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第7話 キラースマイル

 二泊三日はあっという間で、名残惜しさを感じながら手を振った。


 それから二日後の日曜日、ワンピース姿の雪乃はアニメ化に伴い顔合わせをする場に、田中と共に同席していた。


 「ゆき先生、お土産ありがとうございます」

 「いえ、みなさんで召し上がって下さい」


 旅行後に約束があった為、編集部宛のお土産を購入していたのだ。


 「今日はイラストレーターのhitomiさんも、同席しますよ」

 「DMのお礼を言わないとですね」


 どちらかと言えばDMのお礼を言うのは、hitomiの方だろう。アニメの原画者に選ばれ、仕事がきたのは雪乃のおかげだ。とはいえ、彼女の性格を少なからず理解している田中は、相槌を打つに留めた。


 「お久しぶりです」

 「月野先生、お久しぶりです」


 若い雪乃に対し頭を下げた年配の男性が、アニメ監督の沖田おきただ。

 四角く並んだ長いテーブルを囲むように椅子が並び、すでに何人か座っている。

 雪乃を知るのは、【月野ゆき】のデビュー作をアニメ化した時の監督だけだ。ほとんどのスタッフが初めて見る彼女に、戸惑う様子が感じとれる。普段から大人っぽく見られる事のある雪乃はまだ十代の高校生だ。それに対し、アニメーションに携わるスタッフは三十代以上が中心である。ベテランのスタッフが疑問に思っても不思議ではない。


 「ーーーーもしかして、月野先生ですか?」

 「はい……」


 椅子から立ち上がり近づいてきた男性は、雪乃と一番歳が近そうだ。襟足の伸びた髪に、両耳にはシルバー製のピアスがたくさんついている。


 「はじめまして、DMを送らせていただいたhitomiです」

 「hitomiさんでしたか……はじめまして、月野ゆきと申します。この度はご快諾いただき、ありがとうございます」

 「いえ、こちらこそ……学生さんですか? 自分は大学三年になるんですけど」

 「はい、高校三年生です」

 「えっ?!」


 hitomiが男性という事にも驚きだが、あれだけの賞を受賞している人気作家が現役の女子高生という驚愕の事実だ。

 周囲が驚きを隠せない中、スタッフが全員揃い、一人ずつ簡単に挨拶する事となった。


 「はじめまして……原作者の月野ゆきです。私自身もアニメ化を楽しみにしておりますので、よろしくお願い致します」


 美しい所作に見惚れていたのは男性陣だけではない。仕事を普段から共にする田中ですら見惚れているが、本人的には早く終わる事を願うばかりだ。社交性を発揮しても、人前で話す事は苦手なままである。


 所作や口調だけでなく、見惚れていたのは容姿端麗だからだろう。特徴的なアイスブルーの瞳に微笑まれれば、同性であっても頬が染まるものだ。


 「月野先生、声優の要望はありますか?」

 「そうですね……【あおい】の役は、儚い少年のような松丘さんや嶋さんがイメージですね」

 「ああ、合いますね」

 「はい……でも、私は素人ですので沖田監督にお任せ致します」

 「ありがとうございます。また決まり次第ご連絡させて頂きますので、今度は是非アフレコ現場にも遊びに来て下さいよ」

 「はい、よろしくお願い致します」

 

 退出した雪乃は、ほっと息を吐き出した。初対面の多い空間はそれなりに緊張していたのだ。


 「まだ先になりますけど、アフレコ現場も行きましょうね」

 「はい」


 両手を握る仕草が可愛らしい田中に笑顔を見せる。


 俳優や声優に詳しくない雪乃も、監督から聞かれた際に意見が言えるよう努力はしていた。熱望するほどのプッシュはしないが、監督が検討しているなら『この人はどうかな……』くらいの軽い気持ちだ。

 本職の事はその道のプロに任せた方がいいと、身をもって知っているからである。

 

 「この後、お時間があればWEB版の書籍化についてお話しできますか?」

 「勿論です。完結まで予約投稿したので、そちらも確認していただきたいですし……」

 「先生、もう書き上げたんですか?!」

 「は、はい……連休でしたし、これから模試もあるので……」

 「そうでした、受験生でしたね。志望校は決まってるんですか?」

 「まだ検討中ですね。模試の結果によるかもしれないです」


 田中も彼女が浪人するイメージはない。試験の結果を今まで聞いた事はないが、彼女の通う高校は都内有数の進学校として有名だからだ。


 「今日はここでいいですか? フレンチトーストが有名なんですよ」

 「予約して下さってたんですね。ありがとうございます」

 「いえいえ、ゆき先生には、いつもお世話になってますから」


 田中がスマホの画面を見せ、通された席は半個室になっていた。電源もある為、打ち合わせにもよく利用するそうだ。


 「フレーバーティーが人気みたいですよ」

 「そうなんですね」


 手早く注文を済ませ、揃ってノートパソコンを立ち上げる。基本的にはメールや電話のやり取りだが、雪乃の予定が合えば会社やカフェで打ち合わせをする機会もある。前回行ったタルトが有名なカフェは、この三年ですっかりと常連だ。


