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超真面目ホラー

【おねがいします】お墓を黒く塗るだけの、とっても簡単なお仕事です【もうやめてください】

作者: 七宝

 勝手にポストに入ってる地域の雑誌みたいなのあるじゃないですか、新しくオープンした飲食店の紹介や求人情報、市民会館で何何やりますよみたいなことなんかが書いてあるアレです。


 その雑誌に、どう見てもおかしな求人がありまして、その内容が「あるお墓を黒く塗るだけ(※必ず2人1組でお願いします)」っていう仕事だったんです。明らかにヤバいと思うじゃないですか。

 ただ、週に1回塗りに行くだけで10万円ずつ貰えるんですよ。1ヶ月で40万円です。これだけで生活出来ちゃいますよね。


 僕、当時大学生で学費に困ってたんです。父もその時は不況のせいで会社に仕事がなかったそうで、週に3回くらいしか出勤させてもらえていなくて、本当にお金がありませんでした。


 で、父に相談したんですね。一緒にやらないかって。もちろん最初は嫌な顔をしていましたけど、実はそこの霊園、うちが代々お世話になっているところだったんです。なので住職さんとは長い付き合いがありましたし、そこまでヤバいことにはならないだろうということで応募してみることにしたんです。


 すると、他に応募がなかったみたいですぐに採用されて、その週からお願いしますってことになって、水曜日の夜10時頃にそのお墓に行ったんですね。


 お寺の方に声をかけると中から住職さんが出てきて、あそこの隅っこにブルーシートが被せてあるお墓があるからそれを塗りつぶしてくれってペンキを渡されて。


 で、言われた通り父と2人でブルーシートのところまで行ったんですけど、そこの周りだけ墓石が1個もなくて。まぁいわく付きのお墓の周りになんか建てたくないよななんて思いながらブルーシートを剥がしました。


 中にあったのは血みたいに真っ赤な墓石でした。手入れはずっとされていないようで、所々黒ずんでいました。


 その時、父が墓石を見て言ったんです。


「これ、無縁仏だな」って。


 なんかそれを聞いた途端一気に怖くなっちゃって、「やっぱりやめようよ」って言ったんですけど、父は「いや、ここまで来たらやるしかない」ってペンキを塗り始めたんです。

 僕は気を取り直して刷毛を手に取りました。僕が小さい頃に母を亡くしてから父はずっと男手ひとつで僕を育ててきてくれたので、とても感謝していたと同時に、反対意見を言うと申し訳ないなって気持ちになっていたんです。


 それからは特に何もなく、ものの10分くらいで塗りつぶせました。住職さんが朝乾いてからブルーシートを掛けておくと言っていたので、僕達は刷毛とペンキの入ったバケツを返して、10万円の入った封筒を受け取ってそのまま帰りました。

 父は興奮していました。こんな少しペンキを塗っただけで10万円も貰えるなんて夢のようだと、そう言っていました。


 家に帰ってからは特にお互い会話もなく、明日の準備をして床に入りました。


 眠っていたので細かくは分からないのですが、布団に入ってから2、3時間くらい経った頃でしょうか、外から大きなクラクションの音が聞こえてきたんです。それも普通に鳴らしたような音じゃなくて、4、5秒は鳴ってたと思います。

 事故なのか何なのかは分かりませんでしたが、すぐ近くから聞こえたのでとてもビックリしたのを覚えています。


 翌朝目を覚ますと、父にその話をしました。やはり父も聞いていたようで、飛び起きたそうです。父によると、あの音は家のすぐ前くらいから聞こえていたそうです。


 その日は父の仕事が休みだったので、大学まで車で送ってもらったのですが、家を出る時にちょうどお隣さんのおばさんが掃除をしていたので、「夜中すごい音してましたね」と話しかけたところ、おばさんはそんな音は聞いていないと答えました。まあ熟睡してたら聞こえないかとその時は思ったんですけど、その日の夜もあのクラクションが鳴ったんです。あと、それと同時に何かが割れる音もしました。


 布団の中で聞いていて思ったんですけど、いくら熟睡してたとしてもこんなの絶対飛び起きるよなってくらいの音量だったんです。聞こえていないはずがないんですよ。でもおばさんは聞こえないって言う。

