第13話 全てを奪われた侯爵令嬢
side:イヴ
「イヴ、俺はこの領地が好きだ。豊かで優しさに溢れていて、何気ない日常を大切にできる」
「私もここが大好きです、お父様」
私の家、パーシバル侯爵家は栄えていた。
自然豊かで人々も活気がある。
何より屋敷から見渡せる小麦畑は圧巻の光景だ。
「イヴ様、そろそろ勉強の時間です」
「分かりましたローエン。それじゃお父様」
「あぁ、しっかり学んでこい」
そんな土地を愛するお父様が私は大好きだった。
私もお父様のようにこの土地を守れる人間になりたいと。
これが私の夢だったと思う。
あの時までは……
「お父様!? お父様!!」
「近づかないでください!! まだ周りに敵が潜んでいるかもしれません!!」
「でもっ、お父様がいっぱい血を……血を流してるのよ!!」
ある日、お父様は殺された。
胸元をえぐられ、血を大量に流して屋敷内で倒れていた。
何故?
一体誰がこんな事を?
悲しみと絶望に包まれる中、私はただ泣き続けた。
そして私の不幸は始まる。
『近くで土砂崩れが!!』
『農作物が魔物に荒らされてます!!』
『どうにかしてください、領主様!!』
「どうして……」
私はパーシバル家の当主となった。
まだ成人すらしていない、若い侯爵令嬢が。
お母様は病弱で寝込みがちだし、兄弟や姉妹に当たる人間もウチにはいない。
私がこの領を納めなければならないのは必然だった。
「何で不幸ばかりなの? お父様がいなくなってから、全てが上手くいかない」
大好きなこの土地が壊れていく。
度重なるトラブルに領民の不満は高まり、毎日のようにデモ活動が行われている。
私だって必死に対応している。
色んな所に協力をお願いしている。
領民や他貴族にも何度頭を下げたか分からない。
それでも状況は良くならなかった。
勿論、私自身も。
「少し休もう……」
逃げるように執務室を出る。
何も考えたくない、全部放り出してしまいたい。
それが許されない立場である事もわかっている。
でも、今だけは自由になりたかった。
「来てくれてありがとう。やっぱり貴方の顔を見るのが一番楽しいわ」
「えっ? あ、ありがとうございます」
無意識のまま歩き出し、気づけばお母様のいる寝室に私はいた。
相変わらず体調が悪そうで、何度かせき込んでいる。
そんな時、お母様が手招きをする。
どうしたのだろう? と私はお母様の元へ近づいた。
「……イヴ、よく聞いて」
「お母様?」
何かを悟ったような顔で話し始めるお母様。
「今から貴方にこの”召喚魔法”を授けるわ。手を出して」
「えっ、お母様? 何を……?」
言われるがまま手を出す。
そこに乗せられる母の細い手。
手の甲には謎の魔法陣が刻まれている。
いつも不思議に思っていた謎の魔法陣。
私はこれがなんなのか、今まで知らなかった。
「っ!? この光は……!?」
突如として手の甲から輝き出す青白い光。
眩しくて目を閉じると、私の頭に知らない”何かが”がいくつも流れ込んできた。
(巨大な鎧が動いている……?)
この屋敷と同じくらいのサイズはある謎の鎧が動く映像。
圧倒的な存在感。
でもどこか安心するような……
ドォオオオオオン!!
ガァアアアアアン!!
(っ!?)
謎の鎧が色んなものを壊している!?
人も、建物も、大型の魔物も全て。
あらゆる攻撃や魔法を無効化し、なおも侵攻し続ける謎の鎧。
圧倒的な破壊の光景を見せつけられた後、私の意識が再び現実へと引き戻される。
「はあっ……はぁ……これは……?」
「それが召喚獣よ。いえ、正確には召喚”兵器”と言うべきかしら」
「召喚、兵器? お母様、なぜこれを私に?」
この召喚魔法がなんなのか。
そして何のために存在するのか。
あの光に包まれた時、流れ込んできた情報が全てを教えてくれた。
けど、お母様が何故それを私に受け継がせたのかは分からない。
「今、パーシバルで意図的な何かが起きてるわ……私はもう長くないし、今がこの召喚魔法を継承させる時だと思ったのよ」
「お母様……私にはここまで巨大な魔力は扱えません」
「扱えなくてもいいのよ、私達パーシバル家の役割はこれを受け継がせる事」
「受け継がせる?」
ベットの上で、母は静かに微笑む。
「イヴ、いつか貴方が信じていいって人にこれを授けなさい」
それから数日、母は眠るように息を引き取った。
私は守りたかった。
両親が大好きな土地を。
だけど何をやっても、
必死に足掻いても、
領民の不満は溜まり周りから人は離れていく。
そして気がついた時、
私の元に残されたのは、多額の借金と孤独な自分だけだった。
「全ては計画通り。後はイヴ様を……ふふっ」
「侯爵令嬢、ねぇ」
イヴが何かを抱えているのは知っていた。
その何かについて聞こうとしていたけど、色んな作業に追われてじっくり聞く機会がなかった。
まさか元侯爵令嬢っていうのは予想外だが。
「また会えるとは思いませんでした。この後、同じ従者同士でお茶でも飲みませんか?」
「わ、わたっ……わたし、は……」
ニコニコと笑顔を崩さないローエンという執事。
それに対してイヴは明らかに怯えている。
まるでライオンに出会った子うさぎのように。
(この色は……かなりヤバいな)
軽く魔眼を通してローエンを見ると、赤黒いオーラが身体全体を覆っていた。
こんな色、そしてここまで大きいオーラを目にするのは始めてだ。
恐らくこの色は相当ヤバい。
それこそ気を抜いたらローエンに”殺される”。
「あぁ、先に借金のお話でしたね。すみません」
「感動の再会をしたんだ。興奮するのも無理はない」
「ありがとうございます」
これほどの殺意を出しているのに、ヤツは一切表情を動かさない。
不気味だな……
最大限警戒しつつ、僕は用意していた金貨の入った袋を机の上に出す。
「間違いがないか確認してくれ」
「では」
机の上に乗せられた金貨をローエンが一枚一枚数えていく。
手際がかなりよく、本当に数えているのか? と疑うスピード。
約百枚あった金貨が僅か一分足らずで数え終わり、ローエンは慣れた手つきで袋の中へしまい直す。
「確かにちょうどです。今月もありがとうございます」
「よかった。では、用もない事だしこの辺で……」
「お待ちください」
「?」
その場を去ろうとした僕をローエンが引き止める。
「実は契約に不備がありまして……こちらを」
契約に不備?
一応、借金は利子含めて手元の資料で把握してるつもりだが……
返済額にズレでもあったか? と記憶をさぐりながらローエンから渡された紙に目を通す。
そこには、
(やりやがったな……)
50%だった年利を、60%に引き上げられた契約書があった。




