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第八話

 五人に新たな課題を示した翌日。

 陽恩の日と呼ばれる休日の朝日が昇り始めた時刻。クロウディスの姿は獅子クラスの改造した教員室ではなく、王城にある一室ある執務室にあった。


「やっぱりクロウディス様は凄いです!あんなに頑張っても減らなかった書類が片付いていきます!」


「そうでもないよ。でもやっぱり、週に一度は来たほうが良さそうだね」


 もはや慣れた手つきで会話をしながらも書類の確認と押印の作業をこなしていく。

 そして、そんなクロウディスの傍らで簡易的な騎士服を身に着けた一人の女性騎士が処理された書類を纏めていく。


「悪いね、()()()()。手伝ってもらって」


「いえ!私が出来るのはこのくらいですし。この後が楽しみなので大丈夫です!」


 執務室に入り込む光を受けて反射する肩にかかるか否かという程の銀色の髪、玻璃色の瞳の女性、ウルスラが嬉しそうに耳と尻尾を揺らしながらそう言うが、そんな様子にクロウディスは苦笑を浮かべた。


「いやいや、君のお陰でこの程度で済んでいるんだから。お礼を言うのはこっちの方だよ」


 実際、団員の多くも書類は出来るが苦手なものが多く。そんな中でウルスラは()()()()として知っていたいうこともあり、王国魔法騎士団の内で書類が苦ではない存在で。

 一人で書類をこなす事が多いクロウディスにとってはまさに嬉しい存在だった。


「でしたら、今日の決闘を宜しくお願いします!」


「ああ。分かってるよ」


 本当に楽しそうに耳と尻尾をピョコピョコと動かすウルスラにクロウディスは微笑ましげに笑った。

 そして、幾分かの時間が過ぎ太陽が登り俄に城の中が動き始めた時刻になると書類もあと少しに差し掛かった時、クロウディスはふと気になったことをウルスラへと問いかける。


「そういえば、お父さんは元気?」


「はい、とても元気ですよ。母様からも手紙で元気に「長」をしているって書いていましたから!」


 およそ1年前、ウルスラの父親でありウルスラの種族である「月狼」の長であるオルティスが強力な魔獣の群れによってに大怪我を負い、更に月狼族の集落が壊滅の危機に瀕するといった事件があり。それをクロウディスとミーティアの2人がウルスラの案内で急行することで解決した事があった。

 そして、オルティスの治療はクロウディスが行ったのだが、以降定期的にウルスラを通して状態を教えてもらっていたのだった。


「そっか。良かった」


「はい! あ、それで最後ですね」


「そうだね」


 ウルスラの言う通りで。手元に残っていた最後の書類に印を押しウルスラへと渡し、受け取ったウルスラは纏めた書類を抱えるとそのまま扉へと向かう。


「あ、手伝うよ?」


「いえ、大丈夫です! ですから少しお休みになって来てください!」


 そう言うとウルスラは絶妙なバランス感覚で書類を片手持ちしている間に扉を開け出て行ってしまい、後にはクロウディスだけが残された。


「…お言葉に甘えるかな」


 そう呟きクロウディスは背もたれへと体を預けるが、頭に浮かんだのは先ほどまでいたウルスラの事だった。


(二年前、あの時は驚いたな〜)


 二年前。ウルスラが魔法騎士団に入団した時にクロウディスは既に副団長だったのだが、そんなクロウディスにウルスラは恐れることなく言った。


「貴方に惚れました! 私の番になって欲しいので決闘してください!」


「…はい?」


 その言葉を聞いたクロウディスは、もちろん意味もわからず困惑した。

 そして、何故だか決闘をする流れになり決闘をクロウディスの勝利で終えた後に詳しい話を聞いたのだが。


(月狼族が女系なのは知っていたけど。あの当時、まさか我が身に降りかかるとは思わなかったな)


 月狼族は雪が降り積もる王国の北に住む種族で、厳しい環境でも子を生み育てる事が出来ることから昔から女性が強い女系の種族であり、歴代の長も女性が多い。という事は当時のクロウディスも知っていたが、流石に騎士団への入団が婿探しが目的の一つだったとは知らず、ウルスラから話を聞いてクロウディスは寧ろ納得したほどだった。

 そして、現在に至るわけだがクロウディスは相変わらずウルスラから諦められることなく求婚され続けていたりする。


(俺以外にもいい人は居るはずなんだけどねぇ)


