第九話
クロウディスが練兵場でウルスラと決闘を始める少し前。
「「うわああぁっ!」」
学院に入学してからの、初めての王都。その朝の賑わいにミリアーデとナーフェの二人は歓喜の声を上げるが。
「眠い‥‥」
二人に引っ張られてきたシェンは重い瞼をこすりあくびを一つした。三人がいるのは王都の中央にある王城の南側にある商業区画で、近くを流れるウォーロルという大河を使うことで内陸であるにもかかわらず新鮮な魚や貝、肉や香辛料といったものから多くの人が王都に集まり賑わいを見せる。
「人が多い…!」
「ですぅ! それに見たこともない物や人たちも沢山いますぅ!」
ミリアーデとナーフェの二人は城下の賑わいに感動していると、二度寝を諦めたシェンは目元を擦った後大きく延びをした。
「…ふぅ、二人とも何時までもそこにいるなら置いていくよ?」
「「シェンがちゃんと起きた!?」」
「驚くのそこなんだ…」
朝から元気な2人にシェンは苦笑いを浮かべるが、確かに普段の自分は寝ていることが多い。しかしそれには理由があったが今この場で2人に話すような内容でもなくて、シェンは自分から話題を振ることにした。
「それよりも、城下に私を連れきたけど何かあるの?」
「えへへ、実は一緒に城下町を散策したくて…」
「ほら、私達は王都の話は聞いても実際に見るのも初めてだったから。それならシェンもどうかなって話になって」
「…なるほど」
ナーフェとミリアーデの話を聞き、目が冴え始め眠気もなくなりつつあったシェンは素直に二人が自分を城下に連れ出した理由に納得した。
確かにエルフである自身から見てもこれだけの人が集う村などの集落こそ取り引きの為もあり知ってはいた。しかしこれ程のモノを人が作り暮らしているというのは自然とともに生きる自分達とは違うと改めて感じているとその手がミリアーデによって引っ張られる。
「ふふっ、行こ!」
「ちょ、ちょっと!?」
「い、行きましょう〜!」
ミリアーデに先導される形で、三人は王都の城下の散策が始まった。
朝早くという事も二人は驚いていたが先程までいた場所は王城に近いという事もあり人通りは少ないのだが、そんなことをまだ日が浅く知らない三人の足は自然の歩き始め更なる活気を求めて城門の方へと向かっていくと自然と人通りが増え始めると同時に露天商などの店が立ち並んび客引きの声が響く。
「さっきよりも、凄い!」
「す、凄すぎて耳が痛いですぅ!?」
「…同感」
かなり近い距離なのに大きな声で話さないと聞こえないほどの喧騒と活気。しかしそれが実現されるのはひとえに人々が安心しているからこそ成しえている光景という事を、幼い彼女たちはまだ知らない。
「あ、あの出店のは何かな」
ミリアーデが指をさした先。そこでは円盤状の鉄板の上に薄い生地を焼き、焼きあがったそれを覚ました上に数種類の果物を乗せてクリームを乗せ巻いたものや、果物の代わりに肉野菜を巻いたものが並んでいた。
「良い匂いですぅ」
「なら、食べましょ。ちょっとお腹がすいたし」
シェンが朝ごはんを食べていないのは朝食を食べる前に二人に捕まったからなのだが、そんなことはおくびにも出さずの提案に二人は頷くと三人で店の前にてそれぞれが食べたいものを選ぶ。
「ほい、お待ちどう!」
そして、出来上がったそれをお礼を言い受け取ると三人は再び散策を始めつつ、手元のクレープという名前のお菓子に一口頬張る。
「あ、あまいっ!」
口に入れた瞬間に白いクリームと中に一緒に巻かれた一口サイズの果物がクリームと混然一体となり口の中が幸福に満ちた。
「熱々だけど、お肉が美味しいですぅ」
ミリアーデとは別の、肉と野菜のクレープを選んだナーフェはまるで小動物のように食べるその様子にシェンは小さく笑みを浮かべながら自身もクレープを一口食べる。
「…悪くない」
森で食べていた果物に似た甘さに、クリーム。そして生地は僅かに塩が混ぜられているのか程よい塩味で甘さが口に残らずさっぱりと食べられる。
さらに言えば片手で持って歩きながら食べられる大きさということもあり、三人はクレープをあっという間に食べてしまった。
「じゃあ、次はあっちのお店に行こう!」
