第七話
食堂でのちょっとした一幕の後、事前に職員用に開放されているテラスでミリアーデとシェンの2人と食事をしたクロウディスは2人と別れ、それぞれにお昼休みを終えての午後の最初の授業に向かった。 クロウディス達は校舎前にある広場に立っていた。
「さて、それじゃあ今から昨日言った通り、君たちの成長具合を見せてもらおうかな」
「はい!」
そう言いながら、クロウは5人の前に立つと、ミリアーデとスコルプは元気に「が、頑張りますぅ!」と言い、ナーフェはいつも通りオドオドしながら、キーグスは不機嫌そうに返事をした。クロウは一週間で恒例となったやり取りを見て、真剣な表情に切り替えた。
「じゃあ、全員目を閉じて」
クロウディスの指示に全員が素直に従い目を閉じた。
「よし、始め!」
クロウディスがそう言うと同時に、4人の心臓から血流に乗って魔力が循環し始めるのをクロウディスは見た。
(まだ拙くてムラが多い。けど、それは継続すればいずれは解消されることを考えれば、まあ及第点かな?)
この一週間、副次的に体力づくりをさせながら魔力の循環を学ばせた。すなわち、彼ら彼女らにはひたすら走ることで己の心臓と血管に流れる血の流れを感じ取り、血の流れに乗せて魔力を全身に循環させる技を磨かせた。その内容は、全身に魔力を循環させることで身体能力を向上させる「身体強化術」と同じ。
(基本的な技。だからこそ大切なんだ)
基本とは技の型における本流。さらに言えば、「深魂吸」を習得するためにはこの基本的な技である「身体強化術」の習得が必須技能と言えた。そして、もう一つ必須なことがあった。
(やっぱり、幼いと覚え込みが早い)
クロウディスは走り終えた後に、意識的に深い呼吸をすることを徹底させた。これによって深く酸素を取り込むという動作を意識に覚えさせた。それにより心肺機能の向上と共に、意識的に「取り込む」ということを魂に覚えさせた。簡単に思えるこの手法。しかし、この方法は実際に騎士団でも行っているが、年齢が上の者ほど意識的にこの「取り込む」という、自ら魔力の防壁に穴を開けることを魂に覚えさせることが難しいと分かっている。言い方を悪くすれば、意識が不要だと拒否している状態、すなわち意識が頑固と言えた。
(まあ、意識が固まっているのは良いことなんだけどね)
目の前の4人のようにまだ成長期であれば、思考が柔軟で常識に囚われにくい。故に比較的簡単に「取り込む」ということを意識に刷り込みやすいが、同時に周りからの影響も受けやすい。逆に意識が頑固ということは一本の芯が出来上がっていることで、周りの影響を受けにくいという面がある代わりに、新たな影響を取り込みにくい。どちらにも欠点が存在していた。しかし、クロウディスは知っていた。
(でも、それは本人の努力次第でどうにかなる)
彼らは努力した。その結果が今、クロウディスの目の前にある事実――4人とも「身体強化術」の習得が出来ていた。
(さて、次の段階に移行するかな)
クロウディスが考えていた第一段階、全身に魔力を循環させる「身体強化術」は4人とも習得した。次の第二段階、「部分強化」へと進めることにした。
「よし、止めていいぞ」
クロウディスがそう言うと4人はかなり集中していたようで、クロウディスの声が掛かると、
「つ、疲れた……(ですぅ)」
「……」
ミリアーデ、スコルプ、ナーフェはそれぞれ後ろへと倒れ込むが、キーグスは気合で堪えているがその表情には隠し切れない疲労感があった。けど、実感として4人の顔は晴れやかな表情だった。
「うん、よく頑張ったね。多少ムラはあったけど、これは次の技を習得できれば改善できるだろうから、そこまで気にする必要はない。だから、まずはおめでとう、よく頑張ったね」
「うん、よく頑張った」
いつの間にかクロウディスの隣に立っていたシェンからもそう言われた3人は嬉しそうだったが。
「なんで、お前がそっちに立っているんだよ?」
疲れながらも、キーグスはそうツッコミを入れたのだった。
「あ。言い忘れていたけど、10キロのランニングは続けてね?」
「え~~~~~~!!!!???」
今回を乗り越えれば終わると思っていた4人はまだ終わらないようで、その眼には明らかに不満が宿っていたが。
「いやいや。君たちが成りたいと思っている魔法騎士には体力が必須だよ。それに他のクラスの子達より君たちは遅れているんだから。それを補うことを辞めさせるわけにはいかないよ」
「う、そ、そうですけど……」
ミリアーデはクロウディスの言う通りだと感じたのか、下を向いてしまったが。
「でも、もう少しご褒美がほしいかなぁって……」
「ですぅ! お休み、ください!」
「……」
ミリアーデに続くようにスコルプとナーフェの2人は言葉で、キーグスも無言だがその眼は休みを求めていた。
「はぁ、分かった。じゃあ明日と明後日はやらなくていいよ。幸い明日は学院も休みだからね」
アルトステラ王国では、一週間を七日間とし、そのうちの六日目と七日目の二日間を休みとしている。そして明日は六日目というわけで、休ませることに何の問題もなかった。
(まあ、俺にとってもその方がいいかな)
後ろで無邪気に喜ぶ4人の様子を微笑ましく見た後、クロウディスの視線は王城へと移る。
(流石に、そろそろ確認しないといけないかもだしね)
しかし、それは明日にすることだ。そう決めてクロウディスは、いつの間にかミリアーデの近くにいたシェンを含めた5人を見る。
「さて、楽しみな休みの前に、君たちが次にするべき課題を伝えておくよ」
そう言うと、クロウディスは魔力の波長をごまかした後、全身へと魔力を巡らせた。
(……凄い)
全身に魔力を巡らせたクロウ先生を見たミリアーデは、自然とその言葉が頭に浮かんだ。何せ今目の前で成されているそれは自分たちの「身体強化術」と同じで。しかし、自分たちとは違い精緻な魔力制御を成し、ムラと無駄が廃された完成された「身体強化術」。
魔力は凡人と呼ばれるEランクの下、無能とも呼ばれ、もはや領域外と蔑称されているFランク。確かに感じる魔力は弱々しい、だがその魔力は見たこともないほどに完成された「術」だった。 そして、全身に巡っていた魔力がクロウ先生の右腕にだけ収束した。
「分かるかな?君たちが成した『身体強化術』。そのさらに基礎、身体強化術の中でも緻密な魔力操作が必要な『部分強化』だ。これを両腕に同時発動させる。これが、君たちに習得してもらう次の課題だ」