 クロウディスはそう思い毎回決闘の後には諭しているのだが。


「いえ、私は貴方以外に考えられません!」


 と迷いなき直球によって毎度粉砕されており、もはやクロウディスは諭すことを諦めつつあった。


(月狼族は情熱的で愛情深い…。見誤ったなぁ)


 だが、今の仕事の関係は良好で。互いに、ウルスラはクロウディスと番になりたいという目的があるとはいえウルスラが成長できるのならそれも有りかとクロウディスは思っていた。


「そろそろ行くかな」


 我ながら酷いやつだなと自嘲しながらも立ち上がり、クロウディスはウルスラが待つ練兵場へと向かうためにそのまま執務室の扉を開けて廊下へと出ると練兵場へと向かうのだった。


 練兵場は王城の敷地の一角にあるのだが、その大きさは王城の敷地の五分の一を占めていた。もちろん、これは非常時に王城を解放した際の避難場所としての目的もあるのだが、あくまでそれは後からの理由がある。そして、それを知らない何人かの貴族が毎年ルイータルに「なぜ騎士団にあのように広大な敷地が必要なのですか!」と文句を言ってくるそうだが。ルイータルは現地に行ってみろと言い返し、そして貴族たちは口を閉ざすという事が起きている。


「やああぁぁっ!」


「っと!」


 振るわれる、爪を避ける。その余波で地面に五つの裂傷が刻まれる。さらに放たれた回し蹴りを腕であえて受けることで蹴りの威力を受け流しながらウルスラから距離を取る。


「また早くなったんじゃない?」


「貴方に届かないので、まだまだです!」


 その理由が、これだった。貴族たちが目の当たりにして閉口し騎士団が王城内に広大な敷地の練兵場を持つ本当の理由。それは騎士が周囲を気にせずにある程度の全力を出して実戦に則した修練が出来るようにするためだった。

 そして、クロウディスの賞賛の声に嬉しそうにしながらウルスラは姿勢を低くしたかと思うと、銀色の残像を残しその姿は掻き消える。


「なら、まだまだ負けるわけにはいかないかなっ!」


 刃を潰した模擬剣を鞘から抜き応戦するようにクロウディスも剣を振るう事で火花が散る。戦況は拮抗しているかのように思われたが。


(やっぱり、ただの鉄剣に魔力を流すだけじゃウルスラの相手は厳しいか!)


 刃を見るとそこには既に幾つか刃こぼれがあった。

 ウルスラの爪は鉄を容易く両断する切れ味を持つ。更に爪の長さは伸縮自在で相手の間合いを潜り抜ける事すら可能で。先程の打ち合いに何度か爪を伸ばした攻撃も混じっていた。


(上手くなってるな!)


 素直にウルスラの成長を嬉しく思いながらクロウディスは再びウルスラの爪を剣で受ける事で、魔力同士がぶつかり合う。それは、同種の術がぶつかり合ったが故に起きる現象だった。

 現在、クロウディスはウルスラの爪に対抗する為に魔力に武器を流し切れ味と強度を強化する身体強化術の派生技術、「強刃化」を鉄剣に施している。そして、ウルスラは「身体強化術」を使っている状態で。いわば同じ術がぶつかり合っている状態で。今は互いの術が打ち破らんと拮抗しているが故の現象だった。


(長期戦は、不利かな)


 もはや打ち合いは百を優に超えており。まだまだクロウディスは平気だが鉄剣の方は「強刃化」を施しているが、ウルスラの爪とクロウディスの魔力に耐え切れず自壊寸前の状態だった。


「はっ!」


「っ!?」


 この日、決闘が始まって初めてのクロウディスの反撃に、ウルスラはまるで今の切り払いが致死に至ると本能が直感したかのように後ろへと飛び退る。その表情はこわばり、顔には冷や汗をかきながら嬉しそうに笑っていた。


「抑え込んでなお、あの圧。流石です!」


「ウルスラもね。まさかここまで押されるとは思わなかったよ」


 距離を取った事で仕切り直しを兼ねての会話の間も次なる一手。互いに一挙手一投足を伺う。


(クロウディス様は、どう動く…?)


