第四話
「皆さん、おはようございます」
「「「おはようございます」」」
クロウディスの挨拶に答えたのは三人だけで、残りの二人のうち一人のエルフ少女は机に突っ伏して寝ており。もう一人のドワーフの少年は不機嫌である事を隠さず窓の外を見ていた。
(全く、子供だなぁ…。いや、子供か)
彼らはまだ、魔法騎士の雛とも言えない卵の十代の子供。
だが、いずれ成長し学院を巣立つときには逞しくなっているだろう。
そんな未来の創造にクロウディスは微笑ましく思いながら今日から始める事を彼らに伝えることにした。
「さて、今日から授業を始めようと思っているんだけど。その前に君たちの霊具を見せてもらえるかな?」
霊具。それは魔法騎士になるために必須と言える魂に宿る武具を指す言葉。その発言に気付くのは個人差があれど、平均して10歳を迎えると自分の中に霊具があることを知覚することが出来るといわれている。そしてクロウディスが見た限りで彼らの霊具は既に目覚めていると確信していた。
「わ、分かりました‥‥」
そして、クロウディスが見ている中でミリアーデが胸に手を当てる。
「来て、妖精の翼」
胸にあてた手を前に伸ばすとその手の中に一振りの短剣が姿を現す。それは魔法騎士だけが振るう事が出来る名前を得た事で己が半身が形を得たもの。
「こ、これが私の霊具です!」
そう言うミリアーデの手に握られていたのはその名の通り妖精の羽根を模したかのような細身の短剣で。
だが、名剣にも勝るとも劣らないと感じさせる剣に宿る魔力と存在感は確かに霊具に相応しいものだった。
「うん。ミリアーデは霊具の物質化はしっかりできているのは良いことだよ」
「そ、そうでしょうか…?」
「ああ。物質化が甘いとそれは武具として使時の強度に直結する重要な要素だ。ちなみに、これは騎士団でも常に教訓とされている事。基礎がしっかりと出来ている証拠だね」
「…えへへ」
クロウディスの嘘偽りのない賞賛の言葉にミリアーデは嬉しそうに笑った。
「スコルプの霊具は大槌だけど、相手に当てる面の部分はいい感じだけど、それ以外の構成が甘いかな?」
「うぅ」
クロウディスの指摘にスコルプは自覚があったのか、恥ずかしそうに視線を逸らす。
「ナーフェは…へえ、鞭とは珍しいね」
「しょ、しょうなんですかぁ?」
「ああ。そもそも霊具の形状についてはまだ分かっていないことも多い。だが、現在ではある程度の推測が立てられているんだ。そして、恐らく君はいずれ何かを使役することになると思うよ」
「そ、そんな、ここ、こんな私が、そんな・・・・うひゃあ!?」
クロウディスの言葉にナーフェは顔を赤くしてワタワタとしているとバランスを崩して倒れる。
「…おっと」
その際、クロウディスは視線を横にズラした。どういった訳かナーフェはまるでわざとクロウディスにお尻を向ける形で、さらに言えばスカートが捲れ上がり大人っぽい黒の下着が披露されていたのだ。
「ちょ、ちょっとナーフェ! 見えてる、下着が見えてるから!?」
慌ててナーフェのスカートを治すミリアーデに感謝しながらクロウディスは視線を後ろの二人に向ける。
「二人も霊具の物質化はできるのかな?」
「…ふああ…。できる‥‥んにゃ」
「‥‥‥」
ナーフェのお陰で少しだけ目を覚ましたシェンはそれだけ言うと再び寝息をたてはじめ、一方のキーグスはと言えば話しかけるなと視線すらクロウディスに合わせようとせず、そんな二人に流石のクロウディスも苦笑を浮かべると気持ちを切り替えた。
「よし、それじゃあ霊具の確認もできたことだし今日、これからやることを君たちに教えよう」
そう言うクロウディスの先程とは違った雰囲気を感じ取ったのか、眠っているはずのシェンとキーグスもクロウディスの次の言葉に耳を澄ませる。その様子にクロウディスは内心で笑みを浮かべる。
「今からやることは、”深呼吸„だ」
「「「「はい?」」」」
クロウディスの言葉にシェン以外が首をかしげたのだった。
「ああ、先に言っておくと馬鹿にしたわけじゃない事だけは言っておくが、お前たちは全員魔力量が低すぎる。何より、呼吸の仕方もお粗末という言葉でも足りないほどだ」
「呼吸の」
「「仕方?」」
「なんだ、知らないのか? 仕方ない。なら今日は魔法騎士であれば誰もが扱える呼吸について教えようか」
クロウディスの言葉の意味が分からず首を傾げた三人のために、授業を始めることにした。
「まず最初にこの世界と人の持つ魔力をそれぞれ何て言うかな?」
「えっと‥‥、世界に満ちている星の息吹と呼ばれるものがマナで、人が体内で作り出す魔力をオド、です?」
