第五話
クロウディスたちは、先程いた教室から外へと移動していた。
「さて、取り敢えず外に出たわけだけど。何か質問はあるかな?」
「せ、せんせぇ~? ど、どうして外に、でたんですか?」
「それも今から説明するよ」
そう尋ねてきたナーフェにクロウディスは笑みを浮かべながら、五人の姿を視界に納める。
「さて、外に出てきたいきなりだけど星の息吹を感じ取れるかな?」
「はっ! 言われずとも今までずっと感じてこの肌で感じてるよ!」
キーグスの言う通り、この世界は星の息吹に満ちている。だが、ここで先程の教室で話した内容。生物にとって星の息吹は有毒という部分に矛盾が生じるが、その答えは簡単、人が呼吸する際に取り込む空気に含まれる酸素と同じように、一定以下の濃度で星の息吹はあればむしろ生命にとって無害でしかない。それ以外にももう1つ、理由もある。
「そんで、さっきあんたが言っていたのは本当なんだろうな?」
「ああ。「深魂吸」。これが出来れば急激にとはいかないが、確実に己の器の限界まで保有魔力を増やすことが出来る。けどこれは諸刃の剣、下手に失敗すると死んでしまうからね」
「深魂吸」 それは空気と同じように存在している星の息吹を呼吸という手段を介して自らの魂に取り込み、己の魔力へと昇華させる技術。とはいえそれを成すためには緻密にして繊細な魔力操作で魂に取り込んだ星の息吹という無色に自分の色(体内魔力)が塗り潰されず逆に塗り潰す強さも必要なのだと。
幸いにして、現在の騎士団で「深魂吸」の失敗による死者はいない。が過去に目を向ければ力を求めて死んだ人間は数知れない。故にこれは秘匿とまではいかないがあまり知られていない。そこそこ機密性が高い技術でもあった。何故あまり知られていないのかと言えば、馬鹿な貴族が知ればろくでもない事が起こり得るとクロウディスと彼女、そして国王であるルイータルが判断したからだった。
そして、だからこそ三人で決めた。信頼の置ける者達でなければ教えないと。そして、国防を担う騎士団の面々は危険が多い。故に死なせないために騎士団長である彼女とクロウディスは団員達を思い「深魂吸」を教えたが、その内容を洩らすことは禁止している。そして、団員達も二人への信頼に応えるために一切の口外をしていない。なのに何故そんな機密性の高い技を教えようと思ったのか。それは、単純な答えだった。
(今の僕は、この子達の教師だ)
騎士団員達であれば、仲間であるので生き残ってほしいという思いで教えた。
だが、今のクロウディスは教師である以上、教え導き、生徒たちを信じる。そう決めてクロウディスは「深魂吸」を教えることにした。
子供ゆえに危険であり、情報が洩れる可能性もある中で決めた。甘いとは自身でも思った。けど、構わないとも思っていた。
(世界が平等ではないのは、当たり前だ。けど、)
少しくらいは良いだろう。とクロウディスは思った。
そして、相変わらず不機嫌だが期待を内包しているキーグスに、そして他の四人に向けてクロウディスは生徒達を思い警告する。
「だからこそ、君たちにはまず己の魔力を自在に扱えるようになってもらう。その為の基礎の中の基礎である魔力操作を極めてもらう。全てはそこからさ。ああ、もちろん他の誰にも言わない事、いいね?」
真剣なクロウディスの言葉に四人は有無を言うことなく頷く。
脅しのように警告したが、そもそも「深魂吸」は魔力操作すら出来なければ、身近に存在し肌で感じれる星の息吹を吸う事すら不可能ということをクロウディスは知っている。
何せ星の息吹は有毒であることに間違いはない。偶然ごく少量でも星の息吹を取り込んでしまった場合は異物を排除しようと体内魔力がぶつかり合うために非常に高い熱、または体調不良を引き起こす。
故に、生命は無意識のうちに必要ないと体内魔力によって弾いている。その部分、体内魔力の壁に意図的に穴を開けることで星の息吹を取り込み、塗り潰し己の魔力とする。それを成す為には、窮めて最低限の前提条件としても魔力操作の技術向上が必須なのだと。
「分かったかな?」
「「「は~い!」」」
「キーグスも、いいかな?」
「ちっ! 分かったよ!」
約一名、立ったまま眠っているシェン以外の返事が聞こえたので、さっそく各々で魔力操作の練習を始めようとしたときだった。
「あ、あの!」
「ん? どうしたんだ、ミリアーデ?」
「その、クロウ先生は「深魂吸」は出来ないんですか?」
ミリアーデの質問に他の三人の視線がクロウディスへと向く。だが、それも仕方がないと言えた。自分たちの目指す先の完成形である「深魂吸」。それが見ることが、もしくは少しでも感じ取ることが出来ればそれは確かな意欲となり得る。それを分かっていながらもクロウディスは苦笑を浮かべる。
「ごめんね。今は無理かな」
「そ、そうですか‥‥」
クロウディスの言葉にシュンとしたミリアーデに、クロウディスは近づき目線を合わせるようにしゃがむ。
「大丈夫。視せる事は出来ない。けど」
しっかりと、ミリアーデの眼を見ながらクロウディスはそう語りかける。そう、今の彼、彼女達は生まれてすらいない卵。この学院に入学した他の同級生たちと才能の差を感じているようだがそれも卵の時にいくら背伸びをしたところでの団栗の背比べ。本番は卵という殻を破ったその時にこそクロウディスは知っている。だからこそ、彼ら彼女らが大きくなれる為の確かな土台となる下地を作るのだ。
「諦めずに頑張れば君達なら絶対にできる。嘘じゃないし僕も最善を尽くすだから、頑張ろう?」
「はい!」
クロウディスの眼を見返してきたミリアーデは、元気に返事を返した。
「という訳で、君達には明日から毎日10キロの走り込みも同時にしてもらうよ。もちろん、魔力操作をしながらね?」
「「「「はい?」」」」
「コースはこの校舎周囲の森の中。今日は魔力操作の練習だけだけど明日からは体力づくりを兼ねた走り込みもしてもらうよ。頑張ろう!」
「「「・・・・・・いやだああああぁぁぁぁっっっっ!!!!!」」」」
励まされてからの突然の無理難題ともいえる内容を理解した三人は絶望の表情と声を上げる中でシェンだけはそんな悲鳴など聞こえないとばかりに、立ったまま器用に眠り続けていたのだった。
(さて、時期的にもそろそろ限界だろうから。取りあえず事後報告になるけど、夜には伝えにいこうかな)
と、クロウディスは別の事を考えながらまずは明日の事に絶望して現実逃避を始めた三人を現実に復帰させる為に、気付けの為に手に魔力を収束させた状態で拍手するとパァンと音が響くと同時に魔力も拡散し、三人の意識を揺さぶる。
「・・・・・・・・・はっ!?」
「あれ? 僕は…?」
「あれれぇ? わたしはぁ、いったい…?」
ミリアーデ、スコルプ、ナーフェの三人が現実に復帰した事を確認するとクロウディスはもう一度、今度はただ手を叩き意識を自分へと向けさせ、告げる。
「さて、それじゃあ魔力操作の練習を始めよう」
こうして、魔力操作の練習が幕を開け。その様子をぼーっと見たシェンは再び目を閉じて、その意識は再び眠りについたのだった。