そうしてミリアーデが先導する形で幾つかの店に立ち寄り、時に店の物を見るだけに留まったりしたがそれでも楽しそうなミリアーデとナーフェの二人の様子に何処かあきれながらも二人ほどではないが楽しんでいたが。念のためにある事を口にした。
「二人ともお金は大事。無駄遣いは駄目」
「「うっ!?」」
魔法騎士学院であるアルステラに入学した生徒たちは全て騎士の見習いとなる。そして学年が二つ上がるごとに昇格していき騎士課程の終了したと学院から判断された者だけが卒業を許され正式に従騎士となることが出来るのだ。そして騎士団に所属することになるのだがしかし、有事の際は例外として生徒達も一騎士として学院所属の従騎士見習いとして扱われる。
故に有事に備えて貴族を除いた全学院生徒には給料が支払われることになっており、ミリアーデ達が払っていたお金は自分達に払われたお金なので誰も文句は言わない。
だが、金銭管理が出来なければそれはいずれ身を滅ぼす切っ掛けになるかもしれない。そして、そんな人間を騎士として騎士団は欲することはほぼ無く。
故に幼い頃から自制を求めるために国は先行投資という名目、更に有事がいつ起こるとも限らず。その申し訳なさもあり一生徒でしかない学院の生徒に給金を出しているというのが実情だった。
「楽しむのはいい。私も楽しいから。でも、無駄なお金は減らすべき」
「た、確かにそうかもだけど…」
ミリアーデ自身、初めての王都。入学して初めての陽恩の日。そして学院に入学する時に見て以降で初めての休みで城下に出れたのだ。多少の大目に見てもらいたい、そう思っていた時だった。突如として王城から濃密な魔力を三人は感じ取った。
「「「ッッッ!!!???」」」
その魔力の強さからして騎士団の中でも指折りの実力者であろうそれが、唐突に消えた直後に王城の敷地内にある練兵場からは遠めにだが微かに土煙のようなものが咄嗟に魔力で強化した眼で見えただけだった。
「ああ、嬢ちゃんたちは学院の生徒たちかい?」
「あ、はい! 今年入学したばかりです!」
「そうかい。なら、今のうちに慣れときなさいな」
声を掛けてきたのは恰幅のいい女性で、その店先には幾つかの木製のカップが並んでいる事から何らかの飲み物を売っていることが伺えたが、それよりもミリアーデ達は女性の言葉の意味が気になった。
「あの、どういうことです?」
「そのまんまさ。ある意味毎年の入学した学院の子達は驚くだろうけど、あれはここではごく当たり前の出来事なんだよ」
「あれが当たり前、ですか?」
「ああ、今は頻度が減っちまったがつい最近まではほぼ毎日だったねぇ」
「「「‥‥‥」」」
言葉が信じられないとばかりにナーフェの言葉にその女性は何とでもないように言ったその内容に三人は改めて自分たちの居る場所について理解した。
王国が誇る魔法騎士を目指す者たちの登竜門。落ちこぼれと言われようとも三人がその狭き門を潜り抜けて入学したのは紛れもなくそれは学院がその実力を認めたという事に他ならない。
それは、他者と比べ落ちこぼれの烙印と共に今まで下に見られていた事で忘れかけていた、今は火種というべき小さなそれでも確かな”自信„という灯が三人の胸に静かにともった瞬間であり、言葉にせずとも互いに一つの目標を三人は掲げた。
「必ず、アルトステラ王国魔法騎士団に入団して見せる」
言葉にせずとも心の中で静かにその目標に向けて自信を鍛えていくことを決めながら、いつの間にか太陽は中点にさしかかており、それは残る日が落ちるまであと半日と告げていたが。
「よ~し、それじゃあ今日はめいいっぱい楽しもう!」
「はいぃ!」
「無駄な買い物は、駄目だから」
「分かってるって、おばちゃんその飲み物一つ、ううん三つ頂戴!」
「あいよ!けど未来の魔法騎士の為に今回はタダだよ。だから、頑張りなさいね?」
そう言い飲み物の入った三つの容器を差し出されたのでミリアーデ達はお礼を言い飲み物を片手に城下の散策を開始した。しかし、そこに先程までの三人ではなくそれは確かな目的へと向かって進む光を宿していた。
そして、知らない。三人に影響を与えたの事に結果的に自分たちの担任であるクロウディスが関わっているなど、知る由もなかった。