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第5話 星空ランデブー①

 「早く、早く!!」

 「うん、茉莉奈ちゃんも行こう?」

 「は、はい!!」


 中等部からの後輩でもある茉莉奈も、幼馴染の旅行に同伴していた。清隆の許嫁という事もあり交流はそれなりにある。


 「雪乃先輩も、愛理先輩も、スタイルがいいですねー……」


 自分の胸元を見て落胆する茉莉奈だが、膨らみはあるし落胆するほど小さくはないはずだ。あえて言うなら、二人のメリハリに差があり過ぎるのだ。


 「ふふふ、でしょーー♪」 「……ありがとう」


 わざと胸を張る愛理と柔らかに微笑む雪乃、正反対の反応に思わず笑みが溢れる。全く違う性格の二人は、後輩から見ても仲がいい。


 「風磨先輩がヤキモチを焼くはずですね」

 「えーーっ、キヨってば、茉莉奈ちゃんにそんな事まで話してるの?」

 「いえ、今のは率直な感想というか……うわっ!」


 思いっきり水をかけられ、思わず叫ぶ。かけた本人はしたり顔で、さっさと泳いでいった。


 「もう、愛理ったら……茉莉奈ちゃん、大丈夫?」

 「は、はい!」


 まだ濡れていないパーカーの袖で拭われ、至近距離に頬が染まる。

 雪乃は気づいていないが、こういう反応は日常的にあった。接点のある茉莉奈ですら、こうなのだ。交友関係のない者がされれば言わずもがなではあるが、彼女の性格からして交友関係のない者に、ここまで親切にはしないだろう。


 「泳ぎは苦手なんだっけ? キヨに教えてもらう? 呼ぼうか?」


 天然とは恐ろしいものだ。水着で清隆と触れ合うのは、茉莉奈にはまだ刺激が強いらしい。


 「い、いえ! 出来たら! 先輩たちに!!」


 真っ赤になって否定する姿は、何とも可愛らしい。

 許嫁の清隆に対しては『キヨさん』と呼べているが、他のメンバーは苗字で呼ぶのが畏れ多い為、名前に『先輩』付けだ。高校一年生になったばかりの初々しさが感じとれる。


 「無理しないでね」

 「は、はい!!」


 茉莉奈の手をとり、浅瀬を浮き輪を使って漂う。ラッシュガードなしでは冷たく感じる水温ではあるが、雪乃が着込んでいる理由はそれだけではない。


 「うわっ、匠さん、腹筋ある!」 「すご……」

 「風磨くんには負けるよ。鍛えてるの?」

 「あーー、筋トレは日課ですね」

 「筋肉バカなんで」

 「おい! キヨ! それ、ただの悪口じゃん!」


 テンポのいい会話に笑いが溢れる。筋肉のつき具合は違うが、一般的にいえば二人とも細マッチョだ。


 「本当、仲良いね」

 「幼馴染なんて、こんなもんじゃないですか?」

 「ああ、匠さんだって、春翔さんと今も交流ありますよね?」

 「そうだね、日曜日には会う予定だよ」

 「やっぱり!」 「仲がいいんですね」


 コミュニケーション能力の高さは流石と、しか言いようがない。顔見知り程度だったとは思えない距離感だ。


 仮の婚約者は保護者としてこの場にいた。

 茉莉奈を除く高校三年生組もまだ誕生日を迎えていない為、未成年だ。四人の中で一番早く十八歳を迎える清隆も、まだひと月ほど誕生日まではある。

 そして、仮にも受験生なのだから少しくらいは勉強して欲しいという親心も相まって、このような形に収まったが、雪乃は未だに気持ちの整理がつけられずにいた。


 茉莉奈ちゃんはいいのよ……可愛いし、楽しいし…………なんで……なんで、一條さんまでいるの??

 会社がお休みなのは知っていたけど、電話でそんな話は一切なかったよね? それとも、私が聞いていなかっただけ??


 執筆中の通話は、聞き逃しがある為、そうならないように気をつけていた。

 『旅行に同伴する』と言っていた記憶はない。それもそのはず、表向きは保護者として参加するように、愛理たちが策略した結果だ。雪乃にはよろしく無いサプライズだったが、藤宮家の許可は得ている。

 そして、一條さんが来てくれるなら『コテージはカップル同士で!』という事で、清隆が茉莉奈を誘ったという次第だ。

 要するに夜は匠と二人きりなのだが、それを今の今まで知らされていなかった為、表情筋がおかしな事になっている。


 余談だが、『やり過ぎはよくない』と、ダブルベッドからツインベッドに変更したのは婚約者だ。よく確認しなければ、キングサイズとはいえ同じベッドで一夜を共にする事になっていただろう。それは清隆にも言える事だ。

