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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

神様のイタズラ

【登場人物】

氷室モモカ 主人公の天使見習い。一人前の天使になるため人間界での善行を積む修行中。

人前で能力を使ったり、天使見習いであることを打ち明けてしまうと天界へ強制送還となり、厳しい懲罰を受ける事になるため、ほぼ能力なしで修行に励まなければならない。



大神カケル 妻を交通事故で亡くし、男手一つで園児の息子を育てている。



園長先生 モモカが勤める保育園の園長。



中島アキラ

モモカの同僚。

 ここは人間界。日本の首都・東京から少し離れた片田舎の保育園。保育士として働くモモカは、天界から来た天使見習い。もちろん周りに悟られないよう、細心の注意を払って、人間として生活している。

 これはそんなモモカ先生の物語。

 今日も園長先生の冷たい声が、モモカの耳を攻撃している。


「保護者からのクレーム、きちんと対応してもらわないと!先方から何度も園に電話が入って、他の先生方にも迷惑がかかってるんですよ?!その点は理解されてますか?!」

「その件については、先方にお伺いして事情を説明した上で、ご納得いただいたはずですし、先日提出した報告書にもそのように記載しましたが」

「そうね、そのように報告は受けていますが。クレームの内容がねぇ…あなたに対する内容にすり替わってるのよ!」

「え?!」

「氷室先生の態度に問題があったんじゃない?」

「そんな…」

「とにかく!先方に連絡するなり伺うなり、きちんと解決して下さいね!お願いしましたよ!」

 そう言って園長はデスクを叩いて、モモカに退室を促すようにアゴを出入り口に向けた。

 モモカは一礼して園長室を後にし、うなだれながら職員室のデスクに着く。座ると同時に、思わず重たいため息が出てしまった。


「…何がいけなかったのか全然分かんない…」

「どうした?」

 そんなモモカを見かけた同僚のアキラが、モモカに声をかけた。


「あーアキラ先生…私の態度に問題があるから、保護者からのクレームが収まらないんじゃないかって、園長先生に言われてさ…。対応のためにご自宅に伺った時は、ご両親ともそんな感じなかったから…」

「大丈夫?…手伝ってあげたいけど、そうなるとまた氷室先生に対しての園長先生の当たりがキツくなるから…。ごめん、何もしてあげられなくて」

「ううん、気持ちだけもらっとく。気にかけてくれてありがとね」

「あんまり無理しないで。じゃあ今日はお先に」

「お疲れ様でしたー」

 軽く挨拶を交わし、退勤するアキラを見送る。

 定時ではあるが、お迎えが来ていない園児が1人だけ残っているため、クラス担任のモモカはまだ帰れない。いつも泣きもせず、大人しくパパのお迎えを待っている賢い子。

 教室に行くと、園長先生がその園児をあやしていた。


「あら、モモカ先生。園児から目を離して何をしてたの?」

「えっ」

「私が園の見回りしなかったら、大神くん独りぼっちだったのよ? その間に園児に何かあったらどう責任を取るつもりなの?」

「アキラ先生が園児たちを見てくれていて、そのアキラ先生が帰られたから教室に戻ったんですが…」

 しどろもどろになりながらもモモカが反論する。


「私がこの教室を覗いた時には、大神くんしかいなかったわ。その数秒、数分で事故が起こらないとも限らないのよ?分かる?」

「…はい、すみませんでした」

「やっぱりあなたにクラスを任せるのは早かったかしらね」

 モモカとのすれ違いざま、モモカの耳元で吐き捨てるようにそう囁いて、園長は教室を後にした。

 思わず涙が出てしまい、心配した園児がモモカの元に駆け寄る。


「大丈夫よ、ちょっと目にゴミが入って痛かっただけだから。もうすぐパパが迎えにくるわ、忘れ物がないように帰る準備しとこうね!」

「いつも遅くなってすみません!!」

「あ、ほら、パパ来たよ!お疲れ様です、大神さん。今日もいい子にしてましたよ」

「そっか!偉い偉い!じゃあ明日はパパのお休みだし、何か美味しいもんでも食って帰るか!」

「今日の様子は連絡ノートに書いてますので、またお時間がある時に目を通しておいて下さい」

「いつもありがとうございます!ほらショウタ、先生にまたねって言って」

「また月曜日ね、気をつけて」


(園児の前で泣いちゃった…絶対やっちゃいけないのに。もう一度、園に電話をくれてる親御さんに連絡して、詳しく話を訊いてみよう。月曜日にはちゃんと笑顔で園児たちに会えるように)