 「んーーーー、美味しいです……」


 卵液がたっぷりと染み込んだフレンチトーストと冷たいバニラアイスは相性も抜群だ。


 「あっ、写真忘れました……」

 「こちらの撮りましょうか?」

 「はい……」


 SNSは基本的に愛理のいいね要員だが、【月野ゆき】としてのアカウントはデビュー時に作っていた。基本的に商業化の告知や、カフェで打ち合わせの際の投稿用の為、毎日のようにチェックするわけでも、投稿するわけでもない。一ヶ月に一回あれば、いい方である。それでも、投稿すればそれなりの閲覧数になり、商業化されるにつれてフォロワーも右肩上がりに伸びている。


 打ち合わせが終わる頃、店内が騒然とし始めた。半個室が続く席からも顔を覗かせる客が多い。


 「うわっ……モデルさん?」

 「顔ちっさ!」 「背、たかっ!」

 

 敏感に反応した田中も、二人組をこっそりと覗いた。


 「うわーー、これはイケメンですね……」

 「……そんなにですか?」

 「先生もチラッと見て下さいよ」


 雪乃はピーチティーを飲み干すと、黄色い声を向けられる彼らに気づく。


 「へぇーー、こんな感じか……」

 「あぁー、今は映えが流行るらしいからな」


 聞き覚えのある声が、徐々に席へ近づいてくる。


 「なるほど……好きそうだな」


 二人の話声がはっきりと分かる距離にならなくとも、見間違う事はなかっただろう。


 「連れてくる気か? 模試が終わるまで我慢してくれ」

 「えーーっ、久々の日本なのに……」


 彼らが店員に案内される席は、雪乃たちよりも奥の半個室であった。手前だったなら、気づかずにスルーしていたかもしれない。それだけ近寄り難いほど、視線を集めていたのだ。


 「あ、雪乃?!」

 

 先ほどの騒ぎの原因が兄たちだと分かり、そっと溜め息を呑み込む。


 「…………春兄、おかえりなさい」

 「ただいま!」


 思い切り抱きつかれ、遠くで黄色い声が聞こえる。

 田中と面識はあるがほぼ初対面だ。驚きで口がパクパクと開いている。


 「何? 打ち合わせ?」

 「うん……」

 「もう終わるなら、一緒していい?」


 なかなか強引な兄だが状況把握は的確である。雪乃は視線で田中に助けを求めたが、伝わらなかったのだろう。


 「ど、どうぞ! では、ゆき先生、また、ご連絡しますね!」

 「あっ、田中さん……」


 領収書を掴んで行ってしまったのだ。この場合は顔面偏差値の高さに驚き、逃げたともいえるだろう。


 取り残された雪乃は、イケメンに挟まれて座っていた。


 「ーーーー狭くない?」

 「狭くない。雪乃に会えるなら、お土産、持ってくるんだったな」

 「うん……」


 有無を言わせぬ兄も中々のマイペースだ。周囲の視線を気にする事なく話を続ける。


 「雪乃ちゃん、ごめんね……」

 「いえ……」


 もう一人のイケメンは婚約者でもある匠だ。

 六人掛けの席の為、狭くはないが広くもない。程よい距離感ではあるが、周囲の視線が痛い。


 作家活動について婚約者には秘密にしているが、今の雪乃はそれどころではない。


 「ーーーー爺さんが悪かったな……」

 「ううん……」

 「来年には結婚するからさ」

 「決まったんだ……おめでとう、春兄……」

 「ありがとう、その時は雪乃にヴァイオリンでも弾いて貰おうかな」

 「うっ、練習します」


 兄妹きょうだいの会話に匠が微笑む。年が離れているが、藤宮兄妹は昔から仲がいいのだ。


 「それで? 俺に話す事、あるんじゃないの?」

 「……匠さんから聞いたんでしょ?」

 「雪乃から聞きたいんだよ」

 「ーーーー帰ってからでもいい?」

 「あぁー」


 敢えて『婚約』と発しなかった意味は、雪乃にも分かっていた。そして、その話をする場にここが相応しくない事は一目瞭然である。


 「夕飯は寿司食べに行くから、付き合うだろ?」

 「えっ……でも……匠さんと話があるんじゃないの?」

 「俺は構わないよ」

 「だってさ、大間のマグロ好きだろ?」

 「うん……」


 頭を撫でられ、愛でられている感が満載である。妹をここまで溺愛する兄が藤宮家の次期当主であり、現在の取締役社長だ。


 「ご注文はお決まりですか?」

 「はい、ピーチティーとシャルドネダージリン二つ。それからフレンチトースト二つに、アイストッピングで」


 雪乃の食べた感想を踏まえ、同じ物を注文する際、店員が終始顔を赤らめていたのは、春翔が愛想を振り撒いていたからだろう。


 兄妹揃って、一瞬で魅了してしまうような笑顔をもっていた。

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