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*番外編* あなたと見る月だから①

親しい友人を招待した兄の結婚式に参列する日は、約半年ぶりに婚約者と会うことが叶った日でもあった。

パソコンやスマホの画面越しではない会話に、東京での数ヶ月がいかに貴重な時間であったか知ることになるが…………


雪乃*大学一年生*夏休みのひと時

 夏季休暇は日本に戻ることなく、イギリスからハワイに飛んだ。中央にあるはずの壁を取り除けば、愛理と二人きりの空間に様変わりだ。帰りはニューヨーク経由で久々の都心部観光と実に計画的である。


 「雪乃さま、お待ちしておりました」

 「よろしくお願い致します」


 空港に出迎えにきた貸切のトロリーに乗り込んで、式場を兼ね備えたホテルに直行だ。久しぶりに訪れる地に、様変わりした景色もあるのだろう。弾む会話に運転手が微笑ましげな視線を向けていた。


 「来たな」

 「春兄、お義姉さん……」  

 「雪乃ちゃん!」


 思いっきり抱きついてきた杏奈からすぐさま引き寄せられ、安心感のある香りに包まれる。


 「ーーーーっ、た、匠さん!」

 「久しぶり、雪乃……みんなも、元気だった?」

 『はい!!』 


 即答するさまに視線を通わせ微笑み合う。彼らの母校に雪乃たちが通う事もあり、感慨深いものがあるのだろう。


 約半年ぶりに会う婚約者の温もりに包まれ、自然と綻ぶ。離れようとしない彼女に生温かな視線が向けられれば、みるみるうちに染まっていった。

 

 「……匠くん、狭量すぎじゃない?」

 「そうか? あんなもんだろ?」

 「私も雪乃ちゃんと遊びたいのにーー」


 散々な言われようだが、狭量になるのも致し方ないだろう。直接会うのは、空港で見送った日以来なのだから。


 「明日、楽しみにしていますね」

 「うん!」


 満足げな杏奈の笑顔が眩しい。結婚式に向けて磨かれている事もあり振り返る人が多いと、雪乃にも分かる程だが、それだけが理由ではない。見目麗しい人物がこれだけ揃えば、それだけで注目の的である。

 無自覚な雪乃は健在なままで、内心では安心した兄と溜め息を吐きそうになる匠がいた。


 「また明日な」

 「うん」


 頭を撫でて去っていく兄は相変わらずの美丈夫であり、婚約者といい勝負である。道ゆく人が振り返るのも納得だ。


 今回の休暇のメインイベントは兄の結婚式だが、婚約者と会える事も、幼馴染と過ごすアクティビティーも、全てが楽しみであった。


 「久しぶりに来たけど、やっぱり広いね!」


 ベッドにダイブする愛理に微笑む。数年ぶりに訪れる別荘はきちんと整備され、変わらない美しさを保っていた。部屋数が多い事もあり、招待客以外は宿泊も可能な規模ではあるが、明日の主役は式場のあるホテル泊で備えるようだ。

 その為、高校生の頃のように幼馴染と引率の先生感がある匠である。違うとすれば、茉莉奈が式に参列せず後日に合流する事くらいだろう。


 「雪乃、嬉しそう♡」

 「……うん」


 素直に頷かれ、愛理の方が赤面しそうになり、愛らしい彼女にぎゅっと抱きつく。

 二人の関係性にこの半年で大きな変化はない。高校生の頃と変わらずに一番の親友であると、愛理だけでなく雪乃にもそのくらいの自負はあった。


 広いリビングからプールが見え、その奥には海が広がる最高のロケーションだが、アクティビティは春翔の結婚式後に茉莉奈も誘って行く予定だ。クルージングや乗馬、女子が好きなショッピングは勿論のこと、夏休みを満喫する算段の為、ニューヨークでの舞台のチケットはすでに手配済みであるし、恋人と過ごす時間の確保にも抜かりはない。


 「それにしても、とうとう結婚しちゃうのかぁーー」

 「うん、春兄が結婚か……」

 「寂しい?」

 「……嬉しい、かな……お義姉さんができるから」

 「杏奈さん、美人さんだもんねーー」

 「うん」


 自身の事のように即答する辺り、慕っていると明白である。ただ、自身の魅力には無頓着なままで、婚約者の苦労が目に浮かんだ。


 『綺麗ーー……』


 声を揃えた雪乃と愛理に、杏奈が微笑む。抱きつきたい衝動は我慢だが、春翔に腕を取られ留めていたに過ぎない。

 双子コーデの美人が揃っている事もあるが、春翔の妹という事もあり親しい友人だけの挙式とはいえ、交流関係は広い。大学時代の友人も多く参列していた為、匠にとってもちょっとした同窓会感があった。


 「うわっ、あの子誰の知り合いだ?」 「かわいい」

 「モデルさん?」 「顔ちっさ……」 「……綺麗」 


 清隆と風磨がいい虫除けになっているが、それでも目を引いてしまうのは仕方のない事だろう。


 「ーーーー雪乃」


 ハワイアンドレスを着た彼女の腰を引いたのは、他の誰でもない婚約者だ。


 「匠さん……杏奈さん、とっても綺麗でしたね」

 「よかったな……」

 「うん」


 躊躇う事なくエスコートを受ける姿はご令嬢感満載であるが、それは雪乃に限った事ではない為、気に留める者は少ない。

 ただ色素の薄い髪色にアイスブルーの瞳が特徴的で、新郎の血縁者だと勘のいい者ならすぐに気づいただろう。

 美男美女の兄弟だが歳が離れている事もあり、春翔が友人に会わせたのは匠が唯一と言ってもいいくらいだ。策略の多い環境下に妹を置きたくなかった事もあり、本家に招かれるほどの友人か社交場であるパーティーでしか、彼女の存在を知る機会はなかったはずである。