 モモカが謝罪を含めて連絡を入れたところ、そのような電話を園にした覚えがないこと、先日の説明で納得し、気持ちよく子供を園に通わせていることを直接園児の親から聞いた。


「伝達に行き違いがあったようで、お忙しいところご連絡差し上げて、申し訳ございませんでした。はい、はい、いえ、とんでもないです!はい、ではまた月曜日に!失礼します」

緊張した面持ちでモモカは電話を切って、少しため息をつく。


(やっぱり園長先生の嫌がらせだった…。私の何がいけないんだろう?去年の秋くらいから、急に無理難題を言われるようになって、段々エスカレートしてきてる気がする…。能力を使う訳にいかないし、自力で何とかするしかないんだけど、どうすればいいのか分かんないよ…)




 ある日のお昼寝タイム。

 園児たちの寝かしつけを終え、教室の隅でしばしの休憩を取っていたモモカだったが、小さな声でグズる園児の声が聞こえた。

 その声のする方へ行ってみると、女の子が頬を赤くして苦しそうに泣いている。


「あれ?ココミちゃん、起きちゃったのね…」

 園児に声をかけながら抱き上げたモモカは、すぐに園児の異変に気付いた。かなりの高熱を出しているようだ。慌てて検温してみると、体温計は38.7℃を示す。


(すごい熱!すぐに連絡…って、ココミちゃんのママはシングルで、ついこの前も

「熱で早退したから、職場での肩身が狭い」

って悩んでたっけ…。

どうしよう…誰も見てないよね?園児たちも寝てるし、能力使って熱を下げればココミちゃんも楽になるから、ココミちゃんのママもお迎えの時間まで仕事に集中できる!)

