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第41話 クリスマスパーティー③

 花山院司の婚約者について様々な憶測が飛び交っていたが、雪乃でない事が明確となった。西園寺家主催のパーティーでハッキリと否定しただけでなく、常に隣にいた彼の存在が大きかったからだろう。


 「匠、頼んだぞ」

 「あぁー、言われなくても」


 親友の心強い言葉に安堵しながらも妹が気がかりな事に変わりはなく、入れ違いで来た杏奈に悟られないように表情を和らげた。


 ホテルの一室にはソファーに横になる婚約者がいた。無防備な太腿を隠すように着ていたジャケットをそっと被せる。人の視線に敏感な彼女だからこそ気づいてしまうのだろうと、察する事ができても、それ以上は分からない。

 気が緩んだ事に安堵する幼馴染に任され、匠はミネラルウォーターで喉を潤した。


 「ーーーーーーーー匠さん?」

 「おはよう」

 「ーーっ?! おはよう……」


 勢いよく飛び起きた雪乃はジャケットを落としそうになり、慌てて引き寄せた。


 「…………今、何時?」

 「まだ十時前だよ」


 真夜中でない事に安堵していると、目の前に小さな箱が差し出された。


 「雪乃、メリークリスマス」

 「匠さん……ありがとう……」


 頬を緩ませた雪乃は思い出したかのように紙袋に手を伸ばした。幼馴染宛のプレゼントだけでなく、婚約者へのプレゼントも準備していたのだ。家で渡す事になるかもしれないと思っていたが、持ち歩いていて正解である。


 「……匠さん、メリークリスマス」

 「ありがとう……」


 自分が貰う事は考えていなかったのだろう。思考のよく似た二人は顔を見合わせ微笑み合うと、リボンを解いていく。


 「…………きれい……」

 「雪乃に似合うと思ってな」

 「ありがとう……」

 「こちらこそ、さっそく明日から使うよ」

 「うん……」


 匠の手には革製の手袋が、雪乃の手には一粒のダイヤモンドが輝くネックレスがあった。


 「つけさしてね」

 「……うん」


 素直に背中を向ける雪乃に小さく微笑み、首元につけると、より一層の笑顔を向けられ高鳴る。悟られないように表情を作る事が得意な匠も、彼女の破壊力にやられ気味である。


 「…………匠さん?」


 上目遣いになったアイスブルーの瞳と染まった頬が相まって言葉が出ない。愛しい婚約者と距離を縮めたいが、冬時との約束を律儀に守るあたり、誠実さが垣間見える。


 「…………きれいだな……」

 「うん、とっても素敵……」


 自身が言われているとは思いもしないのだろう。鈍感な彼女はデコルテを飾ったペンダントヘッドを手にして嬉しそうだ。


 「匠さん……写真、撮りたい」

 「あぁー、ツリーをバックにするか?」

 「うん!」


 素直な反応を見せるようになった雪乃の存在が、匠の中で大きくなっていく。

 腰を引き寄せ自撮りをすると、徐々に染まっていく頬が愛らしい。何度目になるか分からない愛おしさが込み上げる。


 「ーーーー雪乃……」


 甘さを孕んだ声色に応えるように瞼を閉じれば、ゆっくりと触れ合った唇が離れていく。


 「…………匠さん……ありがとう……」

 「……あぁー…………」


 細かく言わなくとも伝わる想い。匠が側にいた事で言葉にできた部分もあった。

 ジャケットをハンガーにかける横顔は、幼馴染が気が緩んだと言っていた通り、綻んでいるのが分かる。


 「……風呂、先に入ってくるといい」

 「うん」


 素直に頷き浴室へ行く後ろ姿を見送ると、大きな溜め息が漏れる。


 「はぁーーーーーーーー……自覚なし、か…………」


 分かっていたとはいえ無自覚にも程がある。キラースマイルも知っていたし、特徴的なアイスブルーの瞳が相まった容姿端麗さも分かっていた。


 「……惹かれる奴、多すぎだろ……」


 本音が漏れ、また溜め息が零れる。流石にエスコート役のいる場面で強引に誘うような場違いな者はいなかったが、冷たく言い放つ姿にすら見惚れる者がいた事を匠が見逃すはずがない。


 「参ったな…………」


 一條家は藤宮家と昔から懇意にしているだけあり、その歴史は長い。三大名家に含まれなくとも、それぞれの家と多少なりとも繋がりのある大企業の一つだ。一條家長男は優秀だが、まだ社長職を継ぐに至ってはいない。家の事情と関係なく惹かれてしまうモノは確かにある。自身もよく分かっているからこそ止める手立てはない。そんなモノがあったなら、とっくに行使していただろう。


