、植物系の魔物も、まだうじゃうじゃいる。
「凍らせて、足止めをするぞ」
耳元でベルデ師匠に指示をされた。
「はい! ”凍てつけ、氷結”!!」
「”凍てつけ、氷結”」
私が先に唱えると、ベルデ師匠も続く。
二人分の氷の魔法が、地面からマンモス魔物の足を氷漬けにした。
「あとは任せろ。火属性の付与を続けろ」
「はいっ!」
ベルデ師匠がマンモス魔物を引き受けてくれると言うので、私は指示通りに従い、再び、リックさん達の武器に、火属性の魔法を付与する。
「”稲光”」
ベルデ師匠は、その一言で雷魔法を放出した。
一線の雷は、マンモス魔物の頭を貫く。その一撃で倒した。
すごい、かっこいい……!
流石師匠と感動して気付く。そういえば、私は初仕事だけれど、そもそも仕事をしているベルデ師匠も初めて見た。こんなにもかっこいいのかと、胸がキュンと鳴った。
「”火の加護の刃を放て”!」
見惚れていないで、私も初仕事をこなさなければ。
リックさん達だけに任せず、私は火属性の魔法の刃を放って、植物系の魔物の討伐を手伝った。
おかげで、すぐに終わった。
薄暗い森を抜けて、見晴らしのいい丘へ上がって、一息つく。
「デカいの出た時は、冷や汗出たな! ベルデがいて助かった!」
リックさんは、豪快に笑った。
「本当です! ベルデ師匠、かっこよかったです!」
私はついつい、興奮してそう言ってしまった。
そんな私を見て、目敏く気付いたのは女性陣。
「あら、メロちゃん。ベルデに恋をしているの?」
「えっ」
アリエルさんがからかってきて、クロエさんが微笑ましそうに見ていた。
爆弾発言に、絶句してしまう。
ベルデ師匠もリックさんも、目をパチクリ。
私は暴露されてしまったことに、だんだんと顔が熱くなり、真っ赤になってしまった。
「あらぁ……」
アリエルさんが、気まずそうに呟く。
恐る恐る、ベルデ師匠と目を合わせると、申し訳なさそうに眉尻を下げていた。
「……メロ。私しか、異性と交流がなかっただけだ」
あ。今、私、フラれた……。
しかも、私の気持ちを否定する形で。
「違います、師匠」
「違わないさ、メロ。もっと異性と交流すれば、私への想いは気のせいだと理解出来るさ」
ズキッと胸が痛む。
こうも想い人に否定されてしまうのは、こんなにもつらいとは……。
「っ違います! 私は、ベルデ師匠だから好きなんです!」
「メロ……」
「確かに、私は異性と交流が少ないですが、抱き締めて欲しいのはベルデ師匠だけです! それ以外なんて嫌です! ベルデ師匠に笑いかけて欲しいですし、頭を撫でて褒めても欲しいんです!」
好きになったのは、全部ベルデ師匠なのに。
他の異性を勧めないで。私の気持ちを否定しないで。
泣きそうになりながら、私は声を上げた。
「しかし……メロ。私はもう300歳でな、君のことは未だに赤子も同然で」
「でも私はもうすぐ成人します! 人間の成人とエルフの300歳なんて、問題ないですよね!?」
「いや、えっと」
グイッと迫れば、ベルデ師匠はたじろいだ。
「私、諦めませんから!!」
こうなれば、自棄だ。
「絶対にベルデ師匠を振り向かせて見せます!!!」
「なっ……」
大声で宣言してやった。
「おお!」と、アリエルさん達は拍手喝采をしてくる。
ベルデ師匠は、困ったように額を押さえていた。
今夜は、今日討伐した闘牛型の魔物の肉を調理して、夕食にする。そして、みんなで野宿をして、一夜を過ごした。
家に帰ってから私は、ベルデ師匠を振り向かせるために、先ずは胃袋を掴むことにした。
料理の腕前を磨かなくては。
料理を教えてくれたのも、ベルデ師匠だったから、他に教えてくれる人を捜した。