 みるみるうちに園児の顔色から赤みが取れ、呼吸も落ち着いて、気持ち良さそうな寝息が聞こえて来た。

 モモカはホッとして、園児を再び布団に寝かせ、しばらく様子をうかがう。

 誰にも見られていないと思っていたのはモモカだけで、偶然にも廊下を歩いていた園長に一連の流れを見られていた。




-----1ヶ月後の夕方


「モモカ先生、ちょっといいですか? 園長室に来て下さい」

「あ、はい…。アキラ先生、教室の園児たち、お願いします」

「了解!…大丈夫?」

「…うん、たぶん」

 不安げな表情で呟くように返事をして、モモカが園長室に向かう。園長室の扉の前で大きく深呼吸して扉をノックした。


「失礼します。どういったご用件でしょう?」

「モモカ先生には急な話で申し訳ないんだけど、来週から桜組の担任を外れてもらいます」

「え?!どうしてですか?!桜組の園児たちが卒園するまで、あと4ヶ月ですよ?!」

「そんなこと、あなたに言われなくても分かっています」

 怒気を含んだような呆れたような表情で園長先生が言った。


「理由を教えていただけませんか」

「あなた、本当に心当たりがないって言うの?」

「園児たちはもちろん、保護者の皆さんに恥じるような仕事をしてきたつもりはありません」

「これは決定事項よ、理由を聞いたところで弁解の余地はないし、決定が覆ることもないわ」

「っ…それでもです。それでも理由を教えていただかないと納得できません!」

 瞳に涙を溜めて、モモカは語気を強めて言った。

 園長は少し俯いてため息をつく。デスクにあった書類の束を掴んで、メガホンのように丸めながら立ち上がり、モモカに歩み寄った。


「解雇されないだけありがたいと思って欲しいくらいよ?…この悪魔!」

「?!…私はっ!……私は悪魔なんかじゃありません!!!」

「仮に悪魔じゃないにしても、人間ではないじゃない。私はこの目で、あなたがおかしな能力使ってるの見たんだから。

天界?魔界?何処から来たのか知らないけど、人ですらないモノに大事な園児たちを任せられる訳がないでしょう?」

「…人間としての経歴や戸籍謄本も、入社の時にお見せしてますよね?」

「アハハ!そんなのいくらでも偽造できるじゃない!そのおかしな能力を使えば!」

「…人間であることを証明しても、決定は覆らないんですね」

 モモカの声が震えている。


「私は最初にそう言いましたよ。聞いてなかったの?」

「分かりました。どの先生に引き継ぎをお願いすればいいんでしょう?」

「私が担当します」

 勝ち誇ったような表情で園長が言った。


「?! 園長先生には園長先生にしかできない仕事があるのでは?!」

「それを踏まえた上での決定です。ですので引き継ぎは必要ありません。桜組の園児たちのことは把握できてますから」

「せ…せめて!副担任としてサポートさせて下さい!」

 そう言ったモモカを遮るように

「副担任は引き続き中島先生がやってくれますので、あなたの居場所は桜組にありません。あなたの能力について、人間でない事について、園児たちの保護者や他の職員には他言はしないでいてあげます。解雇もしません。かなり温情な決定だと思いますけど?!…分かったら速やかに退室して下さい」

と言い、左手の甲でモモカを追い払うような仕草をした園長先生は、ほんの少しだけ微笑んだように見えた。

覇気もなく、一礼だけして園長室を後にするモモカ。涙が溢れないように堪えるのが精一杯だ。


(見られてた!能力を使ったところを、よりにもよって園長先生に見られてた!!!解雇も他言もしないことで、私の弱味を握った事になる!!どんなに理不尽でも、これから歯向かうことは許されなくなった…。退職すれば、園長先生から解放されるけど…桜組の園児たちが卒園するまでは、投げ出す訳にいかない…どうしよう…)

 園児たちに悟られないよう、精一杯の笑顔と元気でその日の業務に就くモモカ。次々と園児たちのお迎えが来る中、保護者・職員を含め、モモカの異変に気づく者は誰もいない。


「やっぱり今日も最後か…。いつもごめんな、ショウタ」

「お疲れ様です、それでもいつもよりは早いお迎えですよ? ね、ショウタくん」

「いつも遅くなってホント申し訳ないです」

「いえいえ、それが私たち保育士の役目ですし、時間オーバーしてる訳じゃないんで気にしないで下さい」

「…」

「じゃあね、また明日ね」

「モモカ先生、このあと少し時間あります?10分15分程度で構わないので少し話せませんか?」

「?その程度なら」

「じゃあ、すみません、ショウタを車に乗せてくるので、少しここで待ってて下さい」

「あ!待って下さい!10分程度でもショウタくんから目を離すのは危険です。私が車まで行きますので、ショウタくんを車に乗せたら、目の届くところでお話ししましょう?」

「あーそうですね、すみません」


(話って何だろう?大神さんはシングルファーザーだし、育児についての相談かなぁ? 保育園では手がかからない良い子でも、パパの前では甘えてワガママになったりするから…)

