体重マイナス5キログラム
雪がちらちら舞う公園で一人、ベンチに腰掛けて文庫本を開いている少女がいた。ボブカットの髪型がこれでもかと似合っている。彼女の名は幸恵。彼女が腹部をさすった。空腹でも腹痛でもなく、腰に巻いた重りがしっかりと固定されている確認したのだ。
幸恵は体重がマイナスの数値を取る、現代で言うところの通称マイナス族だった。重りをまいていないと天上へと舞い上がってしまう。酷い人になると、大気圏まで飛び上がって帰らぬ人になってしまった人さえいる。
文庫本を読み終わった幸恵は茶色い横縞の複数入ったトートバッグに本を詰め、立ち上がった。その拍子にぴょんと飛び上がる。また痩せてしまったようだ。彼女は公園をジャンプするような歩き方を繰り返し、出ていく。
マイナス族の間ではマイナス40キログラムを超えるとスレンダーな体形の持ち主と呼ばれる。マイナス5キログラムの幸恵は肥満体形として、彼女と今すれ違った女性が嘲笑したように笑われる対象だ。
彼女は怒りを振り払うように頭を振った。自分も普通の女子として生まれたかったと彼女は両親を憎んだ。どうせ、マイナス体重に産むならもっとスレンダーにしてほしかったのだ。
電気屋の前に来た幸恵は現在ブレイク中のマイナス体重の女優を透明の窓ガラスごしに、置かれている薄型テレビで視認した。この女優の活躍でマイナス族の人気に火がついた。普通の女性はマイナス族の女性よりモテなくなりつつある。
どうせならマイナス体重の方が良いよな……そんなつぶやきを漏らす男性も多くなった。
もともとは突然変異として生まれたマイナス族が増加していったという経緯がある。またマイナス族同士の両親から生まれる子もマイナス族だ。
幸恵は飛び跳ねるように進み、家路についた。この家でマイナス体重なのは幸恵だけで、肩身が狭かった。
「幸恵、おかえり。お昼ご飯ができているわよ」
「いただくわ。お母さん」
「今日はあなたの好きなカレーよ。いっぱい食べてね」
「うん、ありがとう」
幸恵はダイニングテーブルでカレーを何度もお代わりし、お腹を膨らませた。心なしか腹部がふっくらしたようだ。しかし幸恵はマイナス体重だから問題ないとばかりに、帰宅した父のお土産のホールのケーキもまるまる平らげてしまった。
「他には食べるものないの? お母さん」
「幸恵ったら食べすぎよ。そんなに食べたら太るわよ」
「平気よ、ね、お父さん」
「ああ、幸恵はマイナス族だからな」
夕飯のカツ丼もお代わりして幸恵の休日は終焉した。たくさん食べて、たくさん寝る。それが幸恵のモットーだった。夢の中でまで、彼女は人の背丈ぐらいある巨大チーズケーキを平らげる幸せを満喫していた。
そんな生活が続くと、流石に体重も増えてくる。そしてついに、幸恵はマイナス族ではなくなってしまった。普通の女子中学生へと。彼女のプライドは崩壊した。学校でも太り気味のマイナス族と言われて辛かったのに、ついにそこら辺にいる一般人化したのだ。彼女は三日間学校を休んだ。ショックが大きかったのだ。大きめの木製ベッドで横になり、ピンクの布団をかぶって彼女は涙を流し続けた。
☆
「幸恵、幸恵ったら大丈夫? テレビでね、マイナス族のことをやっていて、大変なことになっているの」
「大変? マイナス族の人がミスして、また大気圏突入したの? もう、マイナス族のことはいいの。お母さん、今日は学校に行く」
「そう……ね」
母を部屋から追い出して、腰かけているベッドからとび降り、ソックスを履き、制服に着替えてスリッパをつっかけて、鞄を持って通学する。今日はみんなから馬鹿にされると彼女は思った。ただの女子として。何日も学校を休んだのだ、マイナス族ではなくなった噂だってたっているだろう。
幸恵は豪奢な校門の前で両手を大きく広げて深呼吸してから校舎に入る。昇降口で上履きに変えて教室に向かう。不思議なのがマイナス族の人たちを見かけないことだ。どうしてだろう?
「あ、幸恵。あなたは運が良かったわね」
「どうしたのよ、小奈津」
「あなた、もしかして今日のニュースみてないの?」
「ええ、見ずに来たわ」
「こっちに来て」
校舎前のグラウンドで鉄棒につかまって、今にも飛び上がりそうに、靴の裏を天に向け、上空へと運ばれそうになるマイナス族のクラスメイトがいた。必死に鉄棒につかまっていたが、鉄棒ごと空の彼方へ運ばれていった。
「あれって……」
「幸恵、昨日からマイナス族の間で奇病が流行っていて、『マイナス1トン病』て言うの。体重がマイナス1000キログラム、つまり、マイナス1トンになるの。もう、世界中のマイナス族の人々が空高く舞い上がって、地上に帰って来れなく……」
了