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第49話 お宅訪問と約束

 「一條一家が勢揃いしてたのね」

 「う、うん……」


 テーブルに並ぶ参考書の類と対照的に、雪乃は詰め寄られていた。


 「愛理、その辺にしとけ。試験まで時間がないんだぞ?」

 「分かってるわよ。それでも聞きたいの!」

 「そうかよ……」


 無言のまま勉強を進める清隆に対し、愛理は賑やかだ。二時間ほどで集中力が切れてしまったのである。


 「雪乃、スマホ鳴ってる」

 「あっ、キヨ、ありがとう」


 店内を出て耳元に寄せれば、彼からの電話だ。


 『雪乃、お疲れさま』

 「匠さん、お疲れさま……もう終わったんですか?」

 『あぁー、カフェにいる?』

 「うん」

 『迎えにいくから待ってて』


 微笑む横顔に足を止める者もいるが、清隆が態とらしく隣に立った事により軽減した。


 「キヨ、ありがとう」

 「ああ、もう終わったのか?」

 「うん、迎えに来てくれるって」

 「よかったな」

 「うん」


 長年の免疫がなければ、花が綻んだような表情に一瞬で虜になっていた事だろう。現に間近にいた男性はタンブラーを落としそうになっていたし、歩道にいた女性は振り返っていた。


 週末はそれぞれ予定がある為、放課後に雪乃宅に訪問だ。匠の帰宅を待って揃って向かう事になり、勉強しながら時間を潰していたのである。

 

 「ーーーーお待たせ」

 『お疲れさまです!』


 揃って応える姿に微笑むと、周囲の視線を集める。雪乃に負けず劣らずだが、当の本人は慣れているのだろう。特に気にした様子はなく、彼女の手を取った。


 高級外車に乗り込む彼らに特に驚いた様子はない。日常的に乗っている事もあり、サイドドアを開けられても会釈をして乗り込むだけだが、周囲から見れば違和感しかない。都内有数の進学校の制服姿とはいえ、学生服姿でリムジンに乗り込めば目立つ。


 「島崎さん、お久しぶりです」

 「お久しぶりです。お元気でしたか?」

 「はい」


 柔らかな笑みに赤面しそうになり、平常心を取り戻す秘書は有能である。初対面の幼馴染にも丁寧な対応だ。


 「雪乃の引越しを手伝って下さって、ありがとうございます♡」

 「いえ……」

 「愛理はどういう立ち位置なんだ?」

 「そんなの決まってるじゃない! 雪乃の一番の親友よ!」

 「あーー、はいはい」

 「ちょっと、風磨! 適当じゃない?!」

 「また怒られるぞ?」

 「うっ……」


 心当たりがあるのだろう。態とらしく肩を落とす愛理に触れるのは雪乃だ。逃げ道は常に用意してあるし、この程度は身内同然の幼馴染には許容範囲だが、目上の人に対する礼儀は心得ている。匠の秘書だからこその愛理の対応だと理解していても、初対面では多少なりとも気をつかうものだ。少なくとも風磨と清隆にとっては尊敬すべき匠の秘書という事もあり、多少なりともリスペクトが生まれていた。


 「みなさん、同じ大学を受験されるんですよね?」

 『はい!』


 迷いなく応える姿に感心した様子で運転する島崎自身も留学経験はある。その彼から見ても雪乃たちが受験する大学は最難関といえる為、卒業生である匠は言わずもがな敏腕社長だ。


 愛理を中心に車内は会話が続き、あっという間に自宅へ到着した。話が弾む中、時折窓の外に視線を移す雪乃には、何処か寂しさが滲んでいるようだったが、それを周囲が気づく事はない。