 最高のロケーションでの親しい友人を招待した挙式に、感嘆の声が上がる。主に女性陣からの声が強いのは、憧れを詰め込んだような結婚式だったからだろう。

 少なくとも春翔は、杏奈の友人からあの藤宮家直系の長男と認識はなくとも、そのオーラから一般人ではないと認識されていた。特徴的なアイスブルーの瞳もあるが、何事にもスマートな面も一役買っていただろう。レディーファーストもできる美丈夫だが、外見とは違いとっつきにくい性格ではなく朗らかさもある。ただ彼自身は、周囲からどう見られているか分かっているからこそ身についた処世術の一つといえる。言われるまま素直に応じるだけでは藤宮家当主は務まらない。それは、雪乃にもいえる事である。他人に意見を左右されてばかりでは決断力が鈍るし、周囲の意見を聞けないようでは誰もついては来ない。バランスの良さがなければ、大人な対応力も社交性も皆無である。


 瞳を潤ませ、新郎新婦に視線を向ける彼女の横顔は、誰が見ても美しい。ただ本日の主役に集約されているため、気づいたのは隣にいる匠くらいだ。


 そっとハンカチを差し出され、潤んでいたことに気づく鈍感さも健在であるが、そこが彼女らしさでもあった。


 「ーーーー素敵な式だったね……」

 「あぁー……雪乃も、ああいう感じに憧れる?」

 「うん……杏奈さん、とても綺麗で……それに、二人ともとても幸せそうで……」

 「そうだな」


 藤宮家として国内所有のホテルで挙げる式では、少なくとも家と縁のある者が招待されるし、経営者という事もあり一流企業の重鎮や御曹司の参列も致し方ない。だからこそ、今回は新郎新婦がメインで好きなことを詰め込んだような挙式になったのだから。


 波の音が聞こえる中、夜空を見上げる。東京よりも街頭が少ない事もあり、星の瞬きがくっきりと分かる。ただ隣にいる現実が、ふわふわと宙に浮いて曖昧な輪郭のままだ。

 あれだけ会いたいと焦がれたはずの婚約者が、今は目の前にいる。それも一週間ほどの夏休み限定だ。彼の仕事もリモートでも可能な部分はあるが、彼がいなければならない取引も多い。社長である彼が長期休暇を取るのは今までは社員の為であったが、今回に限っては自身の為の休暇といえるだろう。働きすぎる彼を支えるのは、短いながらも同棲した雪乃には分かっていた。自身のことには無頓着であると。彼にとっては雪乃がまさにそうであるが、何にせよ似た者同士の二人である事に変わりはない。


 「…………雪乃……」


 甘い声色に予感して瞼を閉じれば、そっと唇が重なる。触れ合える温度に包まれれば、どちらか分からない速度の心音に気づく。雪乃だけが会いたかった訳でも、匠だけが渇望していた訳でもない。離れて知ったのは、自身が想っていたよりもずっと願っていたこと。

 同じ寝室で眠る時間は、半年前までは確かにあった日常の一部だ。だからこそ広いベッドに入学当初は眠れない日々があった。あれだけ一人で過ごしてきたにも関わらず、戸惑いもあったが今となっては理由ははっきりと分かっている。彼がそばにいる事がいつの間にか当たり前になり、それがごく自然であったからだと。

 お見合いの日に再会しなければ、知らなかった事ばかりである。


 「匠さん…………会いたかった……」


 囁くような声でも、抱き合っていれば確かに聞こえる。同じような想いを抱えていただろうと、想像することは容易いが、実際に会うまでは分からない。温もりを感じられない距離は、快く送り出した彼であっても、時折押し寄せる想いがあったのは確かだ。


 「……雪乃…………」


 触れられた指先で涙に気づく。画面越しでやつれた時期もあった彼が、変わらずに目の前にいる。それは何者にも変えられない時間だ。


 深くなる口づけに応えるように手を伸ばせば、微笑む婚約者に心音が速まる。


 「……明日は、久しぶりのデートだな」

 「うん……」


 ハワイで合流してからほとんどの時間を幼馴染も一緒に過ごしてきたからだ。明日から茉莉奈が合流する事もあり、夕飯以外は各々カップルで過ごす予定である。


 「どこか行きたいところはある?」

 「匠さんはある? 一緒にいられるのが嬉しくて考えてな、ん?!」


 このままベッドで過ごすのもやぶさかではないが、せっかくの夏休みに引きこもりになるのは勿体無い。ただ婚約者の本音に唇を寄せるくらい喜んでいた。

 本音を語る事が少なかった彼女が自身にだけ見せる姿は愛らしく、この半年で知った事もある。声色で人の心を読むのが得意だということ。これは彼自身にも言えるが、忙しい合間には短い通話で終わらせていたし、画面越しとはいえ疲れている時にはちゃんと休養するように言われた。年下に気遣われる事は普段の彼ならありえない事の為、雪乃限定に見せる弱い部分だろう。


 「…………離れ難いな……」


 珍しい本音に瞬かせた雪乃で、口にしたと気づく。言うつもりのなかった本音を受け止める心の広さに、年下とは思えない包容力を感じる。


 「……匠さん…………私……」


 耳元で囁かれた言葉に、ぎゅっと抱き寄せる。少しも隙間がないようにと。

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