結果、たまに利用する食堂の店長が適任だった。頭を下げて頼み込んだ。
食堂の料理を覚えて、腕を上げた私の料理に、ベルデ師匠は舌鼓を打った。
「本当に美味しいじゃないか、メロ。頑張っているだけあるな」
「もう私の料理なしじゃ生きていけませんか?」
「なっ……。何を言うんだか」
私がニコニコと問うと、一瞬、言葉を失ったが、ベルデ師匠は呆れたように返す。
ちょっとは動揺してくれた気がする。私は、ニコニコした。
これからも、ベルデ師匠に美味しいご飯を作ってあげて食べてもらおう。
それこそ、私の料理なしでは生きていけないくらいに。
料理の弟子入りをしている食堂の人達から。
「そんなに料理の勉強をして、花嫁修業かい?」
とからかわれたので。
「はい! ベルデ師匠のお嫁さんになるための花嫁修業です!」
と笑顔で言い切っておいた。
たまに迎えに来るベルデ師匠は、それを聞いた食堂の人達から「メロちゃんを幸せにしないと許さないぞ」と冗談を言われていた。
他にも、私は外堀を埋めるかのように、オープンにベルデ師匠にアプローチをした。
街を歩いていても、腕に抱きついて歩いたり。手を繋ぎたいとお願いしてみたり。そんなお願いなら、無下にはしないベルデ師匠は、そのまま私と歩いてくれる。
「仲良いな」
冒険者ギルドのギルドマスターが笑うから。
「はい、私は将来、ベルデ師匠の伴侶になりますから!」
語尾にハートがつくくらい明るく言い退けておいた。ベルデ師匠の腕にしっかり抱き着きながら。
「こら、よさないか、メロ」
ベルデ師匠は、焦って窘めた。
「隅に置けないなぁ、ベルデ?」
ギルドマスターは、面白がってニヤついている。ベルデ師匠は、心底嫌そうな顔をした。
そんなやり取りをしつつも、私もベルデ師匠も魔法使いとしての仕事をこなす。
最初の五件までは、ベルデ師匠はまだ心配していて同行してきたが、六件目からは一人で参加させてもらえて、無事こなせた。
他の冒険者とも、交流をしていき、私は忽ちベルデ師匠の弟子として有名になった。
元々、ベルデ師匠は古参の凄腕魔法使いとして知れ渡っていたのだ。その弟子も、天才肌だとベルデ師匠自身が豪語するものだから、天才弟子として知られている。
私がまだ13歳の時点で、すでに冒険者の中で引っ張りだこだ。
顔立ちは整っている方だからか、下心ある冒険者の誘いもあった。
それを見抜いたのは、ベルデ師匠。
「私の弟子のメロに、君達は相応しくない」
と、一刀両断した。
保護者として、立ちはだかったのである。これもこれで、かっこよくてキュン。
「はい! ベルデ師匠のメロです!」
「弟子だ、弟子」
「ベルデ師匠のメロです」
「だから、私の弟子という意味だ」
ベルデ師匠が焦って訂正してくる。言葉のチョイスを誤ったベルデ師匠だった。
そんな日々を過ごして、また数年が経ち、私は16歳という結婚適齢期に入った。
ベルデ師匠は深刻そうな顔をして、家のリビングで話をしようと言い出した。
ついに独り立ちをして家を出ろ、とか言われるんじゃないかと身構えたが。
「そろそろ、君は私へのアプローチをやめた方がいい」
という話をされる。
「どうしてですか?」
「街の皆が、すっかり私と君を夫婦のような扱いをし始めたじゃないか……」
疲れ切ったような声を出すベルデ師匠。
確かに、私のアプローチのせいで、すっかり街の人達は夫婦認定しているありさまだ。
片想いをして必死にアピールをしている私からすれば、いいことではあるが、ベルデ師匠からすれば迷惑極まりないのだろうか。
「これでは、君が本当に想いを寄せる相手が出来た時、困るではないのか?」
