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第44話 偽りの栄転と顛末③

 今回の顛末によって失墜したのは花山院の事業だ。今後の再起は今までよりも困難を極める。刑事事件にまで発展し、被害者からの声が次々と上がっていった。

 これも藤宮が秘密裏に動いていた事が一つの要因だろう。


 呆気ない終わりに違和感を抱きながらも、簡単に口には出来ない。聡い雪乃には分かっていたのだ。あまりに呆気ない結末は、まるでシナリオでもあったかのような逮捕劇であり、薬物の販売元を導き出すための布石であったと。


 「…………匠さん……」

 「どうした?」

 「いえ…………」


 抱きしめられたまま、どのくらいの時間が経っただろう。二人きりになるなり強く抱き寄せられたまま身動きが出来ず、振り絞って出した言葉は簡単に呑み込まれていった。


 「…………今後……どうなるの?」

 「君なら分かっているんじゃないか?」

 「……元締めの逮捕…………」

 「あぁー…………こんなのは、二度とごめんだ」


 心配をかけた事は分かっていた。幼馴染も気を張っていたと知ってはいたが自身には無頓着だ。大切に思う人達が危険な目に遭えば抗議するが、自身はどうなっても構わないのだろう。それを分かっているからこそ、思い知らせる意味でも抱きしめているようだが、雪乃の心音は速まるばかりで反省の色はない。同じような事があれば、進んで自身を犠牲にする危うさがあった。


 「ーーーーーーーー雪乃……」


 頬に伸びた手に予感しながら瞼を閉じる姿に、愛おしさが込み上げ頬が緩む。唇が触れ合う寸前で、タイミング悪くスマホが鳴った。


 「…………春兄?」

 「あぁー……」

 

 ディスプレイに溜め息を隠せない匠に微笑む。ようやく緩んだ頬に口づけると、分かりやすく上気した横顔が愛らしい。

 春翔の溺愛ぶりは周知の事実だが、彼の溺愛ぶりも負けず劣らずだ。今後、婚約者として顔を出す機会があれば一目瞭然になるだろう。


 「……春翔が来いってさ」

 「うん……」


 小さく頷き、視線を逸らす。甘い視線には慣れそうにない。


 「お邪魔し……」

 「雪乃!!」


 勢いよく出てきた兄に思い切り抱きしめられる。身動きが取れず、婚約者に助けを求めても苦笑いだ。完璧な作戦だったとはいえ、少しも許容できるものではなかったのだ。


 「ーーーーいい加減、離れろ」

 「邪魔するなよ」

 「どっちがだよ」


 軽口を言い合える仲な兄達に微笑む。愛らしい存在が無事でよかったと安堵すると共に、二度と無いことを誓う。花山院には不測の事態にならないよう厳しい処罰が下るだろう。藤宮の名は伊達ではないのだ。


 「春兄……ありがとう……」

 「いや…………少し、話を聞けるか?」

 「うん、あの人はーーーー」


 冷静に話し出す雪乃は賞賛に値するだろう。匠と春翔が揃って苦笑いを浮かべるほどに状況把握が完璧であった。

 人質になる事が初めてではないとはいえ、ここまで冷静でいられるものではないだろう。だからこそ彼女が適任者でもあったのだ。藤宮家の直系であり、見た目はお淑やかな学生である。部活動に参加していない事もあり、運動音痴のようだが運動神経は抜群であるし、ある程度の護身術は心得ている。素人ならば彼女でも対処は可能だろう。

 雪乃から打ち明けた事はないが、親友から聞いていた匠はある程度の事は把握していた。それでも囮役には大反対であったし、二度と御免というのも本心である。


 そうそう起こりうる事態ではないと言い切れない事が、許容し難い現実だ。愛理を宥めていた清隆たちでさえ許容できるモノではなかった。彼女ばかりがと、嘆いたところで現実が変わるわけではない。変わらないからこそ憤りを感じずにはいられなかったのだ。


 「全て手のひらの上か……」

 「ーーーーうん……」


 同情の余地がないとはいえ息子達を簡単に切り捨て、花山院を大きくしていく事にしか興味がない当主に対し、苛立ちを隠せない。何故そこまでする必要があったのかと、共感することは一生ないだろう。


 区切りがついたところで、タイミングよくスマホが鳴った。匠と春翔がほとんど同時に視線を移せば、顔を見合わせ安堵の息を吐く。


 「…………雪乃のおかげで、一斉検挙できたってさ」

 「ありがとう」

 「いえ……それなら、よかった……」


 そっと息を吐き出した彼女自身も、付きまとう視線や身内が人質にされた事に憤りを感じていたのだ。珍しく分かりやすい反応にそれだけ安堵したのだと理解するが、そもそも彼らでなければ分からないほどの些細な変化だ。