 裕福な家庭で育った彼女が強請る事は少ない。自身の立場を理解し、幼い頃から何処か違った。聡い彼女が感情を露わにする事は少なかったが、再会した日ほど酷くはなかった。悪化させた原因に苛立ちながらも、子供だからと冷静に大人ぶってみせたが許せそうにない。


 「ーーーー春翔、動くからな」


 スマホが鳴り、開口一番に告げた言葉に笑い混じりの声がした。好き勝手させ過ぎたと後悔したのは、匠だけではないのだ。


 決意を新たにする婚約者を他所に、雪乃は浴室にある小窓から夜景を眺めていた。


 「………………きれい……」


 …………花山院偀……一度だけ、見たことがある。

 司くんと対照的な印象だったから、よく覚えているの。

 愛想のいい彼とは違って、どこか冷淡さが漂っているような雰囲気さえあって……子供心に怖いと感じたから…………


 「……二階堂か…………」


 愛理が炙り出すために送った招待状で、本当に司くんが来るとは思わなかった…………現当主に唆されたにしても、あまりにも軽率な行動で……


 「ーーーー雪乃?」

 「は、はい!」


 水音を立てながら勢いよく応えると、扉越しに笑いを堪える様子が見てとれる。

 

 「…………匠さん?」

 「いや、あんまり出てこないから寝てるのかと思ってな」

 「うっ……起きてますよ」

 「あぁー、ちゃんと温まってくるように」

 「うん……」

 

 足音が遠ざかり、息を吐き出す。迂闊にも浴室の鍵は開けたままだ。強引な真似はされないと分かっていても、お見通しな様子にまた零れそうだ。

 ぬるくなったお湯を入れ替えて戻ると、匠がドライヤーを持って待ち構えていた。


 「…………匠さん」

 「いいから、ここに」

 「うん……」


 優しく大きな手が触れる度、ドキリと鳴る。鏡越しの彼は真剣な眼差しである。視線の合わない事に少し安堵しながらも、鏡に映る彼を見つめていた。


 「ん、いいかな。俺も入ってくるから」

 「うん、ありがとう」

 「先に寝てていいから」

 「…………うん……」


 素直に寝転んだ雪乃は眠れそうにない。いつもと同じような広々としたベットも、先に寝る事が多いシチュエーションも変わりない。ただ長考してしまい目が冴えていく。浴室でも振り返っていた為、自身で思っていたよりも長い時間が経っていたのだ。


 「ーーーー雪乃?!」


 スマホを手にしたまま一筋の涙が溢れる。


 「……どうした?」


 手元のコメントに匠も同じように頬を緩ませ、涙を拭う。


 「映画の評価か……」

 「うん……」


 普段は見る事のない評価を見たのは愛理の影響だろう。珍しい行動は匠にも察しがついた。


 「…………映像はすごいね……」

 「あぁー……」


 同意するように頷いて見せても、それだけが理由ではないと彼には分かっていた。どんなに素晴らしい映像や音楽も、根本的にストーリーが面白くなければ批判が増える。原作の方が面白いという感想はよくある話だ。ただでさえベストセラーな原作を映像化するリスクはある。ファンが多ければ多いほど、個々のイメージするキャラクター像があるが、今回は大成功を収めていた。


 感心する雪乃に柔らかな視線を向ける。分かっていない様子に溜め息が出そうになりながらも、ある意味では彼女らしさでもあるとも感じていたのだ。


 「ほら、寝るよ?」

 「うっ……おやすみなさい……」

 「おやすみ」


 何の前触れもなく唇を重ねる匠に、真っ赤に染まりながらも瞳を閉じる。元々の寝つきの良さと疲労度が相まって数分で夢の中だ。


 「ーーーーーーーーやっぱりか……」


 微かに震えたスマホに視線を移し、予想していた反応に溜め息を吐く。先ほど春翔に向けて宣言した通り、行動に移す時が来た。雪乃が起きていたなら、その横顔からも容赦しないだろうと想像がついただろう。


 無防備な寝顔に頬が緩み、そっと頬に触れながら会話を続ける。


 『ーーーー匠は律儀だな』

 「……春翔に言われたくない」

 『ったく、明後日のニュース楽しみにしてろよ?』

 「あぁー、派手に載せてくれるんだろ?」

 『まぁーな、藤宮は伊達じゃないんで』


 藤宮を敵に回しては生きていけない。これは大企業の息子なら誰もが知っている当然の認識である。小規模とはいえ花山院が知らない訳がないのだ。


 「…………偀が厄介だな」

 『あぁー』


 あの春翔ですら頷く花山院偀は、自身の為なら弟を躊躇いなく切り捨てるだろう。

 恋人たちのイベントであるクリスマスは波乱な空気のまま更けていった。

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