 「おじゃましまーーす♡」 『おじゃまします』

 「いらっしゃい、夕飯はもうすぐ届くから待っててね」

 「はーーい♡」 『はい』


 元気の良い愛理と、礼儀正しいままの二人に微笑んでリビングを後にした。

 背後から聞こえる明るい声に、匠は学生生活を思い返していた事だろう。思わず振り返れば、雪乃と視線が合い、さらに綻ばせていた。


 「雪乃のマンションよりも高層なんだなーー」

 「風磨、今更じゃない? 春翔さんと同じ階なんだから」

 「あの時はそんな余裕、なかったんだよ」

 「そうだな」

 「遅くなっちゃったけど、来てくれてありがとう」

 「いえいえ♡」

 「いや、それはこっちの台詞だろ?」

 「ああ、忙しいのにありがとな」


 珍しく突っ込まれてばかりの愛理が、雪乃の背後からジト目で睨んで見せても効果はない。清隆は勿論だが、テンションが高めの彼女を制御するのは婚約者である風磨の勤めだ。


 広々としたソファーで待っていると、ケータリングが届いた。利用した事があるのだろう。シェフと親しげに話す匠に、一同が人たらしと感じたのは言うまでもない。


 「うわぁ、美味しそう」

 「ああ」 

 「何処でも出張してくれるんですか?」

 「普段は行っていませんが、匠様のお知り合いでしたらぜひ」

 「やった!」


 年相応な反応であるが、今の発言で台無し感は否めない。愛理の視線を無視して交渉する辺りは、会社を継ぐに相応しい対応力と言える。


 目の前で極上の鉄板料理が振る舞われ、肉好きな彼らの胃袋も掴まれていた。


 雪乃が淹れた紅茶と匠が購入したケーキで夕飯が締めくくられる頃、広々とした窓の向こうには都会的な夜景が広がっていた。高層ビルに慣れているはずの彼らが思わず声を漏らすほどの夜景である。


 「みんな、タクシー呼んだから気をつけてね」

 『ありがとうございます』


 マンション前にはタクシーが三台停まっていた。それぞれ実家住まいの為、わざわざ三人分の車を呼んだのだ。当然の如く費用は匠持ちであるが、その気遣いに頬を緩ませる。それは幼馴染から見ても分かるほどに綻んでいた。


 並んで見送る二人に一番綻ばせていたのは、愛理だったかもしれない。無表情が常になりつつあった親友に終止符を打ったのは、他の誰でもない婚約者だ。少しのヤキモチが見え隠れしながらも、心の底から喜んでいると彼らには分かっていた。


 『また遊びに行くね♡ 今度は雪乃の手料理希望で♡』


 早速送られてきたラインに微笑み返す。それは雪乃だけでなかった為、追い込み前のいい息抜きになったのは確かだ。事前に好みの物を雪乃に聞いていた事もあり、メインは同じ肉であったが前菜などは多少の違いが見られた。要するに好きな物を堪能できた時間でもあったのだ。


 「雪乃、お疲れさま」

 「匠さん、ありがとうございました」

 「いや、これくらいお安いご用だよ。雪乃も美味しかったか?」

 「うん、とっても」

 

 雪乃からグラスを受け取り、隣で炭酸水を飲み干す。同棲が始まってから、同じように風呂上がりには炭酸水を飲む事も日課となっていた。


 「また愛理たちを呼んでもいい?」

 「勿論、ここは雪乃の家でもあるんだから」

 「うん……」

 「受験が終わったら、ホームパーティーでも開こうか?」

 「…………いいの?」

 「あぁー、といっても愛理ちゃん達と、春翔と杏奈さんくらいになるけど」

 「うん、嬉しい」


 ほとんど身内同然の名が上がり、雪乃自身もほっとした様子だ。パーティーの類に相当数参加してきたとはいえ、他人との関わり合いは苦手なままである。それこそ藤宮を知らない人ならば、何の抵抗もないが。


 「匠さんは……潔癖ではなかったんだね」

 「あーー、杏奈さんが言ってたやつか」

 「うん……」

 「いや、家に他人がいるのは苦手だよ」

 「えっ?」

 「雪乃は別。それに、婚約者の友人とは仲良くしたいと思うだろ?」


 耳元に唇が寄せられ、確信犯だと知りながらも染まる。ジト目で睨んだところで効果は皆無で、優しい瞳を向けられるだけだ。


 「ーーーー匠さん……もう、寝ますよ?」

 「本気なんだけどな」

 「ーーーーっ?!」


 頬に触れた柔らかい感触に驚きながらも、目の前の彼と視線が交われば逸らすことはできない。匠が婚約者に翻弄されてきたように、雪乃も中々の翻弄されぶりである。


 手に取るように分かる感情が愛らしく、ただ単純に嬉しい。今までと違い距離がずっと近づいた証拠だと再認識する。


 「…………匠さん……」

 「ん?」


 不意に頬に触れる感触に染まったのは匠だが、それ以上に真っ赤なのは婚約者だ。可愛らしい仕返しに鳴らないはずがない。


 「ーーーーーーーーやられた……」

 「……匠さん?」


 思わず頭を抱え落ち着かせようとすれば、心配そうに見つめる姿に脈を打つ。


 「…………雪乃、明日のデートは覚悟しといてね?」

 「えっ?」


 驚く雪乃を軽々と横抱きにし、寝室に向かう。ピクリと反応しながらも、そっと首に腕を回す愛らしい姿に唇が重なっていた。


 「勉強が済んだら、午後から出かけようね」

 「うん……あの……ありがとう……」

 「あぁー……」

 「……楽しみにしてるね」


 額に口付け、染まった頬に笑みを見せる。

 車内での彼女の些細な変化に、匠が気づかないはずがないのであった。

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