 息子を車のチャイルドシートに座らせ、近くにあった自販機で飲み物を買ってモモカに渡すカケル。


「えっ…」

「どうしました?」

「私がコーラ好きなの…何で大神さんが知ってるんですか?」

「ショウタが言ってました、モモカ先生はいつもコーラ飲んでるって」

「アハハ」

「それに…教室にあるモモカ先生のデスクにも、いつもコーラが置いてあるの見てたんで」

「やだ!そんなとこまで見られてたんですか?!」

「モモカ先生? 今日は…どうしたんですか?」

 急に真剣な表情で、カケルはモモカを心配そうに見つめる。


「え?どうしたって…何がですか?」

「何かありました?」

「やだなぁ、別に何もないですよ?どうしてそう思うんですか?」

「表情、声、瞳の輝き、雰囲気、全部違いますよ」

「っ…」

「差し出がましいことを言ってすみません。いつものモモカ先生じゃないのが、どうしても気になって、声をかけてしまいました」

「大神さん以外には…誰にも気づかれなかったのに…」

 モモカの瞳からひとすじの涙がこぼれる。

 カケルは一瞬うろたえながらも、ジャケットの内ポケットからハンカチを取り出して、モモカに握らせた。


「話せないとか話したくないなら、これ以上は聞きません。ただ俺はモモカ先生があまりに辛そうで、見てられなかったんで思わず声をかけてしまいました。それだけです」

「うぅ…ごめんなさい…泣くつもりなんかなかったのに…大神さんに気づかれて気がゆるんだのかな…」

「無理して泣き止もうとしなくていいですよ、俺、ここにいますから」

「ありがとう…ハンカチ、洗って返しますね」

「いいですよ、こっちで洗濯しますし。なんなら差し上げます…って、メンズのハンカチなんか使い道ないですね、すみません…あはは」

 後頭部を右手でガシガシ掻きながら、カケルが照れたように笑う。


「ふふっ…」

「少しは落ち着きました?」

「はい、突然泣いたりしてすみませんでした」

「話せる範囲でいいんで、何があったか訊いてもいいですか?」

 モモカは言葉を選びながら、自分が天界から来た天使見習いであることを伏せて話す事にした。

 去年の秋頃から園長からのパワハラがあること、日々エスカレートしてきたこと、詳細は言えないが園長に弱味を握られ、桜組の担任を外されたこと、園児たちの卒園までは退職せずにいたいが自信がないこと…。


「…モモカ先生」

「嫌な話を聞かせてしまってすみません」

「違うんです。ひょっとしたら園長先生のパワハラや嫌がらせ、俺のせいかもです」

「え?どういうことですか?」

「去年の秋頃に面談があって、その時に初めて園長先生にお会いしたんです。お恥ずかしい話、それまでは仕事に明け暮れて、家事や育児は亡くなった妻に任せきりで…。妻が亡くなってからも、妻の両親や自分の親に頼ってしまって、保育園どころかショウタのことは、何も把握できてませんでした」

「そうだったんですか…」

「妻を亡くした悲しみを振り払いたくて、余計な事を考えないように、更に仕事を詰め込んでいたら、倒れたんです、俺自身が」

「え?!」

「過労でした。そこで初めて、ショウタに泣かれたんです。パパまで居なくならないでって」

「…辛かったんですね、ショウタくんも」

「妻を亡くして悲しいのは俺だけじゃないって、気づいてなかった。母親を亡くしたショウタも、娘を失った妻の両親も辛いんだって、ショウタの涙を見てやっと理解できたんです。それで会社を立ち上げて、ショウタとの時間を優先できる環境を作りました」

「大変でしたね…」

「妻に家のことを丸投げしてたので、夫としては失格だったかも知れないけど、ショウタにとっての父親は俺だけなので。せめて亡くなった妻に恥じない父親に、ショウタが自慢したくなるような父親になろうと思って。それで園長先生に、改めてご挨拶に伺ったのが、去年の秋頃なんですが…」

「えぇ」

「園長先生は、どうやら俺に好意を寄せて下さってるみたいで…何度か個人的にお誘いを受けるようになってしまって」

「え?!でも園長先生は…」

 驚いたモモカは思わず少し声が大きくなってしまう。


「えぇ、結婚されてますので、そのお誘いに応じたことは一度もないです」

「え、もしかして…」

「俺の考えに狂いがなければ、担任であるモモカ先生へのパワハラや嫌がらせは、園長先生の嫉妬だと思います」

「そんな理不尽な…」

「まさか俺の知らないところで、そんな事になってたなんて思いもせず、ショウタが世話になってる保育園の園長先生だから、邪険に扱うのも気が引けて、曖昧に濁していたのがいけなかったんです!!モモカ先生、本当に申し訳ない!!!」