「正解」
正解していたことにミリアーデはほっとした様子で胸を撫でおろしている様子を小さく笑みを浮かべながら、クロウディスは次の質問へと移る。
「じゃあ、次の問題。人はどこで魔力を生成していると思う?」
「し、心臓。でしょうか?」
「半分、正解かな?」
「は、はうう~~」
問題を出したクロウディスは、質問に答えたナーフェに少し申し訳ないと思いながら正解を口にする。
「正解は、肉体のすべてだ。これはどういうことだと思う、キーグス?」
「ふんっ。魔力は余剰な生命力を肉体の分身、霊体の心臓で変換したもの。そんでそれはどんな生物だろうが共通だろうが?」
「うん。一切の指摘もできない回答をありがとう」
クロウディスの言葉に何も言い返すことなくキーグスは再び横を向いてしまったが、今ので聞いている事は分かったので、何も問題はないとクロウディスは続きを話す。
「魔力は余剰生命力を霊体、すなわち魂で変換したもの。それを僕たちは体内魔力、そして大気に満ちている魔力を星の息吹と呼んでいる。あらゆる生命が持つ、生命の力と言える体内魔力。けど人や植物も、何事においても保有できる魔力量にも個人差はあれど限界はある。だからこそ、無意識のうちに余剰な体内魔力を放出することでその調整をしているんだが、じゃあ最後の問題だ。その放出された体内魔力はどうなると思う?」
「星に戻って、星の息吹に変わっている‥‥?」
「その通り。そしてここからが君たちに教えたかった本題だ」
ミリアーデを褒めた後、いたずらっぽい笑顔を浮かべながらクロウディスは5人に尋ねた。
「星の息吹が有毒だと、君たちは知っているかな?」
そんな中、あまりにも基礎的な知識について尋ねてくる事に机を叩き立ち上がった生徒がいた。
「教師の分際で、見下すのはいい加減にしやがれ!!」
それは、授業を聞いているだけだろうと思っていたキーグスだった。
「聞いていれば、誰でも知っているようなことばっかり聞いてきやがって! てめぇの質問は誰でも知っている事だろうが! 俺たちを馬鹿にするのも大概にしやがれ!」
確かに、キーグスの言う通り。クロウディスがしていた質問は全てがこの世界に生きる人間であれば誰もが知っている当然の知識。だが、だからこそとキーグスの言葉にクロウディスは笑い、言った。
「誰でも知っている事、いいや、違うねキーグス。君の言ったことは間違っているよ」
「何が間違っているんだって!? 星の息吹が有毒だってのは常識だろうがよ!」
「まあ、そこは知っているだろうね、常識だから。でもだからこそ、君たちは知らないんだよ」
「ああっ!?」
まるで煽るかのようなクロウディスの言葉にキーグスは簡単に反応した。そんなキーグスにクロウディスはある質問をする。
「じゃあ、聞くけど。人が保有する魔力量は生まれた時に決まっているかな?」
「当たり前だ!いくら魔法を使おうが、試そうが魔力は生まれた時にその上限が決まっているんだよ!」
「「「…っ」」」
まるで、改めて突き付けられた現実を前にどこか苦しそうに言ったキーグスに、その改めて目の前に現れた現実に周りの子たちも視線をそらす。だが、クロウディスは見逃さなかった。
彼ら、彼女の眼に諦めの色こそあれど、同時に諦めたくないという思いがあるという事に。諦めていないのであれば。教師であるクロウディスが今この場で出来る事は一つ。生徒の常識という壁を壊すという事。
「なるほど。じゃあ、まず君たちの間違った常識を壊すことにしようか」
「あ? どういう事だ…?」
「どういうことも何も。生まれついての保有魔力の上限は決まっているけど、今の君たちはその上限にすら至ってないから、諦めるのは早いと思うよ?」
「‥‥‥‥は?」
クロウディスの言葉にキーグスはまさに言葉が見つからないとばかりに呆然としていたが、クロウディスは言葉を続ける。
「確かに、生まれついての魔力が少ないというのは往々にあることだよ。でもだからと言ってそのまま魔力が増えない、という事はないんだよ?」
「な、なにを‥‥言ってやがるんだ、お前?そんなことある訳ないだろが!」
「いや、短期的には無理だけど君たちが卒業するまでなら十分に可能だけど?」
信じられないというキーグスに対してクロウディスはごく当たり前のように答える。クロウディスのそんな様子に一人の少女が声を上げた。
「あ、あの! そ、それってどんなやり方、ですか?」
恐る恐る、嘘かもしれないけど、信じたいといった感じで尋ねてきたナーフェにクロウディスはごく当然のように、答えた。
「簡単だよ。「呼吸」をする。ただそれだけだよ」