後日談
「とにかく、依頼という意味では、お前は完璧にこなしたと言ってもいい」
ギムレスに報酬の支払いと報告を終えた帰り道。
ちっともスッキリとはしていない顔でサリアはスノーを見た。
「そりゃ、依頼だからね。完璧にこなすよ。これでも僕は依頼失敗したことないんだよ」
「ふーん。あの後は何事もなかったのか?」
「あの後のこと聞きたい?」
「……いや、いい」
相変わらずの無邪気な笑みで覗き込むスノーを見て、サリアは首を振った。
結果はすでに出ている。
知らないままの方がいいとサリアは疑問を胸へと閉まった。
「で、結局、あの部屋で殺されたのは誰だったんだ?」
「ギムレスから聞いたけど、全く関係のない別の暗殺者だって」
「はぁ? 偶然別の暗殺者も紛れ込んでたっていうのか?」
驚くサリアにスノーはおどけるように鼻の頭をかいた。
「おかしいとは思ってたんだよ。途中からサリアについて来る人がいたからさ。あれっ? サリアは気づいてなかった?」
「気づいてない」
拍子抜けしたように、サリアは大きなため息を吐く。
「そいつは、いつからついてきてたんだ?」
「ずっと案内していた男の人についていたけど、ほら、トイレから出てすぐにその案内していた男の人に会ったでしょ? そこからはサリアについてきてたよ」
そういえばスノーがやけに「何かあるかもしれない」と言っていたのを思い出し、サリアはようやく合点がいったように頷いた。
「あぁ。あの時トイレから……」
口にしてトイレの一件を鮮明に思い出したサリアの顔がみるみる赤く染まる。
「——あのことは全て記憶から消してくれ!」
「どうしたの?」
何のことかと気付かないスノーに、サリアはプイと顔を逸らす。
「あ、あ、あの、トイレの一件! 私の口から言わせるな!」
「えーっと。あっ、もしかして一緒に入ったトイレでの事?」
「そ、それだ」
男装も忘れ、耳まで赤くしたサリアは、顔を見られるのを拒むように手のひらを前に突き出した。
もちろん用をたす姿を見られた黒歴史が覆る訳ではないが、サリアとしては言葉だけでも聞いて安心したかったのだ。
「分かったよ。思い出さなきゃいいんでしょ?」
「そ、それでいい。2度と思い出すな!」
安堵したサリアであったが、スノーの言葉はそこで終わらなかった。
「そんな事気にしてたの?」
「そ、それは……い、一応、私も……女だから」
尻すぼみに小さくなるサリアの声にスノーはけたけたと笑う。
「あははは。ここじゃみんな路地裏で用を足してるよ。あの時は大きい方じゃなくて良かったね」
デリカシーのない言葉にサリアの額の血管がピクリと動く。
「でもさぁ、サリアって寝る前に人形に話かけてたでしょ。恥ずかしいって言うならあっちの方が恥ずかしいんじゃない? それからお風呂で……」
次々とサリアの私生活……いや秘め事を暴露するスノー。
俯いたサリアの肩が震える。
「……お前、前日も私に張り付いていたのか?」
嵐の前の静けさのような、小さな呟き。
「前日っていうか、ほら一緒に街を回った後からずっと後ろにいたよ」
「……ずっと張り付いていたのか?」
「うん。少しサリアの横で寝させてもらったけど気にならなかったでしょ? ちゃんと寝言も聞いてたけど、早口すぎて何言ってるのか分かんなかったよ」
その時、確かにスノーは目にした。
サリアの背後に立ち昇る黒いオーラを。
「くっ、殺す。殺す。絶対に殺す! 記憶も存在も消し去る!!!!」
スノーが今まで感じた中で、最も殺気の込められた斬撃が予備動作も無しに繰り出される。
「ちょ、うわっ」
ギリギリで避けながらスノーはようやく理解した。
親切な忠告のつもりだったが、どうやら怒りを買ってしまったと。
身の危険をひしひしと感じたスノーは身を隠し、その場を立ち去ろうと重心を低くする。
「そこぉぉぉーーー!」
消えたはずなのに的確に自身を襲う刃の嵐にスノーは冷や汗を流した。
スノーは頭を回転させる。
そしてギムレスの言葉を思い出した。
怒った女には謝罪して持ち上げとけ、と。
隠れたままではまずいとスノーは姿を現し、落ち着かせるように手のひらを広げ、両手を前に突き出した。
「ちょ、ちょと待って!」
「何? 遺言?」
剣先をスノーに向けたサリアの目は座っていた。
「ご、ごめん。ち、違うんだ」
「なにが違うんだ?」
「そ、それは……」
スノーはサリアの良いところを模索した。
サリアは騎士だ。そこを褒めようと。
「サ、サリアの体は最高だよね。む、無駄な脂肪もないし、騎士として理想の体つきだよ。特に動きにくくする胸がないところなんか天性の才能だと思うよ」
「寄せれば谷間くらいできるわーーーー!!!!」
「それは背中から肉を集めても無理だよ!」
「っぁ! ————死ねぇぇぇぇぇ!!!! その首を差し出せぇ!!!!」
「それも無理だよ!」
その日から度々、退廃地区で剣を振り回す若い騎士が大勢の人に目撃されるようになる。
誰を相手にするわけでもなく一人で暴れるその姿は、ここに住む者達でさえ恐怖したという。
いつしか退廃地区にはこんな噂が流れるのだった。
騎士団に災い成す者が現れれば、狂気の騎士が粛清に現れると。
最後までお読み頂き、ありがとうございました。