「……ベルデ師匠、まだ私が他の異性と交流していないから、あなたを想っていると勘違いしていると思っているのですか?」
私は真剣な声音を返す。
「もう違いますよ。他の異性とも、しっかり交流した上で、まだベルデ師匠が好きです。他の誰よりも、ベルデ師匠が好きなんです」
「メロ……」
ベルデ師匠も、私が他の冒険者と交流していることは知っている。街の人達とも。
他の異性と交流していないから、という理由はもう使えない。
憂いを帯びたベルデ師匠の瞳が揺れる。
そろそろ、駆け引きをしようか。
「わかりました。しばらく、家を出ます」
「えっ?」
ガタッと立ち上がって、私は自分の部屋に行って荷物をまとめた。
「待て、メロ。いきなり家を出るとは?」
「そのままの意味です。当分、距離を置かせていただきます」
本当は嫌だけれど、離れてわかることもあるだろう。お互い。
「当分っていつまでだ? どこに泊まる気だ?」
ベルデ師匠は過保護を発揮して、ソワソワと尋ねてきた。
この過保護っぷりなら、まだ独り立ちを促されることはなさそう。
「では、いってきます」
「あ、ああ……気を付けて」
荷物を持ってツンとした態度で、家を出させてもらった。
これは駆け引きだ。今までずっと一緒にいた私がいなくなって、どれほどの存在かを認識してもらう。
結構な賭けである。これでベルデ師匠が、私の存在を恋しく思ってくれるなら、私の恋は進展するが、逆に何も変わらないとなると、完全に脈なしだ。どっちに転ぶか、ドキドキである。
当分の宿泊場所は、普通に宿屋。いつもお世話になっている食堂の近くだから、食事の時は利用させてもらった。
一泊したあと、翌日は冒険者ギルドに向かって、仕事を探す。
「お? 一人か? 旦那はどうした?」
ギルドマスターが、ふざけてそう尋ねてきた。
旦那とは、もちろんベルデ師匠のことである。これがベルデ師匠の危惧していた、夫婦扱い。
「……ちょっと、距離を置いています」
少し悩んだけれど、ぶっきらぼうにそう答えることにした。
ギルドマスターは目を真ん丸にして驚く。
「喧嘩か? 仲直り出来そうか?」
「……さぁ? ベルデ師匠次第ですね」
私が不在の間に、ベルデ師匠が私を恋しく思ってくれるならいいが……。
心配してくれるギルドマスターに、仕事はないか確認してもらう。
「一人で行くのか?」
「はい。私はもう16歳ですよ」
「16歳でも危険だろう。師匠の許可はあるのか?」
ギルドマスターも過保護だ。
「大丈夫ですよ。許可された範囲にしか行きません」
「それならいいが……。くれぐれも油断するなよ」
「もちろんです」
危険な仕事である。油断はしない。
そういうことで、一人でもこなせそうな魔物討伐の依頼を引き受けた。
準備もそこそこに、出発。家とも真逆な方向の森の中を突き進み、依頼された魔物を探す。
森は鬱蒼としているから、視界が悪くならないように気を付けながら歩いた。
気配感知の魔法を発動させているので、近付ければ見逃さない。
走る魔物を見つける。灰色の巨体で必死に走っている猪のような魔物を、風の魔法で仕留めた。
「これは……?」
こと切れた魔物を解体しようと近付いて気付く。
私が仕留めた傷以外にも、傷があった。他の魔物と戦ったのだろうか。いや、襲われて逃げていたのかもしれない。私と遭遇した時には、別方向に走り去ろうとしていたし。
じゃあ、近くにその魔物がいるのでは……?
気を抜かずに警戒していると、その気配を感知した。
気配感知の魔法は、魔力を感知していると言っても過言ではない魔法だ。だから、その感知で魔物の魔力の膨大さに気付かされた。
この魔物は、マズい!