 彼の視点の広さがなければ、雪乃だけでなく、茉莉奈までキャパオーバーになる所だった。


 「ーーーー愛理、これでよかったのか?」

 「いいの、いいの。そろそろ自覚しないと」

 「分からなくもないけどさーー……明らかにパニックじゃん?」


 匠に手を握られ、気持ちが落ち着かない様子が見てとれる。幼馴染の水着姿に反応を示した事は一度もないのに、明らかに彼にだけは反応していた。


 珍しく顔に出ている雪乃に、普段の愛理なら喜んで手を差し伸べていただろう。彼女がいつも救われているように、雪乃の手を掴んだはずだ。

 恋心を無理に気づかせようと思っているのではなく、これを機会に少しでもトラウマを軽減して欲しいと、幼馴染的に心配しているのだ。

 動揺する雪乃が珍しくて、可愛い気持ちも多少はある為、黒い笑みで本音のダダ漏れ感は否めないが。


 「んで、日焼け止めは匠さんに任せるのか?」

 「うーーん、そうだねーー」


 浮き輪に委ねながら、愛理と風磨は海を満喫中だ。

 砂浜では、最初は緊張気味だった茉莉奈も、清隆と二人になった事で落ち着いたようだ。笑顔で寄り添う何とも可愛らしい姿が、海面からは客観的に見てとれた。


 「あっ、諦めたね」

 「ああ、パラソルでよく見えないけど、いい感じじゃないか?」


 お節介焼きのカップルの予想通り、雪乃は諦めて背中に日焼け止めを塗り直して貰う事にしていた。恥ずかしさよりも、日焼けの痛みには勝てなかったようだ。


 「ーーーー可愛い……ちゃんと笑えてるね」

 「…………愛理だって、可愛いだろ?」

 「そういうのはいいから」


 腰に寄せられた腕からすり抜け、照れ隠しをするようにシュノーケリングを楽しんでいった。

 



 それぞれ……カップル同士で、遊ぶことになっちゃった……


 「雪乃ちゃん、塗れたよ?」

 「あ、ありがとうございます」


 動揺したままの雪乃の手を取り、海に入るよう促す。


 「シュノーケリングするだろ?」

 「ーーーーはい……」


 きちんと道具が装着できているか確認され、表情を崩す。


 「……一條さん、大丈夫ですよ?」

 「あっ……」


 指摘され、ようやく必要以上に心配していたと、気づいたようだ。思わず顔を背け、口元を押さえていた。


 「どうかしました?」

 「いや……久しぶりに見たなと、思って……」

 「えっ? もうお魚さん、見つけたんですか??」

 「あぁー、そうだね……一緒に潜ってみようか?」

 「はい!」


 満面の笑みにノックアウトされそうな勢いだ。

 その事に気づいたのは、砂浜でジュースを片手に休憩していた清隆だけだろう。愛理が見ていたなら、すぐさま駆け寄ってハグしたはずだ。


 マイペースな雪乃は匠の手を握ったまま、海の世界を楽しんでいた。

 オレンジ色の珊瑚礁に、カラフルな魚が波に乗って泳いでいる。久しぶりに見る海の世界は、どこか神秘的だ。


 「ーーーー綺麗でしたね!!」

 「あぁー」


 思わぬ第一声に、心音が速まる。それは匠だけでなく雪乃もだ。熱い視線を感じ、逸らしそうになりながらも逸らせず、頬が染まっていく。


 「あ、あの……」

 「どうした?」


 上手く言葉が出ない。コミュニケーション力の高さなら人見知りな雪乃にも備わっていたはずだが、彼を前にすると機能しなくなるようだ。


 「ゆっくりでいいよ?」

 「ーーーーはい……」


 長身な匠が屈み、雪乃と視線を合わせる。

 

 「…………今日は、ありがとうございます」


 意外だったのだろう。一瞬、驚いた様子が見てとれた。


 「君に会いたくてね……」


 染まる頬に触れられ、ますます真っ赤になっていく。ほとんど表情を変えない雪乃は元来、表情豊かであった。


 「…………婚約者だから……ですよね……」

 「あぁー……そうだね……」


 まただ……時折、波のように押し寄せてくる感情が、上手く制御できない。

 こんなに距離が近くて、逃げ出したいはずなのに…………


 「夜は一応、小テストを用意してるよ」

 「あっ……はい……」


 先に耐えられなくなったのは匠のようだ。視線が逸らされ、近づいた距離が遠ざかる。反射的に伸ばした手は空をきり、気づけば耳元に形のいい唇が近づいていた。


 「……雪乃ちゃん、水着似合ってるね」

 「あ、ありがとうございます……」


 急激に上昇する体温に心音が忙しない。行き場のない手は匠に握られ、さらに加速していく。


 「今夜、星を見に行こうか……」

 「はい……」


 素直に頷き、花が咲いたように綻ぶ。繋がれた手を振り解くことなく、横顔を見つめていた。

 

 「ーーーーどうした?」

 「いえ……一條さんも、背が高いんですね……」

 「あーー、春翔と同じくらいか?」

 「はい……」


 ……春兄とは違うけど……雰囲気は、少し似ているかもしれない……………


 「雪乃ーー! 匠さーーん! 用意できましたよーー!!」

 「うん、今、行くーー!」


 手を振る愛理に向けて、両手で振り返す。専属の給仕がいるバーベキューの準備が整っている事が分かる。


 「ーーーー行こうか」

 「はい」

 

 お見合いの時のように差し出された手を握り返していた。

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