「大神さんのせいじゃないですよ!頭を上げて下さい!」

「きちんと俺から園長先生に話します。なので、モモカ先生も、ショウタたちの担任から外れても、卒園までは退職しないで欲しいんです」

「園長先生を刺激しないように、大神さんからは何も話さないでもらえますか?」

「えっ…でも」

「私もちゃんとショウタくんの卒園を見届けたいので、この状況が変わらなくても退職はしません、大丈夫です」

「分かりました…。でもホントはショウタは関係なく…」

「?」

「俺が!!!モモカ先生に会えなくなるのが嫌なんです」

「!!!」

 突然の告白に、モモカは目を丸くして驚いている。


「すみません!迷惑だったら言って下さい。ちゃんと弁えますんで」

「あっ…いえ、迷惑というか…その…思いもよらない事なので驚いただけというか…お気持ちは嬉しいです、ありがとうございます」

「! じゃあ…諦めなくてもいい?」

「ただ…さっきの話の通り、今の私はそれどころではないというか…この状況で、大神さんとどうこうというのは…火に油を注ぐ結果しか想像できなくて…」

 モモカは困惑した表情を隠すこともせず、正直に言った。


「そりゃそうですよね…勢いだけで言ってしまったんで、気にしないで下さい。モモカ先生が大変な時に…自分の一方的な気持ちを押し付けたみたいになってすみません!ショウタの卒園後もお会いできるなら、友達としてでも充分なので!…もちろんモモカ先生が嫌でなければの話ですけど」

「お気持ちは本当に嬉しいです、ありがとう。私の方こそ、もっと大神さんの人柄を知っていけたら…と思いますので、ショウタくんの在籍中は保護者と保育士、卒園後はお友達ということでどうでしょう?」

「はい、それで充分です!よろしく」

「あ!!ヤバい!!!もうこんな時間!!!園に戻って仕事の続きしなきゃ!!!大神さん、ごめんなさい、今日はこれで失礼しますね!」

 申し訳なさそうに一礼だけして、慌ててその場を走り去るモモカに

「お時間取らせてすみませんでした!!!また何かあればいつでも聞くんで、遠慮なく声をかけて下さい!」

とカケルが叫んで言った。

 カケルの想いと優しさに触れ、先ほどまでモモカの胸中に渦巻いていた焦燥感や悲しみも薄らいで行く。


 翌週にはモモカが担任から外され、誰にでもできるような雑務ばかり押し付けられるようになった。廊下ですれ違えば、園児たちは満面の笑顔でモモカに話しかけてくれる。それが今のモモカにとって唯一の癒しだった。

 そして…カケルとの個人的なチャットのやり取りは、モモカの心の支えになりつつあった。ただチャットのやり取りの中で、カケルは結婚も視野に入れて考えていると知ったモモカは、大きな決断を迫られる事になる。

 カケルは人間、モモカは天使見習い。そもそもの寿命が違う。もちろんカケルはそのことを知らない。打ち明けてしまえば楽になるが、そうなるとモモカは天界で懲罰を受けることになってしまう。交際するだけなら何とでも誤魔化せるが、結婚となると話は別であることをモモカも分かっていた。

 当然のように老いてゆく夫、いつまでも若々しく老いを知らない妻。カケルが老いることのないモモカを、疑問に思う日が必ず来るのだ。

 天界人と人間の恋愛・結婚なんて前例がないのだから…。


 モモカに代わって桜組の担任になった園長先生は、ショウタの送り迎えをするカケルに、何とか取り入ろうと色々と話しかけはするのだが、当たり障りのない対応で上手くかわされ、膠着状態に陥っていた。

 そんな中、保育園の正門前でモモカと親しげに話すカケルを見かけた園長の中で、何かがプツンと音を立てて切れた。


 何事もなく、卒園式の予行練習が行われ始めた頃ー。

 帰宅する園児たちがまばらになった時間帯、また遅めのお迎えになってしまったことを嘆きながら、カケルが保育園に到着する。駐車場に車を止め、保育園の小さなグラウンドを横切って昇降口へ向かうと、そこには優しい微笑みを携えた園長が立っていた。