私はすぐに撤退すべきだと判断した。
魔力が多い魔物は魔法も放ってくる。危険な戦いになるはずだ。
どんな魔物かもわからないのに、対策もなしに挑めない。撤退が最善だった。
浮遊魔法を発動して、風魔法で移動を始めたのだが。
ドカンッ!
私が横切った木が爆発した。もう来たようだ。
チラリと振り返ってみたが、いたのは巨大なヘラジカのような姿の魔物だった。しかし、広げられた角は魔力が込められていて、仄かに光っている。そこから、雷撃の魔法が放たれて、私に向かってきた。
それを避けると、代わりに受けた木が爆破される。あの威力の雷撃を受けてはひとたまりもない。
必死に飛びながら避けていく。
ドカン! ドカンッ!!
どんどん爆破が近付いてくる。魔物も、駆けながら追いかけてきているようだ。
「っ!!」
ギリギリの接戦に危険を感じて、土の壁を生み出して防御をした。思いっきり広範囲にしておいて、行く手も塞いでおく。
しかし、雷撃は防いだみたいだが、魔物自身の突進で突破された。
逃げ切れないのか? これはマズい。
決断をしなければいけない。戦って勝つことに賭けるか、逃げ切ることに賭けるか。
私の魔力も多くはあるが、いつまでも持つとは限らない。魔力が十分にあるうちに勝負を仕掛けた方がいいかもしれない。
考えろ。考えるんだ。生き抜くために、戦うんだ。
「うっ!!」
ドカンッ! と、また横切った木が爆破されて、破片が飛び散り、頬を傷付けられる。
もう覚悟を決めた。戦って勝つ。
旋回をして、ヘラジカの魔物と対峙する。
「”土の塊よ”!」
先ずは、魔力の源であろう角をへし折ろうと狙いを定める。土魔法で、岩の塊を放った。
「”強固な土壁よ”!」
雷撃が放たれそうになったら、土壁を出現させる。
雷撃なら、土壁は盾になった。
「”土の矛、鋭利に貫け”!!」
次は土魔法の槍を放つ。角に当たると、ピシッと音を立ててヒビが入った。
よし、行ける!
そう思った矢先。
バリバリッ!!
角の上に、大きな雷の塊が集まった。今までと比べ物にならない威力を発揮しそうな魔法に、ヒュッと息を呑んだ。
すぐに土壁を何重にも出現させて防御を固めた。
カッと、光で目が眩んだ。
音が消えるほどの爆音が響き渡り、衝撃を受けた。
気を失いかけた私は、覚えのある感触に包まれていることに気付く。
「メロ! 大丈夫か!?」
「うっ……し、しょう?」
私に覆いかぶさるようにして、ベルデ師匠が抱き締める形で上にいた。
ベルデ師匠に庇われたようだ。
「どうして、ここに……」
「まだ戦えるか?」
「は、はい」
背中を打ち付けてしまったが、まだ立てる。
「あの魔物は角をへし折れれば魔法を封じられる。角を狙え」
「はい!」
ベルデ師匠にそっと抱き起されて、立ち上がった私は再び魔物と向き合う。
大きな魔法を放ったあとのせいか、動きを見せない魔物。今がチャンスだ。
破壊された土壁の残骸を掻き集めて、無数の岩の塊を作り上げた。
「行くぞ! ”大地の怒り”!!」
「”土の塊よ、穿て”!!」
ベルデ師匠の合図で、詠唱する。ベルデ師匠は、地面から刃を生やす土魔法を唱え、私は浮かせた岩の塊をぶつけた。
パキンッ!
