第三話
「はい、どうぞ」
「いただきます」
夕日が差し込む中、クロウディスは向かい合って座っているラオシェンが淹れてくれたお茶を口にする。
「やっぱり、ラオシェン先生のハーブ茶はおいしいです」
飲んで最初にハーブの独特の香りが口の中に広がり、それを後から追いかけてきたミントの香りが広がる事で清涼感が広がる事で香りの強いハーブの悪いとことを打ち消している。さらに言えば使われているハーブも気分を落ち着かせる効能があるもので、今回はミントだったが他のハーブを用いるときはまた違った組み合わせもあると思わされる。
「ふふ、それはよかった」
そして、そんなクロウディスの反応に嬉しそうに笑みを浮かべながらラオシェンも自分で入れたお茶に口をつける。
「ふぅん…。思ったよりミントの香りが強いですね。であるならば・・・・」
そして、自分が作ったハーブ茶をそう自己評価しながらまた新たな組み合わせを考える姿。齢500年は生きているエルフとは思えない探求心に満ち溢れていた。
「ラオシェン先生、いったんその辺りでいいじゃないですか?」
「おっと、すみませんね。つい考え込んでしまいました」
お恥ずかしいとばかりに笑うラオシェンにクロウディスも慣れているとばかりに笑みを浮かべもう一口カップへと口をつける。
「さて、外部から来た貴方から見て今の学院はどう見えますか?」
「……そうですね」
ラオシェンからの問いに、カップをテーブルに置いて今日一日の出来事を振り返る。まず自分が担当することになった獅子クラスの五人の落ちこぼれ、または問題ありとされた生徒たち。
そして次に現在の獅子クラスの教室のある場所と教室やその周辺の環境。そして、ここに来る直前に見たひとりの少女が、不遇である環境下でも真剣に剣を振る姿。そこからクロウディスが出した結論。
「一言で言うなら、「最悪」ですかね?」
「ええ、そうですね。実にその通りです」
歯に衣着せぬクロウディスの言葉、それに対してラオシェンは鷹揚にされど重々しくうなずいた。
「そして何より、ここに来るまでに他のクラスの生徒を何人か視ましたが、弱すぎるし教師の質が悪い、そして何より驚いたのは五席の円卓が無くなってることです。いったい何があったんですか?」
クロウディスが知る、獅子クラスが隆盛を誇っていた当時の学院では獅子クラスが異常性も相まって突出していたが、他のクラスも決して負けていなかった。
他の4クラス、前線で戦う事を主とする前衛の白羊。前衛と後衛の両方を務める事を主とする中衛の(金牛)タウルス。後方からの支援、また前衛の援護、情報伝達を主とする後衛の双子。そして他三つのクラスの纏め役にして戦術を考案し、戦況に応じて指示を下すことを主とする巨蟹。
5つのクラスがそれぞれ独立し、各々の力を競い高めあいながらも有事には協力するという体制をとっていたはずだった。それがたった十年、それもラオシェンがいながら無くなっているとはクロウディスも予想していなかった。
そして、そんなクロウディスの声にラオシェンは申し訳なさそうに目を伏せた。
「私も、かの黄金期を知る人だ。できうる限りの手を尽くしたが、欲にまみれた亡者の毒は大樹の根を腐らせる」
「…貴族、ですか」
「ええ、そうです」
当たり前だが、この国にも貴族が、そして派閥も存在する。そして、大きな戦いもない現状は派閥争いをする貴族たちにとってはまさにちょうどいいぬるま湯で、だが、学院(大樹)としては毒とも言える害でしかないものだった。
「今の学院は、言うなれば城で繰り広げられる貴族の派閥争いの縮図と言える状況、さらに言えばそれは教師にも及んでいます」
「先程のカーキアと名乗ったカンケルの教師の他も、ですか…」
思っていた以上に、王国の悪しき部分が学院にまで根を下ろしていたという事実にクロウディスは悔しさを感じながらも、ラオシェンの話の続きに耳を傾ける。
「ええ。対抗するため私を中心に他に貴族の派閥争いに関わらない者たちと中立の派閥である『監視者』を結成しましたが、力が弱く緩衝材としての役割しかできず。幸い学院の運営に関しては陛下より私に一任されているので問題はないですが、それもいつまでもつやら。情けない限りですが」