「大神さん、こんばんは」

「あ…園長先生、こんばんは。今日もショウタはいい子にしてましたか?」

「えぇ、ショウタくんはいつもいい子にしてくれてますよ」

「良かった、園のお友達の話も良くしてくれるんで、一緒に帰った後の夕飯の時間が楽しみなんです」

「…私のことは?」

 一瞬にして園長先生の顔から微笑みが消えて無表情となり、呟くようにそう言った。


「え?」

「ショウタくんやカケルさんから、私の話題は出ないの?」

「園長先生? 何の話をしてるんですか?」

「二人ともモモカ先生!モモカ先生!って!!! とっくに担任から外された女の話ばっかり!!!」

「?!」

「あんな!! 人ではないバケモノの何処がいいのよ!!!」

「!! 園長先生!!! 何を言い出すんだ!!! 人をバケモノ呼ばわりするなんて!!!」

「見た目が若くて綺麗でも人間じゃないのよ? だったら人間の私の方がよっぽどマシじゃない!!」

 泣き喚きながら園長が取り出したのは刃渡り20cmほどの刃物。鋒はカケルに向いている。


「?!園長?!」

「私は結婚もしているし子供もいるわ…この園を続けていかなきゃいけないから離婚もできない…でもあなたに出逢ってしまった…。

モモカ先生と話すあなたを見てれば分かるわ…想い合ってるかどうかまでは分からないけど、あなたがモモカ先生を好きなのは分かる!私のものにならなくてもいいから、誰のものにもならないで欲しかった!私のことを好きじゃなくてもいいから、誰のことも好きにならないで欲しかった!!! なのに…毎日毎日モモカ先生のことばっかり!!! あんなバケモノにカケルさんを持っていかれるくらいなら!!カケルさんを殺して…私も一緒に死んでやる」

 鬼のような形相で鋒を向けたまま、園長がカケルに向かって突進し始めた。カケルは慌ててグラウンドに逃げる。刃物を振り回してカケルを追いかけ回す園長。もうカケルが何を言っても、園長の耳には何も届かない。

 騒ぎを聞きつけた職員、園児のお迎えに来た保護者たちが、何事かとグラウンドに集まる。園児たちに危害が及ばないよう、建物から離れて逃げた結果、カケルはグラウンドの端の壁に追いやられてしまった。


「はぁ…はぁ…やっと…やっと…カケルさんが私を選んでくれた…うふふ…」

「はぁはぁ…園…園長せんせ…はぁはぁ…園長の大事な園児たちが見てます! とにかく危ないから、その刃物を手放して!」

「大事な園児たち? カケルさん以上に大事なものなんて、私にある訳がないでしょう?あははは」

狂ったように園長先生が高らかに笑う。


「園児たちや保護者に、殺傷沙汰のシーンを見せる気ですか?」

「だって私もカケルさんと一緒に死ぬんだもの、その後のことなんてどうでもいいわよ」

「園長…あなたは死んじゃダメだ…。沢山の保護者と園児たちが待ってる」

「どうして?どうして一緒に死なせてもくれないの?どうしてよぉぉぉぉ!!!!」

 園長は泣き叫びながら、刃物に全体重をかけて、カケルの胸の中に飛び込んだ。カケルの肺の辺りに刃物の部分が全て刺さっている。

 痛みに顔を歪めて、カケルが膝から崩れ落ち、大量の鮮血を吐き出した。園児たちの泣き声、保護者や職員たちの悲鳴、遠のく意識の中でカケルの耳にも届いた。


「大丈夫よ、カケルさん…私も一緒に逝くから…」

 園長はそう言って、仰向けに倒れ込んだカケルに寄り添い、隠し持っていたジャックナイフで、自らの頸動脈を切った。

 そこに騒ぎを聞きつけたモモカが顔面蒼白で駆け寄る。


「カケルさん!!!!」

「モ…モカ…せん…せぇ…カハッ!!」

「肺に刺さってるから喋っちゃダメよ!!!」

「モモカ…先生に刃物…が向かなくて…良かっ…た…」

「喋っちゃダメだってば!!!」

「もう無理…自分で…分かる…」

「やだ…ショウタくんの卒園式、3日後だよ?! ねぇ!! 卒園したら私と友達になるんでしょ?!」

「ごめん…」

「…絶対…絶対死なせないから!!!ショウタくんのために生きて!! ショウタくんが自慢したくなるようなパパになるって言ったじゃない!! こんなとこで諦めるな!!!」