 じりじりと、間合いを図りながらウルスラは考える。クロウディスの鉄剣は自分の爪とついあったことに加え、更にクロウディスの魔力が何度も流れたことで「強刃化」を以てして、もはや自壊寸前だとウルスラは気付いてはいた。

 それはそうだ。そもそも、「身体強化術」を使っている自分の爪をただの鉄剣に「強刃化」を掛けた剣で受けれるはずがないのだ。

 いくら緻密に魔力を制御したとしても打ち合う度に、触れたほんの一瞬にウルスラと同じ量の魔力を流し剣への衝撃を逃しながら打ち合っていたことを考えると、むしろボロボロであっても剣の形を保っている今の状態こそ異常。

 もし他の騎士が同じようなことをしようとしてもクロウディス以外だと彼女だけしか不可能だとウルスラは断言出来た。


(打ち合いはもうほとんど不可能なはず。なら‥‥!)


 ウルスラは、循環させていた魔力の出力を一気に最高まで引き上げる。取る選択肢はただ一つ。


(連撃で、剣を壊す!)


 今回の決闘においてクロウディスが提示した勝利条件がいくつかある中の一つに、剣の破壊があった。

 一歩、地を蹴ると同時にウルスラの姿が掻き消え後に残るは銀色の残光がクラウディスの周囲に瞬く。

 その動きは先程までの動きが疾風だとすれば今のウルスラの動きはまさに軌跡を残して走る流星の如く。そして、佇むクロウディスに流星と化したウルスラが衝突した、瞬間に王城が確かに揺れたと同時に衝撃を物語るかのように巨大な土煙が舞い上がる。


「勝負あり、だね」


「‥‥はい」


 そして、立っていたのは形を保ったままの剣を持ったクロウディスと、地面に倒れたウルスラの姿があった。そして、ウルスラは自分の敗因に気が付いていた。


(‥‥誘惑に、負けてしまった)


 目の前の分かりやすい。いわば確実に勝てる状況だが、それがウルスラの動きと選択肢を奪った。まずウルスラはクロウディスの剣を破壊する為に剣を狙い爪を振るった。そして、クロウディスはウルスラの狙い通り剣で受けようとしていたが、先程までとは違い刃ではなく両手で、剣の腹で受けようとしていた。


(まずいっ!?)


 本能的に危機を感じ手を止めようとした加速の乗ってしまった状態で動きを止めることが出来ず、爪が剣に接する直前にクロウディスが動いた。剣の腹を僅かに垂直の状態から僅かに剣の腹をやや斜め上に傾けてウルスラの爪を受け流し。


「ッ!?」


 交差すると同時にウルスラの腹部にクロウディスの掌底が腹へと突き刺さり、その勢いを殺すことなく地面へと叩きつけられたのだった。

 そして、首にはひんやりとしたもはや何度もされた勝敗が決したという感覚があった。


「‥‥負けました。やっぱり副団長は強いです。けど女の子のお腹は大切な場所なんですよ?」


 内に込み上げる悔しを噛みしめながら、そう称賛しつつも大切な体に傷を口実にせめてもの反撃を言いながら剣を鞘へと納めるクロウディスを見上げる。

「王国最強」。そう呼ばれ「比翼」とも呼ばれている二人のうちの一人。ウルスラが出会った瞬間に強者であり、自分はこの人の子供を産みたい、いや絶対に産む!。そう決心されたのが目の前の男、クロウディス・アーヴィンだった。


「君の身体強化術なら大丈夫だろうと思ってだし、流石に普通の状態ならやらないよ。それに正直、かなり危なくて余裕がなかったのはあるかな。ごめんね?」


「副団長の本気を少しでも出させたという事は嬉しいことですけど、複雑です」


 そう言い差し出された手を取る。少しの触れ合い、ただそれだけでウルスラは自分の鼓動が早くなるのを感じながら立ち上がる。


「いや、本当に以前より速さもだけど力も上がっている。何より魔力操作の腕が上がったね」


「…分かりましたか?」


「もちろん。後はもう少し予測をして動いてみたらもっと良くなると思うよ。甘い誘惑にも負けないようにね?」


「‥‥副団長は意地悪です」


 ウルスラは悔しそうな表情を浮かべるが、クロウディスの助言は素直に聞くあたりまだまだ成長を感じさせられて、クロウディスは嬉しそうにウルスラの頭を撫でた。


「あの‥?」


「頑張ったご褒美だ」


「‥‥‥‥えへへ!」


 そして、勝負には負けたがクロウディスの頭撫でというご褒美を勝ち取ったをウルスラは嬉しそうにそのご褒美を甘受しつつ、絶対にクロウディスの子を産むという事を改めて決意し、強くなることを決めたのだった。

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