 で、案の定朝聞いてみたらやっぱり聞こえてないって。気味悪いからその話はやめてよって言われて。僕もなんだか怖くなってきたのでその日は耳栓をして寝ました。


 それでも音は聞こえてきました。家のすぐ前で鳴っているんじゃなくて、耳に直接聞こえているんだとその時気がつきました。

 父にそのことを話すと、「俺も聞こえてる」とだけ言いました。


 その日の昼頃、祖父が亡くなりました。元々容態が悪かったのですが、数日前から悪化していて、手の施しようがなかったそうです。


 この時、僕は生まれて初めて葬儀に出ました。みんな真っ黒な服を着ていて、悲しいムードに包まれていました。

 最後に故人の顔を見てあげてくださいと言われた時、父がものすごく泣いていたのを覚えています。


 そして、出棺の時が来ました。

 霊柩車が発進する際に4〜5秒くらいのクラクションを鳴らして、その隣で葬儀屋の人が茶碗を割っていました。


 ゾッとしました。夜中に聞こえていたあの音と全く同じだったからです。


 それからは何も頭に入ってきませんでした。火葬している間休憩所で何か食べながら待ったり、済んでからは脆くなった骨を箸でつまんだりしたのですが、ずっと上の空でした。


 これは祟りだ、と思いました。あの無縁仏のお墓を真っ黒に塗ったせいでバチが当たったのではないかと父に言うと、「これは偶然だ。生活していくためには次回も行かないと」と自分に言い聞かせるように言っていました。

 それからも毎日クラクションの音は聞こえました。


 そして水曜日。

 霊園に行ってブルーシートを剥がすと、無縁仏のお墓が真っ赤になっていました。先週塗りに来た時と同じように、黒いペンキなど塗られていないかのように元通りになっていました。


 僕も父も怖がりながらも、仕事だけはしっかりして家に帰りました。父は景気が戻るまでの辛抱だとずっと独り言を言っていました。

 そんな父の顔が一瞬、変なふうに見えました。本当に一瞬だけ、なんというか顔色が少しだけ暗くなって、顔の各パーツが大きくなったように見えました。怖かったのですが、とても父には言えませんでした。


 その日の夜、変な夢を見ました。

 僕は1人で真っ赤な広い部屋にいて、何をするでもなくずっと立ってるんです。で、しばらく立ってると遠くの方から何かが近づいてきて。


 目を凝らして見てみると、それは10歳くらいの男の子だと分かりました。その子はどこか体が悪いようで、とても辛そうに歩いていました。

 その子を見ていると、なぜか涙が溢れてきました。この子が誰で、何なのかも分からないのに、無性に悲しくなって泣きたくなったのです。


 その際男の子は小さな声で何かを言っていたのですが、聞き取れませんでした。耳をすまして集中しているところにあのクラクションの音が聞こえてきて、また起こされたからです。


 翌日も父は休みだったので、いつものように学校に送ってもらいました。父はなんだかやつれているようでした。

 そしてやはりほんの一瞬だけですが、顔が変なふうになる時が何回かありました。


 その日の夜も同じような夢を見ました。前日と違うのは、男の子の声がなんとなく聞き取れたことです。その子は絞り出すような声で「もうやめてください」「お願いします」と何度も言っていました。


 この時僕は、この子はあの無縁仏のお墓に入っている子で、僕達がペンキを塗ったせいでずっと苦しんでいるんだと気がつきました。


 翌朝、父に可哀想だからもうやめようよと伝えました。しかし父は「そんなに嫌なら俺1人で行ってくる」と言い、水曜日になると僕の制止を振り切って行ってしまいました。僕の学費と、食わせていかないといけないというプレッシャーもあったのでしょう。


 その夜、またあの子の夢を見ました。

 夢の中で「ごめんなさい」と言われました。

 男の子は、泣いていました。


 翌朝、父は布団の中で冷たくなっていました。


 僕は今でも1人でペンキを塗っています。

 父を殺したあの子が憎いからです。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 主人公だけが無事に過ごせてるのがわからん
[良い点] これは面白いですね。途中でクラクションの音の謎が解け、そこがオチでも十分成立するのに、そこからまだ興味深い内容が続いて、最後に意外なオチが待っている。完璧な構成です.素晴らしい! [一言]…
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