第十一話
「くそっ、いったいどういう事だ!?」
キーグスは空を向けて荒々しい言葉を吐く。既に何度となく同じ場所を歩いていることには少し前から気が付いてはいた。
そこから色々と試したがしかし効果のあるものはな区、再びこうして元の場所に戻ってしまっていた。
だが、なぜこうなっているのか。その犯人については心当たりしかなかった。
「あの野郎っ!」
感情の赴くままに手近にあった木を殴り、しかし帰ってきた痛みで目元にわずかに涙が滲んだ。昨日、キーグスは寮を出て気晴らしがてら城下を散策していた時にそれをその時に肌で感じた。
それは圧倒的なまでの現実を突きつける事による絶望と同時に反骨精神も同時に湧き上がった。
いつか自分も、あの頂に並び立ちたい。
その思いからキーグスの足は休日だというのに自然の学院へと向いていた。今の自分にできる事は限られている。だが何もせずにはいられなかったキーグスは獅子クラスの校舎近くの森へと入り、その日は日が傾くまでただ少しでも早く深魂吸を会得する為に体内の魔力操作を極める努力をした。
そして、疲れを残さないためにその日は寮へと戻ると早々に就寝し、今日は少し早く校舎へと向かおうとした矢先の出来事だった。
「くそ、どうすりゃいいんだ…」
状況を打開する為に、キーグスは考え始めまず自分が今置かれている状況を把握することにした。今の状況は、獅子クラスの校舎へと向かっているが同じ個所をぐるぐると回っているという事。
(恐らく何らかの魔道具の効果なんだろうが‥‥)
その魔道具が何なのかは想像もつかない。だが如何にも何かあると感じさせるあの男がしているであろうことは確定的で。であるならば何らかの突破口も用意しているのではないかと考えているあることが頭をよぎった。
よく視ることを忘れるなよ~。
あの男は食堂ですれ違ったときに自分に向けてそう言った事をキーグスは思い出した。
「よく見る‥‥‥‥‥視る?」
キーグスは、この不思議な術を破る突破口を見つけかけていた。
一方、そんなキーグスとは対照的にスコルプと言えば。
「うえぇぇん! どうすればいいのおおっ!?」
木の下で泣いていた。もはや何度となく同じ場所を歩いていることに気が付きできる限りのことをしたが意味がなく。
「…あれ?どうして道が2つ見えるの?」
それは途方に暮れているその時でそれは偶然という外なく。スコルプの目には先ほどまでは視えていなかった幻のように揺らぐ道と確かに見える2つの道だった。
「どういうこと…?」
目の前の出来事に困惑しながらもスコルプは立ち上がり、揺らぐ道ではなくしっかりと見える道へ歩き始める。
そして、しばらく歩いているとやがて目の前に見覚えのある校舎とクラスメイト達の姿が見えた。
「あ、皆ぁぁっ!」
駆け寄るスコルプに気がついた四人はそれぞれ無反応、安堵、苛立ちで出迎えた。
「良かった、スコルプもちゃんと道が見えたんだね」
「うん。その…ちょっと泣いちゃって。でもそのおかげで道が見えたんだ」
「ふえぇっ!? それで道が見えたんですか!?」
「うん、僕も不思議に思ったんだけどあのままは怖かったから」
ミリアーデとナーフェ。それぞれと話している中でキーグスは苛立ちを隠すことなくこの事態を引き起こした張本人であるクロウを睨みつけていた。
「おい、いい加減説明をしやがれ」
「そうだな。スコルプも無事に突破することが出来たからな」
そう言うと、クロウはポケットから5人に見えるようにそれを見せた。
「宝石の形をした魔道具?」
「そうだ。これに魔力を流しながら対象を視界に収めるとその対象の感覚に介入することが出来るんだ。その様子が夢幻のよう感じることから夢幻の雫と名付けられた」
夢幻の雫。それは雫の形をした魔道具で、効果は対象の感覚への介入。開発された当初は医療などの分野への貢献も期待されたが魔力の操作に長けている者には意味がないこともあり現在では価値のない骨董品というべきものだった。
キーグスから見て、クロウと名乗るこの男が何の意味もなしにそんな骨董品を使うとは思えず思考を巡らせる。
(何故わざわざ夢幻の雫なんて骨董品を持ち出しやがった?)
夢幻の雫。その魔道具の効果は視界に収めた対象の感覚を操ることが出来ること。一般人相手には効果がある魔道具だが魔力を持つ人間に対してその効果は著しく低下する、または完全に無効化されることが解明されている骨董品をわざわざ使って理由。
脳裏に浮かんだその解答の成否を確かめるためにその答えを口にする。
「|…俺達がどの程度魔力制御出来ているか試したのか|?」
「ああ。そうだな」
キーグスの言葉にクロウは当然のように頷いた。直後パァンと小気味のいい音が響く。
「キーグス!」
ミリアーデの制止を振り切るように振るわれたキーグスの拳をクロウはごく自然に受け止めていた。
「なめやがって…!?」
かなり力を込めて振るった拳。だというのにクロウディスは表情を変えることなく、むしろ呆れたと言わんばかりに首を振った。
「なめるも何も仕方がないだろう? 今のお前らは一般人に毛が生えた程度、言うなれば殻もない未熟な卵のような状態だ。だからこそ安全に配慮してわざわざ影響の最も少ない骨董品を持ち出したんだぞ?」
なめている。そう言われるのはクロウとしては心外だった。確かになめていると思われるかもしれない行為。だがクロウディスとしてはこれが最善だと判断していた。
むしろクロウディスの方こそ、キーグスに呆れていた。
「確かに、自尊心を持つのは良いことだ。だが、それは時として驕りへと繋がることを忘れるなよ。ああそれとも、何か急がないといけない理由でもあるのか?」
「っ!?」
言いしれない恐怖を感じたのはわずか一瞬。直後キーグスの拳を横へ流したことでキーグスはバランスを崩し蹈鞴を踏む。倒れ込まなかったのはせめてもの意地だった。
「ほら、時間がもったいないし早く校舎に入るぞ」
そう言うとクロウは校舎の中へと入っていき、キーグスに目を合わせないようにしかし、何処か非難するようにひと目見た後ミリアーデ達は校舎へと入っていき。
「…くそっ!」
一人残されたその言葉は誰に対しての言葉なのかはキーグスのみが知ることだった。




