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第55話 着飾り隊

 根掘り葉掘り聞いてくる愛理と、変わらずに真面目に応える雪乃に、清隆と風磨が溜め息混じりの息を吐く。よくある場面であるが、今日はその圧が一際強い。揃って合格しただけでなく、親友の婚約発表の招待状が届いた事も要因だろう。

 喜びを露わにする愛理に、雪乃も嬉しそうに微笑む。


 「みんなで通えるんだね……」

 「うん!」 「ああ」 「楽しみだな」


 三者三様の反応に愛らしい表情が浮かび、思わず息を呑む。


 「……雪乃♡ パーティー、楽しみにしてるから♡」

 「うん」


 珍しく分かりやすい雪乃に、愛理が嬉しそうに抱きつけば、風磨が微かなヤキモチを発揮しつつも清隆と共に見守る。

 これからの生活が待ち遠しく感じる時間は、想像していたよりもずっと少ない。特に雪乃はパーティーの準備が重なり、一日が短く感じるほどだ。


 前もってキープされていた会場は藤宮家が所有するホテルの一つの為、何ら不自由はない。引退して悠々自適に暮らす冬時の一声で決まったようなものであるし、たとえVIP待遇の客が所望したところで孫娘が第一優先である事に変わりはない。招待客は両家を考慮せざる得ないと、雪乃自身が理解していることもあり、口を挟む事はなかった。

 決定事項に反論はないが、自身で招待状は選んでいたし、一ヶ月を切ってからの投函になったが急用でもない限り全員が参加するであろうと想像もついた。公の場に出なくなった冬時と縁を結びたい輩は多いが、今回に限っては人数が多すぎるとはいえ身内同然の者が主流の為、正月のお披露目に近い面子になるだろう。現に個別に連絡を取り合う仲の従兄弟からは、お祝いのメッセージが雪乃に届いていたし、親友も招待対象である為、愛理のあの反応であったといえる。


 急激に変化していく環境に若干の気後れ感があるものの、顔色を少しも変えず対応するさまは流石だろう。大々的な婚約発表よりも、雪乃にとっては明日に控える菫とのデートの方が緊張である。


 今も迎えの車を手配すると連絡が来た為、返信したところだ。正月に連絡先を交換していたが、個人的なやりとりは今回が初めてに等しい。隣にいる匠が真剣に悩む彼女に笑みを溢すくらいには、短い返答にも考えていた。


 「雪乃、ありがとう」

 「ん?」

 「母さんが凄い喜んでた」

 「それなら、よかった……」


 様々な社交辞令を受けてきた雪乃だが、気づかないほど鈍感ではない。自身の事に無頓着なだけで周囲を見る目は確かである。菫が息子の婚約者を娘のように愛でたいと思っている事は一目瞭然であるし、実際に匠の兄であるあきらの嫁との仲も良好であると耳にしていた。


 ロング丈のスカートを選んだ雪乃だが、ほとんどが彼の購入した洋服である。日頃は制服と家にいる事が多いため、外出時にはプレゼントを率先して着ていた。もちろん彼を喜ばせたい想いがあってこそだ。

 選ばれた服を着ると甘々な視線と交わり、どちらも綻べば視線が集まる。着飾りがいのある彼女ならではで、婚約者の苦労は尽きない。


 「いってきます」

 「あぁー、また後でな」

 「うん」


 珍しく見送られる側の雪乃が手を振ったのは、玄関ではなくマンションのエントランスだ。後部座席から顔を出した菫は息子の過保護ぶりに呆れ顔ではあるが、正しい判断だとも思っていた。いくらセキュリティーの厳しいマンションであっても、家名を知っている者からすればボディーガードが必須な令嬢だ。現に陰ながら見守るボディーガードが藤宮家から一名ついており、それは今も続いている。結婚するまでは藤宮家の娘として見られるからでもあるが、それも婚約披露パーティーを迎えれば変わるだろう。

 藤宮家の意向もあってのお披露目の為、招待数も多く大々的な発表といえる。本人にその自覚がなくとも婚約者のいない彼女には、山のように釣書や写真が実家にいた頃から届いていた。


 車内は同じく後部座席に乗り込んだ雪乃と菫、運転手の男性だけだ。自宅に呼び寄せて買いつけする事もある菫にとって、移動手段のほとんどが自家用車である。高級外車に変わりないがリムジンの目立つ風貌でない為、幾分かマシだろう。

 ほどなくして降り立ったのは、菫が好きなブランドの路面店であった。


 「こっちもいいわねーー」

 「お似合いですね」

 「……ありがとうございます」


 菫と店員の猛プッシュに次々と試着すれば、匠や春翔と重なって映る。そこには愛理も含まれるほど、彼女の周囲には着飾らせたい者が多い。

 アイスブルーの瞳に、スタイルの良さも相まって、何を着ても似合うのだ。次々と試着させたくなるのも納得だが、当の本人は納得していない。褒められれば嬉しいし、素直に着飾られてはいるが、その量が多すぎるのだ。『散財してない』という匠や春翔と同じく、口出しのしようもない。スマホの撮影まで始まれば、一人ファッションショーの開幕である。


