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ランドリーチキン

 「ランドリーチキンあります」

 この貼り紙に目が釘付けになり思わず入ってしまったお弁当屋さん。レジカウンターにはニンマリと笑みを浮かべるおばちゃんがいる。メニュー表には唐揚げ弁当や海苔弁当等、一般的な弁当が記されている。しかし気になるのはやはり、ランドリーチキン。


「すみません、このランドリーチキンって何ですか?」


「あぁ、ランドリーチキンね。これね、ランドリーしたチキン。」


 ………


 は?…………え?  これで説明終わり?いや、何?ランドリーしたチキンって。そんな日本語初めて聞いたわ!もうちょっと説明あるでしょ!?


「ランドリーしたチキン?」


「お一つで?」


 いやいやいや、頼んでない!注文したわけじゃないから!コントやってんのかこれ…。しかも何気に高いし。このチキン。一つ1200円て…。まぁ、これが気になって入ったから頼まないという選択肢はあまりない。ただ、これが何かという説明はもうちょっとほしい。


「あ、いや…。どういうものか知りたくて…。タンドリーチキンとは違うんですか?」


「タンドリー…チキン…?あぁ、タンドリーチキンね。分かるわよ…分かる分かる…。タンドリーでしょ。タンドリーとは違うのよ。ランドリーだから。」


 おい、それ分からない奴の反応だろ。タンドリーくらい知っとけ!そしてそれ説明になってないから!あれか、このおばちゃん説明下手なタイプの人だな!名前が出てこなくて「あれ」って言っちゃうタイプの人だ。そして相手も名前が出てこなくて「あれ」で会話が成立しちゃうパターン。ただ、今回は俺はランドリーチキンなんて物を知らないからそれには当てはまらない。まぁ、ここで悩むより頼んでみた方がハッキリするだろう。今後の話のタネにもなるし、何より後ろに並んでる人に迷惑だ。……並んでる奴いねぇや。


「じゃあ、ランドリーチキン一つで。」


「あいよ!一つ1200円ね!」


 1200ちょうど支払い、裏に行くおばちゃん。直ぐに戻ってくると、その手には生の丸鶏を乗せた銀のトレーを持ってきた。


「はい、これ持ってそこのドアから入ってね!」


 え、何これ。丸鶏?これ生だけど。ドアに入ったら分かるって事?とりあえず、言われた通りにドアの先の部屋に向かう。


 ドアを開けるとそこはまるでコインランドリーだった。洗濯機が並び、部屋の中央には背もたれのないベンチが置かれていた。はぁ〜なにこれ?ランドリーチキンってそういう事?本当に洗濯しちゃうの?頭の中では疑問でいっぱい。洗濯機をよく見ると、ラミネートされた説明書があった。そこにランドリーチキンの手順が書かれている。


その1:丸鶏をランドリーの中央にセットする。


 なんだよ。ランドリーの中央って。イラストがついてなかったらなんのこっちゃだよ。洗濯機の中央に丸鶏をセットする。


その2:お好みで塩胡椒を振る。


 洗濯機の上に粉洗剤の容器のような物が置かれており、その中には塩胡椒が入っていた。


 粉洗剤みたい。スプーンもまさにそれだし…。でも本当に塩胡椒だ。お好みの量っつったってよく分からないので適当に振りかける。こんなもんか?


その3:ランドリーチキンコースにセットし、スタートボタンを押す。


 なんだよ、ランドリーチキンコースって。そもそもランドリーチキンを知らねぇんだよ。ポチッ!


 洗濯機がゴゴゴォと動き出す。そしてジャバジャバァと黄色味がかった液体が洗濯機内を満たしていく。何この黄色?大丈夫なやつ?


 完全に満たされると、今度はその液体が渦を巻くように回り出す。それに合わせて中の丸鶏も回り出す。何気なく見てると、その丸鶏が踊っているようだ。心なしか、手羽先で先ほど振りかけた塩胡椒を体にすり込んでいるように見える。思わず目を擦ってよく見るがそんな事は無い。液体の渦に流されるように丸鶏が回っている。しかし見ようによっては激しくダンスしているように見える。


 俺は何を見せられてるの?洗濯機には「20」という数字が表示されてる。え、もしかしなくてもこれ20分続く?マジかよ…。本当に洗濯してるみたいじゃん…。とりあえず座るか……。


 あれから洗濯機の中で踊り狂う丸鶏を20分間眺め続けた。正直な感想は「なんだかんだ面白かった。」なんであんなに踊ってるように見えたのだろう。あんなに激しくサンバのようなダンス。手羽先でお尻をベチンと叩いたように見えた時は本当にびっくりした。何誘ってんねん。それは誘惑か?私を食べてという誘惑か?人生生きてる中でただの丸鶏に誘惑されるとは思わなかった。


 20分経つと中の黄色い液体が抜かれていった。再びトレーに戻る丸鶏。おばちゃんに渡された時より、少し黄色みがかっている。抜かれた液体の水滴が丸鶏に残っている様が、まるで汗のように見える。あれだけ激しいダンスを披露してくれたんだ。汗が光り輝いているように見えるよ。そしてそんな状態に間髪入れず、次の工程が施される。洗濯機内がじんわりと赤く光っている。これは焼きにいってる。丸鶏が焼かれる工程に入ったのだ。しかし、先程のダンス紛いの洗濯?を見せられた後だと、日焼けマシーンのように見えてくる。この様子だと時間が掛かりそうだ。時間は…50分。50分!?やはり掛かるか。しかしこれ、時間無い人は頼めないやつだな。時間が掛かりすぎる!


 焼く工程は洗濯の時間よりも暇だった。なんの動きも無い。ただ焼くだけ。ダンスの方がまだ面白かった。まぁ、仕方ない。こんな調理なんて前代未聞だ。「焼く」という当たり前の調理が陳腐な物と思ってしまう程には。おそらく、さっきの黄色液体は何かしらの味付けだったのだろう。


 ピー、ピー、という終了の音が聞こえて目が覚めた。どうやら眠ってしまったらしい。洗濯機を見てみると、そこにはこんがりと焼けたローストチキンが出来上がっていた。ランドリーチキンってローストチキンの事か。え、待って。これで1200円って安くないか?というかこれ一人で食べるの?洗濯機のインパクトが強くてその事頭から抜けてた。まぁ、今日と明日で食べきれば問題ないか。洗濯機のドアを開けると、ほかほかと湯気が出てきた。良い匂い。

持ち帰りの容器を貰い、チキンを入れる。


 いやー、衝撃的だった。本当にランドリーチキンだった。味も最高だし、何よりお腹が満たされる。この優しい味に心が洗われるようだ。一瞬でこのランドリーチキンの虜になってしまった。家に帰って小分けにして食べていた。数週間後、また食べたくなってお弁当屋さんに行ったが、そこにお弁当屋さんはなかった。あるのはただのコインランドリーだけ。中にはおばちゃんが洗濯機を回していた。中の洗濯物を見つめるその表情は生気を感じさせないものだった。すぐにその場を去ったが俺はあのランドリーチキンの味が忘れられず、体が求めるようになってしまった。しかしそれを提供する店はもうない。体が疼いて仕様がない状態でその衝動を抑えながら生きていかなくてはいけない。できる事ならもう一度、あのランドリーチキンを食したい。ふとした瞬間にチキンを洗濯機に入れようとしてしまう。


 洗濯機に……… チキンを…………

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