幕間 サリア
夜も更け、自室に戻った私は疲れを手離すようにベッドに倒れ込む。
グラム暗殺を明日に控え、いつもよりも入念に湯あみも終えた。
もしかしたら1日後には死ぬかもしれないのに、このまま目を閉じて微睡みに浸りたい。
明日のことなど何もないかのようないつも通りの1日。
女であることを隠して騎士となった私には、今日の訓練でさえ地獄の特訓のように感じてしまう。
閉じかけた目で褐色の腕を見れば、痣や擦り傷がいたるところに浮かび上がっていた。
「とてもじゃないけど、嫁入り前の女の腕じゃないな」
独り言ちて笑ってしまう。
私は17歳だけど、結婚なんてものはとうに諦めているのだから。
結婚どころか恋愛さえ出来ないだろう。
今までに告白されたことは幾度とあるが、それは全て女性から。
男の振りをして生きているんだ。当たり前のことだ。
幼い時から男として育てられてきた私だって疑問に思ったことは何度もある。
理由を聞いても父も母も教えてはくれなかった。
ただ、女であることが広まれば、最悪命はないと。
どんな事情があるかは分からないが、聞いた時の父と母の悲痛な表情を見て、それ以上は聞かずにおこうと自分を納得させた。
枕の下に隠された小さな人形を手に取る。
女児が持つようなクマを形どった人形。
小さい時に母が内緒で買ってくれたもので、私が持つ物で女の子らしいのはこれだけだ。
「なぁ、ベア。もしかしたら今日がお前と寝る最後の日かもな」
愚痴を言える唯一の相手に語り掛けるのは、私の日課だ。
答えてくれないのが難点だが、誰にも秘密を漏らさず聞き役に徹してくれる存在はありがたい。
今までの事を振り返るように話していると、昨日の事を思い出した。
「スノーっていう少年がな、私を守るなんて言ってた。どう見たって私の方が強そうなのにな」
思い出して笑ってしまう。
理解できないほど異質なのに、その表情は子供のように無邪気で。
「多分年下のくせにさ。……でも父上以外にそういわれたのは初めてだ」
まるで女の子として扱われているようでむず痒く、でも、そう、多分……嬉しかった。
明日、なにかあればスノーは言葉通り私を守ってくれるだろうか?
相手は暗殺者だ。馴れあう必要もない。
何を期待しているのかと恥ずかしくなってしまう。
命の危機のある任務を前に、おかしなことばかり考えてしまった。
でもそんな想像ができるのも、もしかしたら最後かもしれない。
怖い。
逃げ出したい。
人とは違う生き方をしている私は、人の視線を敏感に感じる。
グラムが私を第二騎士団に誘った時のあの目。
その奥には劣情が見えた。
私が女だと分かったのか、そもそも関係がないのか。
命の危険。貞操の危険。
国の危機だとしても、その役目は私じゃなくてもいいと叫びたくなる。
自分で選んだことなのに挫けそうになる。覚悟が揺らぐ。
ベアを、小さな人形を震える手でギュッと抱きしめる。
「誰か助けてよ」
目をつぶれば溜まった涙が零れ落ちる。
その時、一瞬私の手が温かくなった気がした。
そういえばスノーに手を引かれた時、あいつの手は温かかった。
不思議と震えは止まっていた。
——僕が守るよ
その言葉に縋りつくようにベアを抱きしめると、私はそのまま眠りにつくのだった。