 「得をした二階堂家が関わっていたんですよね?」

 「あぁー……食い込みたいのは、どの家も同じようなものだ」

 「そう……」

 「雪乃、戻ってるぞ?」

 「えっ?」


 兄の指摘で敬語に戻っていると気づく。彼女にとって予防線の一つにもなっていたのだろう。処世術でもあるが、この場では出て欲しくない癖であった。


 「…………匠さん、春兄……解決に導いてくれて、ありがとう」


 満足気な顔が二つ並び、頬が緩む。ようやく見せた笑顔が極上のご褒美のようだ。


 チャイム音が鳴り、慌ただしく入ってきたかと思えば抱き寄せられる。


 「雪乃!!」

 「ーーーー愛理……ありがとう……」

 「二度と許さないから……」

 「うん……」


 安否確認が済んでいたとはいえ気がきでなかった幼馴染を匠が呼び寄せた次第だ。抱擁もそこそこにチャイム音が鳴り、ケータリングと同時に杏奈が到着した。デジャブ感が否めない行動を無視する事はできず、抱き合う二人を見守る。


 「ーーーー杏奈、そろそろ離れろ」

 「いいじゃない、減るものじゃないし」

 「匠を見ろ」


 笑顔の圧力に口を尖らせたまま離れると、肩を抱き寄せられる。


 「お腹空いただろ?」

 「うん……」


 前もって注文していたであろう料理は好みのものばかりが並び、頬が緩む。


 「…………ありがとう……」


 花が綻んだような表情に思わず抱きついたのは愛理と杏奈だ。揃って雪乃を愛でる趣味がある為、春翔は同情的な視線を彼に向けた。


 「ーーーー風磨も、苦労するな」

 「はい」


 納得し合う二人と、行き場のない手に苦笑いだ。抱き寄せていたはずの肩は離れているが近距離に変わりはない。ただ態とらしく抱きつく彼女たちに溜め息が出そうだ。雪乃が気を許してる証拠だろう。視線が合えば、仲睦まじい姿に微笑んで見せた。


 「雪乃、これも食べよう♡」

 「う、うん……」

 「おい、そろそろ選ばせてやれよ」

 「分かってるってばぁーー」


 結局のところ、惚れた弱みだろう。揃いも揃って婚約者には甘いのだ。


 談笑する彼女は表面上は微笑んでいた。幼馴染が来てくれて嬉しかったのだろうが、時折見せる憂いた横顔に匠だけでなく春翔も気づいていた。


 「ーーーーまた明日ね」

 「うん、みんなありがとう……気をつけて帰ってね」

 「うん」 「ああ」 「雪乃、また明日な」


 手を振り見送れば、急に二人きりになった空間に緊張が走る。ずっと向けられていた視線に気づいていたのだ。


 「ーーーー匠さん、みんなを呼んでくれてありがとう」

 「いや……ちょっと、妬けたな」

 「えっ?」

 「みんな、雪乃の事、すきすぎでしょ……」

 「そんな……」


 即座に否定できないくらいには好かれていると自覚していた。人の想いに敏感でなければ、藤宮の娘は務まらないのだ。


 「…………匠さん……」


 珍しく抱きついてきた彼女に不意をつかれて染まる。視線が交われば、分かりやすく上気するのはお互いさまだろう。


 「……雪乃…………」


 耳元で囁かれる甘い声色に心臓が跳ね、見られないように胸元に寄せれば、同じような鼓動が聞こえる。頬に触れる手にそっと瞼を閉じれば、唇が重なった。


 思わず吐息が漏れ、また呑み込まれていった。


 「ーーーーーーーー風呂、沸いたな」

 「うん…………」


 現実に引き戻されるかのようにお湯の溜まった知らせが鳴り、抱き合った腕が緩む。


 「ーーーー雪乃?」


 無意識に掴んだ袖から思わず手を離す。気遣う匠と衝動的な行動に、自身も追いつけずにいた。


 「…………匠さん……もう、少し……」


 察するかのように腕を広げられ、また暖かさに包まれる。


 「…………頑張ったな」


 音もなく涙が溢れ、拭われて初めて泣いていたのだと気づく。


 「…………うん……」


 それ以上は言葉にならず、強い腕に心音だけが速まっていくようだ。髪に触れる優しい手の持ち主に視線を向ければ、愛おしそうに微笑まれる。心臓が跳ね、離れようにも身動きは取れない。帰宅直後のように強く抱き寄せられていた。


 「…………待ってるから、ゆっくり入っておいで」

 「うん…………」


 背中を撫でる手は子供をあやすかのようだが、リビングの扉が閉まり安堵したのは匠の方だったようだ。

 深い溜め息を吐き、手のひらを見やると、抱きしめていた腕の感覚に頬が緩む。ポーカーフェイスが備わっている筈の匠も、彼女に関しては分かりやすい。春翔に指摘されるくらいには表情に出ていた。


 静かに涙を流す横顔も、上気した頬も、すべてが愛おしく、欲望のままに触れてしまったとしても応えてくれる自負はあったが、性急する事はない。抱き合っただけでも、精一杯な彼女に強引な真似はしない。口づけに応えてくれるだけで十分だと言い聞かせると同時に、漏れ出る本音に蓋をした。


 お風呂上がりの彼女から香るシャンプーの匂いが理性をゴリゴリと削っていったが、雪乃が知るはずもないのであった。

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