 モモカはカケルの身体から刺さった刃物を抜き、持っていたカッターナイフで自らの手首を切って血を流したかと思いきや、その血をカケルの傷口に垂らし始めた。みるみるカケルの傷口が塞がり、顔色も戻っていく。

 その顔色を見て安心したモモカは、隣に横たわる園長の頸動脈にも、同じように自らの血を流し込んだ。血の気が引いた青白い園長の顔色も、徐々にではあるが血色が良くなって来た。


「え? え? どういうこと?」

「良かった…助かったね」

「俺…園長に刺されて…え? 服にも血がついてるのに…え?! 訳わかんねー」

「ふふ…ごめんね。私、人間じゃないんだ…」

「…え?」

「修行中の天使見習い。だから私の能力で二人の傷を治したの」

 モモカの背中に大きく真っ白な羽根が現れた。


「天…使?」

「園長先生は…この園を守ってもらわないといけないから助けた。でも今目覚められると困るから眠ってもらってる。カケルさんにはショウタくんがいるから、死なせる訳にはいかなかった」

「モモカ先生…」

「それも嘘じゃないけど、正直に言えば…私があなたに生きていて欲しかったの。たとえ人間界に居られなくなって、あなたやショウタくんに二度と会えないって分かってても」

「え?!ちょっと待って?!どういうこと?!」

「人前で能力を使ったり、天使見習いであることを打ち明けたら、その時点で修行は打ち切り。天界に帰らないといけないの。厳しい懲罰が待ってる」

「そんな!!!人助けしたのに懲罰なんておかしいだろ!」

「それが修行の掟だから。どのみち天使と人間じゃ、寿命の長さが違うもの。ずっと一緒にはいられなかった。だからこれでいいの。あなたとショウタくんが、この人間界で生きて笑っていてくれるだけで…それだけで充分」

 溢れんばかりの涙を瞳に溜めて、自分に言い聞かせるようにモモカが言う。


「なぁ…モモカ」

「!!…最後になって呼び捨てにするなんてずるいよ…」

「…最後だから本音で答えて」

「…なぁに?」

「…俺のこと好き?」

「…天使見習いじゃなくて、人間として出会いたかったと思う程度には」

「それって好きって事じゃねーか!!!」

「さぁ? どうだろうね? ふふ…」

「きったねーな! 最後の最後くらい好きって言ってくれよ!」

「でも人間じゃあなたを助けられなかった。だからこれでいい。ちゃんと幸せになってね」

「俺はモモカが好きだよ…俺はモモカと一緒じゃなきゃ…」

「ありがとう!!!…ありがとう…。カケルさんのこと忘れないから」

「俺も忘れないよ、モモカのこと」

「ふふ…忘れていいよ。じゃあね」

 大きな背中の羽根を広げて、モモカは天高く舞い上がり消えていった。


 モモカが人前で二人を助けた事により、人間たちに混乱が生じるため、人間界でモモカに関わった全員のモモカに関する記憶は全て消去された。園長にいたっては、カケルに関する記憶ごと消されたようだ。もちろんカケルやショウタも、モモカことを忘れてしまった。

 天界に戻って裁判にかけられたモモカは、天使見習いどころか天界人としての権利も剥奪、天界から永久追放されてしまった。

 永遠に近い寿命を失い、老いる体を強いられ、モモカが追放された先は…人間界。

 そう、人間として余生を全うする事が、モモカに課せられた懲罰。気まぐれな神様のイタズラ…にしては、できすぎてる気がする。


(あなたは私を忘れてしまっているけど、私はちゃんと覚えているから、もう一度好きになってもらえるように、普通の人間の女の子として頑張るんだ!今度こそカケルさんに

「大好き!」

って言えるように!!!)

友人をモデルにした作品を執筆するにあたって、本人から

「あたし、天使になりたい!そしていじめられたい!」

という無茶な要望を受けて、無理やり詰め込んだ作品です

(´>∀<`)ゝ

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