 「雪乃ちゃん、次はこれね!」

 「はい」


 うきうき顔でワンピースを手渡されれば断る事はできず、また試着室に逆戻りだ。菫に薦めるよりも雪乃に手渡される方が圧倒的に多いが、義理母の嬉しそうな様子に文句は一つもない。幼く映る満面の笑みはどこか匠のようであり、着せ替えさせたがりなところにも血の繋がりを感じずにはいられないのであった。


 「ーーーー菫さん、今日はありがとうございました」

 「うん、いい買い物したわ。こちらこそ、ありがとう」

 「今度、着ていきますね」

 「ええ、楽しみにしてるわ」


 ほとんどが自宅に郵送となったが、すぐに着る物だけ厳選して積み込んだ。


 今は菫と向かい合って座り、ランチタイムである。有機野菜をふんだんに使った彩りも綺麗な料理が並び、思わず写真に収める姿は女子高生らしいといえる。


 「美味しいです……」

 「よかったわ……ここは学生の頃から来ていた店なの」

 「そうなんですね……珍しい野菜がいっぱいです」

 「でしょ?」


 菫御用達の白が基調になったカフェは、テラス席もありそれなりに混雑しているはずだが、今は雪乃たちの他に五組ほどしか来客がない。リザーブの札にまさかと感じながらも声に出す事はないが、彼女の予想通り菫が一部分を貸し切っていたのだ。

 一條家の財力が成せる技だろう。外での会話は特段に気をつけている事もあり、雪乃たちの近くにいるのは運転手くらいである。一條家にとってお抱えの運転手兼ボディガードであろう彼は、周囲の警戒を怠ってはいない。ちなみに雪乃たちに知られないように身辺警護がついている為、藤宮家に近いものがある。


 「匠との暮らしはどう?」

 「毎日、楽しく過ごさせていただいています」

 「ふふふ、それは良かったわ……何かあれば、遠慮なく言ってね? 私は雪乃ちゃんの味方だから」

 「ありがとうございます……菫さん……」

 「今日はこの後、パーティーの準備よね」

 「はい……といっても、当日の衣装とテーブルセッテイングくらいですから……」

 「もう、ちょっとした結婚式よね」

 「はい……」

 

 左手の薬指に視線を下ろす雪乃の思考は手に取るように分かるが、表情は少しも変わりない。喜怒哀楽の乏しさが浮き彫りになるが、それはあの藤宮家のご令嬢だからだろう。目上の人を敬う心を持ち合わせているのは当然だとしても、ここまでの対応力があるのは彼女だからだが、本人にその自覚は薄い。

 匠と同じ結論に至った菫は、雪乃を甘やかす事にしたのだろう。最初は微かに戸惑いのあった猫可愛がりっぷりを、素直に受け入れる姿は実に愛らしいの一言に尽きる。


 締めの紅茶を飲んでいると、雪乃のスマホにメッセージが届いた。一瞬だけ綻ぶ愛らしさは、花が咲き誇っているかのようだ。

 微笑ましげな視線に気づき、微かに染まりながらも返信すれば直ぐに返ってくる。自身の息子の許容に溜め息であるが、義理娘の愛らしさで目を瞑る事にした。


 「……匠さんが来て下さるそうです」

 「嬉しそうね」

 「はい……」


 素直な反応に微笑ましい視線が向けられるが、菫に限った事ではない。近くの席で食事を楽しむ者がいたなら、それこそ視線を集めていたはずだ。雪乃にとっては特段に変わった事ではなく日常の一部といえるが、パーティーで知っていたはずの息子の婚約者の引力の強さを再認識させられていた。


 菫の要望に応え、着せ替え人形と化した雪乃だったが、単にお淑やかな令嬢ではない。立場を弁えているが自身の意見を述べる事も出来るし、相手に合わせて微笑む事も可能だ。幼い頃から大人に囲まれて育った事に加え、作家として活動する中で主張を学んでいったともいえる。流されるまま書いていたら自ずと限界は来るし、自身が読んで面白くないものを誰が好んで読んでくれるというのだろう。


 バランス感覚の良さを発揮する義娘むすめに菫が感心する一方で、何一つ不思議な事ではなかった。あの藤宮家においての普通は世間一般との感覚とは多少のズレが生じる。幼い頃から著名人が周囲にいて、社交パーティーに参加しなければならない人がどのくらいいるだろう。

 菫自身も特殊な境遇で育った自覚はあるが、彼女ほどではない。裕福な家庭で育った自覚はある令嬢であっても、財力の桁が違うのだ。それほどまでに名が通っていながら、雪乃が公の場に出る機会は少ない。親友のパーティーの類には必ず参加しているものの、高校に入ってからは特に執筆が忙しいと言い訳をして不参加にしてきた事が要因ともいえる。


 「うわっ……イケメン……」

 「かっこいい」 「背、高いね……モデルさん?」


 扉が開いたかと思えば、黄色い声が上がる。

 店内を一気に虜にした彼が迷うことなく奥まで進めば、愛おしい婚約者との対面であった。

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