そう言いお茶に口をつけるラオシェンは、先程までとは違いその瞳とその表情は学院の、国の行く末を憂いていた。そして、それはクロウディスも同様だった。
今はまだあの国が大人しいこともあり、目立った波風はたっていない。だが、何においても、凪のままでいることなど、ありはしない。
凪の後は必ず波風が起こり、大きな津波と化すものだと、クロウディスはその身と記憶で知っていた。そして、なぜ国王であるルイータルがわざわざクロウディスを学院に新任教師としてわざわざ派遣したのか、いくつもある意図、そのうちの一つを理解できた。
「だからこそ、私はルイータルに相談し、一計を案じた」
「その結果、新任教師の俺と問題児や落ちこぼれで形成されて弱いとはいえ、この学院に獅子クラスという小さな派閥が生まれた事による隙間が出来た」
「ええ。その隙間を利用する。君であればその隙間から新たな風を呼び込み、毒を払い再び学院に活気をもたらせるのではと思っているんですよ」
「…全く、参りましたね」
そう言いながらも、クロウディスは笑っていた。ルイータルとラオシェンに盛大に嵌められたわけだが、確かにこれは自分に有効な手段だと。そして、クロウディスは自分の事を知っている。今の状況を聞かされて自分は無視することが出来るのかと。だからこそ答えはもう決まっていた。
「分かりました。陛下と貴方の策に乗ってあげましょう。それが学院と獅子クラスに新たな風を、そして恩師への恩返しになることを信じて」
「ありがとう。つきましては学院時代の貸しを一つなかったことにしておきましょう」
「‥‥おはは。出来れば無かったことにしてほしいですけど」
「そういう訳にはいきませんね」
クロウディスの言葉をしっかりと笑顔で流したラオシェンはそのままカップへと口をつけ、クロウディスは苦笑を浮かべた後は気持ちを切り替えるようにカップへと口をつけたのだった。その味は変わらないがそれでも懐かしい人との久しぶりの再会の喜びもあってか、先程よりもおいしく感じたのだった。
そして、カップのお茶もあと少しとなった時だった。
「ところで。遅くなってしまいましたが、この部屋なら誰にもバレないので変身を解いても大丈夫ですよ?」
「‥‥ああ、すっかり忘れてました」
そう言うとクロウディスがふう、と息を吐くとその体の表面にノイズのような物が走ると身長は変わらないが茶色の髪は黒く、黒い瞳は金色へと変化し心なしか体も引き締まったものへと変化し、最後に掛けていた伊達メガネを外す。その間わずか一秒。それだけで先程までの新人教師といった風貌から歴戦の騎士の雰囲気へと変わった。
「ふふ、簡易的とはいえ相変わらずの変身魔法に加えて魔力の波長の変更、実力を隠す隠密は抜きんでていますね」
「実際、そうでもしないと周りにバレてしまいますよ。流石に僕は彼女と同じく有名人になってしまいましたからね」
「そうですね。ですが私はその事を一人の教師として誇らしく思っていますよ」
「ありがとうございます」
ラオシェンの言葉に少しばかりの照れくささを感じながら残っていたお茶を飲み終えるとクロウディスは立ち上がるとその姿は先程とは違い感知できないほどに弱い魔力しか感じ取れない眼鏡をかけた新人教師の姿へと戻っていた。
「あまり長居をしては怪しまれるかもしれません。ですので今日はこれで失礼します」
「そうですね。また気楽に来てください。かつての成長した生徒とお茶を飲むのはいいものですからね。今度、彼女も連れて来てください」
「‥‥無茶を言われますね」
ラオシェンの言葉にクロウディスは苦い笑いを浮かべながら扉を開けて学院長室を出ると、クロウディスはそのまま下にではなく、学院の最上階にある屋上へと向かった。
屋上の扉に鍵はかかっておらず勝手知ったとばかりにクロウディスは屋上に出ると思っていた以上に時間が過ぎていたようで空の大部分に夜のとばりが下りており、離れた山の山頂には明かりが灯されて幻想的ともいえる城も見える中で。
クロウディスは音もなく跳躍し、夜の空を飛翔する。何となく風を浴びながら戻りたくなったからだった。
(さて、取り敢えずは基礎から始めるかな)
頭の中で明日の事を考える、時間にして10秒ほどで。クロウディスは獅子クラスの教室と寮が見えた所で地面に降りると何事もないかのように職員室の一室に作った自分の部屋へと戻ったのだった。