岩が命中して、扇子のように広がっていた角が粉々に砕け散った。
ベルデ師匠の土の刃で、ヘラジカのような身体もズタボロ。虫の息で倒れた。
「はぁ……」
私は脱力する。なんとか生き延びれた。
「大丈夫か!? メロ!」
再びベルデ師匠は、私の心配をする。肩をがしりと掴まれて、血を流す頬を痛々しそうに見つめられた。
「はい、なんとか……ありがとう、ございます。ベルデ師匠が来なかったら、どうなっていたことやら」
「そんなことを言うな……!」
「!?」
ギュッと、ベルデ師匠に抱き締められる。
「強力な気配と爆音を聞いて、どれだけ肝が冷えたか……! 君が襲われているとわかって、急いで飛んできた。間に合って本当によかった。無事でよかった」
きつく抱き締めるベルデ師匠の腕は、震えていた。
「ご心配をおかけして、ごめんなさい……。でもどうして? どうしてここに? ベルデ師匠も仕事ですか?」
「いや、メロを追いかけてきた」
「え?」
追いかけてきたと聞いて、キョトンとしてしまう。
どうして昨日の今日で、追いかけてきたのだろうか。
放してくれたベルデ師匠を見上げてみると、眉尻を下げた表情で。
「昨夜、君のいない夕食を一人で食べただけで、寂しく感じて……それにどこで外泊したのかも気が気じゃなくて……。今朝はいつものおはようの挨拶もなく、朝食も一人で食べても味気なく……。メロが一日いないだけで、こんなにも心を乱されるとは思わなかった。ギルドマスターから聞いて、帰ってきてくれと、言いに来た。当分なんてごめんだ。今日は帰ってきてくれ」
「……」
目を点にするほど驚いてしまう。
これは……賭けに勝ったのだろうか?
たった一日だけで、私の存在を恋しく思っている。むしろ、必要不可欠だとすら思っているんじゃないか。
「どうして私が一日いないだけで、寂しかったんですか?」
「それは……もう何年も一緒に暮らしていたから」
「私を引き取る前まで、一人暮らしだったのに?」
「ああ。それでも、毎日一緒だったから」
「食事も味気なかったんですか?」
「君の料理じゃないから」
「私の料理じゃないと満足出来ないですか?」
ここまで問い詰めると、ベルデ師匠はぎこちなくたじろいだ。
「君の料理は格別だからな……」と、渋々と言った感じに答える。
「私の料理なしではもう生きていけないんじゃないですか?」
「そ、そんなことは……」
私は、にっこにこと笑顔で問う。
「一日いないだけでも寂しかったなんて、それはもう好きってことじゃないですか?」
「は、はぁ? 違う、そうではない」
「私が恋しかったんですよね?」
「心配だったんだ」
「でも寂しかったですよね?」
「そうだが……」
じわじわと、ベルデ師匠の頬が赤くなっていく。
「大好きですよ、ベルデ師匠」
私は真剣に、でも微笑んで、告白をした。
「あなたの伴侶にしてください。これからもあなたのそばにいますし、料理も毎日作ります」
「メロ……」
「愛しています。愛してくれますか?」
ベルデ師匠の右手を取って、両手で包み込む。
そして祈るように、問う。
ついに、ベルデ師匠は顔を真っ赤にした。
「~~っ!! あと二年待て!! 君が成人するまで!!」
そうベルデ師匠は、答えを先延ばしにしたけれど、手応えを感じた。
この調子でアプローチを続けていけば、二年後はいい返事をもらえるだろう。
「拾ってくれた恩も、育ててくれた恩も、愛でお返しますね!」
私はご機嫌になって、愛するベルデ師匠の腕に抱き着いた。
もちろん、その日はベルデ師匠と一緒に家に帰ったし、夕食も作って一緒に食べた。
二年後、私は「伴侶になってくれ」とベルデ師匠から告白をされるのだった。
ハッピーエンド。
かんがさんから、いただいたお題で『執筆配信』で書きました!
書いている最中で、ジャンルは『異世界ファンタジー』であって『恋愛』ではないと……!
すみません! でも結局、『恋愛』を込めてしまうので……! 許してください!
かんがさんからのお題は『異世界ファンタジー』『魔法』『助けてくれるヒーロー』『不遇スタートの成長物』でした!
リクエストをありがとうございました!
『執筆配信』は9回行って、楽しくお喋りしながら書けました!
次回は、皆で考えて物語を作る『執筆配信』をする予定です。
よかったら来てくださいませ!
2025/05/17◎