第十話
城下に出た翌日の早朝。
クロウ先生に言われた走り込みを自主的に行った後。
本校舎近くにある女子寮、その裏のあまり人が来くることがない裏庭にてミリアーデは自身の霊具【妖精の閃翼】を振るっていた。
「………ッ」
静から動へ流れるように踏み込み、一閃。そこから切り上げからの連撃へと繋げる。ミリアーデの霊具は短剣。直剣や大剣などと比べての欠点として直剣などに比べてリーチが短くより一歩踏み込まなければならず、遠心力を利用した一撃の重さがない事があげられる。
利点としては直剣や大剣などと比べて手元に近いため攻防において柔軟に対応できるなどがある。
だが、短剣の利点である攻防に置いての柔軟性に必要とされる際には判断力もだが観察眼、そしてそれらを成しえるのに集中力が要求される。
だが、ミリアーデにはクロウディスも感嘆するほどの集中力があった。だがそれはもとからあったものではなく、祖父の教えを守り基礎をこなしていく過程でミリアーデの中で形となった能力だった。
そして、
そして、そのもはや当たり前となっている集中力を発揮しながら舞うように、散る汗に朝日が反射する中で剣を振るうミリアーデの姿は、まさに翼を持ち空を舞う妖精のようでもあった。
「ミリアーデ、凄い‥‥」
その様子に一緒に朝練をしていたナーフェはルームメイトでもあるミリアーデの姿に思わず見惚れてしまうが。
「私も頑張らないと!」
そう自分を奮起させると休憩のために解除していた【罪科の魅蛇】を再度具現化させる。
ナーフェの霊具は鞭。その表面はまさに蛇のように艶かしい黒にして。
「やあっ!」
しかし、振るわれると同時に鞭の表面を紫電が奔る。更にそのまま鞭を振るうと返す手で振るわれると今度はその距離が大きく伸びた。紫電を纏い伸縮自在の鞭。それこそ【罪科の魅蛇】の能力だった。
伸縮自在にして対象に触れれば紫電を以て行動を阻害する。相手にすればこの上なく厄介というほかないが。
「きゃああっ!?」
しかし、いつの間にか踏んでしまっていた【罪科の魅蛇】でバランスを崩してそのまま鞭が全身に絡みついてしまった。
「うううっ、またですかああっ!?」
ドジであるナーフェは既に同じようなことが三回ほど繰り返しておりそのたびに霊具をいったん解除して脱出するという事を繰り返していたのだが、四回目の今回は違った。
「もう、何してるの?」
気付けば休憩していたミリアーデはナーフェの状態に気付いてすぐに近づいてきた。絡まっていた状態のナーフェを救出してくれたことで四回目の霊具の解除とはならなかった。
「あ、ありがとうございますぅ~!」
「あはは、気を付けてね?」
そう言うと休憩を終えたのかミリアーデは再び剣を振り始める。
「…私も、頑張らないと」
ドジである、だがミリアーデに、いや昨日のあれを肌で感じた身として成長し、強くなるためにするためにナーフェも再び鞭を構え、その後二人は食堂が開いた事を知らせる鐘が鳴るまで鍛錬を続けたのだった。
「お腹すいたね~」
「ですねぇ~」
ナーフェと部屋にいったん戻って汗を流した後、二人は食堂へと向かう。先日まではどこか肩身の狭い思いをしながら食べていたけどシェンの一件以降、周囲は私たちに明確な敵意を向ける事はなくなった。代わりに居ないもののようになったけど、むしろそれは私達からすればありがたい事だった。
食堂は空いているがまだ早い時間帯という事もあって人も疎らで二人はそれぞれの料理を注文し受け取ると適当に空いていた席に座ると食べ始めた。
ミリアーデは魚の気分だったので焼き魚の定食と果物、ナーフェは野菜炒めとヨーグルトを選んでいた。そして、二人が半分ほど食べ終えた頃によく知る人の姿が見えた。
「あ、クロウ先生!」
「ん? ああ、お前たちか」
ミリアーデに声を掛けられたクロウは食器を持ったまま二人の座るテーブルに近くへと来た。近くに来たことでその食器から辛さを感じる香辛料の匂いがナーフェの鼻を突いた。
「‥‥辛っ!?」
「ああ、すまん。刺激が強かったか?」
「先生、それは何ですか?」
「ああ。これは激辛マーボウドウフだ」
鼻先がツンとする強烈な刺激に思わずミリアーデとナーフェの二人は鼻をつまんでしまうほどの強烈な刺激臭。気にすれば目にまで沁みてしまうかのような破壊力を秘めたそれをクロウはなんてこともないように持っていた。
「えっと、そんなのありましたっけ?」
ミリアーデとナーフェ二人は確かに学院にきて日が浅い。とはいえ大まかにメニューを知っている。その中でクロウの言った料理はメニューになかったはずなのだが…。
そんな二人の考えを察したのかクロウは苦笑を浮かべながらその答えを教えた。
「ああ、これはこの学院の裏メニューなんだよ」
「「裏メニュー?」」
「ああ、実はな‥‥」
とそんな話でひとしきり盛り上がった後にクロウと別れ残っていた朝食を食べ終えたミリアーデ達が食堂を出ようとした時だった。
「ああ、忘れてた。今日はよく視ることを忘れるなよ~」
「「???」」
食堂からそんなクロウの言葉にどういう意味か首を傾げながら二人は一旦寮へと戻る。
そして、寮を出た後は自分たちの校舎のある本校舎から離れた森の中へと向かって向かい歩いている時だった。
「ねえ、ナーフェ。ちょっと聞いてもいいかな?」
「ど、どうしたんですかぁ?」
「私達、同じところを何回も通ってない?」
一週間ほどとはいえ、毎日通っていた道だからふつうはあり得ない事だ。けれど今はそのあり得ないことが起きているとミリアーデは感じていた。
「き、気のせいじゃないですか‥‥?」
「う~ん‥‥」
ナーフェは特に違和感を感じていないことから気のせいの可能性もあるけど、何となく気のせいではないと感じたミリアーデはひと工夫して再びナーフェと歩き始めたのだが。
「あ、あれれぇ?」
「ね? やっぱり、同じところに回っているよ、これ」
「ど、どうしてわかるんですかぁ?」
「これだよ」
ミリアーデは無数の数ある木のうちの一本を指で示した。それをよく見てみるとその表面には一筋の剣筋が刻まれていた。
「さっき念のために傷をつけたてたんだよ。やっぱり勘違いじゃなかった」
ミリアーデは今この状況であの時、クロウが言っていた意味をようやく理解した。
「よく視る事を忘れるな」
あれは、クロウからの課題をクリアするためのアドバイスだったのだと。
獅子クラスの校舎からはるか上空からの俯瞰するようにクロウはその様子を眺めていた。
「さて、突破することが出来れることが出来ればこれでお前たちはようやくスタートラインだ」
そう呟くクロウの眼は、まるで幼い雛が孵るのを待ちわびているかのようでもあった。




